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カフェ クロノス  作者: July
最終章
17/17

クロノの窓辺

 春樹と紗月が「同じ時間」を歩き始めてから、三年が経った。


 クロノは相変わらず街外れに佇み、

 木の看板は少し色あせ、古時計はゆっくりと時を刻み、

 店の空気には、やわらかな午後の光が満ちている。


 ――ただ一つ違うのは。


 ここは、魔法のカフェではなくなっていた。


 クロノブレンドの力は失われ、

 時間は巻き戻らず、未来は覗けず、

 どんな客もただのコーヒーを飲む。


 それでも、クロノを訪れる人々は口をそろえて言う。


 「落ち着く」「優しい気持ちになる」「帰ってきたくなる」


 魔法が消えても、店はどこまでも温かかった。



 午後三時。

 窓際の席で、春樹は仕事帰りの書類を広げていた。

 当時より役職が上がり、忙しさも増えたが、

 不思議と疲れ方は違った。


 なぜなら――


 紗月がいつもこの席に来ることを知っているからだ。


 カップの縁を指でなぞりながら、窓の外を眺める。


(今日も、来るのかな)


 そう思って微笑んでいると――


 カラン。


 ドアベルが鳴る。


 春樹は振り返る前にわかっていた。

 心臓が、なんの前触れもなく跳ねる。


「お待たせ、春樹さん」


 紗月が、赤いマフラーを外しながら微笑む。


 相変わらず、柔らかくて、優しくて、

 “今”に寄り添うような声だった。


「今日も絵を描いてきたんだ」


 そう言ってスケッチブックを抱えて座る。


「見てもいい?」


「まだ途中だけど……いいよ」


 春樹はページをめくり、思わず息を呑む。


 そこには――


 夕暮れのクロノ、窓辺の席、

 笑い合う男女の姿が一枚のスケッチになっていた。


 その人物は他でもなく、自分たちだ。


「……これ、いつ?」


「昨日の景色。

 私たち、話してたでしょう? あのケーキのこと」


「覚えてるよ。

 あのケーキ、食べ過ぎてたよね」


「ふふ。美味しかったもん」


 二人は同時に笑った。



 紗月は手帳にさらさらと文字を書きながら言う。


「ねえ、春樹さん」


「うん?」


「最近ね、思うの。

 “永遠”って、止まってることじゃないなって」


「ほう」


「例えばさ、昨日笑って、今日喧嘩して、明日仲直りして。

 そんな日々が続いていくのって、永遠に似てるんだよ」


 春樹は目を細める。


「それは……本当にそうだと思うよ」


「だよね。

 魔法なんてなくても、ちゃんと永遠は生きてるんだよね。

 時間が流れるってことは、終わりじゃなくて、続いている証拠なんだよ」


 その言葉に胸が温かくなる。


(あの日、俺たちが“永遠より未来”を選んだ意味は……今も生きてる)



 紗月はスケッチブックを閉じ、春樹に微笑みかけた。


「春樹さん。ひとつお願いがあるんだけど」


「なんでも言って」


「今度さ、私の友達の個展に一緒に行ってほしいの」


「もちろん。楽しそうだ」


「ありがとう。

 ……それからね」


 紗月は胸の奥から言葉を掘り出すように、静かに続けた。


「いつか、私の作品展を開きたいなって思うの。

 まだちゃんと描けてないけど……夢になったらいいなって」


 春樹は迷わず答えた。


「必ず実現するよ。

 絵のうまさもあるけど、いおも紗月が描く景色が好きだから」


「……ありがと。

 そんなふうに言ってくれる気がしてた」


 紗月は照れながら笑った。


 


 春樹は、そっと彼女の手を握る。


「俺も言いたいんだけど」


「なに?」


「いつか、君と家を持ちたい。

 庭でコーヒー淹れて、休日にぼんやりして……

 そんな日を過ごしたい」


 紗月は目を潤ませた。


「……素敵だね。

 そういう普通が、いちばん幸せだと思う」





 その時、クロエが静かに近づいてきた。


「新しいクロノブレンドです」


 春樹と紗月は驚く。


「え? 魔法はもう――」


「魔法ではありません。

 ただのコーヒーです。

 けれど……」


 クロエはいたずらっぽく笑う。


「ふたりが飲めば、少しだけ世界が柔らかくなるでしょう」


 紗月が嬉しそうに声を弾ませた。


「そういう魔法なら、ずっとあっていいね」


「ええ。

 “優しさが伝染する魔法”なら、永遠に失われません」


 春樹と紗月は顔を見合わせ、ゆっくり頷いた。


 クロエはコーヒーを置き、そっと祝福する。


「おふたりが選んだ未来が、どうか穏やかに流れますように。

 涙の日も、笑顔の日も、

 全てが“美しい現在”になりますように。」



 夕暮れが店を朱色に染める。

 古時計は静かに針を進め、

 スケッチブックには今日の景色が刻まれる。


 春樹と紗月は、肩を寄せ合った。


「ねえ、春樹さん」


「うん?」


「魔法なんてなくてもいいね」


「うん。

 魔法がなくても、十分幸せだよ」


「“今”が続いていくって、こんなに優しいんだね」


「俺もずっとそう思ってた」


 紗月は小さく笑い、春樹に囁く。


「ありがとう。

 今日も“今”を一緒に過ごしてくれて」


「こちらこそ」


 


 窓の外、街の灯りがひとつ、またひとつ灯る。


 それは、世界が次の瞬間へ進む合図。


 ふたりの物語も――

 今日からまた、新しい“続き”へ進む。


 止まらない。

 戻らない。

 どこへでも、ゆっくりと。


 


恋は永遠ではなく、

“永遠に続く現在”を生きること。


 


春樹と紗月は、そっと手を繋いだ。


そして――


穏やかな今を、静かに深く、愛し続けた。


今も未来も、

春樹と紗月は “やり直し”ではなく “続き”を生きている。


物語は終わりではなく、

いつまでも続く現在――その中に。


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