第五話「言葉」の重み
ディシェウィキまであと10㎞ほどの距離。
怠惰と崩壊は、まだ朝の光が町を照らし始める頃に再び歩き始めていた。道は緩やかに続き、周囲には穏やかな風が吹いている。しかし、今さっきD.P.companyの追跡をかわした二匹の心の中はそれどころではなかった。
「まだ少しだけ距離があるな……。気を抜くなよ。」
崩壊は慎重に周囲を見渡しながら歩く。彼の黒い鱗が、光を反射してわずかに輝く。怠惰は何度も足元を確認しつつ、無言でその背を追った。
「うん、気を付けるよ。」
怠惰も足音を立てぬように歩みを進めるが、どこか不安な気持ちが胸を締めつけていた。D.P.companyの追撃を振り切っても、まだ油断はできない。
その時、崩壊が急に立ち止まり、背後の風を感じ取った。
「……またか。」
低く呟いたその言葉に、怠惰は一瞬で背筋が冷たくなる。
「何か、来てるの?」
怠惰はすぐに振り返り、目を凝らす。風の音、木々の揺れる音、足音――そして、それとは違う不自然な音が近づいてくるのが聞こえた。
「D.P.companyの偵察部隊だ。追跡してきた。」
崩壊の目が鋭く光る。
怠惰は冷や汗をかきながら、再び前を見る。目の前に見える森の端に、数匹の偵察ドラゴンが姿を現し、素早く接近してくるのが見えた。その足取りは非常に速く、いくつかの小型の機械も背負っている。
「どうする? また隠れる?」
怠惰は焦りながら尋ねる。
「隠れる暇はない。」
崩壊の目が怒りに満ちてきた。
「俺がやる。」
崩壊はつぶやき、じっとその偵察部隊を見据えた。彼の体が、まるで空気のように静まり返った瞬間、怠惰は何も言えなくなった。
偵察部隊が、二匹のいる位置に気づき、声を上げる。
「発見! ターゲット確認!」
その直後黒い鱗が淡くかがやき、崩壊は全身を震わせ、深く息を吸い込んだ。そして、静かに口を開いた。
「言葉の力を見せてやる……これが『崩壊』だ。」
「……」
その言葉は、単なる声ではない。それは、崩壊が宿す「崩壊」の力そのものだった。
彼の「言葉」が放たれた瞬間、周囲の空気が凍りつき、次の瞬間には、偵察部隊が全員その場で崩れ落ちた。
一人一人が身体のあらゆる部分を壊されるように、肉体が内側から崩壊し、血が噴き出し、骨が砕ける。全てのドラゴンたちが無力に転げ落ち、無惨な状態となって地面に散乱した。
怠惰はその光景を目の当たりにし、思わず後ずさりした。
「…これが、崩壊の力?」
その場の空気は重く、冷たい。崩壊は無表情で、ゆっくりと目を閉じた。
「……俺の言葉は、こんな力だ。」
彼の声は静かだったが、その裏に隠された怒りと深い憎しみが感じられた。
怠惰はその言葉にショックを受けた。
「それ……だけ?」
彼は震える声で尋ねた。
「……ああ。」
崩壊は静かに頷き、その瞳は遥か彼方を見つめている。
「D.P.companyのやつらは、俺から多くのものを奪った。何もかも、壊されてしまった。だから、俺は何も遠慮しない。」
怠惰はその言葉に胸を突かれた。崩壊の力、そしてその背後にある怒りと復讐心。
「でも、俺はお前を守る。」
崩壊の目が怠惰を見据え、その言葉を続けた。
「親友のために戦うお前のために戦う。そのために、この力を使っている。」
怠惰は無言で彼を見つめ、心の中で決意を固めたが、恐ろしさからオレンジ色の瞳から涙があふれた。
「ありがとう……崩壊。」
二匹は再び歩みを進め、ディシェウィキへ向かう道を辿った。偵察部隊の死体が残る道を避けつつ、二匹はそれでも前に進み続ける。
崩壊が力を使ったことで、また一つ心の壁を乗り越えた。しかし、その力がもたらすものが何であるか、怠惰はまだ完全には理解していなかった。
ただひとつ、確かなことがあった。
D.P.companyへの怒り――その力が、今後どれほど大きな代償を伴うのか、怠惰は少しずつ気づき始めていた。
「崩壊」
意識した対象を崩壊させる。現状、自分自身が対象を確認できないと上手く崩壊させられない。