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カフェ クロノス  作者: July
最終章
16/17

この瞬間を、永遠に

 クロノの時計が再び時を刻み始めてから、数週間が過ぎた。


 店内の空気はすっかり変わった。

 深い沈黙は消え、代わりに温かな日常が流れている。


 クロエはいつものようにカウンターで豆を挽き、

 窓の外の光が静かに差し込んでいた。


 そして、クロノブレンドの粉が入っていた棚は――

 もう空だった。


 魔法は終わったのだ。


 けれど、店は消えない。

 ただのカフェとして、静かに息をしている。


 それで十分だった。



 春樹と紗月は、毎日のようにクロノで待ち合わせをするようになった。


 最初はぎこちなく座っていた距離も、

 今では自然に隣に座るようになった。


 紗月はスケッチブックを開き、

 春樹はコーヒーを飲みながら、その横顔を眺める。


「もう絵、見せてくれないの?」


「まだ秘密。

 ちゃんと一枚、完成させたいの」


「期待してるよ」


 春樹が言うと、紗月は頬を染めて笑った。


「プレッシャーかけないでね」


 そんな何気ないやりとりが嬉しかった。


 時間は流れる。

 春樹も紗月も変わる。

 未来は形を変えていく。


 その全部が、幸せだった。



 ある日、クロエがふたりのテーブルにコーヒーを運んできた。


「本日のおすすめ、サービスです」


「いいんですか?」


「いいんです。

 あなたたちが店に来てくれるだけで、十分に嬉しいので」


 紗月は笑って言う。


「クロエさん、相変わらず優しいですね」


「私は店主ですから。

 あなたたちを見送るまでが役目です」


「見送る……?」


「ええ。

 といっても、どこか遠くへ行くわけではありません。

 おふたりの“心”が、ようやく安住できたという意味です」


 春樹は深く頷いた。


「クロノがあったから、俺たちはここまで来れた」


「いいえ。

 魔法が導いたのではありません。

 あなたたちの選択が導いたのです。」


 クロエの声は静かで、揺るぎなかった。


「どれほど時間が揺らいでも、

 どれほど魂が離れても、

 “会った瞬間に恋をする人”がいる。

 それは魔法ではありません。

 それは――意志と心の結びつきです」


 紗月は春樹の指をそっと握った。


「……そうだね。選んできたんだね」


「選んだんだよ。何度でも」



 ある午後。


「できた」


 紗月はスケッチブックを閉じ、春樹に差し出した。


 春樹がページを開く。


 描かれていたのは――


 クロノのカウンターに座る自分と紗月。


 並んで笑っている。

 窓の外は夕焼けで、

 テーブルの上にはコーヒーとケーキ。


 ただの一枚の絵なのに、春樹は胸が熱くなる。


「……綺麗だ」


「ありがとう」


 春樹は指で絵を撫でる。


「これ、いつの景色?」


「今日。

 でも“過去でも未来でもない時間”を描いたんだ」


「……?」


 紗月は微笑む。


「“今”って、すごく短い時間だと思ってた。

 でもね、春樹さんといると……“今”が長く続く気がするんだ」


 春樹は静かに頷いた。


「それは、永遠とは違う?」


「違う。

 止まっているんじゃなくて、ゆっくり進んでいるの。

 呼吸をするように、時間が流れていくの」


 紗月は指で春樹の手を包む。


「それが……私の“幸せの形”」


 


 春樹は微笑んだ。


「俺もだ。

 過去はもう必要ない。

 未来も、焦らなくていい。

 ただ“今”を一緒に過ごしたい」



 夜、ふたりは窓際の席に並んで座り、

 コーヒーをゆっくり飲んでいた。


 外の街は、それぞれの時間を生きている。

 どこかで笑い声がして、遠くで車の音がして、

 人々は未来に向かって歩いている。


 春樹は紗月に囁く。


「紗月」


「うん?」


「君を見つけてよかった」


 紗月は微笑み、春樹の肩に頭を預ける。


「うん。私も。

 あなたを見つけてよかった」


 


 そして、紗月は静かに言った。


「私はもう、時の狭間に迷わない。

 どんな人生になっても、どんな未来になっても……

 ずっと今を生きていく」


「俺も。

 君となら、どんな明日でも大丈夫だ」


 


 クロエがカウンターから優しく声をかける。


「おめでとうございます。

 恋は“やり直し”ではなく、

 “続き”を生きる力です」


 春樹と紗月は顔を見合わせ、優しく笑った。


 


 時間は止まらない。

 未来は変わっていく。

 幸せも、涙も、出会いも、別れも――全部流れていく。


 でもそれこそが、恋の物語。


 紗月は春樹の手に自分の手を重ねる。


「これからも、一緒に“今”を更新していこうね」


「ああ。

 永遠じゃなくて、“ずっと続く現在”を。」


 


 窓の外、街の灯りが柔らかく滲んだ。


 そして――


「今」を抱きしめるふたりの時間が、静かに流れていった。


 


過去でも未来でもなく、

“ここにある一瞬”を愛し続ける。


それが、ふたりの恋の物語。


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