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カフェ クロノス  作者: July
第6章 彼女の魂を追う者
13/17

2

 紗月と春樹が“同じ時間の恋人”として歩み始めたその後も、

 クロノの空気にはどこかしら、静かな緊張が漂っていた。


 何かが近づいている。

 それは春樹にも、紗月にも、そしてクロエにも感じられていた。



 ある夜、紗月は店に入ると真っ直ぐ春樹のもとへ来て言った。


「ねえ、ちょっと外、歩かない?」


 珍しく紗月から誘われ、春樹は驚いたがすぐ頷いた。


 店を出て、街灯の並ぶ夜の散歩道を歩く。

 紗月はマフラーを少し上げ、春樹の腕にそっと触れた。


「なんかね……あなたと歩くと、“懐かしい”って思うの。

 初めてなのに、ずっとこうしてた気がするんだ」


「……俺もだよ」


 紗月は小さく微笑む。


「私ね、ずっと怖かった。

 誰かの期待に応えられなくて、

 大切な言葉を言えなくて……

 失うのが怖くて、逃げてばっかりだった」


「もう逃げてないよ」


「うん。春樹さんがいてくれるから」


 紗月は深呼吸をして、春樹を見つめる。


「だからね、ちゃんと言いたいの。

 ――あなたが、好きです。」


 その言葉は、前世では決して言えなかった“命の声”だった。


 春樹は紗月の手をやわらかく包み込む。


「俺も……好きだ。

 ずっと探してた。

 ようやく言えるよ。やっと届いた。」


 紗月は泣きそうに笑った。


「やっと……届いたんだね」


 ふたりの指先が絡み、夜風の中で静かに寄り添った。




 店に戻ると、クロエはカウンターの奥で静かに微笑んでいた。


「いい顔ですね、おふたりとも」


「クロエさん……実はさっき……」


 紗月が照れて頬を押さえると、クロエは嬉しそうに目を細めた。


「ええ、外まで聞こえていましたよ。

 ようやく“言えた”んですね」


「……聞こえてたんですか!?」


「私は“この店の時間”の守り人ですから」


 守り人――

 春樹はその言葉に、以前から抱いていた疑問が胸に浮かんだ。


「クロエさんは……何者なんですか?」


 クロエは動じもせず、穏やかに答えた。


「私は“時の狭間”に生きる者。

 人が後悔を抱いた時、その心を導く役目なのです。」


「導く?」


「ええ。

 やり直しに溺れず、未来へ進めるように。

 あなたたちのように――“恋の続きを生きる道”へ。」


 春樹は息を呑む。


 紗月は、少し震える声で尋ねる。


「じゃあ……私と春樹さんは、進むためにここへ?」


「そうです。

 あなたたちふたりは、長い時間、すれ違い続けていました。

 出会っても、惹かれあっても――

 別れの運命に縛られていた」


 クロエはそっと手を胸に置く。


「だから私は、あなたたちを同じ時間に揃えたのです。」


「同じ時間に……?」


「ええ。

 春樹さんが“戻らない”選択をし、

 紗月さんが“生まれ直した”ことで、

 ふたりの魂はようやく同じ瞬間を生きられるようになった」


 紗月はそっと春樹の手を握った。


(そうか……だからこんなにも自然に惹かれたんだ)


 魂が覚えていた。

 心が知っていた。

 時間を越えて、互いを求めていた。



 クロエは微笑む。


「これからあなたたちが歩むのは、“未来の時間”。

 もう戻る必要はありません。

 戻ったって、あの日々には誰もいませんから」


「誰も……?」


「過ぎた時間に人は存在しません。

 いるのはあなたたち自身だけ。

 そして今は――」


 クロエは春樹と紗月の手を見て言う。


「あなたたちが“生きている時間”なのです。」


 その言葉が胸に染み渡った。


(そうだ……もう過去に戻らなくていい。

 目の前に紗月がいる。)


 紗月は春樹の肩にもたれ、小さく呟いた。


「春樹さんと……ちゃんと未来を見たい」


「俺もだよ。

 君となら、どこまででも行ける」


 クロエが優しく頷く。


「よかった。

 本当に……よかった。」


 その声には、どこか安堵が滲んでいた。



 その瞬間、紗月が小さく息を呑んだ。


「……あれ……?」


「どうした?」


「今……一瞬だけ……

 春樹さんと一緒に、歳をとっていく夢を見たの。

 すごく幸せで……手を繋いだまま、白髪になるまで……」


 春樹の胸が熱くなる。


 紗月は顔を上げ、涙を浮かべて笑った。


「変な夢なのに……すごく“本物”みたいだった。

 きっと……未来だよね?」


 春樹は彼女の手を握り返す。


「うん。未来だ。

 俺たちが、これから生きる未来だよ」


 紗月はその言葉に安心したように目を閉じた。

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