第9話 【人類の頂点の一角と邂逅する】
馬車の荷物の運搬と同時に護衛を担当していた俺は現れた6人の盗賊に対処する為に馬車を降りて盗賊と対峙した。
盗賊は当然ながら人間で……。
(人間?)
姿形は人間に見えるが、その顔は長い無精髭に覆われて見えない。
ドワーフだと言われても俺は信じただろう。
おまけに相当不潔な生活を送って来たのか、まだ離れた位置にいるのに俺のところまで酷い体臭が漂って来る。
「へっ。随分と弱そうな護衛だな」
「くくっ。あれ見ろよ。木剣だぜ」
「金のない初心者冒険者ってとこだな。ひひひ」
盗賊達は俺を見た目で侮っているようで、既に俺を舐めて隙だらけだった。
(所詮は盗賊か)
既に加速のバフを掛け終わっていた俺は真面目に相手にするのが馬鹿らしくなって――奴らの視線を誘導して死角に潜り込み、魔力を篭めた木剣で端っこに居た1人の首を刎ねた。
(うん。やっぱりなんも感じないわ)
その際に念の為に自己診断してみたが、欠片も動揺しなかった。
「な、何が起きた!」
「何をしやがったぁ!」
少し前に習得した縮地を試してみたのだが、6人全員の視線を簡単に誘導出来たし、6人全員の死角に潜り込むことも容易だった。
予想通り、こいつらは雑魚だった。
そうして1人、また1人と首を刎ねて行ったのだが、残り2人になると……。
「た、助けてくれぇ! 俺達が悪かった!」
「ひぃっ! もう悪さはしねぇ! 命ばかりはお助けを!」
無様に命乞いをして来た。
「そういうのは来世でやってくれ」
勿論、そんな三文芝居に付き合う気はなく、俺は容赦なく2人の首を刎ねた。
「旦那って料理が上手いだけじゃなく、強かったんですねぇ」
「だよな。これでEランクとかランク詐欺だよなぁ~」
再び馬車に乗って旅を再開した俺は驚く御者に答えた。
「あれでEランク!? マジですかい?」
「マジなんだよ」
本当に、どうして俺がEランクなんだか。
「あっしは旦那がAランクだと言われても信じますよ」
「ありがとよ~」
実際、俺はAランク並に実力はあると思う。
実績だか信用だか知らないが、俺がEランクなのは明らかに詐欺だ。
◇◇◇
それから2日は何事も起きることなく順調の予定を消化してカルナドという街に辿り着いた。
「やっと着いたか」
「お疲れさまでした、旦那」
「おう。そっちもお疲れ~」
俺と御者は5日の旅を労いつつ街に入り、街のギルドに到着した。
「こっちだ」
既に話は通っていたのか俺達は倉庫の中に案内されて――また山積みになっている荷物の前に通された。
「まずは運んで来た荷物を出したいんだが」
「それも倉庫の中に頼む」
「あいよ~」
俺は詠唱してアイテムボックスを開き、運んで来た荷物を下してから、続いて積み上げられていた荷物を入れていく。
「それとこれを頼む」
更に俺は出発前におっさんに渡された書類を渡す。
「ああ。確認した」
担当した職員はサラサラとサインをした後、書類を俺に返して来た。
「毎度~」
次があるかどうか知らないが、俺は適当に返事をして……。
「今日は、この街で一泊ってことで良いよな?」
「そうっすね。出発は明日の明朝でいいでしょ」
御者と共に街で一泊して休むことにした。
ギルドで紹介された宿にチェックインしてから俺は宿を出て街へと繰り出す。
用事があるわけではないが、最初の街以外で初めて訪れた街だ。
少しくらい散策しても文句は言われないだろう。
御者は疲れていたのか既に爆睡していたけど。
そうして俺は適当に街を回っていたのだが、街の規模としては俺が拠点としている街とそう変わらないということが分かっただけだった。
(ってか、改めて考えると拠点にしている街の名前も知らなかったわ)
この街がカルナドという名前なのは聞いたが、誰もあの街の名前を教えてくれなかった。
まぁ、俺自身が興味なかったというのが大きいが。
そうして適当に歩き回っていたのだが……。
(なんも起こらねぇ)
普通、こういう時にはなにかイベントが起こるのではないかと期待したのに、本当に何も起こらなかった。
(やっぱゲームとは違って、ご都合主義はないんだなぁ)
そろそろメインヒロインでも登場してくれてもいいのにと思っていたのだが、残念ながらそういうイベントは起こりそうにない。
(流石に先生はヒロインってガラじゃないし、同僚のセラもヒロインという割には歳行ってるしなぁ)
そんなことを考え、とてもガッカリしながら宿に戻ることになった。
◇◇◇
それから更に5日の馬車の旅を終えて俺は拠点にしている街へと戻って来た。
うん。帰りには襲撃イベントは起こらず実に平和な旅路だった。
出来れば転移で帰って来たかったのだが、それが出来ることはまだ公表していないので我慢して馬車の旅に耐えた。
そうして、やっと帰って来た俺は……。
「おう。おかえり~」
「……出迎えてくれるのがおっさんだとテンション下がるわぁ~」
出迎えたギルドマスター(仮)の顔を見てションボリする。
「失礼な奴だな、お前」
「何処の誰がおっさんの顔で喜ぶんだよ」
「……妻は愛嬌のある顔だと言ってくれるぞ」
「それ、絶対に気を使われてるだろ!」
このおっさん、身長が2メートル近くあって、筋肉はムキムキで、おまけにスキンヘッドという見た目なのだ。
これを愛嬌があると言われたら、そいつは眼科に行くべきだ。
「コホン。ともあれ、御苦労だった。荷物は倉庫に出してくれ」
「へいへい」
俺はおっさんに案内されてギルドの倉庫に入り、そこで詠唱をしてアイテムボックスを開いて中の荷物を出して積み上げた。
そして書類を提出して目出度く依頼は完了となったわけだ。
同時に旅に同行していた御者とも挨拶をして別れた。
「旦那、これからも頑張ってくだせぇ」
「おう。世話になったな」
本当に世話になったので手を振って別れの挨拶を済ませた。
そうして受付に戻って来たのだが……。
「おめでとう。これでお前は今日からDランクだ」
「ほえ?」
唐突に昇格を告げられて呆気に取られた。
「どゆこと?」
「お前にも自覚はあっただろうが、お前がEランクとか、どう考えてもランク詐欺だからな。昇格出来る依頼を出しておいた」
「……早く言えよ」
まぁ、確かに俺がEランクというのはランク詐欺だとは思っていたけど。
「というか、普通に昇格させてくれればいいのに」
「ギルドの規定でそういう訳にはいかんのだ。ギルドのお偉方を納得させられるだけの根拠を示さねばならん」
「めんどくせ~」
偉い奴の心証を気にしなくちゃ駄目とか、凄く面倒な臭いがする。
「昇格の手続きをするから登録票を出せ」
「へぇ~い」
俺はおっさんにカードを渡して昇格の手続きをしてもらった。
これで俺は正式にDランクだ。
◇◇◇
別にDランクになったからと言って俺の生活が変わったわけではなかった。
相変わらず午前中は薬師ギルドで錬金術師として活動しているし、午後からは冒険者ギルドで適当な依頼を受けている。
それが今の俺の日常なわけだが……。
(これって、もう世間の常識を知るって目的を達成してるんじゃね?)
既に当初の目標を達成している気がしないでもない。
そうは言っても先生のところに帰ってやりたいことがあるわけでもないし、星のエネルギーを回復する画期的な方法を見つけたわけでもない。
そうして俺は退屈な日常という奴を過ごしていたのだが……。
「そういや知っているか?」
「んあ?」
今日も暇そうに受付に座っていたおっさんから世間話を振られた。
「数ヵ月前から、この国の国王と王太子が人前に姿を現さなくなったらしい。病気なのか怪我なのか知らないが、一説には呪いを掛けられて人前に出られない姿になったって噂もある」
「…………」
それって俺がカエルに変えた馬鹿王子とニワトリに変えた馬鹿王のことじゃね?
ブタに変えた騎士団長のことが話題に出なかったのは逆に切ないけど。
「ふぅ~ん」
「……興味なさそうだな」
「だって俺には全く関係ない話じゃん」
一応、カエルになった王子もニワトリになった王も自我は残してあるし、人間だった頃の記憶も残ってはいる。
だが、当然のように声帯が違うので人間の言葉は喋れないし、カエルやニワトリの本能には逆らえないのでカエルになった王子は虫を食っているだろうし、ニワトリになった王は朝日が昇ると甲高い声で鳴いているだろう。
(今も無事なら、の話だけどな)
あんな姿になった王族を親戚の王族が保護しているかどうかも疑問だし、どう考えても邪魔にしかならない奴らを残しておく理由があるかどうか。
「そもそも、こっから王都まで随分距離があるだろ」
「そうだな。馬車で1ヵ月近くは掛かるな」
「遠すぎ~」
俺は1度行ったことがある場所だが、目印を付けていないので俺の転移魔術では跳べない。
魔女に戻れば跳べるけどね。
「そもそも王族とかどうでもい~。そんなのより美女を紹介してくれよ」
そろそろ本気でヒロインに登場してもらいたい。
「美女……ねぇ」
おっさんは何故か俺を見て嘆息する。
「なんだよ?」
「お前、冒険者が女にモテるとでも思っているのか?」
「…………」
「そりゃAランクにでもなれば寄って来る女もいるだろうが、Dランクのお前に寄って来る女は珍しいと思うぞ。普通に考えて詐欺師くらいだ」
そうだった。冒険者ってのはチンピラやゴロツキの代名詞だった。
「他の冒険者はどうしてんの?」
「そら娼館に行ったり、奴隷を買ったりしてるな」
「……金が掛かりそうだな」
「どっちも高級なのは馬鹿みたいに高いからな」
俺の今の手持ちは精々金貨で30枚ってところだ。
これは日本円に換算すると約90万円ってとこらしい。
金貨1枚で約3万円だ。
ぶっちゃけ冒険者としての稼ぎよりも薬師としての稼ぎの方が大きいのが現状だった。
錬金術師は人気で儲かるんだよ。
「薬師ギルドにはいい女はいないのか?」
「仕事の時に目を爛々と輝かせている姿を見ているからなぁ」
美人も数人はいるが、明らかに男より研究を取りそうな女達だ。
俺に暫く恋人は出来そうもない。
◇◇◇
その日、俺がいつものように午後を過ぎてから冒険者ギルドに顔を出すと、珍しいことにいつも暇そうに受付に座っているおっさんが誰かと談笑中だった。
「おう、来たか」
だが、おっさんは俺が来たことに気付くと直ぐに声を掛けて来た。
「紹介しよう。こいつは俺の古い知り合いでロマーニオという」
「初めまして」
おっさんの知り合いだからか、その知り合いも同じくゴツいおっさんであり、紹介されると同時に俺に手を差しだして来た。
「はぁ、どうも。ケイです」
俺は差し出された手を握り返しながら自己紹介したのだが……。
「…………」
その手を握り返した瞬間、何故か山のような不動の意思を感じた。
「こいつも歳だが、まだ現役の冒険者でな。丁度良いから、お前、胸を借りて手合わせしてみろ」
「……なんか嫌な予感がするんだが」
後になって実は有名はAランクでした~とかいうネタバラシをされそう。
「お前が現時点でどの程度の実力なのかを知るいい機会だ」
「……分かったよ」
なんとなく、調子に乗っている俺の鼻を折る為の処置という感じがする。
以前に元Bランクのおっさんが指導にした時と同じように、ギルドの地下にある訓練場へと移動してAランク(仮)のおっさんと対峙する。
俺の手には勿論、愛用の木剣があり、おっさんの手には身体に合わせたような大きな長剣が握られていた。
模擬戦なら木剣同士で戦うべきだが、俺のが自前の武器だと知るとおっさんも自前の武器を選択した。
(別にいいけどさぁ)
どう見ても無名の剣には見えないが、こっちだって魔女が作り上げた稀代の武器だ。
そうして対峙する俺とAランク(仮)の間に立つギルドマスター(仮)が片手を大きく上げて……。
「はじめ!」
開始の合図を出した。
相手が本当に格上だというのであれば様子見に徹するのが愚策。
俺は初手から縮地を使う為に相手の視線を誘導しようとして――気付いたらAランク(仮)が目の前に居て、振られた剣をギリギリで受け止める。
(あっぶねぇ! なんだ、今の!)
縮地のように瞬間移動でもしたように錯覚した訳でもなく、俺の目の前にいたのに、移動してくる動作が見えていたのに反応出来なかった。
事前に加速のバフを掛けていなかったら今ので終わっていた。
「ほぉ。今のを受け止めるとは素晴らしい反応速度だ」
「…………」
Aランク(仮)は俺を称賛するが、全く嬉しくない。
俺はAランク(仮)の大剣を押しのけて距離を取るが、またも気付いたら接近を許して大剣を撃ち込まれてギリギリで受け止める。
(そういうことか!)
このAランク(仮)の動きはあまりに自然過ぎて、それを俺は動作として認識出来ないのだ。
攻撃が俺に当たる直前まで攻撃と認識出来ないのでギリギリまで動くことも出来ない。
「…………」
そして、とても厄介なのは、俺がこれを観察、分析しても模倣することが出来ないという事実だ。
難解な技法でも使われていたのなら俺の観察と分析によって模倣は可能だったろうが、これにそんな複雑な技法は使われていない。
(修練の結晶って奴か)
必要なのは気が遠くなるような単純な反復作業のみ。
正確な動作を朝から晩まで飽きることなく続け、それを何日も、何週間も、何ヶ月も、何年も続けた末に辿り着ける一種の技法の極み。
(ふざけんな! こいつの何処がAランクだ! 絶対にAランクの上のSランクとか、そういうバケモンだろうが!)
反復作業のみが可能とするということは、同じ領域に立つ為には同じ時間を費やして同じ作業を行うことでしか辿り着けないということ。
うん。俺には無理だ。
「さて。そろそろ本気を出してもらおうかな」
「…………」
俺は僅かにおっさん――ギルドマスター(仮)の方を睨むが、どうも出し惜しみが出来る相手ではなさそうだ。
俺は不本意ながらSランク(仮)と距離を取った状態で木剣を構え、ギミックを作動させた。
「っ!」
瞬間、Sランク(仮)が跳ねるように地面に伏せて転がった。
「ちぃっ!」
俺の舌打ちと共に、そのSランク(仮)が今までいた場所を俺の手から伸びた木剣が切り裂いていく。
「……連接剣か」
Sランク(仮)が身を起こしながら俺の手にあるバラバラになった木剣の刀身を見ながら推察してくる。
(正解だよ、畜生が!)
俺が木剣と呼ぶものの正体はバラバラに分解して特殊な糸で繋げられた連接剣。
普段は繋ぎ目さえも見えないくらいに精密に合体しているが、ギミックを発動させるとバラバラに分解されて俺の魔力で制御出来る糸で自由に操ることが出来る。
初見なのに正体を看破されたことに腹が立つが、俺は連接剣を操ってSランク(仮)に連続攻撃を仕掛ける。
「これは厄介だな」
そう言いつつも実に自然な動作で俺の攻撃を避けていくSランク(仮)。
俺は構わずに攻撃を続けていき、タイミングを見計らって――グイっと引っ張り寄せる。
「おっと」
「マジでふざけんな!」
今の俺の手持ちの中で切り札と言える攻撃をあっさりと避けやがった。
「糸……か?」
おまけにギルドマスター(仮)にまで俺の切り札が看破された。
そう。俺の切り札はバラバラになった刀身の方ではなく、それを繋ぐ糸の方。
特殊で視認すら難しい細い糸なので、それを周囲に張り巡らせて一気に相手を切り裂くつもりだったのに、このSランク(仮)、余裕で避けやがった。
「降参だ。これを避けられたら今の俺では手も足も出ない」
「そうかい? 結構、危なかったよ。君はAランクの上位に近い実力があるね」
「……どうも」
一応、礼は言っておいたが全く嬉しくない。
最初の予定通り、俺の実力を正確に測られてしまったのだから。