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カフェ クロノス  作者: July
第7章 最後のクロノブレンド
15/17

2

 店内の時計は止まったまま。

 ランプの炎は揺れ、外の風が音を奪い、

 クロノは“世界の狭間”のような静寂に包まれていた。


 春樹と紗月は、互いの手を握り合って立っている。

 クロエは静かに見守りながら、言葉を落とした。


 


「いずれ、選ばねばなりません。

 ――“未来へ歩く”か、

 ――“永遠の今に留まる”か。」


 


 紗月の瞳が揺れる。


「永遠の今……って?」


 


「それは、時間が止まる世界。

 老いも変化もなく、

 ふたりで“あの夜の幸福な瞬間”に留まり続けられます。」


 


 春樹は息を呑む。


「それって……」


「ええ。とても甘い選択です。

 傷つくことも、別れることも、すれ違うこともない。

 春樹さんが“最後のクロノブレンド”を飲めば、

 それはいつでも実現できる」


 


 紗月は驚く。


「まだ……できるんだ」


「はい。

 あなたたちにはまだ“一度だけ”永遠の扉を開ける権利が残っています。」


 


 春樹の胸に、ある想いが浮かぶ。


(永遠の今……紗月とずっと一緒にいられる世界)


 それは、夢のように甘く、切なく、完璧な幸せかもしれない。


 そこでクロエは静かに続けた。


 


「ですが――永遠の今には“未来がありません”。」


 


 紗月が息を飲む。


「……未来?」


「はい。

 たとえば、こんなことは起こりません。」


 クロエはそっと、手を前に差し出し指を折っていく。


 


「ふたりで歳を重ねることも、

 喧嘩して仲直りする日も、

 涙する夜も、笑い合う朝も、

 子どもができるかもしれない奇跡も……

 “今”の外にはありません。」


 


 紗月の胸が強く脈打つ。


 春樹は、そっと紗月の肩に手を置く。


 


「つまり……永遠は幸せなんじゃなくて、“停滞”なんだ」


「そうです。

 永遠に満ち足りている世界は魅力的です。

 けれど――そこには“物語”がありません。」


 


 紗月は唇を噛む。


「春樹さんと、“続き”が見たい……」


 その声は小さく、でもはっきりとしていた。


 


 クロエは優しく微笑む。


「ええ。永遠に留まる選択は、恋を“保存”します。

 未来へ進む選択は、恋を“育て”ます。」


 


 春樹の心は静かに決まっていた。

 だけど、それは紗月が決めることでもある。


 


「紗月。俺は――どちらでも君と一緒にいる。

 でも、本音を言うなら……」


 紗月が涙をこらえながら見上げる。


「うん」


 


 春樹は深く息を吸い、言った。


 


「俺は、永遠より――“未来”が欲しい。」


 


 紗月は目を閉じ、涙を一粒落とした。


「私も。

 春樹さんと、進みたい。

 歳をとって、泣いて、笑って……

 全部いっしょに経験したい。」


 


 春樹は紗月を抱きしめる。


「ありがとう。

 この恋を、続きにしてくれて」


 


 その瞬間――


 クロノのランプが大きく揺れ、光が広がった。

 店が再び“時間を縫い合わせ始める”。


 


 クロエは声を失わず、静かに宣告する。


 


「決まりましたね。

 ふたりは“未来”を選んだ。」


 


 紗月が震える声で尋ねる。


「……これで私たち、守られるの?」


 


「ええ。もう時の狭間に引かれることはありません。

 あなたたちの魂は“ひとつの線”に繋がりました。

 次は――」


 


 クロエは涙を浮かべて微笑む。


 


「ふたりの物語を、生きてください。」


 


 ランプの光が天井まで届き、

 空気が弾けるように広がる。


 古時計が再び――ゆっくりと、

 時間の針を動かし始めた。


 コチ、コチ、コチ……


 


 紗月は春樹の胸に顔を埋め、泣き笑いした。


「やっと……進めるんだね……!」


「うん。

 君となら、どこまででも行くさ」


 


 それは、魔法が終わった音だった。


 同時に――


 恋が始まる音だった。


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