第8話 【気付いたら師匠を駄目魔女にしてしまっていた】
元Bランクのおっさんから色々なことを学べた翌日。
「お前、やり過ぎだぞ。めっちゃ目立って注目の的だ」
俺はおっさん――ギルドマスター(仮)の方から警告を受けていた。
「俺は観察力と分析力に優れているからな。強い奴の動きは見るだけで大抵は模倣して習得出来る」
魔女による特化能力は伊達ではないのだ。
「ザイラスの奴はBランクの中でも相当上の奴だったんだがな」
「引退してから冒険者の気迫みたいなのが薄れたんだろ。完全に守りに入って、無謀さが全く見えなくなっていたぞ」
「……結婚を機に引退だったからな。嫁さんという帰る場所があるのに無謀なことは出来なくなったんだろ」
「結婚ねぇ~」
冒険者が結婚を機に引退って結構ありそうだな。
俺は結婚出来そうにないけど。
「そういや俺のランクって上がらないの? もうBランクが相手でも負ける気しないんだけど」
「冒険者は強さでランクが上がったりしねぇよ。必要なのは実績と信用だ」
「ですよねぇ~」
依頼も受けていないのにランクが上がったら、それこそ詐欺ですわ。
「だが、お前ならランクが上がるのも早そうだがな。新人にありがちな無謀な依頼は受けそうもねぇし」
「冒険者で終わるつもりはないからな」
冒険者はあくまで世間の常識を学ぶ腰かけであって、本業は魔女なのだ。
何故か薬師もやる羽目になってるけど。
「そういや、Eランクの依頼ってどんなのがあんの?」
常設依頼は受けたが、ゴブリンの上位種を狩れという依頼とか高品質な薬草の採取とかだった。
俺としては巨大ゴブリン――ホブゴブリンでも狩るのかと思ったが、冒険者の認識としては武器を持ったゴブリンを上位種として認定しているらしい。
基本、ゴブリンは素手で襲い掛かって来るが、偶に武器を持った奴がいて、そういう奴を相手に負傷するのが低ランクの冒険者だ。
(というか気付かなかったけどFランクの時にも武器持ちなんて普通に倒していたけどな)
無論、俺にとっては武器を持っていようとゴブリンはゴブリンでしかない。
高品質な薬草の方は、冒険者が適当に毟った薬草ではなく、知識を持って採取したものを指すだけで普通の薬草だ。
まぁ、薬草採取を受ける冒険者なんて俺くらいだけど。
そういう訳で俺はEランクの常設依頼をFランクの時と同じ感じで受けているが、普通のEランクの依頼というのを受けたことがなかった。
「Eランクは平原に居る牛系の野生動物を狩って食料を確保しろ、とかだな」
「それって美味いの?」
「場所によっては捕らえて飼育するんだが、この街には飼育出来る施設も人員もいないからな。貴重な食料だ」
「別の街から仕入れられないの?」
「……高い」
「そ、そうか」
まぁ、肉の輸送には色々と手間が掛かるし、費用が高くなるのは当然か。
「でも牛ってデカいだろ? どうやって持ち帰んの?」
俺にはアイテムボックスがあるが他の冒険者が使える魔術じゃない。
「その場で解体して複数人で背負って持ち帰る。基本、冒険者はソロで動かねぇよ」
「なるほど」
言われてみればソロで活動しているのなんて俺くらいだ。
「ってか、冒険者って解体も出来るもんなの?」
俺は魔女の森で実践で覚えたが、出来るようになるまで随分と時間が掛かった。
「そういう依頼を受ける時は解体の技能を持った奴が1人は参加する決まりだ。逆に言えば解体出来ない奴だけでは依頼は受けられん」
「へぇ~」
技能があるだけで報酬が違いそうだな。
「お前は解体出来るのか?」
「……昔は森で小動物を狩って独学で解体して生きてた」
「お、おう」
流石のおっさんも俺の過去にはドン引きしていた。
やっぱり普通じゃないよな。
しかも場所が魔女の森で猛獣から逃げ隠れしながらの生活だったぜ。
ともあれ、試しに平原での牛狩りの依頼を受けてみることにした。
当然と言えば当然だが、平原は広かった。
「おおう。地平線が見える」
今まで基本、森で活動していた俺には平原の広さは予想外だった。
地平線が見える広さの平原とか聞いてねぇよ。
当然、見える範囲に牛なんて影も形も見当たらない。
「まいった。こんなことならレーダー的な魔術も開発しておくんだった」
俺が使える魔術はアイテムボックスと転移、それから加速のバフと減速のデバフ。
加えて汎用魔術として開発した身体や服を綺麗にするクリーンの魔術だ。
汎用魔術というのは属性に左右されずに魔力さえあれば誰にでも使える魔術のことで、別名生活魔術と呼ばれている。
属性に左右されないという条件なので、コップ一杯の水を出すとか種火を出すとかは出来ないけど。
これに関しては清潔好きの魔女である俺が妥協を許さずに開発したので詠唱に時間は掛かるが、とっても綺麗になる。
だが探索に役立つ魔術は開発していなかったので今困っている。
「時空属性のレーダーって言うと亜空間探査とかか?」
自分で言っても原理が不明過ぎて開発に手間取りそうだ。
少なくとも一朝一夕では不可能だ。
「……地道に探すか」
俺はションボリと歩き出したのだった。
知ってるか?
この世界の牛って頭にでかい角が生えてて、人を見ると頭から凄い勢いで突撃してくるんだぜ。
「うわわっ!」
突撃してくる牛を咄嗟に避けて木剣に魔力を篭めて首を刎ねたまでは良かったのだが……。
「これ、どうしよ」
遭遇した牛は思った以上に大きかった。
俺に向かって突撃してきた時はダンプカーかと思ったくらいだが、実際に地球で見た牛と比べても3倍はでかい。
解体して食用部分と不要部分に分けてみたのだが、それでも大量だ。
「食料何ヶ月分だよ」
俺にアイテムボックスがなかったら大半を置いて行く羽目になったであろう量だ。
流石にアイテムボックスを秘匿して納品することは出来なかったので、ギルドマスター(仮)のおっさんにはバレてしまった。
「それって収納魔術か?」
もっとも、おっさんは汎用魔術の中でも最高難易度の収納魔術だと勘違いしてくれたようで、思ったよりも怪しまれなかった。
収納魔術は魔力を持っているなら誰にでも習得出来るが、習得難易度が高過ぎて1流の魔術師にしか使えない魔術と言われている。
これが使えるだけで冒険者ならBランクになれる。
「俺もBランクに昇格か?」
「公表して高位冒険者の荷物持ちに徹するならな」
「……いらね」
収納魔術が使える奴がBランクになれるのは、あくまで冒険者ギルドにとって有用だからであり、パーティを組まないなら無用の産物である
「お前は思った以上に引き出しの多い奴だな」
「超天才のケイ様と呼んでも良いぞ!」
「……調子に乗るのが玉に瑕だな」
まぁ、実際には魔女の力で改造した身体だからこそ出来る特化技能だから威張れないんだけどね。
「収納魔術が使えるなら任せられる依頼の幅が増えるな。容量はどのくらいだ?」
「あぁ~……」
一般的な収納魔術というのは術者の魔力量によって収納出来る容量が変わって来るし、収納した後も時間の経過によって劣化していくし腐っていく。
対して俺のアイテムボックスは魔女のアイテムボックスの魔法に干渉するという魔術なので容量は実質無限だし、中に入れた物も劣化しないように保存出来るよう作られている。
あくまでアイテムボックスは魔女の魔法であり、俺の時空属性の魔術で一部を干渉出来るようにしただけなのだ。
「……馬車一杯分くらい、かな」
だから俺の報告は過少報告も良いところだった。
流石に、この街の食料を全部入れても余裕です、とは言えなかった。
「それなら食料の輸送を手伝ってくれ。報酬は弾むし、評価と功績も上げられるぜ」
「……偶にならな」
なんか商人になった方が儲けられそうだな。
◇◇◇
私は久しぶりに魔女の森へ戻り、偽装を解いて魔女の姿に戻った。
「ただいま帰りました~」
そうして家の中に入ったのだが……。
「お~、おかえり~」
「…………」
返事を返して来た先生に私は沈黙することしか出来なかった。
家の中はとんでもないゴミ屋敷と化していた。
「……なにこれ?」
「新しい薬のレシピを考えたんだが、色々と試している内に気付いたらこうなってた」
「…………」
駄目だ、この人。
薬師ギルドにも相当なオタクが揃っていたが、この人は真正の駄目人間だ。
いや、駄目魔女だ。
「こんなのが私の師匠とは……」
「嘆いてないで、なんか作ってくれ。腹が減った」
「はぁ~……」
私は先生の面倒を見る為に帰って来たわけじゃなのになぁ。
食事を作り、部屋の片付けを開始すると先生は私が作った料理をガツガツと食べ出した。
薬師ギルドでも《朝露の魔女》は有名で尊敬の対象だったのに、この姿を見たら100年の尊敬の念も吹き飛ぶわ。
「魔女が不老不死で良かったですね。普通なら餓死していたでしょうし」
「ほんとにそうだよな~」
呑気に食事をかきこむ姿を見ると脱力する。
というか台所の様子を見るに、私が出て行ってからまともに料理をしていなかったのは明白だ。
「先生って私が来る前はどうやって生活していたんですか?」
「どうって……普通だけど」
「私が来たから自分ではやらなくなったってことですか?」
「まぁ、どっかの誰かさんが美少女は料理上手なもんだって無駄に頑張っていたから、あたしはやらなくて良いのかなぁ~って思って」
「…………」
先生が駄目魔女になってしまった原因の一端は私だった。
そりゃ超絶美少女なのにメシマズとか絶対に嫌だったのでお料理を頑張って練習したけど、まさかそれが裏目に出るとは。
「はぁ。次からはもっと短いスパンで戻ってきますね」
「そうしてくれ~」
もう、この人、1人で生きていけないかもしれない。
駄目人間製造機になった覚えはないんだけどなぁ。
食事と片付けが終わった後、私は改めて先生に向き直って色々と聞いてみることにした。
「先生。私は街で薬師ギルドに所属してみたのですが、改めて調薬と錬金術のことを教えてください」
「お。やっとその気になったか! 任せろ!」
凄く意気揚々と授業を開始してしまった。
ああ、この目は薬師ギルドのオタクどもと同じ目だわ。
◇◇◇
先生の施す授業の内容は濃かった。
うん。正確に言うと――無駄に濃かった。
流石に口は挟まなかったが、なんでこの人、こんな無駄なことにまで手を出しているのかって項目が数え切れないほどあったんだもん。
流石は自称でも世界最高峰の薬師である《朝露の魔女》だわ。
魔女の無駄な理解力と記憶力のお陰で全てを理解出来てしまうのが逆に悲しかった。
「この薬品を混ぜる時は0.0003ミリ単位で混ぜる! これは絶対だからな! 間違えるなよ!」
「あ、はい」
しかも無駄に高難易度なので、これを出来るようになれと言われても時間が掛かりそうだった。
私も先生の指示に従って、いくつかの薬品を調合してみたのだが……。
「違う! そっちからじゃくて、こっちから混ぜるの!」
「そ、そうですか」
オタクは無駄に拘りが強いので、どうでもいい順番を守らせようとする。
原理を理解している私からすれば順番とかどうでもいいと分かるのだが、拘りの強い相手に反論しても機嫌を損ねるだけだと分かっているので素直に従っておいた。
そうして目標の薬品は完成したのだが……。
「まぁまぁ、だね」
「…………」
自称プロは完成度が高くても滅多に他人を褒めたりしない。
自分を100点満点と考えて相手を評価するタイプなので、99点以下は問答無用で及第点止まりで《まぁまぁ》なのだ。
勿論、同レベルのものを作っても99.9点にして決して100点とは認めない。
「ふっ。あんたもまだまだだね」
(この人、面倒臭ぇ)
分かっていたことだが、薬学の頂点を自称する先生は非常に面倒臭い人だった。
◇◇◇
3日ほど先生の許で薬学を習ってから俺は街に戻った。
ここに来る前に再び男に偽装したのだが……。
(スペックが大幅に下がるなぁ)
短期間でも魔女に戻っていたので、2つの身体の差異に少し憂鬱になる。
やっぱり魔女の身体は超高スペックなのである。
そうして俺は再び薬師ギルドで働き出したのだが……。
「なんか、急に薬学の腕が上がり過ぎじゃない?」
「そうか?」
先生の指導を受けた結果、俺の薬学に対する実力は急激的に伸びていたらしい。
流石は《朝露の魔女》である。
まぁ、これでも魔女の身体じゃないから大きな制限が掛かっているんだけどね。
「……うかうかしていたら追い抜かれそう」
調合する俺の手順を見ていたセラは危機感を覚えたらしく、真面目に頑張っていた。
午後からは冒険者ギルドへ向かう。
「おう、よく来たな。輸送の依頼、来てるぜ」
「早速かよ」
仕事の早いおっさんによって、俺に輸送の依頼が来ていた。
「このカルナドって街に行けば良いのか?」
「そうそう。馬車で送るから乗って行け」
軽く言われたが、そのカルナドという街は、この街から馬車で5日も掛かる距離にあるらしい。
「薬師ギルドの仕事はどうすんだよ」
「俺の方から話は通しておいてやる」
「……強引過ぎる」
どうあっても俺に荷物を運ばせたいようだ。
◇◇◇
翌日、早速冒険者ギルドに向かうと……。
「向こうから商品を仕入れるだけってのも無駄だから、これを持って行ってくれ」
「お、おう」
倉庫に山積みにされた箱を運ぶ羽目になった。
「ってか、多くね?」
「一応、一般的な馬車に詰め込める量にしておいたが、入るか?」
「……やってみる」
実質、容量は無限だが、それを暴露する気はないのでギリギリで入ったというふうに演技しておいた。
「よし。それじゃ、これが運搬の証明書だから、向こうのギルドの代表に渡してくれ」
「へいへい」
そうして俺はおっさんから書類を預かって馬車に乗り込んだのだった。
この世界で初めて馬車に乗ったのだが、乗り心地は最悪だった。
「揺れるなぁ~」
「馬車ってのはこんなもんですぜ、旦那」
御者を務める男は俺の愚痴に適当に返事を返すが、これは御者の腕が悪いのではなく馬車の構造と道の整備が悪いせいだ。
具体的に言えばサスペンションやダンパーが付いていない馬車と、石ころが転がっているような悪路が問題なのだ。
「自前のクッションがなければ尻が大変なことになるところだった」
「……準備が良いですね、旦那」
魔女の時に作ったクッションをアイテムボックスに入れておいてよかったよ。
お陰で馬車は揺れるが、尻が痛くなるような事態は避けられた。
「ってか、普通に荷物も積んであるんだな」
今回は俺がアイテムボックスで運搬を担当している筈だが、馬車の荷台には俺以外にも荷物が積み込まれていた。
「これでも普通よりは大分少ないですぜ。本来なら馬が引ける限界まで積み込むもんですが、今回はスピード重視ってことで最低限の荷物だけにしてありやす」
「そうなのか」
まぁ、スピード重視と言っても最低限に必要な荷物くらいはあるか。
昼になると昼食を取る為に馬車を止めて休憩することになった。
食事に関しては御者は携帯食料を持っていたのだが、俺はアイテムボックスから食材と調理器具を取り出して料理を作った。
「良いんですかい、旦那」
「こういう時に食事に差を付けると碌なことにならん」
御者は温かい食事を前に慄いていたが、俺が勧めると直ぐにスプーンを取って食べ出した。
「美味っ……!」
当然だが相当美味かったらしい。
「退屈な旅なら食事くらいは楽しみがないとやってられないからな」
「これが食えただけで、この仕事を受けて良かったですよ、旦那」
「旅の間の食事は任せておけ」
「頼んます!」
幸い、俺のアイテムボックスの中には潤沢に食材が入っている。
(食材の費用は後でギルドに請求してやろう)
そんなことを思いながら俺も食事を堪能した。
◇◇◇
旅は3日目までは順調だった。
「……来たか」
「旦那?」
俺が察知出来たのは、先生のところに帰った時に時空属性の亜空間探査の魔術を開発しておいたからだ。
「5……6人か。盗賊だな」
「盗賊!?」
俺の言葉に御者は驚いているが、俺は仕事を受けた時からこういうことを想定していた。
なんせ、おっさんが俺に運搬を頼んだのは俺がBランクにも負けないと豪語した後の話で、この馬車には護衛の1人も付いていないのだから。
つまり、俺は運搬と同時に護衛も担当していたことになる。
「ちょっと片付けて来るから、ここで待っていてくれ」
「へ、へい!」
俺は御者を待機させて馬車から飛び降り、盗賊達が向かってくる方へと歩き出す。
勿論、手には専用の木剣を持って。
俺は冒険者になって以降、ゴブリンやら野生動物を殺すことはあったが、まだ人間を殺した経験はなかった。
そんな俺が人間を殺せるのかというと……。
(冒険者になる前に散々封魂結界で死ぬより酷い目に合わせて来たんだけどねぇ)
今更人間に対して情が残っているわけがない。
うん。既に100万人の人間を死ぬより酷い目に遭わせている最中なのだから。
(そういう意味では盗賊も封魂結界で星の餌にしてやりたいが……今は無理か)
人間に偽装している今は封魂結界を使える力はない。
俺は嘆息しつつ6人の盗賊を視界に収めた。