表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カフェ クロノス  作者: July
第5章 時間の終わりの宣告
10/17

1

 その夜から、春樹と紗月の間には言葉にできない確かな“絆”が生まれていた。


 会えば安心し、触れれば未来が形を持って動き出す。

 過去の記憶を完全には分かち合えなくても、心は同じ方向を向いていた。


 だが――その温かさが深まるほど、

 クロノに漂う空気には、少しずつ緊張が混ざり始めていた。


 


 春樹が店に入ると、クロエが珍しくカウンターから動かず、静かにこちらを見つめていた。


「春樹さん」


「……何かありました?」


 


 クロエはふわりと微笑んだが、その笑みはいつもの柔らかいものではなかった。


「座ってください。伝えなくてはいけないことがあります」


 


 春樹の心臓が強く鳴る。

 予感があった。

 わかっていた。

 この恋はいつか試される。


 紗月はすでに窓際で待っていた。

 今日の彼女は昨日と同じ大人の姿。だがその瞳は……静かに覚悟を滲ませていた。


 


「……聞くね、クロエさん。私も」


「ええ。あなたにも関係することだから」


 


 クロエは二人の前にひとつのカップを置いた。


 白い陶器。

 緩やかなカーブ。

 いつもと同じ――のはずなのに、どこか重い存在感を持っていた。


 


「これは……最後のクロノブレンドです。」


 


 空気が止まった。


 


 春樹は息を詰める。


「最後……?」


「ええ。春樹さんが使える“時間”は、もうほとんど残っていません」


 


 クロエは淡々と、けれど優しく説明する。


 


「あなたがこのコーヒーを飲むたびに削ってきたのは、

 “未来の可能性”。

 それはもう、限界に近い」


 


 心臓が冷たくなる。


(……そんなに使ったのか)


 たかが5分。

 されど5分。

 恋のために、後悔を消すために。

 春樹は何度も“巻き戻す”選択をしてきた。


 


「最後の一杯を飲めば、もう戻ることはできません」


 


 クロエは続ける。


 


「飲まずにいれば……春樹さんの時間は普通に流れ、未来へ繋がる。

 飲めば――最後の5分に戻れますが……」


 


 言葉が区切られ、沈黙が落ちた。


 


「――あなたの“時間”はそこで止まります。」


 


 春樹の呼吸が一瞬止まる。


 


「時間が止まる……?」


「ええ。世界は動き続けても、あなたは“その瞬間”に固定されるの。

 ただし……恋が叶わない形で」


 


 クロエの瞳は悲しみを含んでいた。


 


「止まった時間に恋は実らない。

 進むからこそ触れられ、形になる。

 だから……これは代償です」


 


 春樹は唇を噛む。


 


(選ばなきゃいけないのか――)


 最後の1杯。

 戻るためか、進むためか。


 


 すると隣で、紗月がそっと春樹の袖を掴んだ。


「ねえ……春樹さん」


「……うん」


 


 彼女の瞳は、まっすぐで、揺れていて、でも逃げなかった。


 


「飲まないで。

 “やり直す恋”じゃなく、続きの恋がしたい。」


 


 その言葉は優しく、切なく、とても強かった。


「私はもう逃げない。

 だから……あなたも逃げないで」


 


 春樹は息を吸い、拳を握る。


 


 けれど――その瞬間。


 


 店の扉が突然開いた。


 


 強い風が吹き込み、ベルが乱暴に鳴る。


 


 そこに立っていたのは――


 


 別の時代の紗月。


 


 学生姿。

 息を切らし、涙を流していた。


「だめ……!飲んじゃだめ……!」


 


 次の瞬間。


 背後からもうひとり。


 


 幼い少女の紗月。


「まって……まって……っ!そのコーヒー飲んだら……消えちゃう……!」


 


 そして――


 


 最後にゆっくりと入ってきたのは。


 


 白髪の老いた紗月。


 


 杖をつきながら、それでもまっすぐ春樹を見た。


「……お願い。未来へ行きなさい。

 私たち全員の願いを――叶えて」


 


 声は震え、涙を浮かべながら。


 


「“私”は、あなたと生きたかったんです。」


 


 春樹の胸に、熱いものが込み上げた。


 


(……ああ)


 理解した。


 


これは試練じゃない。

“選ばせるための道”だったんだ。


 


 クロエがそっと言う。


「答えを。

 ――春樹さん。」


 


 春樹は最後のカップを見つめる。


 


 過去へ戻るための道。

 それとも――


 


 紗月と未来へ進む道。


 


 そして、春樹はゆっくりと――手を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ