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尾行

「私、幽霊なんです」


思い切って、私は打ち明けてみた。そして


「私は他の人には見えていないので、話す時は小声で周りの人におかしく思われないよう気を付けて下さい」


と言った。


「幽霊?ということは僕をお迎えに来たの?」


その男性は、小声で妙なことを言った。


その男性をまじまじと眺めてみると、年齢は20代後半くらいだろうか。さっぱりと短めにカットした頭髪と丸く大きな目が印象的な人だ。少し面長で唇の薄いその顔は、やや弱々しい雰囲気を感じさせる。


だが、私にはじっくりこの人を観察している時間はない。早く追いかけないと希たちを見失ってしまう。

そこで私は、


「お願いします、協力して下さい」


と頭を下げた。


「双子の妹が悪い男に騙されそうなんです」


そう言って私が2人の方に目をやると、幸いジンベエザメの水槽に見入っていてあまり移動していなかった。


「あの君にそっくりな子が妹さんだね。あの子は生きてるんだ?」


「はい。それで男の方は他に恋人がいて、それなのに妹に声をかけてきたんです」


「二股、いやもっとかもしれないね。妹さんはいくつ?」


「今16歳です。高校1年です」


「相手の男は?」


「よくわかりません。大学生だということはわかっています」


「それで僕に協力してくれというのは?」


「……」


幽霊である私は現実に干渉できない。だから私が見えるこの人に思わず協力を頼んだのだが、何を頼むかはまだ考えていない。だから私は言葉に詰まってしまった。

そんな私の内面は、この人にはお見通しだった。


「まだ何も考えてないの?」


「……はい、そうです。私が見える人がいること自体想定していなかったので」


「そっか。そう言えば君は幽霊なのにぶつかるんだね。すごく軽かったけど」


「そうなんです。幽霊って壁とか通り抜けられそうなものなのに、全然ダメで。扉が閉まっ

てたら入れないし、扉を開ける力もない。21gの生命体みたいなものなんです」


「へえ、あ、2人がどこかに行っちゃう。とりあえずあとをつけようか」


「お願いします」


こうして、私はこの人と一緒に尾行を続けることにした。……えっと。


「すみません、お名前は……?」


「小島祐樹」


彼は、2人から目を離さずにそう答えた。すごく真剣に尾行をしてくれているその様子からは、責任感の強さが感じられる。


せっかく私が見える人を見つけたんだから、どうやって協力してもらうか考えないと。


と言うか、私が見えるということは……。


弱々しい雰囲気はあるが、小島さんは元気そうに見える。私の意識は、つい小島さんの方に向かいそうになった。


いやいや、私は希を助けるんだ。そう思っても、やっぱり小島さんのことが気になる。もちろん私は希を大事に思っているけれど、出会ったばかりの私の頼みを聞いてくれて今も真剣に尾行をしてくれている小島さんをどうでもいいとは思えない。


だって、この人も死に近づいているはずだから。私が見える人がいる、と単純に喜んではいられない。

と、ここまで私は感情が乱れてしまった。


だが、頭を切り替える。とりあえず今は希だ。そうして、落ち着いてから小島さんの話を聞こう。


そう思って、私はまた希と守口さんのすぐ近くで耳をすます。

守口さんはずっと話し続けていて、希はそれに笑顔で応対する。


そうしている時、希が他の人にぶつかりそうになった。その時、守口さんが希を守るように肩を掴んで自分の方に引き寄せる。


希の顔が少し緊張にこわばる。その表情を見ると、希はまだ完全に心を許してはいないようだ。それを察したのか、守口さんはすぐに肩から手を離した。希は、少しほっとしたような顔をする。


うーん、もう恋愛経験のない私にはわからない。

例えば私なら、男友達にあんなことをされたら緊張するだろうか。全然意識してない相手なら、緊張しないと思う。

いや、そういう態度をキッカケに相手を「この人も男なんだなあ」と見直すのかもしれない。

それではあの希の反応は?守口さんを異性として意識しているからなのだろうか。


そこで小島さんに訊いてみた。小島さんは、小声で答える


「妹さん、真面目そうな方ですね」


「はい、そうですね。彼氏がいたことはあるんですが」


「そうなんですか。でも、男慣れはしていないでしょう?」


「まあ、普通にクラスの男子と話したりするくらいです。彼氏とはあまり長続きしませんでしたし」


……苦い思い出がよみがえる。


「男の方は結構慣れていますね。自然に肩を抱き寄せて自然に離した。僕だったら、『ご、ごめん』とか言ってぎこちなくなってますよ」


自分より結構年下であろう守口さんよりも女慣れしていないことを素直に白状する小島さんに、親しみを感じて笑みが浮かぶ。


それと共に、女慣れしているということを考える。やっぱり、そういうこともしているんだろうか。


大学生で女慣れしているということは、当然そうなんだろう。そんな男が希と2人でデートをしている。となると、希はその対象として見られているんだろう。


そう考えると、私は気が遠くなるように感じた。


陸上一筋だった私は、恋愛を知らない。だが、16歳にもなればそういう経験をしている子もいるのだ。そして、希もそっち側に行ってもおかしくはない。


桜井君にキスをされそうになってもいたのだ。当然守口さんはその先も知っているだろう。下手をしたら、今日希に手を出そうと考えているかもしれない。

その時には、小島さんに止めてもらうしかない。


「小島さん、2人がいかがわしいところにいきそうになったら止めてもらえますか?」


そう訊くと、小島さんは


「ええ、どうやって?」


と尻込みする。


「あの2人から見たら僕なんておじさんだよ。その僕が突然声をかけたら、僕の方が通報されちゃうよ」


「その時は、希に『お姉さんからの言伝がある』と言えば聞いてくれると思います」


「それでも相手からすればいい雰囲気の時にいきなりおじさんに話しかけられるわけだからなあ」


「希はそんな雰囲気を嫌がっていると思います」


「まあその時が来たら善処してみるよ」


結局小島さんにどう協力してもらうかをあまり考えつかないまま時間が過ぎ、希と守口さんは水族館を後にした。


そして、2人は食事に向かう。一人では少し入りにくそうなお店だったので、私が中に入って様子を窺い、小島さんには外で待機してもらことにした。


口説くとしたらここだろうか。私は、緊張しながら希と守口さんに続いてレストランに入った。



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