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カフェ クロノス  作者: July
第6章 彼女の魂を追う者
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1

 紗月が“ひとつの時間の中”で生まれ直してから数日。

 春樹は、毎日のようにクロノへ通っていた。


 不思議なことに、彼女は必ずと言っていいほど姿を現す。

 まるでコーヒーに導かれるように、自然と店の扉を開いてしまうらしい。


 紗月自身も首をかしげていた。


「なんでだろう。コーヒーがそんなに好きだったわけじゃないのに……気づいたらここに来ちゃうの」


「来るたび、落ち着くんだろうね」


「うん。それもあるけど……」


 紗月は春樹の横を見る。


「……あなたがいる気がするから?」


 そう言って照れくさそうに笑った。


 ――胸が跳ねた。


(やっぱり。魂は覚えているんだ)


 記憶がなくても、時間が変わっても。

 彼女はまた春樹に惹かれている。

 その事実が、愛おしくて仕方がなかった。



この世界の紗月は、絵を描くのが趣味らしく、スケッチブックをよく開いていた。


「この前のケーキ、描いてみたの。見てくれる?」


 差し出されたページには、

 ふわふわで、柔らかく甘い雰囲気のチーズケーキが描かれていた。


 そこには――

 あの日の笑顔も、熱も、息遣いも残っているようだった。


「……すごく、綺麗だ」


「ほんと?よかった……。

 なんかね、絵を描くと、“見たことない記憶”が浮かぶの」


「記憶……?」


「うん。“描いたことある気がする景色”とか……

 “誰かに見せたくて描いたスケッチ”とか……」


 紗月は胸元を押さえる。


「その誰かの顔は思い出せないのに、

 胸の奥が……すごくあったかくなるの」


 それは――紗月の魂が思い出している証だった。


(言うべきか……?

 でも、全部話したら彼女の今の時間は重くなるかもしれない)


 春樹が迷っていると、クロエがそっと口を挟んだ。


「無理に全部思い出す必要はないわ。

 魂が覚えているなら、それで十分よ」


「……クロエさん?」


「大切なのは、思い出すことじゃなく――

 これから作る未来よ」


 


 紗月はその言葉に小さく頷いた。


「うん。私も……そう思う。

 “今”が一番大切だって」


 その笑顔は、前世の苦しさを超えて、今の時間を生きようとする強さに満ちていた。




 その夜、春樹はふと窓の外を見る。

 紗月がスケッチブックを閉じて笑っている。


 そんな何気ない光景なのに――胸がひどくざわついた。


 強烈な既視感。

 心臓が熱くなる。


(なんだ……これ……?)


 視界の端で光が揺らめき、遠い記憶のような景色が重なる。


 ――古い石畳。

 ――満月の夜。

 ――白い服の紗月。

 ――「待ってる」と言った自分。


 胸が熱く脈打ち、息が詰まる。


「春樹さん?」


 紗月の声が現実に引き戻した。


「大丈夫?顔が真っ青……!」


「あ……いや、ちょっと、変な感じがして……」


 紗月が心配そうに近付く。

 その動きがまた別の記憶を呼び起こしそうで、胸が震えた。


(これは……前の人生の記憶?)


 紗月の魂が思い出したのなら、

 春樹の魂が思い出すのも当然だ。


 だが――


 それは“幸福な記憶”だけではなかった。


 背中にまとわりつくような、重い痛み。

 別れの瞬間。

 守れなかった想い。


 春樹の表情に影が落ちる。


 紗月はそっと春樹の手を取る。


「言いたくないなら、無理しなくていい。

 でも……怖いなら言って。

 私は、一緒にいるから」


 その言葉は、過去にはなかった“救い”だった。


(紗月……強くなったな……)


 春樹はかすかに微笑んだ。


「大丈夫。君がいるから」


 その瞬間――胸の痛みは温かなものに変わっていった。



 閉店間近、紗月が帰ったあと。


 クロエは静かに春樹に言った。


「記憶が戻り始めましたね」


「……あの光景。全部、俺の……?」


「ええ。あなたが彼女を“追いかけ続けた魂”である証よ」


 クロエの表情はどこか寂しげだった。


「ただの偶然じゃない。

 あなたと彼女は――“時を越えてしまった恋人”なの」


「時を越えて……」


「そう。何度生まれ変わっても、互いに惹かれる。

 それは、運命が用意した奇跡でもあり……呪いでもある」


「呪い……?」


「ええ。だって、ふたりは“必ず別れを経験する宿命”でもあるから」


 春樹の胸が冷たくなる。


「別れ……?」


「この世界では、ね。

 でも――今回は違う。

 あなたは“戻らない”選択をした」


 クロエの声に、やわらかな光が宿る。


「だからこそ、未来が変わる。

 ふたりはようやく、同じ時間で恋を始められるのよ」


 春樹は静かに目を閉じた。


(同じ時間を……一緒に生きられる)


 そう思っただけで、胸が熱くなる。



 次の日。


 紗月は店に入るなり、まっすぐ春樹のもとへ歩いてきた。


「春樹さん。今日ね……夢を見たの」


「どんな?」


「あなたが、私の名前を呼ぶ夢」


 紗月は胸に手を当てる。


「名前は言ってくれなかったのに……

 呼ばれた瞬間、胸が痛くなるほど嬉しかった」


 春樹は息を呑む。


 


(間違いない。魂の記憶が……完全に戻り始めている)


 


 紗月は照れながら笑った。


「変だよね。理由はわからないのに……

 私ね、あなたのことが好きなんだと思う。

 会うたび、どんどん好きになっていくの」


 それは、前世でも言えなかった“本当の言葉”。


 胸が熱くなり、涙がにじみそうになる。


 


「……俺もだ。何度でも恋に落ちるよ。君に。」


 


 紗月は照れながら笑い、そして――

 春樹の肩にそっと頭を預けた。


「また明日も会える?」


「もちろん。明日も、明後日も、その先も」


 紗月は安心したように微笑む。


「よかった……。

 やっと“同じ時間”にいられるんだね」


 


 その言葉は、春樹の魂を深く包み込んだ。


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