第三十九話 氷の精霊
怠惰と崩壊が少し安堵し、洞窟の奥へ進もうと足を踏み出した瞬間、足元の氷が突然音を立てて崩れ落ちた。二匹は反応する間もなく下層へと滑り落ちていく。
「またかよ~~!」
怠惰が叫びながら雪煙をあげて落下する。
崩壊はすぐに態勢を立て直し、怠惰をかばうように地面に着地した。
周囲を見渡すと、そこは一面が氷でできた異様に美しい空間だった。壁や天井には輝くような氷の装飾が施され、青白い光が淡く空間を照らしている。まるで別世界に迷い込んだかのような場所だった。
「…ここは何だ?ただの洞窟じゃなさそうだな。」崩壊が周囲を警戒しながら呟く。
怠惰が前方に目を凝らすと、遠くにかすかな明かりが見えた。
「あそこ、何かあるみたいだ。」
二匹は慎重に進み、明かりの方へと近づいていく。するとそこは大きな部屋になっており、天井の高さは異様なほど高く、全体が氷の彫刻で装飾されている荘厳な空間だった。氷の柱が整然と立ち並び、その中央には玉座のような台座が見える。
台座の近くには人影のようなものが動いているのが見えた。最初は誰もいないように思えた部屋だが、どうやらその主がいるらしい。
「誰かいる…!」怠惰が声をひそめる。
部屋の主もこちらの気配に気がついたようで、ゆっくりとこちらを向いた。彼女は氷の衣をまとい、背中にはまるで氷の翼のような輝きが見える。全身が青白いオーラに包まれ、その存在感はただ者ではないことを示していた。
「我が領域に何者が入り込んだ…?」低く響く声が部屋中に反響する。
その声には威厳と冷たさが宿っており、二匹は自然と背筋が伸びた。
怠惰が剣を握りしめながら一歩前に出る。
「…俺たちはここに迷い込んだだけだ。お前はこの場所の主か?」
氷の人型は怠惰と崩壊を見つめながら、答える。
「迷い込んだだと?この聖域は容易に辿り着ける場所ではない。貴様らが何者であろうと、この地を荒らす者は許さぬ。」
崩壊が怠惰の横に立ち、低い声で囁いた。
「怠惰、気をつけろ…この相手、ただ者じゃない。」
果たして、この氷の人型は敵なのか、それとも味方なのか
怠惰は焦ったように答える。
「僕たち死者の国に向かっているんだ。」
崩壊が怠惰の言葉に続けて口を開いた。
「そうだ。俺たちは死者の国への道を探している。この場所に迷い込んだのは偶然だ。だが、もしここが死者の国への道に繋がる場所なら、協力をお願いしたい。」
部屋の主らしき彼女はその言葉を聞くと、鋭い目つきで二匹をじっと見つめた。青白い光に照らされたその瞳は冷たく、感情を読み取ることができない。
「死者の国…」彼女は一瞬目を閉じ、考え込むように呟いた。そして再び目を開くと、怠惰と崩壊に向かって厳しい声で言った。
「死者の国は、生者が軽々しく立ち入れる場所ではない。そちらへ向かおうというのなら、それ相応の理由が必要だ。」
怠惰は一歩前に進み、剣を握りしめながら答える。
「僕たちは、D.P.componyという組織を追っているんだ。彼らはドラゴンも人間も平穏に生きる世界を壊そうとしている。その裏にある真実を探るため、死者の国へ向かう必要があるんだ。」
崩壊も続けた。
「俺たちは多くの試練を乗り越えてきた。ここで引き返すわけにはいかない。お前がこの道を守る者なら、俺たちに試練を与えるなり、進むべき道を示すなりしてくれ。」
彼女は二匹の決意を見透かすようにしばらく沈黙した後、静かに言葉を紡いだ。
「…ならば試してやろう。お前たちがその意志に相応しい存在かどうかを。」
すると、氷の部屋全体が震え、冷たい風が吹き抜ける。彼女の背中から広がる氷の翼が輝きを増し、部屋全体が凍てつくような冷気に包まれた。
「私の名はグラシエール。この地を守る氷の精霊だ。私を打ち倒し、その剣でこの氷を砕くことができれば、お前たちに死者の国への道を示してやろう。」
怠惰は剣を強く握りしめ、崩壊と目を合わせる。
「…行こう、崩壊。これも乗り越えないと。」
崩壊は静かに頷きながら、構えをとった。
「ああ。手加減は無用だな。」
こうして、死者の国への道を賭けた氷の精霊との戦いが幕を開けるのだった――。




