存在を感じて
「お姉ちゃんのこと、お父さんとお母さんにも話していい?」
「!」
私は、幽霊になってから初めてじゃないかというくらいの興奮を覚えた。
希と一定距離以上離れられない私は、どうしても希のことばかり見てしまう。
それに、私が希のことを好きなのは間違いのない事実だ。
だが、だからといって両親のことを蔑ろにしているわけではない。
今も時々一緒にテレビを見ているくらいだ。
私のせいで両親が涙を流すのを見たくないから、まだ気を抜けない時もある。
それでも、私はお父さんもお母さんも大好きなんだ。
私は、夢中になって希の右頬を押した。
希が誤解しないよう、私の気持ちが伝わるよう、何度も何度も右の頬を押した。
「もう、わかったよ」
希は笑顔でそう言った。それから「行こう」と言って立ち上がる。
希は、両親のいる居間に向かった。私は、少し緊張する。
「お父さん、お母さん」
少し上ずった希の声に両親が振り返る。希は、少し考えてから
「お姉ちゃんがここにいるの」
と言った。いきなりそんなことを言っても訳が分からないでしょ。もう、希ったら普段はしっかりしてるのに……、と思っていると
「本当に?」
「ふ、触れることはできるのか?」
と両親が希の近くの空間を見つめている。
「いったんテレビ消して。それから背筋を伸ばして座って、呼吸を整えて……」
ヨガのインストラクターみたいな口ぶりで希は言った。それから希は私に話しかける。
「お姉ちゃんはここにいますか?Yesなら2人の右の頬に触って」
そう言われた私は、今までの気持ちを込めて2人の頬を押した。
育ててくれてありがとう。毎日仏壇に向き合ってくれてありがとう。……死んでしまってごめんなさい。
先にお父さんの頬を押した。お父さんは、声は出さずに驚いた顔をした。
次にお母さんの頬を押した。
「真……、本当に真なの?」
私は、もう一回お母さんの頬を押した。
2人は目を潤ませながら、私を探すように辺りを見回す。
「触ることはできないの?」
「うん、なぜかはわからないけど、こっちから触ることはできないみたい。でも、お姉ちゃんに触ってもらうことはできるの。すごく弱い力だけど」
「生きてる時からは考えられないくらい弱々しい力ね」
お母さんが少し悲しそうに言う。
「お姉ちゃんは『今の体重は21gしかないんじゃないか』って言ってた。それが魂の重さなんだって。そんなに軽いのに、壁は通り抜けられないって言ってた。だからお姉ちゃんが締め出されないように私の部屋の扉を少し開けておいてって言われてるんだよ」
「まあ、幽霊になっても不器用な子ねえ」
「壁が通り抜けられないって、かなりどんくさい幽霊じゃないか?」
——むう、そんなことないもん!朋美さんだって壁は通り抜けられなかったんだから、幽霊はきっとみんなこうだよ。どんくさくなんかない!
笑っている3人に抗議するつもりで、私はみんなの左頬を力いっぱい押しまくった。
「アハハ、ごめんごめん」
「右頬が『はい』で、左頬が『いいえ』なのね」
と2人が楽しそうに笑う。
「真、あんた元気にしてるの?」
という母の問いかけに、私は右の頬を触って答える。まあ、幽霊だから元気かどうかはわからないが。と思っていたら、希が
「幽霊に元気とかあるのかな?」
と言ってまた場が和む。
「お父さんのこと好きか?」
という父の問いかけには母が
「幽霊と言っても思春期の娘にそんなこと聞くもんじゃないわよ」
と言い、希も
「私にも聞かないでよ」
と続ける。まあ私は2人が考えるほど恥ずかしくはないし、自分の気持ちが伝えられるだけでも嬉しいけど、右頬を押そうとしてやっぱり照れ臭くなって鼻を押した。その後、軽く右の頬に触れた。
お父さんは鼻を押されたことを笑いながらみんなに話しながら、さり気なく右の頬に触れた。私が触れたことにお父さんが気づいたのかどうかはわからない。
「寂しくない?」
とお母さんに聞かれた時はどう答えようかと迷ったけれど、こうして触れ合えたし心配もかけたくないから「寂しくない」と答えようとしたが……どっちだ?
寂しくない?という問いかけに「はい」と答えたらどっちの意味になる????
と悩んでいると、希が助け舟を出してくれた。
「その聞き方は答えにくいでしょ。お姉ちゃん、今、笑ってる?」
私は、また力いっぱい3人の右頬を押して回った。