第一話 「怠惰」の日常、そして始まりの夜
この世界ではドラゴンが現代社会に溶け込んでいる。都会のビル群で働くようなドラゴンもいれば、そんなのは縁もないような遠く離れた森で暮らすドラゴンもいる。
また、世界には様々な「言葉」をつかさどるwordsと呼ばれるドラゴンがいる。
世界的に竜の保護、研究をしているD.P.companyは世間的には素晴らしい企業として知られている、しかし裏では社長のアンメット主導でwordsに対して残虐な実験を繰り返し「言葉」を奪うことで全世界もろともてにいれようとしている欲望の塊のような集団である。
普通ドラゴンの言葉は人間には通じないが、D.P.company製の言語共理解ビーコンの力で人間とドラゴンは言葉が交わすことができるようになっている。
東京郊外の静かな住宅街。その一角にある年季の入ったアパートの二階には、他の部屋と少しだけ違う空気を纏った住人が暮らしていた。
wordsのドラゴン「怠惰」。青い鱗に覆われた四足歩行のドラゴンで、その名の通り何をするにもゆったりとした性格だ。
薄暗い室内で、怠惰は体を床に横たえながら窓から差し込む日差しを浴びていた。頭の下に自分のしっぽを枕代わりにし、どこを見るともなく目を細めている。
「今日も天気がいいなぁ……でも、外に出るのも面倒だな。」
怠惰の部屋は散らかった状態だった。隅には読みかけの本が山積みになり、床の上には空の飲み物の缶が転がっている。彼の唯一の仕事は「何もしないこと」――D.P.companyからの保護金を使い、静かに暮らすことが怠惰の日常だった。
「怠惰くん、いるかい?」
部屋の外から優しそうな声が響く。
「はいは~い。」
怠惰は体を重そうに持ち上げ、ドアの方に向かうと、しっぽで器用にドアノブを回して開けた。そこには、笑顔の隣人・間谷が立っていた。
「これ、差し入れだよ。昼ごはんまだだろうと思ってね。」
彼の手には、ふろしきで包まれたおにぎりと小さなタッパーがあった。
「ありがとうございます~。」
怠惰はしっぽを軽く振りながら受け取った。間谷は年配の男性で、このアパートに住む数少ない人間の一人だ。ドラゴンに偏見を持たず、むしろ世話を焼くのが好きな彼は、怠惰にとって特別な存在だった。
「怠惰くん、たまには外にも出ないといけないよ。君は若いんだから。」
「外は疲れるんですよ。こうして家でのんびりしてる方が性に合ってます。」
怠惰の言葉に、間谷は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、君らしいな。それじゃあ、またね。」
間谷が去った後、怠惰はふわりとおにぎりの香りを嗅ぎながら、再び床に体を投げ出した。
深夜、怠惰は珍しく目を覚ました。理由は分からない。ただ、妙な気配を感じたのだ。
「……何の音だろ。」
窓の外に耳を傾けると、低い声が聞こえてきた。
「……確かに確認しました。奴はここにいます。」
怠惰は思わず息を飲んだ。声の主は間谷だった。
「次の指示をください。『自由』の時の失敗は繰り返しません。」
「『自由』?」
怠惰の脳裏に、故郷での親友の姿が浮かぶ。青い空を見上げながら話していた、穏やかな日々。自由もまたwordsのドラゴンで、遠く離れた島で静かに暮らしていたはずだ。
「『自由』が……捕まった? 間谷さんが?」
胸の奥に冷たいものが走る。怠惰の体が無意識に震えた。
平穏だと思っていた日常が、音を立てて崩れ落ちる。自分は騙されていたのか――それとも、彼にも何か事情があるのか。
「とにかく、ここにはいられない。」
怠惰は決意を固めると、部屋の隅に置いてあった少ない荷物をまとめた。
「『自由』を助ける。そうすれば、全て分かるかもしれない。」
「とりあえず本社のあるディスティランドに向かおう。」
青い鱗が月光に反射する中、怠惰は部屋を出た。静寂な夜を裂く足音が、彼の旅の始まりを告げていた。
ディスティランド――その名を口にしながら、怠惰は一歩ずつ進み始めた。
初投稿です。
今のところ投稿ペースは考えてはいません。
改善点や感想まってます。