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第7話 【なんとなく冒険者として成長してしまう】


 冒険者としてFランクの常設依頼であるゴブリン討伐と薬草採取を受けることになった。


 冒険者ギルドを出た俺は、そのまま城門を通って街の外へと出る。


(相変わらず不用心だな)


 その際、やはり城門を護る門番に止められることはなく、身分証の提示なども求められなかった。


 そうして今回の目的地である街の付近の森へと向かう。


 森と言っても魔女の森とは比較にならないくらい小さな森で、そこではゴブリンが繁殖して薬草が自然に生えているという話だった。


 まぁ、小さな森と言っても比較対象が魔女の森だから小さく見えるだけで、普通に考えたら十分に広い森なのだけど。


(そういや、魔女の森ではゴブリンなんて見かけなかったな)


 あんな猛獣が跋扈している森でゴブリンが生息出来るとは思えないから、いないということはそういう理由なんだろうけど。


 森への道を歩きながら俺は詠唱によってアイテムボックスを開いて中から俺専用の武器を取り出す。


 取り出したのは一見すると細身の木剣である。


 実際、木製の木剣であることは間違いないのだが、魔女が錬金術を駆使して作り上げた世界最高峰の武器でもある。


 この木剣の材料に使われているのは神木と呼ばれる1000年以上も存在した大木の枝を削り出して作り上げた物であり、下手な金属より遥かに頑丈だ。


 更に魔力の通りが非常によく、俺が魔力を流せば世界最高峰の強度と切れ味を発揮する。


 刀身は約70センチであり、細身の直剣。


 重さは俺が片手で振るのに丁度よく、重心は完全に俺に合わせて調整してある。


 うん。完全に俺専用のオンリーワンの武器と言っても過言ではない。


 問題は見た目が完全に木剣にしか見えないことだが……。


「まぁ、初心者冒険者としては相応しい武器だろう」


 あくまで見た目だけの話だが。






 街を出てから約2時間ほど歩くと森が見えて来た。


「……近いな」


 歩いて2時間の距離に森があるということは、森に危険は少ないという証明なのかもしれないが……。


「いつまでも安全だという保障はないだろうに」


 やはり、あの街は不用心に見える。


 まぁ、辺境にある街だからということもあるのだろうけど。


「さてと」


 森に到着した俺は森の外周部を眺めるが、残念ながら薬草が生えている気配はない。


「となると、在るのは中か」


 俺は気配を消しながら静かに森の中へと足を踏み入れた。






「ギャブッ!」


 身体を両断された緑色の肌をした小柄なおっさんが地面に倒れる。


 これが件のゴブリンのようだが、弱い。


「魔術で強化しているとはいえ、本当に弱いな」


 俺が使っているのは時空属性の加速のバフだ。


 自分自身を周囲の空気ごと加速させて、相対的に周囲の時間が遅くなるように感じる魔術。


 自分の体感時間を加速するとか、意識のみを加速するとかの案もあったのだが、それだと空気が水のように感じるくらい抵抗が強くなり、身体に掛かる負担も大きくなるので、周囲の空気ごと加速するという方法を取った。


 周囲の空気まで加速に巻き込まれるので俺の負担がごく小さく済むし、結果として戦闘時間も短くなるので魔力の消費も小さくなる。


 更に敵には減速のデバフを掛ければ完璧だ。


 まぁ、ゴブリン相手には必要なかったけど。


「確か左耳が討伐証明だったな」


 俺は討伐したゴブリンから左耳を切り取り、途中で買って来た中古の皮袋の中に放り込む。


 森に入ってから、それなりの数のゴブリンを倒して来たが……。


「薬草が見当たらん」


 肝心の薬草の方は既に採取されてしまったのか見当たらなかった。


「折角、薬草について勉強して来たのに」


 ゴブリン退治だけなら2週間前でも可能だったぞ。


 気配を消しながら隠れるように森の中を移動し、暗殺者の如く静かにゴブリンを狩っていくことなど造作もない。


 だが、考えてみれば薬草の見分け方は習ったが薬草の探し方は知らないことに気付いてしまった。


「何処だよぉ~」


 俺は薬草がどういう場所に生えているのかを知らないのだ。






 数時間も森の中を彷徨った結果、薬草は水辺に生えているのだということを発見した。


 そうして、なんとか薬草を採取することには成功したのだが……。


「……もう帰りたい」


 もう体力も気力も使い果たしてしまい達成感は皆無だった。






 今回の俺の成果はゴブリン67匹の討伐と薬草30束だった。


「頑張り過ぎだろ」


 成果をギルドに提出したら受付のおっさんに、そんなことを言われたが、もう言い返す気力も残っておらず、報酬を受け取ってから薬師ギルドの部屋に帰って爆睡した。




 ◇◇◇




 翌日からは薬師ギルドで薬草の見分け方ではなく採取場所を調べることにした。


 採取場所が分からなくて彷徨うのは、もう御免だ。


「何してんの?」


 そんな俺に声を掛けて来たのは初日に受付に座っていた女性で、薬師の一員でもあるセラだ。


 受付を任せられるだけあってセラは美人だしスタイルも悪くはないのだが、それでもセラは立派な薬師の一員であり――俺を錬金術師として引きずり込んだ1人だ。


 正式にはセラフィーヌという名前らしいが、皆がセラと呼んでいるので俺もセラと呼ぶようになった。


「昨日、森に薬草の採取に行って来たんだが、薬草が生えている場所が分からなくて延々と彷徨う羽目になったから、薬草が生えている場所を調べている」


「森って、あの街の近くの森?」


「そう、それ」


「あそこって1種類しか薬草が生えないから人気ないんだよね。かと言って魔女の森は危険すぎて入れないし」


「マジかぁ~」


 まさか薬草が1種類しか存在していなかったとは。


 道理で散々探しても見つからない訳である。


「それなら、何処で薬草を採取しているわけ?」


「ん? 基本的な薬草ならギルドの敷地内で栽培してるよ」


「……マジで?」


 本当に俺のあの苦労はなんだったんだ?


「ちゃんと事前に聞いてくれれば教えたよ」


「……次からそうするわ」


 報連相は大事。


 それを実感したひと時だった。




 ◇◇◇




 翌日。


 今日は午前中に薬師ギルドで錬金術師としての仕事を片付け、午後から冒険者ギルドに向かうことになった。


(本当に両方で働くことになったな)


 錯覚かもしれないが2倍働いている気分だ。


 そうして冒険者ギルドに到着したら……。


「おう、来たな」


 おっさんに声を掛けられて手招きされた。


「何か用?」


「登録票を出せ。今日からお前はEランクだ」


「……早くね?」


 俺はFランクになってから、まだ1回しか依頼を受けていないんだが。


「1日でゴブリンを67匹も狩った上で薬草を30束も持ち帰る奴をFランクにしておけるか。ギルドの沽券に関わるわ」


「へぇ~」


 どうやら俺がやったことはFランクに収まらない功績だったらしい。


 素直に登録票を渡すと、木製だった筈のカードが金属製になって戻って来た。


「Eランクからはこれな訳?」


「正確にはFランクからなんだが、登録票が出来る前にお前が昇格したからそうなっただけだ」


「最速記録?」


 俺がFランクになってから2週間でEランクになったわけだし、それなりに早い方だろう。


「最速は1日でFランクからDランクってあたおかな奴がいる。それに比べたらお前は常識的な昇格速度だな」


「そうかよ」


 つまらん。


 別に最速記録を目指していたわけではないが、平凡と言われたみたいで実にやる気が失せる。


「ちなみに平均的な冒険者はFランクからEランクに昇格するのに2ヵ月くらい掛かるけどな」


「……別に拗ねてねぇよ」


 本当はちょっと拗ねていたけど、それを馬鹿正直に言うほど世間知らずではない。


「それで、ちっと聞きたいんだが、お前って薬師ギルドにも所属したって本当か?」


「今更? 薬草の授業を受けに行ったら、錬金術の知識があるってだけで引きずり込まれたぞ。あそこの研究員は飢え過ぎだ」


「お前、錬金術師だったのか」


 何故かおっさんは俺を感心したような目で見て来る。


「錬金術師ってそんなに珍しいのか?」


「珍しいな。専門的な知識が必要になるし、大抵は王都みたいな人が集まる場所で活動して地方に来る奴はいない」


「道理で……」


 薬師ギルドでのあまりに熱烈な歓迎ぶりに少し納得した。




 ◇◇◇




 それから暫くは冒険者ギルドと薬師ギルドの二足草鞋で活動することになった。


 なんだかんだと忙しく2つのギルドを往復することになったのだが……。


(あれ? 俺って世間の常識を知る為に世界を回る予定じゃなかったっけ?)


 自分の行動が当初の目的とズレていることに気付いてしまった。


 というか忙しくて自分が魔女だということを忘れそうになっていた。


(恐ろしい。これがブラック企業の魔手か)


 俺は戦慄で身体を震わせた。


 とは言っても、現状ではまだまだ学べることも多そうなので逃げ出そうとまでは思っていない。


 今日は冒険者ギルドで剣術の講習会とやらがあって、それに参加しているのだが……。


「甘いっ!」


 元Bランクという30代くらいのおっさんが集まった冒険者達に厳しく指導をしていた。


 断っておくがギルドマスター(仮)のおっさんではなく、有志で指導に来てくれた親切なおっさんだ。


(冒険者ギルドに来るとおっさんとばかり関りになるな)


 折角、男に偽装しているのだから美人のお姉さんと関わり合いになりたいのに。


「次っ!」


 そうして俺の番になったので自前の木剣を持って構える。


 おっさんが持っているのは訓練用の木剣だが、指導された冒険者達は打ちのめされて地面に倒れている。


(ああなるのはごめんだよっと)


 俺は自分に加速の魔術でバフを掛けながらおっさんに向かって駆け寄り木剣を振り上げる。


「っ!」


 気付いたら俺の目の前におっさんの木剣が迫っており、俺は慌てて攻撃を中断して後ろに下がって攻撃をギリギリで回避した。


「良い反応だ。鍛えがいがある」


 攻撃を回避した俺におっさんはニヤリと笑うが、俺は密かに冷や汗をかいていた。


(あっぶねぇ。危うく一瞬で終わるところだったぞ)


 おっさんの動きは明らかに俺とは違い、正式に剣術を修めた者の動きだった。


(不本意ながら少し観察させてもらうか)


 俺は再び木剣で斬り掛かりながら、おっさんの動きを(つぶさ)に観察する。


 おっさんは俺の木剣を滑るように回避して、そのまま距離を取ることなく反撃を繰り出してくる。


 俺はそれを加速のバフの力を借りながらギリギリで回避する。


(なるほどね、これが剣術か。無駄がない)


 回避から反撃に繋がる一連の動作が自然で、これだと自然な形でカウンターを繰り出せる訳だ。


 道理で他の冒険者が地面に這い蹲っているわけだ。


 おっさんが使っているのが木剣だから致命打にはなっていないが、自分の撃ち込んだ剣の威力がそのままカウンターで返って来ているわけだから、力一杯撃ち込んだ奴は手酷い反撃を受ける訳だ。


 俺は加速のバフでギリギリ回避出来ているが、明らかに俺とおっさんとでは動きが――技量が違う。


(これは勉強になるな)


 俺とおっさんとで何が違うのかを観察して、その差異を分析して俺の中で整理してから取り入れる。


 俺が薬師ギルドで重宝されているのは、こういう観察力と分析力が優れているからでもある。


 無論、これは生まれ持った才覚などではなく、男に擬態する際に魔女の力で付与した後付けの能力だが――学習するということにおいては必須の能力だ。


 そう。俺が男の身体に求めたことは学習することに特化した能力だった。


 結果、俺がおっさんと1合打ち合うごとに、俺はおっさんの剣術を学んで動きが洗練されていく。


「ちぃっ!」


 それに気付いたおっさんはギアを上げて俺を打ち負かそうとした。


(それは悪手だろ)


 確かに現時点で俺の方が格下ではある。


 だが段階的に手札を切っていくという作業は、言い換えると俺の成長に合わせて指導の難易度を上げてくれているようなものだ。


 10分も経過する頃には俺はおっさんと真面に打ち合えるようになって来ていた。


「生意気な!」


 そうして、ついにおっさんは本気を出して来た。


 今までとは比較にならない剣戟の連打。


 俺はそれをギリギリで捌きつつ……。


(きっつぅ! このおっさん大人げないにも程があるぞ!)


 いきなり難易度が跳ね上がって余裕のヨの字もなくなっていた。


 堪らず俺は攻撃を剣で捌きつつ詠唱をしておっさんに減速のデバフを掛ける。


 これでおっさんの動きは鈍くなって余裕が出来る筈だったのだが……。


「舐めるな!」


「は?」


 おっさんは一瞬魔力を全身から放出したかと思うと、なんと俺の減速の魔術にレジストしてしまった。


(そんなのありかよ!)


 内心で盛大に焦りつつ、俺は必死におっさんの剣を捌いていく。


 分かったことは、どうやら高位冒険者には敵の魔術師が掛けて来るデバフに対抗する手段が既に確立しているらしいということだった。


 それから幾度かおっさんに減速のデバフを掛けてみたのだが、いずれも身体から魔力を一瞬だけ放出するという方法でレジストされてしまった。


(なるほど。減速のデバフは魔術だから、魔力で全身を覆うことで対抗出来る訳か)


 これが魔女の魔法なら使っているのは世界力だからレジストすることなど出来なかっただろうが、魔術なら魔力で防げるのは道理だ。


 流石は元Bランクの高位冒険者である。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」


 とか偉そうに分析していたが、常にギリギリで捌いているので流石にスタミナが切れて肩で息をしている状態だ。


 大分おっさんの動きは模倣出来るようになって来たが、まだ時間が足りない。


 そうして必死に息を整えながらおっさんの出方を伺っていると――唐突に目の前にいた筈のおっさんの姿が消えた。


(は?)


 意味不明な状況の混乱しつつも、俺は死角から放たれたおっさんの攻撃をギリギリで目の端で捉えて、寸前で木剣で防御した。


 加速のバフが切れていたら間違いなく今ので終わってた。


(こいつは……縮地か!)


 瞬間移動なんて単純な能力ではなく、敵の視線を誘導して特殊な歩法によって相手の死角に潜り込む技法。


 だから目の前にいたのに消えたように錯覚してしまったのだ。


 俺も前世でネットで調べたので知識としては知っていたが、まさか実際に見て体験することになるとは夢にも思わなかった。


「今のは現役時代に俺の切り札だったんだぜ。本当に生意気なガキだ」


 おっさんは不貞腐れた様子で愚痴るが、こっちには全く余裕などなかった。


 それからおっさんは通常の攻撃に縮地を偶に混ぜて来るといういやらしい戦法で俺を攻め立てて来た。


 今までもギリギリだったが、更にギリギリの攻防を強いられた俺はおっさんが縮地を使う際の歩法を目に焼き付けて……。


「なっ!」


 縮地を模倣して死角からおっさんに反撃を繰り出した。


「本当に、生意気な野郎だな!」


「はぁ、はぁ……そいつはどうも」


 まだ少し息は切れているが、おっさんの攻撃にも大分慣れて来て余裕が戻って来た。


 それから更に5分程の攻防があり、縮地の使用にも大分馴染んで来た。


「ちっ」


 一方、戦況の方は俺の方は息が整ったのとは裏腹に、おっさんの方がスタミナが切れて息が切れ始めていた。


「どうする?」


「あ?」


「色々と勉強になったし、ここらで引き分けってことにしないか?」


「…………」


 このまま続ければどうなるのかはおっさんの方がよく分かっているだろう。


 確かにおっさんは強かったし、元Bランクとして遜色のない力を持っていた。


 だが既に引退した身であるおっさんには現役だった頃の気迫が欠けている。


 要するに、引退という保守的な行動で一線を退いたおっさんには無謀とか死なば諸共とかいう我武者羅な気質がもうないのだ。


 故に、ここで俺に負ければ二度と剣を取ろうとは思わなくなるだろう。


「ちっ。本当に生意気なクソガキだぜ」


「ご指導どうも」


 こうして俺とおっさんの指導試合は幕を閉じた。






 おっさんとの試合が終わった後、俺は自分の中で習得した技能の整理を行っていた。


(本当、勉強になったわ)


 あのおっさん、恐らく現役の頃は剣術一本でBランクまで上り詰めた猛者だったのだろう。


 その長い冒険者人生の中で培ってきた技術を、俺のような若造に短時間で模倣されて習得されては堪ったものではない。


 あのおっさんが面白くないと思う気持ちは痛いほどに理解出来るが……。


(本当に勉強になったなぁ)


 俺は1日で一気に剣術のレベルが上がって気分が良かった。


 これからも定期的に高位冒険者が指導に来てくれないかと思ってしまった。




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