ナンパ
そうして、希が出かける日がやってきた。
私は、ウキウキした気分でついて行く。希から離れることができないから仕方がない。などと言いながら、普段とは違う場所に行けることに心が弾んでいる。
そういえば、死んだ日もこんな感じだったなあ。
テンションは上がっているのに、少し大人ぶってみたりして。
希は決して友達が少ない方ではないが、休日に出かけることはあまり多くない。
吹奏楽部の練習で疲れているのか、休日までアクティブに出かけたくないようなのだ。
私も本気で陸上をやっていたから、休日はしっかり脚を休めたかった。
無理をしてもスピードは上がらない、と先生も言っていたので、休日は姉妹でゴロゴロとおしゃべりをしたり、それぞれ漫画やゲームや勉強(主に希だけ)で時間を潰したりしていた。
あの日々がとても懐かしい。
こうなるとわかっていたなら、もっと希と一緒にお出かけをしたのになあ。
でも、今日はそれが叶う。
希は気づいていないけど、一緒に街に行くことができるんだ。
私は、希の横を歩く。
生きている時と同じように歩道から出ないように、たまに希の方を見ながら、歩行者が来たらぶつからないように横によけて。
希は1人で歩く時も道の真ん中を歩いたりしない。
後ろから急いでいる人や自転車が追い越していくかもしれないから、その分の通り道を空けているんだそうだ。
確かにそうしたほうが安全だし、少し横を歩くだけだから面倒でも何でもない。
だから、私も生きている時はそれを真似していた。
そして今では、そのおかげで私がいることを知らなくても、私は希の隣を歩くことができる。
それにこのお出かけが嬉しいのは、希が友人と遊びに行こうという気持ちになってくれたこともある。
夏に桜井君が亡くなってから、初めてのお出かけなのだ。
希は周りに桜井君と付き合っていたことを話していなかったけれど、友利さんは薄々気づいていたようだった。
あの子は希と仲が良いだけあって、人の気持ちをよくわかっている。そして、うまく気も使えるのだ。
桜井君が亡くなった時、友利さんは希に話しかけなかった。
笑顔で挨拶の言葉はかけるけど、それ以外は希から話しかけるのを待っていたようだった。
他の友達はそこまで気配りがうまくないから、普通に希に話しかけていた。
希もそれに対して普通に応答していたが、家に帰ると少し辛そうだった。
だからこそ、友利さんの態度が嬉しかったんだろう。
しばらくしてから、希は友利さんに電話をしていた。
そして、号泣しながら桜井君の思い出話を始めた。
友利さんは、きっと黙って聞いていてくれたのだろう。
ひとしきり話し終えると、希は「ありがとう」と何度も言っていた。
友利さんがどんな反応をしていたのかはわからないけれど(そこまで盗み聞きをするようなことはしたくない)、希が友利さんのことを親友だと思っていることは分かった。
もし私が生きていたら、私にその話を聞かせてくれていたのかな?
考えても仕方のないことだけど、友利さんがいてくれて良かった。
それからしばらく経って、希はようやく遊びに行くところまで気持ちが回復したのだ。
ただ、今回誘ってきたのは友利さんではない。
あとの2人が、友利さんと希を誘ってきたのだ。
希はすぐにその誘いを受けていたが、友利さんはその後2人になった時に「大丈夫?」と聞いていた。
友利さんにはまだ希が心配に思えたのだろう。
でも、希は可愛らしい笑顔で「大丈夫だよ。いつまでも落ち込んでいられないしね」と返していた。
そうして出かけることになった希の隣を、私は楽しい気持ちで歩いている。通学路でも希の隣は歩けるが、やっぱりお出かけは気分が上がる。
やがて駅に着くと、友利さんが待っていた。ここで希と2人きりの時間は終わりになるが、友利さんが加わることで会話が始まる。希との2人きりの時間も良いものだけど、やっぱり会話がある方が楽しい。
希がどんなことを考えているのか、友利さんとどんな関係なのか、友利さんは希にどう接しているのか、会話を聞いているといろいろなことがわかる。それによって時々「友利さんの方が私より希のことを分かってるのかもしれない」と思うこともあるけれど、すぐに「友利さんが2人いても仕方ないよね」と思い返す。
私は私だ!と最近は思うようになっている。だって桜井君が亡くなった時、希は私に甘えてくれたんだ。友利さんには友利さんの、私には私の役割がある。死んでしまった今でも、私はそう思っている。
2人の会話を聞きながら3駅ほど進むと、後の2人も合流してきた。この2人に関しては、私はそれほど良い印象は持っていない。何となく軽薄な雰囲気がするのだ。友利さんが気を使って話しかけないようにしていた時も、この2人は普通に話しかけていた。
それが気を楽にすることもあるけれど、この2人は別にそんなつもりで話しかけていたわけではない。希と桜井君の関係も知らないから、桜井君のお葬式の次の日に目を真っ赤にしていた希に向かって「桜井のこと好きだったの?」などと平気で言っていたのだ。
まあ私は友利さんにもあまり良い印象は持っていなかったから(ほとんど嫉妬だったけど)、それをもってこの2人が悪い子だと言い切ることはできない。私は、人を見る目には自信がないのだ。
そうこうしているうちに、目的地に着いた。普段どうしても行きたいと思うほどではないけれど、いざ来てみると胸がわくわくする。はぐれるわけにはいかないけれど、多少は自由に行動することも不可能ではない。
希たちを視界の端に入れながら、私もウインドウショッピングを楽しむこととしよう。私はずっと死んだ時に着ていた高校の制服のままだけど、これを着替えることができないのかな。頭の中で考えた格好になれたら楽しいんだけど。
でも、やっぱりそこまで幽霊というものは便利ではない。自分がどんな存在なのかを調べることも続けているが、1人で出来ることには限りがある。それにいくら仮定を立てても、サンプルが私一人だと心許ない。
せめて私がもう少し賢かったらなあ、などと考えていると、驚くべきことが起こっていた。
希たちが、4人組の男性グループに声をかけられているのだ!これは、ナンパって奴?うわあ、これも私が経験したことのない奴だ。世の中には、本当にこんな出来事が転がっているんだなあ。
でも、希の性格上知らない男の人と接するのはあまり好ましくないのではないだろうか。友利さんも、それを察して離れようとしてくれている。でも、残りの2人が離れない。やっぱり私の印象通り軽くて男好きなんだろう。
どうなるんだろうかとハラハラしながら見守っていると、希が「いいじゃん、少しくらい」と言い出した。それを聞いて、友利さん以外の2人が歓声を上げる。でも、希の表情はその2人とは違って硬い。
友利さんもそれに気づいて「何言ってるの?」と希を問い詰めようとする。だが、後の2人がそれを遮る。
「そんなに嫌なら友利さんだけ帰れば?」
その言葉を聞いただけで、この子たちの性根がわかる。希はこんな子たちについて行っちゃ駄目だ。でも、友利さんは私の期待に応えてくれた。この状態の希を一人にしてはいけないと思ったんだろう。
「わかった、みんなで一緒に来たんだから私も行く」
そういって希の傍にいてくれた。それを聞いた時、希は少しほっとした表情をした。そんな顔をするくらいなら行かなければいいのに。そして男性陣も
「よかった。これで丁度人数も合うね」
と言った。……人数が合うから何だと言うんだ。
それから、希たちはカラオケボックスに向かった。
お読みいただきありがとうございます!
よろしければ、下の☆から評価していただけると嬉しいです。
星1つから5つまで、正直な感想をお寄せください。
ブックマークもしていただけると本当に嬉しいです。
よろしくお願いします。