小島さん
守口さんとの初デートから帰った希は、いつになく上機嫌だった。
私の写真に報告はしてくれなかったけど、そんな希はとてもかわいかった。
だからこそ、私は希を守りたい。
守口さんには別に恋人がいる。
それを知った時に希が泣かないよう、私は何かをしたいんだ。
それでも幽霊の私にできることなんかあるのだろうかと悩んでいたけれど、
私のことが見える小島さんと出会うことができた。
小島さんは、私に協力してくれると言う。
そして、今日はその小島さんと会う日だ。
私は希からあまり遠く離れることができないので、
希の通う高校の近くにある公園を待ち合わせ場所に指定した。
そこは希と桜井君がいつも帰りに寄っていた公園だ。
私にもあまり良い思い出ではないけれど、そこが一番わかりやすいのだから仕方がない。
それにしても、小島さんはなぜ見ず知らずの私にここまで協力してくれるんだろう。
私の方からお願いしたのは確かだけど、正直あまりにも図々しいと思っていた。
ただ私が見える人なんて滅多にいないから、希を守りたくてついすがってしまったのだ。
そんな私の言うことを、小島さんは聞き入れてくれた。
そして、私が見えるということは小島さんも猫や桜井君と同じ……。
そんなことを考えていると、後ろから小声で「真さん、こんにちは」という声が聞こえた。
私は小島さん以外には見えないから、周りの人には独り言を言っているように見えてしまう。
だから、小島さんは私にだけ聞こえるように話しているんだ。
この間のことをきちんと覚えて実践してくれる小島さんは、頭の良い人でもあるんだろう。
「こんにちは、今日は無理を言ってごめんなさい」
「構わないよ。どうせ僕は暇だから」
それから、私たちは今後のことについて話し合った。
希には、守口さんからまた誘いのLINEが来ていた。次は再来週だそうだ。
「本命にも会わないといけないから間が空くんでしょうね」
と小島さんが言う。
私は恋愛に疎いので、そこまでは考えつかなかった。
そうか、希にばかり時間を使っているわけにもいかないのか。
それなら作戦を考える時間もできる。
だが、小島さんはどうなんだろうか。
ずっとこの件に関わってくれるつもりなのか、そして、いつまで生きていられるのか……。
私が見えるということは死に近づいているということ。
そのことは、黙っているわけにはいかない。
打算的なことを言えば、小島さんが元気なうちにこの件を解決したい。
もちろんそれだけではなく、私たちのために協力してくれている小島さんにも幸せになって欲しい。
朋美さんの恋人みたいに、死から遠ざかることができる可能性もある。
だから、次の希のデートの日程などを話した後に私は切り出した。
「そう言えば小島さん、初めて会った時に妙なことを言ってましたよね?
『幽霊?ということは僕をお迎えに来たの?』って。あれはどういう意味ですか?」
「ああ、何でもないから気にしなくていいよ」
私には、その言葉をそのまま受け止めることなどできない。
多分小島さんは、変に気を使わせたくないんだろう。
だから、私の方から気を使うのをやめることにした。
「私は幽霊です。その私が見えるってことは、死に近づいてるってことなんです」
まだ知り合ったばかりの人にこんなことを言うのはとても勇気がいる。
もし小島さんがとても元気で、そんな予兆も何もなかったら「失礼な」と言って怒ってしまうかもしれない。
だけど、あの『お迎え』の言葉を聞いた時から小島さんはある程度それをわかっているんじゃないかと思う。
だから、こんな不躾なことを言えたんだ。
「……そうとは限らないんじゃない?
幽霊を見たっていう人はそれなりにいるし、
それらの人の全てが目撃談を語ってすぐに亡くなっているわけじゃないし」
「でも、私の周りの人は亡くなりました。
そして、私の知り合いは死に近づいた時は見えていて、死から遠ざかったら見えなくなったんです。
私は、幽霊にも種類があるんじゃないかと考えています。
私は希から離れられないからなかなか検証もできないけど……」
そこで小島さんが私に声をかける。
「そっか、辛い思いをしてきたんだね」
……私が生身なら、ここで泣いていただろう。
その言葉は、私の胸を締め付けた。
小島さんは人の気持ちがわかる人。
だからこそ、私は小島さんが抱えているものを知りたい。
そして、できることがあれば何でもしてあげたい。
「だから、聞かせてください。
どうして『お迎え』だと思ったのか。何も知らずに後悔するのは嫌なんです」
私がそう言うと、小島さんは少し視線を落としてから私を真っすぐ見つめてきた。
それから、私に対して
「正直言って、あまり格好良い話ではないよ」
と言って語り始めた。
小島さんは、肺動脈性肺高血圧症という重い病気にかかっているらしい。
その手術の成功率は50%。
だけど、小島さんは「生きていてもつまらない」と感じていた。
仕事も恋愛もうまくいかないため、手術を受けてまで生き永らえなくてもいいんじゃないかと考えるようになっている。
積極的に自殺をしようとまでは思わないが、生きていきたいという気持ちを失っているんだ。
だから、小島さんには私が見えるんだろう。
仕事も恋愛もうまくいかないという部分の詳細までは教えてくれなかったけれど、
それこそ高校生の小娘に言っても仕方のない話なんだと思う。
だから、私には小島さんの心の痛みはわからない。
それでも。そう思って私が口を開こうとした時、
「もういいんだよ」
と小島さんが言った。
そのタイミングを見計らったような言葉は、私の口を封じ込めるのに十分だった。
「今は妹さんのことに集中しよう」
小島さんは、そう言って私に優しく笑いかけた。