第5話 【常識を学ぶ為に変身して世界を回る魔女】
私は改めて世界中の世界力に干渉して余っているエネルギーがないかを調べてみる。
結果、細かいエネルギーはポツポツ見つかるが、そういうのは私が態々動かなくても今までサボっていた魔女に回収を任せればいい。
「…………」
まぁ、そのサボり代表が私の近くにいる訳だが、先生は怠惰なので動けと言っても動いてくれない。
この人、私が世界力を注ぎ込んだので世界との接続は強くなっている筈だが、普段は無気力な癖に無駄に自我が強いから世界の思う通りに動く人形にはならないのだ。
それより問題なのは、やはり回収出来るエネルギーが見当たらない点だろう。
根本的な話、この星のエネルギーが枯渇しかかっているのは数百年に渡って星からエネルギーを奪って来た人間のせいだし、それを放置して傍観していた魔女の責任だ。
それを新しく生まれたばかりの魔女である私がどうにかしなければいけないというのは納得がいかない。
だが理不尽だと嘆いても問題は解決しない訳で、星の崩壊を防ぐ為には行動しなければいけない。
「やっぱり世界中の人間に責任を取ってもらおうかなぁ」
「……物騒なことを呟くな」
思わず愚痴ったら先生にドン引きされた。
困ったことに計算してみても世界中の人間からエネルギーを搾取しても星のエネルギーを回復させるには足りないことが判明した。
どんなに上手く搾り取っても2割強~3割弱くらいまでしか回復しないという計算結果だ。
「星のエネルギーって今どのくらいだっけ?」
「今は……19.2%くらいですね」
「……増えてる?」
「ほんの僅かに」
現在進行形で100万人の人間の魂からエネルギーを搾取しているところなので、星の維持に消費されるエネルギーよりも僅かに回復の方が早いので、ちょっとだけ回復しているのだ。
0・001%くらいだけど。
本当に消費よりも回復がちょびっと上回っているだけだ。
本当に僅かな回復量だが、その僅かな回復量のお陰で星の崩壊は随分と遠くなったと言える。
「こんなの本来は新参の魔女が管理することではないんですけどねぇ」
チロリと先生を睨む。
「悪かったとは思っているが、今更言われてもな~」
自我を世界に飲まれない為とはいえ、世界との接続を制限しすぎて世界の危機に気付けないのは本末転倒と言うしかない。
「おまけに大半の魔女は私との接触を恐れて雲隠れしてしまうし」
「……あんた、おっかないからなぁ」
「風評被害です」
魔女に必要な最低限の世界との接続をさせただけなのに、それだけで自我が飲み込まれるというのは自我が弱過ぎるのだ。
魔女ならもっと毅然とした態度で世界の為に働くべきだろう。
(とは言っても、今は出来ることないんだけどね)
何処からかエネルギーを調達出来ない以上、機会を待つことしか出来ない。
◇◇◇
その日、私は色々なことを考えた末に1つの結論を出した。
「ひょっとして私って……世間知らずでしょうか?」
「……そらそうだろ」
うん。考えてみれば私って5歳まで残飯漁りで生きていたし、それ以降は魔女の試練を受けて森の中で生きて来た。
世間の常識を学ぶ機会が皆無だったのだ。
「世界と繋がっているので世界的な知識は豊富なんですけどねぇ」
「それは常識とは別物だろう」
「ですよねぇ~」
世界の知識――アカシックレコードに記載されている記録など、世界で普通に暮らす人々にとっては全く関係ない訳で、そういうのは常識とは言わない。
「うぅ~ん。暇だし、ちょっと世界を見て回って来ようかなぁ」
「勝手にしな」
そういうわけで、ちょっと世界を見て回ろうと決意した。
準備段階として私がまずやったことは……。
「へん、しん!」
ちょっと古臭い変身ポーズで魔法を行使して――男に変身した。
「なんだい、そりゃ?」
「元の私……ではなく俺をイメージして偽装してみました。あのまま男として成長していたらこんな感じになっていたかなぁ~って」
思わず女言葉が出そうになって、慌てて意識を男に切り替える。
「ふぅ~ん。貧弱そうだね」
「魔女と比べれば誰だってそうでしょう」
俺は今17歳の少年の姿だが、確かにあまり頑強とか屈強とは言えない見た目だった。
身長は170センチ程度で、体格は中肉中背、髪の色は黒で、瞳の色も黒。
恰好は流石に魔女の衣装ではなく、適当な男用の服を着ている。
うん。元の俺と言ったが、実際には前世の俺を参考にした姿だった。
魔女もあまり見た目は強そうに見えないが、魔女は世界力を認識出来るので魔女というだけで超強く見えるのだ。
「そうしていると完全に人間に見えるね」
「魔女の力を封じて完全に人間に偽装していますからね。この姿だと人間に出来ることしか出来ませんし、世界力にも干渉出来ないので魔法も使えません」
ぶっちゃけ、《魔女封じ》を参考にして世界力を封じた。
とは言っても完全に封じたわけではなく、緊急時には世界からの救難信号は受け取れるようにしてあるけど。
「……物好きな」
魔女という万能の力を一時的にでも封印して人間に偽装する俺を先生は奇異なものを見るような目で見ている。
「無駄に働かされていますし、少しくらい遊んでも良いでしょう」
「……好きにしな」
先生は放任主義だなぁ。
ちなみに男の視点から改めて先生を見てみたのだが、美人には見えるがだらしなくてズボラな女性にしか見えなかった。
ごめんよ、先生。
俺はもっと清楚で家庭的な女性が好みなのだ。
私は擬装を解いて魔女に戻り、色々な準備を進めることにした。
特に魔法が使えなくなるなら装備は重要になって来るし、念入りに準備することにした。
「お前は変なところで拘るよな」
「先生が薬を作るのと同じですよ」
私が男用の装備と服一式を錬金術で作るのを見て先生が呆れていたが、私から言わせれば大鍋をかき混ぜる先生も同じように見えている。
魔女ならあんなの必要ないでしょうに。
「あ、ついでなので餞別に先生の薬セット一式をください」
「へいへい」
先生は薬師としては世界の頂点に立つ存在なので、先生が作った薬が貰えれば男に偽装した状態では非常にありがたい。
そうして私は必要と思えるものを可能な限り準備していった。
◇◇◇
数日後。
準備を終えた俺は先生に別れの挨拶をしていた。
「定期的に様子を見に来ますから、掃除くらいはしてくださいね」
「わぁ~ってるよ。あんたはあたしのお袋か」
別れの挨拶というより注意事項だったけど。
だって、この人って私生活がだらしないんだもん。
調薬を始めると掃除洗濯は勿論だが、食事まで忘れてしまうような人だ。
「それでは行ってきます」
「はよ行け」
送り出されるというか追い出されるように俺は魔女の家を出た。
「さて、行くか」
歩き出す俺の恰好は魔女仕様ではないとはいえ黒一色だった。
黒い靴、黒いズボン、黒いシャツ、黒いジャケット、黒いバンダナ。
おまけに背負っているのは黒いリュックだ。
見事に全身黒ずくめな上に、元の俺を参考にして再現した偽装なので黒髪で黒目という黒だらけだ。
別に黒に拘りがあるわけではなかったのだが、魔女の本能なのか選択肢がある時は黒を選んでしまう。
そうして俺は魔女の森へと足を踏み入れた。
「…………」
振り返ってみるが、今の身体では世界力を認識出来ないので先生の結界で護られた魔女の家は見えなくなっていた。
「練習しながら行くか」
森を歩きながら俺は数日で勉強して来た成果を復習する。
うん。この身体だと世界力に干渉出来ないから魔法が使えない。
だから代わりとなるものが必要だと思って俺は魔術を勉強して習得して来たのだ。
「詠唱めんどくせ~」
とは言っても詠唱は面倒だし、大きな魔術には振り付けも必要になる。
イメージだけで発動出来ていた魔法とは大違いだ。
ちなみに人間が使う魔術には色々と制限があって、基本的に本人が先天的に持っている魔力の属性に適した魔術しか使うことが出来ない。
基本属性は火、水、土、風の4つで、特殊属性の光と闇を合せて6属性。
それに加えて特異属性というユニーク属性とでもいうべき世界に1つだけの属性を持つ者もいるらしい。
先生によると元の俺は水属性だったらしいけど。
珍しくもないありふれた属性だ。
だが、それではつまらないし不便なので、偽装する際に色々と細工をして特異属性に変えておいた。
今の俺が持つ魔力の属性は――時空属性である。
うん。主にアイテムボックスや転移が使えないと不便だと思って魔術で再現出来るようにしたいと新しく開発した属性である。
普通は新しい属性の開発など出来ないが、魔女に出来ないことはないので例外中の例外だ。
そういう訳でアイテムボックスを使う為に詠唱していたのだが――唐突に俺の前に猛獣が出現した。
「……勘弁してくれ」
久しぶりに見た猛獣だが、人間に偽装している今の俺が勝てる相手ではない。
そう判断して俺はアイテムボックスから先生からの餞別で貰った薬品を取り出して猛獣に向かって投げつけた。
「ギャンッ!」
効果は劇的で、薬品を投げつけられた猛獣は悲鳴を上げて逃げていった。
中身は酸性の薬品で、投げつければ弱い猛獣くらいなら撃退出来ると聞いていたので実行してみたわけだが……。
「……何処が弱い薬品?」
逃げている最中の猛獣の身体がドンドン溶けていき、最終的に黒い水たまりになってしまった。
明らかにオーバーキルである。
流石は世界最高峰の薬師である《朝露の魔女》というべきか?
それ以降、何故か猛獣とは遭遇しなくなった。
まぁ、あんなの見たなら普通は近寄らんわな。
なんか、この森の猛獣には危険を共有する技能でもあるのか、一度でも危険と判断された相手には近寄らない習性があるらしい。
(これも先生の仕込みかな?)
どうやっているのかは知らんけど、森は先生の領域だからね。
そうして俺は森を抜けることに成功した。
子供の頃に試練を受けていた時には、どうやっても抜けられなかった森だが、あれもやはり先生が結界を張っていたのだろう。
今は結界が張られていないので普通に抜けられたようだ。
(つ~か、結界が張れるなら暗殺者も入って来ないように進入禁止の結界を張ればいいのに)
一度結界を解除して以降、ズボラな先生は結界を再展開するのを忘れてしまっているのかもしれない。
先生らしいといえば先生らしいけど。
そうして森を抜けたのは良いのだが……。
「もう日が暮れるな」
森を抜けるのに時間を掛けたせいで、もう日が落ちて暗くなりかけていた。
「今日はここで野宿か」
思わず溜息が漏れる。
野宿に抵抗はないが、何年も先生の家で快適に暮らして来たので、こうして野外で過ごすのが少し億劫だった。
とは言え、準備が必要なのは確かなので詠唱してアイテムボックスから必要な荷物を取り出していく。
テントは必須として、後は食材と調理する為の調理用具。
うん。魔女として女性化して以降、先生の家で料理を担当していたのは何を隠そう俺である。
美少女として料理が出来ないなんてことは我慢出来なかったから頑張ったということもあるけど、そういう訳で料理は得意な方だ。
そうして作り上げた料理を堪能した後は早々に片付けを終わらせてテントで横になって就寝した。
「やっぱり魔術は不便だなぁ」
そんなことを思いながら眠りに就いた。
◇◇◇
翌朝。
目を覚ました俺が最初にしたことは……。
「何も襲って来なかったみたいだな」
見張りとして置いておいた黒猫の人形をアイテムボックスに仕舞うことだった。
使い魔として意思を持って動くわけではないが、危険を察知すると警報を鳴らしてくれる特性の黒猫人形だ。
これがあったからこそ俺は警戒せずに眠ることが出来た。
それから朝食を作って食べて、テントなどを片付けて出発した。
事前に地図を用意していたので迷うことはなかったが、森から最寄りの街に辿り着いたのは昼に近い時間になってからだった。
「意外と歩かされたな」
魔女の時なら転移や飛行が出来たが、今は歩くしか移動手段がない。
今でも魔術で転移は可能だが、転移魔術は事前に転移先を登録する必要があるので、行ったことのない場所には跳べないのだ。
(本当、魔術って不便)
心の中で愚痴を漏らしつつ街の中に入る。
街は5メートル近い高さの石の壁に囲まれており、街に入る為の門には兵士が常駐しているのが見えたが――普通に素通りで入ることが出来た。
(助かるけど警備がザル~)
身分証なんて物を持っていない俺としては助かったが、街の治安に不安を覚えたのは元日本人として仕方ない部分だと思う。
街に入って、まずは今日の宿を決めてしまおうと歩き出そうとして――肝心なことを忘れていたことを思い当たった。
(やべぇ。俺、金を持ってない)
魔女の家で色々な準備はして来たが、そういえば金の準備をしていなかったことを思い出したのだ。
つまり今の俺は文無しだ。
というか、この世界の金なんて見たこともない。
(ってことは日暮れまでに金を稼ぐか、もしくは今日も野宿ってことになるのか)
とは言え、どうやって金を稼いだものかと悩みながら歩いていたら――剣が交差した看板が掲げられた建物を発見した。
(これって冒険者ギルドって奴か?)
異世界の定番と言えば定番なので俺も知ってはいたのだが、本当なら冒険者になる気はなかった。
何故なら、この世界における冒険者というのはチンピラやゴロツキの代名詞みたいな職業だからだ。
調べた情報の中には一部の高位冒険者の中には英雄の如き活躍をしている者もいるという話だったのだが、そういうのは本当に頂点の一角、上澄みの更に上澄みというほんの一握りの話だ。
大半の冒険者は社会の底辺という認識であり、地球で言えば路地裏に集まって、弱そうな奴からカツアゲしているニート以下というのが冒険者だ。
(とはいえ、他に方法なさそうだしな)
今から魔女に戻ってお金を準備するというのも格好悪いし、俺は思い切って冒険者ギルドの門を潜ることにした。
(うわ)
入って最初の一歩で後悔した。
冒険者ギルドの中は思ったよりも広かったのだが、その半分に酒場が併設されており、そこでは酔った冒険者と思わしき者達が馬鹿笑いを上げながら酒盛りをしていた。
(昼間っから酒かよ)
もう、この時点で底辺というのが噂だけでなく真実なのだと分かってしまった。
ゲンナリしつつ受付に視線を向けると、そこではむさくるしいおっさんがムッツリした顔で座り込んでいた。
(そこは綺麗な受付嬢じゃないのかよぉ)
まぁ、常識的に考えてみれば、こんなゴロツキの集まる場所に綺麗なお姉さんがいたら危ないに決まっている。
そう納得しつつも俺はガッカリしながら受付に近付く。
綺麗なお姉さんが良かった。
「登録か? 依頼か?」
受付のおっさんは見た目通りの不愛想さで俺の要件を聞いて来る。
「……登録で」
俺は気力を振り絞って答えた。
「字は? 代筆は銅貨3枚だ」
「書ける。というか金はない」
この世界の文字は魔女の修行時代に先生に習ったので問題なく書ける。
日本語とは大分違うので苦戦したが、基本的な文字を覚えれば後は簡単だった。
そういう訳で俺は渡された用紙――というか木の板に羽ペンで必要事項を記入していく。
名前はケイ。年齢は17歳。特技は――狩りと書いておいた。
森で小動物を狩っていたのも事実だし。
(そういや、名前ってずっとケイのままだったな)
魔女になってからも変わっておらず、今までは気にしていなかったが――《安穏の魔女》ケイって微妙じゃないか?
(今度、先生に相談して《安穏の魔女》に相応しい名前を考えるかな)
ケイというのは、あくまで先生が適当に付けた臨時の名前であって、魔女として相応しい名前とは思えない。
「……17?」
そんなことを思いながら俺は用紙を受付のおっさんに返したのだが、何故かおっさんは俺の年齢が引っかかったらしい。
まぁ、今の身体のベースは前世の俺を参考にしているわけだし、前世に引っ張られて日本人の要素が混じっているのか少し童顔だという自覚はあった。
「なにか?」
「いや。大抵の奴は成人した15歳で入って来るからな。17で冒険者を始める奴は珍しかっただけだ」
「そっすか」
この世界、成人は15歳らしい。
金も職もない奴がなるのが冒険者なわけで、そういう奴は15歳になったら早々に冒険者になるのがお約束なのだろう。
俺は15歳で正式な魔女になって以降、世界の崩壊を止める為に2年も世界中を飛び回っていたからな。
例の装置を潰して、関係者を封魂結界に閉じ込めて、サボっていた魔女を人形に変えて、そういう忙しい日々を送っていたので世間の常識を学ぶ時間などなかったけど。
「ほれ、こいつがお前の登録票だ。失くすなよ。再発行に銀貨3枚掛かる」
「……ども」
受け取った登録票は木製のボロいカードで、そこに手書きでGという文字が書かれていた。
「G?」
「仮免ってことだ。依頼を受けて達成出来る能力があると分かればFランクに上げてやる」
「そうなんだ」
どうやら冒険者として最低階級はFランクだが、その前段階として仮免のGランクが存在するらしい。
「依頼を受ける為にはどうすれば良い?」
「あそこの掲示板に依頼が張ってある。お前はGランクだから端っこのGランク用の常設依頼を見て確認しろ。こっちに持ってくる必要はない」
「どうも」
俺はおっさんに礼を言って掲示板の前に移動した。