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カフェ クロノス  作者: July
第2章 時の隙間で会う人
5/9

2

 席に座ると、紗月はチーズケーキを嬉しそうに頬張っていた。


 その姿は無邪気で、昨日の落ち着いた雰囲気とはまるで違うのに――

 仕草のひとつひとつが、胸の奥の記憶をノックする。


「春樹さん、このケーキやばいよ!世界救える!」


「……そんなすごいのか」


「うん!絶対食べたほうがいい!」


 笑うたび、テーブルに広がる小さな幸福。

 その光景を眺めながら、春樹は思う。


(……話したいことがありすぎる)


 昨日の彼女と今日の彼女。

 同じ笑顔なのに違う人生。

 でも不思議と、どちらの彼女にも惹かれていく。


 それが運命なのか、それとも魔法のせいか――

 まだわからない。



「そうだ、春樹さんは好きな食べ物ある?」


「え?……好きな食べ物?」


 不意に向けられた質問に少し戸惑いながら、春樹は答える。


「……カレー、かな」


「おお、王道!わかる、カレー最強」


「紗月さんは?」


「私はね……」


 そこで紗月は一瞬言葉を止めた。

 視線がほんの数センチ泳ぎ、眉がひそめられる。


 ――何か思い出そうとしている。


 その仕草が、昨日の彼女と同じだった。


 紗月は小さく息をつき、微笑む。


「……なんだろう。

 前にも“誰か”に聞かれた気がして。

 答えたことがあるのに……思い出せない」


 その言葉に、春樹の心臓が強く脈打つ。


(……昨日、俺が聞いた)


「デジャヴですかね」


「そうかも。でもね……」


 紗月は小声で囁くように続けた。


「なんか……懐かしい……」


 その言葉は、春樹の胸を締めつける。


 昨日と同じだ。

 時間が違っても、彼女の魂は何かを覚えている。


 コーヒーカップを握る指が、自然と強くなる。


(……言葉じゃ繋がれなくても、心が覚えてくれてるなら)


 春樹は思う。


 ――5分戻って、もっといい返し方をすればいい。

 ――もっと印象を残せばいい。


 昨日は偶然。

 だけど今日は、意図して。


 初めて、恋のために時間遡行を使うと決めた。


 


「紗月さん」


「ん?」


「……また話せて嬉しいです」


 その言葉に、紗月は一瞬驚き、そして照れたように笑った。


「……なんか、ずるいね。

 そういう言い方されるとドキッとする」


 その瞬間。


 春樹はそっとクロノブレンドに手を伸ばし――飲み干した。


 


 世界が溶ける。

 音が遠ざかり、光が巻き戻り、空気が逆再生する。


 そして――


5分前。


 


 まだ紗月がケーキを一口食べたばかりの時間に戻る。


「春樹さん、このケーキやばいよ!世界救える!」


「……本当に美味しそうだな」


 そして春樹は――微笑んだ。


「紗月さん、君の笑顔の方が救ってるけどね」


 


 言った瞬間、心臓が跳ねた。

 自分でもくすぐったくて、照れるほどの言葉。


 けれど――


 紗月は、ゆっくり固まった。


 そして。


「…………え?」


 耳まで真っ赤になり、視線を逸らし、カップを持つ手が震えた。


「な、なにそれ……急に……反則……」


 声が小さく、けれど確かに嬉しそうで。


 その反応に春樹の胸が熱くなる。


(……やり直せる世界なら、もっと伝えられる)


 そう思った。



 その時、近くでクロエが静かに囁いた。


「ねえ春樹さん」


「……はい?」


「恋はね……追いかけるだけじゃ、届かないの」


 その声は優しく、どこか切ない。


「未来を変えたいなら、“戻る”だけじゃなく……前に進む覚悟が必要よ」


 春樹は答えられないまま、紗月の横顔を見つめた。


 彼女はまだ照れながら笑っている。


(進む……か)


 戻れば、言葉を選べる。

 戻れば、もっと上手くできる。


 でも――


 戻り続ける限り、「次の時間」には行けない。


 


 春樹はそっと息を吸った。


 今日、初めて思った。


(……この恋は、“繰り返す”んじゃなく……“重ねていく”ものだ)


 


 紗月がゆっくり言った。


「春樹さん。また、明日も来ます?」


「来ます。絶対に」


「……よかった」


 その笑顔は、昨日とも今日とも違う。


 “未来が生まれた笑顔”だった。


戻れる時間があるからこそ――進む勇気が必要になる。

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