33. ロストフォレスト
いきなり私のお乳飲む発言で固まってしまった俺をよそに、師匠とアマンダが村の方へ移動していく。村長であるアマンダの家に向かっているのだ。
村長の家に移動する時に村の様子を見てみると、小さな家が5軒と少しだけ大きなアマンダの家。ほんの小さな村だ。
チカトに住んでいる牛鬼は25名。そのうち女性が15名。男性が10名。
主食は葉物野菜で、男性が畑で作っている。
そして、村の特産は“ミルク“だ。牛鬼の女性は成人すると、子供を産まなくても乳が出る。その量は多く、日に1度搾乳しないと胸が張って辛いらしい。つまり、ミルクが有り余っているということだ。
そして、アマンダの私のお乳を飲んで行かない?というセリフは、特産品のミルクを飲んで行かないか?という事らしい。紛らわしいよ、全く。
「牛鬼の乳は格別じゃぞ。遠慮せず飲んでみよ」
アマンダの家について師匠がミルクを勧めてくる。
アマンダから木のコップに入ったミルクを渡される。
一口飲むと、その濃さに驚いた。まろやかな口当たりと濃厚なミルクの香り。これは美味しい。ゴクゴクと一気に飲み干す。
「ぷはぁ。うまい!」
「でしょうぉ。嬉しいわぁ」
アマンダが超絶笑顔だ。
「これは、温泉上がりに飲みたくなる。グリーンウッドの森で取れるフルーツと合わせてフルーツ牛乳にしても美味しいだろうな」
「ほう、フルーツ牛乳とは何じゃ?」
「ミルクにバナナやモモの果汁を混ぜて作る飲み物だよ。甘くて美味しいんだ」
「ほほう。では、ヴィリジアンビレッジで作るのじゃ」
「了解、師匠」
師匠と話していたら、アマンダが話しかけてきた。
「あらん。楓様。とても楽しそうね。まるで恋する乙女見たいよ。フフ」
「な、なにを言っておるのじゃ」
「それで、来訪の目的は、私たちのミルクでいいのかしら?」
忘れるところだった。目的はチーズがあるかどうかを確かめることだった。
「アマンダ、俺たちはこの村でチーズが作られていないか聞きにきたんだ」
「チーズ?あるわよ。私たちのミルクは日持ちしないから保存食としてチーズも作ってもらっているわ」
チカトでは、ミルクが大量に生産されており、保存のためにチーズを作っているが、作っている場所はここではないらしい。どこで作っているかというと、村のすぐそばにある森、“ロストフォレスト“らしい。直訳すると迷いの森。入ると奥まで入れず迷った挙句、入り口に戻されることからつけられた名前だ。その原因は森に住むドライアドが招かれざる客を迷わせて追い返すためだ。
牛鬼とドライアドは共生している。牛鬼が森の間伐を行い、そのお礼としてドライアドが牛鬼のミルクでチーズ作っているという関係らしい。
「そういうことなら、俺が案内しよう」
アマンダの夫のアルタが名乗り出た。ものすごい筋肉に浅黒い肌。端正な顔だちに牛鬼特有の角が生えている。アルタはロストフォレストで間伐の作業をよくやっており、ドライアドとの橋渡しには最適な人物だという。
「アキラです。よろしく」
「アルタだ」
簡単な自己紹介を済ませ、俺たちはロストフォレストへ向かう。
ロストフォレストは本当に近くにあった。徒歩5分。ロストフォレストの近くに村を作ったということだろう。森の入り口に近づくと、大気が揺らぎ、緑色の光が人型に集まって美しい女性を形どる。
「ようこそいらっしゃいました。楓様。それからアキラ様ですね」
ドライアドの情報収集能力はすごいな。
「私は、森で起こっていることは全て把握しておりますので」
こわ!心を読まれた?
ドライアドは木の精霊。樹齢千年を超える樹木から生まれた精霊だ。
非常に希少な精霊かつ、シンプルに超強い。
「私は、ライア。このロストフォレストを管理しているものです」
「うむ、出迎えご苦労」
「アキラです。ライアさん。本日はお願いがあってやってきました」
「ええ、わかっています。こちらへ」
ライアにアルタが続く。森の中へ入っていく。10〜15分程度歩いただろうか。
基本的に一本道をひたすらに歩いていく。これで迷うというのだから不思議なものだ。
「アキラ様、不思議そうですね。このような森で迷うのは不思議だとお考えなのでは?」
「ええ、ロスフォフォレスト。迷いの森だと聞いていたので」
「ええ、資格のないものがきた場合は、私が森を操作して迷わせておりますわ。ただ、ここ数百年侵入者はいませんけど。さあ、つきましたよ」
そこには木のウロの中に収まるチーズがあった。見た目はゴーダチーズのように見える。
チーズはウロの中で熟成されている。管理はその木そのもの。トレントが自らの樹木の中で内部を最適な温度・湿度に保つ。もちろん材料は、超絶濃厚な牛鬼のミルク。
見ればわかる。このチーズはうまい。それがただの保存食になっている。
なんともったいない。
「少し食べてみますか?」
「ぜひ」
ライアさんが一部を削り渡してくれた。
「こ、これは。濃厚な味。鼻から抜ける芳醇な香り。うまい」
加熱してパンに挟むだけでもご馳走になる旨さだ。
これでピザを作る。考えただけでもよだれが出そうだ。
「このチーズを一ついただけますか?」
「ええ、もちろん。牛鬼の皆さんが良ければ」
「俺たちは構わないぞ」
その代わり、フレッシュなチーズ、モッツァレラチーズの作り方を教えることにした。もちろん、メーティスさんにお願いするだけなのだが。
63から65度にあたためたミルクに、酢を入れて混ぜる。
固形になったらざるで濾して、まとめる。
熱湯を注ぎ、練り上げる。できたチーズをこぶし大に千切って完成。
味見に一口食べる。う・・うまい。モッチモチの食感。クリーミーで口の中に広がる甘み。
「早く食べさせるのじゃ!」
師匠が最近食いしん坊キャラになっている気がする。
「うまい。うまいのじゃ」
「これは、うまいな」
「あらあら、このチーズも美味しいですわ」
「アキラ。これ美味しいよぉ」
作ったモッツァレラチーズは即座に完売した。
神の頂は食材が豊富だ。ここに日本の料理の知識が加われば食の楽園ができそうだ。
それこそヴィリジアンヴィレッジの復興につながる。
「あと、酒と醤油があれば、もっと色々と作れるのだけどな」
独り言だ。日本食が恋しいという気持ちが溢れ出てしまった。
「酒と醤油ですか。それはどのようなものなのです?」
ライアさんが耳聡く聞いてくる。
日本酒と醤油について詳しく教える。もちろん、メーティスさんも全力で協力してくれた。
「発酵して作るのですね?私にお任せください」
あれ?ライアさんの目が怖い。発酵食品への並々ならぬ情熱が見える。
「材料探しは、俺に任せろ」
アルタも目の色を変えている。美味しいものが食べられるというのは、これほど人のやる気を出させるのだろうか。
「ソラも手伝いたいよぉ」
「おお、それは良い。ソラよ。分体を作れるかの?」
「できるよぉ。この前の楓の魔素を使っていい?」
「いいよ。ソラちゃん。お願い」
ソラ分体:アイラとソラ分体:アルタが生まれた。
アイラとアルタにソラの分体を渡す。
「で、師匠。なぜソラちゃんの分体を2人に?」
「ふむ、アイラよ。ソラの文体に魔素を供給しながら話してみよ」
アイラさんがソラ分体:アイラを肩に乗せて魔素を流す。
「もしもし」
「アキラ。聞こえたよぉ」
おお、ソラちゃんを通して通話ができる!
「これで、いつでもアキラに話が聞けるのじゃ。さすれば、困った時になんでも聞けるであろう?さすれば、より早く美味しいものが食べられるのじゃ」
師匠、よだれよだれ。美女が台無しですよ。
しかし、これが成功すれば、日本食が食べられそうだ。
俺も楽しみになってきた。




