第二十六話 葛藤と本気
〜王国内西部〜
「……ヘレンさん、俺も一端の騎士として強くなりたいんですよ。教えてくれませんか? 四天王の強さの秘訣を」
「馴れ合うつもりは無いわ、報告以外で話しかけないで」
「承知しました……」
ヘレンに頼みをキッパリと断られたラジャイは悲しそうな顔をして少し後ろに引き下がった。
王国内の景色は他の場所と大差はない。
ーー刹那、凄まじい爆発音と共に閃光が夜空を駆けた。
「な、なんじゃあ!?」
「落ち着いてください、あれは恐らくーー否、確実にカーマインさんのものでしょう」
ラジャイは痛感した。
人類最強の騎士とも呼ばれた男の強さを。
「あれはカーマインさんの本気なのでしょうか……初めてあれほど高出力のエネルギーを見ました……」
「エネルギー……?」
「はい、カーマインさんの異能……それはエネルギーなのです。あれは高出力のエネルギーを放ったのだと考えられるでしょう」
「一体……七眼英傑とは、何者なのだ……?」
ラジャイは戦慄した。
それと同時に恐怖し、逃避したいとも考えただろう。
それだけこれまでとは次元の違う強さが前提として要求されているのだろう。
「そういえばヘレンさん、あなたなら……あ?」
その時、細く高い足音が聞こえた。
その足音は一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。
「ラジャイ、下がって」
「俺だって戦えーー」
「下がって!!」
今までとは違う迫力にラジャイも押し負け、後退りする。
ハイヒールを履いた露出の多い派手な女は紫色の肌を持ち、金色の長いチェーンを携えていた。
チェーンの先には刃のようなものが付いている。
「こんにちは」
「馴れ合うつもりは無いので」
ヘレンは女の挨拶を軽くあしらい、女の背後へ移動する。
ヘレンは瞬きの間に背後に現れ懐から抜いた短剣で女の胸を突く。
女はチェーンを一振し、それを弾いた。
「もぉ~ん、つまらない女ねぇ」
女の声には色気があり、男を釣り陥れる妖艶さを孕んでいた。
そして女の背後へ瞬時に移動した理由、それはヘレンの異能、【影移動】にあった。
騎士には合わぬ暗殺者に合った異能、それでもヘレンは道を間違えずに騎士の道を貫いた。
「っ……!!」
「おいおい、そんな露出の多い服なんて来て、人拐いに遭ったらどうすんだ?」
「私は伍の眼持つ男、ドゥーベ様に忠誠を誓う者、
エル・カーター。そこらの悪党になんて負けるわけが無いわ」
エルは笑いながらチェーンを握りしめる。
「御託は終わりにしましょうか、ドゥーベ様も暴れているようだし、私も仕事しなきゃなの」
「その仕事、遂行させる訳にはいかないわ」
「やれるものなら、やってみなさい」
エルは両手に握る金色のチェーンを振り、地面に引き摺られていた短剣が予測不能の乱れた動きで振り回される。
それは正確にヘレンとラジャイの身体を斬りつける。
ヘレンは影を伝い、それを回避する。
ラジャイはあまり慣れていないような手つきで腰の剣を抜き短剣を弾いた。
「……重い!!」
ラジャイは無意識のうちにそう零れていた。
薄々気づいていた。
ラジャイ、俺は剣が苦手だ。
騎士学校に居たとき、剣の成績はいつも最下位だった。
じゃあなんで苦手なのに剣を使うのか。
それは同胞、つまり仲間の騎士達は皆剣を扱い、剣を持つ者と共に戦うことに慣れているからだ。
彼は本当は手斧が好きだった。
決まった形は持たない、一辺乱れたようにも見えるがその場その場で補う。
囚われない戦いが好きだった。
でも騎士としては強さよりも協調性が求められた。
四天王になれる程強くもない。
異能を持つ訳でもない。
なおさら協調性が無いと活躍なんて出来なかった。
異能を妬んだこともあった。
恨んだこともあった。
だから透に初めて会った時、強く当たってしまったのかもしれない。
ーーそれでも、彼は騎士だ。
ラジャイは騎士なのだ。
騎士たるもの剣を握り国の為に戦い勝たねばなら無い。
国の存続を賭けた重要な戦。
それに参加出来たのは誇らしい事であった。
だが参加しただけで満足出来る筈が無い。
「俺だって……戦えるんだ!!」
俺なら戦える。
そう自らを鼓舞したラジャイは剣を握りしめ、エルに肉薄した。
両手に持つ鎖の先に携わっている短剣をエルは一振りで命を吹き込んだ。
短剣はラジャイの首を狙い、撓って力を持ち引き裂く。
重く、沈むような金属音が響く。
遅れて岩の砕ける爆発音が轟く。
短剣の一本は彼の剣に防がれた。
だが彼は勢いを殺しきれず身体でその力を受けた。
瞬時に吹き飛ばされ、岩の壁に強く身体を打ち、瓦礫を作った
もう一本はラジャイにトドメを刺さんとするものだった。
ーーだが弾かれるような金属音が重く響いた。
ヘレンは鎖の影に割って入り剣をタイミングよく弾いたのだ。
それでも楽勝というわけではない。
大振りに体を振り、体重を乗せなんとか弾いたのだ。
「やはりあなたに戦場は早すぎる……今すぐに逃げなさい!!」
ヘレンは印象とは違う、物凄い剣幕でラジャイを逃がそうと叫んだ。
ヘレンは回避特化の為、弾くのは得意では無い。
このままだと己に、ラジャイに刃が届くのも時間の問題では無い。
ヘレンはその冷たい表情の裏に隠れた思いやりの暖かさがあったのだ。
だがその思いが彼に伝わることはなかった。
「……すいません、迷惑なのは分かっているんです。でも、それでも……」
ラジャイは重く、そして鋭く息を吸い、叫んだ。
「ーー騎士として!! ここで終わる訳には行かないのだ!!」
エルは悪辣に笑った。
「何だが勘違いしてるみたいなのだけど、私はあんたみたいな凡人には興味が無いの」
再度、黄金の鎖が地を這う。
左手に握られた鎖は砂埃を立てるのみで、ラジャイには届かなかった。
だがその砂埃はヘレンの反応を鈍らせる狙われた一撃であった。
右手に握られた鎖は空を薙ぎ、ラジャイの首を裂いた。
ーー否、刃は頬を裂き、そのまま地に落ちていた。
「確実に裂いた筈なのに……何をした?」
砂埃が舞い、ラジャイのシルエットのみが映っていた。
彼の左手は裂かれた右頬を押さえ、右手には先の斬れた剣だった物が握られていた。
「ラジャイ!!」
それはヘレンが初めて名前を呼んだ瞬間だった。
黒く目立つシルエットを睨み、エルは気づいた。
「あー、剣を犠牲に受け止めたのね」
砂埃が晴れ、折れた剣を握るラジャイの姿があった。
それは頼り甲斐のあり、笑顔に隠された後ろめたさを感じる表情ではない。
何か吹っ切れたような面持ちであった。
「あんたのこと少しは認めてやろうかと思ったのに。
結局雑魚のままね」
ヘレンはその隙に近づいた。
静かに、殺意を抑え、剣を握っていた。
近距離なら鎖も間に合わない。
エルにとって最悪の間合い。
「あんたも馬鹿よ」
エルは背後に回ったヘレンの鳩尾にハイヒールを突き刺した。
「くっ……!!」
ヘレンは堪らず後ろに下がる。
その時、ラジャイが口を開いた
「ヘレンさん、あんたの負担になるかもしれないが、やってみたい事がある」
緊迫した表情でヘレンは応える。
「何?」
「あんたが知らない戦い方をする、それでも合わせられますか?」
ヘレンは焦りが滲み出ている表情を殺し、冷静な面持ちで頷いた。
「四天王を舐めないで」
ラジャイは高らかに笑い、背中の中に仕舞われた手斧を2丁取り出した。
「初めてかも知れぬな」
「何よ」
「背中を預けても良いと心から感じたのは……!」
ラジャイは我慢していた。
いつも後輩ばかりで頼れる存在はカーマインのみ。
でもカーマインは実力に雲泥の差があり荷物になるだけだった。
初めてだった。
ラジャイが誰かと共に戦う時にーー。
本気を出したのは。




