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店内の時計は止まったまま。
ランプの炎は揺れ、外の風が音を奪い、
クロノは“世界の狭間”のような静寂に包まれていた。
春樹と紗月は、互いの手を握り合って立っている。
クロエは静かに見守りながら、言葉を落とした。
「いずれ、選ばねばなりません。
――“未来へ歩く”か、
――“永遠の今に留まる”か。」
紗月の瞳が揺れる。
「永遠の今……って?」
「それは、時間が止まる世界。
老いも変化もなく、
ふたりで“あの夜の幸福な瞬間”に留まり続けられます。」
春樹は息を呑む。
「それって……」
「ええ。とても甘い選択です。
傷つくことも、別れることも、すれ違うこともない。
春樹さんが“最後のクロノブレンド”を飲めば、
それはいつでも実現できる」
紗月は驚く。
「まだ……できるんだ」
「はい。
あなたたちにはまだ“一度だけ”永遠の扉を開ける権利が残っています。」
春樹の胸に、ある想いが浮かぶ。
(永遠の今……紗月とずっと一緒にいられる世界)
それは、夢のように甘く、切なく、完璧な幸せかもしれない。
そこでクロエは静かに続けた。
「ですが――永遠の今には“未来がありません”。」
紗月が息を飲む。
「……未来?」
「はい。
たとえば、こんなことは起こりません。」
クロエはそっと、手を前に差し出し指を折っていく。
「ふたりで歳を重ねることも、
喧嘩して仲直りする日も、
涙する夜も、笑い合う朝も、
子どもができるかもしれない奇跡も……
“今”の外にはありません。」
紗月の胸が強く脈打つ。
春樹は、そっと紗月の肩に手を置く。
「つまり……永遠は幸せなんじゃなくて、“停滞”なんだ」
「そうです。
永遠に満ち足りている世界は魅力的です。
けれど――そこには“物語”がありません。」
紗月は唇を噛む。
「春樹さんと、“続き”が見たい……」
その声は小さく、でもはっきりとしていた。
クロエは優しく微笑む。
「ええ。永遠に留まる選択は、恋を“保存”します。
未来へ進む選択は、恋を“育て”ます。」
春樹の心は静かに決まっていた。
だけど、それは紗月が決めることでもある。
「紗月。俺は――どちらでも君と一緒にいる。
でも、本音を言うなら……」
紗月が涙をこらえながら見上げる。
「うん」
春樹は深く息を吸い、言った。
「俺は、永遠より――“未来”が欲しい。」
紗月は目を閉じ、涙を一粒落とした。
「私も。
春樹さんと、進みたい。
歳をとって、泣いて、笑って……
全部いっしょに経験したい。」
春樹は紗月を抱きしめる。
「ありがとう。
この恋を、続きにしてくれて」
その瞬間――
クロノのランプが大きく揺れ、光が広がった。
店が再び“時間を縫い合わせ始める”。
クロエは声を失わず、静かに宣告する。
「決まりましたね。
ふたりは“未来”を選んだ。」
紗月が震える声で尋ねる。
「……これで私たち、守られるの?」
「ええ。もう時の狭間に引かれることはありません。
あなたたちの魂は“ひとつの線”に繋がりました。
次は――」
クロエは涙を浮かべて微笑む。
「ふたりの物語を、生きてください。」
ランプの光が天井まで届き、
空気が弾けるように広がる。
古時計が再び――ゆっくりと、
時間の針を動かし始めた。
コチ、コチ、コチ……
紗月は春樹の胸に顔を埋め、泣き笑いした。
「やっと……進めるんだね……!」
「うん。
君となら、どこまででも行くさ」
それは、魔法が終わった音だった。
同時に――
恋が始まる音だった。




