二十九話 悪魔
臙脂色の肌に赤黒い眼の紋様が怪しく輝いている。
先程は閉じていた眼の紋様が今度は開いていた。
これが何を意味するかは分からない。
ただ一つ分かったのは、これがカーマインにとって良いものでは無いという事だけだ。
「いくぜ!! 受けてみろ!! 俺の拳を!!」
ドゥーベは両腕を前に突き出し、カーマインの鳩尾に打ち込む。
弾丸の様な一撃がカーマインに叩き込まれ、カーマインは地面に打ち付けられ、地を砕いた。
カーマインが起き上がろうとした時、空からドゥーベが降り、ドゥーベの拳が脳天を捉えた。
それを間一髪で躱し、剣に熱を込め斬りつける。
ドゥーベはいとも容易くそれを腕で弾き、肉薄した。
拳を振り上げ、一気に落とす。
カーマインは地面に捩じ込まれ、沈んだ。
さらに追い打ちをかけようと拳を何度も地面に打ち込んだ。
カーマインは回転しながらそれを全て受け流し、距離を取った。
少しずつ疲労が見えてきたカーマインに対し、ドゥーベはこれからと言わんばかりにシャドーをして高揚している。
返り血を頬に染めドゥーベはそれを手で拭き、舐め取った。
「お前、中々硬いなぁ!! おもちゃには丁度いい!!」
カーマインは理解する。
異能をセーブして戦えるような生温い相手ではないことを。
手を抜くということは、即ち死を意味しているということを。
「本当に強い……手に負えないな……!!」
カーマインから少しずつ息遣いの荒い呼吸音が聞こえだした。
スタミナにも限界がある。
段々と消耗し、擦り減らしているのだ。
疲労感の溜まる手足に、今は休む時ではないと言い聞かせ、自らを奮い立たせる。
「俺は負けないよーー!!」
「いや、俺が勝つ!!」
カーマインは凄まじい重責を背負っている。
普段は負ける要素などない相手ばかりだが、今回は違う。
自分が負けたら国が崩れるというプレッシャーに押しつぶされそうになっているのだ。
だからこそ負けるわけにはいかない。
人類最強の騎士として負けるわけにはいかない。
「俺はお前を焼き尽くす!!」
「やってみろ!!」
カーマインは剣に手をつき、突きの構えを取る。
瞬時、光の様な一閃がドゥーベへ届く。
足に熱を込め、威力を無視した一閃。
それは速度のみに特化した一撃で、身体能力が強化されたドゥーベでさえ反応することは出来なかった。
だがその刃がドゥーベに届いても身体を貫くことは無く浅く突き刺さる程度だった。
熱を込めていなくとも速度による重さが出たおかげで突き刺さった。
だが当然その程度の威力。
ダメージは無い。
「最初は速度に驚いたが、威力はヘボだな」
そう嘲る様に笑うドゥーベを見てカーマインも笑みを零した。
「何故笑う?」と言言い出しそうな顔を見せたドゥーベをよそにカーマインは叫んだ。
「今日の分!! 全部ぶちまけてやる!! 出力70%『陽光砲』ーー!!」
光は細くそして高く伸び、空へ届いた。
ドゥーベを一点集中した一撃は広範囲であれば国を、大地を焼き尽くさんとする火力であった。
"人類最強の騎士"を過剰としない説得力がその一撃に込められている。
やがて炎は止み黒く焦げた地面と緋色の髪を靡かせる鎧姿の男。
皮膚が焼け爛れながらも赤黒い紋様だけは光を失わないドゥーベの姿があった。
その顔は鼻の先や瞼、口の皮膚は既に焼け落ち、全てが剥き出しとなった状態でカーマインを睨んでいる。
「……まだ、負けてねぇよ」
掠れた声でそう叫ぶのはドゥーベである。
皮膚を失い、爛れた姿は人と形容して良いものなのか。
それを悩まされる程に灼かれた彼の身体は、まだ意志を持ち声を発している。
何故、生きているのか?
人生で初めてと言っても過言ではないほどの高出力を放ったのに。
分からない、何故?
不可解、ありえない、あってはいけない。
様々な言葉が脳に次々羅列されていくがそれは理解出来ないことを意味する言葉のみであり、酷く混乱していることに自分でも気づけていない。
それを示唆する思考に至っていた。
「ーーなん……で生きてんだ……」
気づけばそう零れている。
ドゥーベの耐久力は異常である。
一体自分から逃げているうちに何人の国民を殺したのか。
それは定かでは無いが、途轍もなく多い事だけはドゥーベの様子を見ると理解できる。
最初から強いことは分かっていた。
絶対に舐めていちゃいけないことなんて当たり前。
そもそも戦闘時に敵を甘く見積もるなんて事は無い。
ーー常に最悪を見通している。
そう自分でも思っていた。
でも現実は違った。
ドゥーベにはまだ息があり、自力で立っている。
それに比べ俺は立つのも限界で既に異能は使えない。
異能無しの戦闘にも自信はあるが、亜人族のパワーとドゥーベの異能には遠く及ばない。
詰みという言葉が脳を駆け抜けていく。
嫌だ、なんて甘い事は考えられない。
負けたくないなんてのはただの願望でしか無い。
そんな事を考えるのは無駄だ。
今自分に何ができるのか、それを最大限考えなければならない。
今一番重要なのはドゥーベを移動させないことだ。
だがそれは移動させてはいけない事が本質にあるのではなく、民間人に被害が出ることと、他の戦闘員に迷惑がかかるという事にある。
つまりその2つの条件をクリアしていれば関係無いのだ。
その時、南の方向から赤い煙が立ち上った。
それは救難を意味する発煙筒である。
瞬間、カーマインの中で一つの考えが浮かぶ。
ーー今すぐ向かおう。
俺がドゥーベを上手く誘導しながら向かえば反対側というのも相まって他の救難信号に反応した騎士が応戦に向かうかもしれない。
そうすればドゥーベにーー。
ーー否、駄目だ。
俺を信じてくれた仲間がいる以上そんな押し付けるような事は出来ない。
ここでやるしかない。
俺が倒すしか無いのだ。
「睨んでるだけじゃな始まらないだろ?」
カーマインは煽るようにそう叫んだ。
その声を皮切りにドゥーベはトボトボと重い足取りでカーマインとは別の方向に歩き出した。
目的は分からない。
ただなにかに取り憑かれたかのように歩きだしーー。
いや、あれは人だ。
ドゥーベはあの状況でも強くなろうと人を頃方としているのだ。
殺せば殺すほど強くなる。
恐ろしい異能の条件を満たそうとしている。
そこに意思があるのか、将又本能なのかは分からない。
今すぐ止めなければ……!
そう考え足を前に出した時。
俺はその場に崩れ落ちた。
瓦礫に足を滑らせ転んだわけではない。
ただ立つ事を続ける力が残っていなかっただけだ。
「……あ」
ドゥーベの方に目をやるとドロドロに溶けたその皮膚を垂らしながら離れていく。一歩、また一歩と進むその先には無関係の住民の家があった。
先の轟音により一部は避難したと思われるが、それでも動かない人は多い。
カーマインがいるからと慢心しているのだろう。
透の言葉をカーマインは信じ切れていなかったのかもしれない。
完全に信じていたのなら住民への避難指示は惜しみなく行っていた筈だ。
ーー全て、自分の落ち度なのだ。
足を動かそうとしても動かず、震えは止まらない。
これでは騎士失格だ。
カーマインは気づいた。
自分が強かったわけではない。
異能が強かったのだと。
「駄目、だ……駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ」
ドゥーベは今も国の中心を目指している。
その速度は段々と加速していき、ドゥーベの姿が少しずつ見切れてくる。
どうやら住民に興味は無いらしい。
ドゥーベには目的がある。
恐らくそれはスカー王国の機能停止だろう。
条件は2つ。
王の死亡、カーマインの死亡である。
ドゥーベもまたカーマインに怯えて居るのだ。
だから王の条件を果たしに向かった。
相手も怯えているという事実を知ったとしても、カーマインの体は動かない。
「早く、行かなければ……」
王城に残っている最後の四天王、ヴァルハルトでも満身創痍のドゥーベに勝てるのかは怪しい。
絶対に近づけては駄目だ。
カーマインは力を込める。
だが意味はない。
熱も失せてしまった。
回復まで半日以上必要だろう。
詰み、という言葉が頭を過る
ーーその時だった。
勝ち気な長い金髪が目に映る。
騎士のヘルムを捨て人を担いでいるその姿が。
あれは……ライナ?
ライナと思われる人の影がこちらへ向かってきていた。
その手には透らしき人物が抱えられている。
声が届く距離まで近づきライナは透をカーマインの前に下ろした。
透は身を捩り倒れたカーマインに対面する。
そして透は言った。
「『与えろ』」
その一言に期待と闘志と、熱がこもっていた。




