第19話 【一行はパーティ戦を経験し、勉強会と反省会をする】
コインが地面に落ちた瞬間、戦闘が開始された。
「リティスは前に、ティーナは後ろに下がれ! 指示は俺が出す! 後はいつもの訓練通りに行くぞ!」
「「了解!」」
同時に俺は2人に指示を出してフォーメーションを組む。
それに対して対戦相手の5人は無言のまま陣形を組んで前衛にドワーフと獣人が前に出て、後衛として下がった人間とエルフが詠唱を開始して、精霊種が様子を見てサポートを入れるタイミングを計っている。
こうなると、どうにかして前衛を突破して術が完成する前に詠唱を妨害したいところだが、リティス1人で2人を突破するのは少し厳しいか?
「リティス、時間を稼いでください!」
そのリティスに向けて宣言しつつティーナが魔術の詠唱を開始する。
それを見て魔術――ではなく自然力を使った術の詠唱をしていたエルフが少しだけ目を見開いて驚いたのが分かる。
ハーフエルフであるティーナが魔術の詠唱を開始したのが意外だったのだろう。
「ん~っと。時間を稼ぐのは良いんだけどさ……」
対してリティスはニヤリと笑って俺とティーナを振り返る。
「別に倒してしまっても良いんでしょ?」
盛大にネタをぶっこんで来た。
「死亡フラグ立てんな!」
「えへへ♪」
別にティーナとリティスに前世のことを話したわけではないが、こういうネタになる話はいくつかして来たので意味が分かるのだ。
というかリティスもネタだと分かって言っているし。
「さぁ、決死で掛かって来~い!」
そう言いながらリティスは自ら間合いを詰めていく。
(掛かって来いと言いながら自ら突っ込むスタイル、嫌いじゃないです)
そのリティスの前進を阻む為に敵の前衛であるドワーフと獣人が立ち塞がる。
ドワーフは聞いていた通り身長は低いががっしりとした体格で、防御を担当する為か頑丈そうな鎧を着て大きな盾を構えている。
対して獣人はリティスと同じ格闘主体のようで身軽な恰好で拳には金属製の小手を装着している。
最初にリティスと激突したのは当然、獣人の方だ。
同じ獣人の格闘家同士、激しい拳の応酬が始まり……。
「ぐぅっ!」
直ぐに相手の獣人の方が押し負けて下がる。
うん。そりゃ同じ獣人の格闘家とは言ったが前提条件が――氣功を習得したリティスの相手をするのは自殺行為だ。
「なんてパワーだ!」
氣功で身体能力を強化しているリティスはまさに超人。
氣功を習得していない獣人が相手では身体能力が違い過ぎて真面な勝負にならない。
「強化なしじゃきつい! 早くしてくれ!」
「気合だ!」
その要請に応えたのかどうか知らないが、神官の術が完成して獣人の身体が強化される。
どうでもいいけど、さっきの『気合いだ!』が発動の言葉だったのか?
「これなら!」
強化を受けた獣人が再びリティスに挑む。
そうして再び始まる拳の応酬。
「よっ。ほっ。とっ」
リティスは獣人の拳を丁寧にナックルで受けたり逸らしたりして防御優先で機会を待っている。
「ワシもいるぞい!」
そこにドワーフが参戦して金属製のゴツいメイスで殴り掛かって来る。
「おっと」
リティスはなんなくドワーフの攻撃をナックルで受け、力の方向を逸らして受け流す。
「なんと!」
あっさりと体勢を崩したドワーフに対して、リティスは片手で獣人の拳を捌きながらもう片方の掌を鎧に包まれた身体に接触させて――発勁を叩きこんだ。
「ぐふぅっ!」
鎧の上からでも効果は覿面で、発勁を受けたドワーフは血反吐を吐きながら倒れて地面を転がって悶絶する。
「いっけない。ちょっと手加減ミスっちゃった」
うん。危うく殺すところだったわ。
ナックルでの攻撃は非殺傷となるけど、発勁に対する軽減効果なんて付いてないので自前で加減するしかないのだ。
「やっべぇ! この子、想像以上に強いぞ!」
「回復の時間を稼げ!」
「無茶言うな!」
この期に及んで無言の連携なんて余裕はなくなったのか、獣人は騒いで人間は怒鳴っている。
まぁ、リティスが強過ぎるから仕方ないね。
一方で敵のエルフの術が完成したのか、エルフの頭上の水の槍が現れて――その槍が高速で回転を始める。
一瞬、こいつも2つの術を合成したのかと思ったのだが……。
「2人の合体技、見せちゃうよ~」
どうやら1人で2つの術を完成させたのではなく、エルフと精霊種の2人で協力して2つの術を合成させたようだ。
(なるほど。1人で合成魔術を完成させるのは難しいが、2人なら難易度が下がる訳か)
こういう世間には知られていない技術も世界中を旅して学んだことの1つなのだろう。
「「ウォータースピア!」」
そうして2人で協力して作り上げた回転する水の槍がリティスに向かって放たれる。
「アイスランス!」
対してティーナの合成魔術が間に合い、回転する水の槍に対して氷の槍が正面から激突する。
結果は相打ちで、回転する水の槍は凍って散らされて、氷の槍は衝撃を受けて砕け散る。
「嘘でしょう! とっておきの合体技と互角だというの!」
(残念ながら互角じゃないんだなぁ~、これが)
確かにティーナの放った氷の槍は回転する水の槍と正面から衝突して、衝撃を受けて砕け散った。
だが、まだ制御が切れていない。
バラバラに砕けた氷の欠片がティーナの魔術の制御によって指向性を与えられて――エルフに向けて撃ち出される。
「きゃぁっ!」
完全に予想外の攻撃だったのか避けることも防ぐことも出来ずに直撃を受けて倒れるエルフ。
(これが完全に詠唱をして完成させた魔術の怖さだ)
たとえバラバラになったとしても制御を失わず、立て直すことが可能なのだ。
「ふぅ。ふぅ。ふぅ」
術者には相当負担を強いるのでティーナは息を切らして次の魔術を詠唱する余裕はなさそうだけど。
(1回使うと次が続かないのが合成魔術の欠点だな)
分かっていたことではあるが、これも課題だ。
「ちぃっ!」
戦況を不利と悟ったのか神官がドワーフの回復の為に行っていた詠唱を中断して前衛の方へと駆け寄って来て、ドワーフの落としたメイスを拾って獣人の援護の為にリティスに殴り掛かった。
「それはいくらなんでも無謀だろ」
「がっっ!」
リティスが装備しているのが非殺傷用のナックルとはいえ、後衛職が受けたらただでは済まないので俺が背後に回り込んで神官を木剣で殴って気絶させた。
これで3人を無力化したので残り2人。
「えっと。援護するけど……いけそう?」
自信なさそうに獣人に問い掛ける精霊種。
「……無茶言うな」
リティスの猛攻を必死に凌いでいた獣人の腕は――どう見ても折れていた。
「降参。俺達の負けだ」
潔く自分達の敗北を宣言した獣人は、その場に座り込んで戦闘の続行の意思はないと示した。
どうやら無事に勝てたようだ。
戦闘終了後。
俺は隠し持っていた――ということでアイテムボックスから取り出して先生謹製の薬品を使って負傷した奴らの治療をした。
「凄い効き目の薬だな。バキバキに折れていた腕があっと今に元通りだ」
特に獣人はリティスと拳の応酬をしたので、ところどころ骨が砕ける重傷だった。
こんな状態でよくリティスを抑えていられたもんだ。
「……高名な薬師が作った薬だからな」
うん。世界最高峰を自称する《朝露の魔女》が作った薬だからね。
「治療までしてもらって済まない。本来なら僕が治療を担当するつもりだったのだが、1人じゃ手に負えなくてね」
いくら優秀な神官だったとしても複数の重傷者の治療を1人で行うのは無謀だ。
エルフはティーナの撃ち出した氷の破片で身体を滅多打ちにされて全身打撲程度だったが、ドワーフはリティスが発勁の加減を誤ったので結構な重傷だった。
それに加えて獣人の治療とくれば1人でどうにかなる限界を超えてしまっている。
どうにかエルフの治療は1人で済ませた神官だが、他の2人は俺が薬で治すことになったのだ。
そうして治療を終えて反省会というか、雑談会になったのだが……。
「1つ聞きたいのだけど、どうしてハーフエルフなのに魔術を使えるのよ」
真っ先にエルフがティーナに噛みついた。
「えっと、それは……」
ティーナからどうしようかという視線を受けたので俺が説明を引き継ぐ。
「ハーフエルフが魔術を使えないというのは、エルフと人間の混血だから体内にあるのが自然力と魔力の混じったエネルギーになってしまっているからだ。エルフは、この魔力が混じった自然力を感知するから気持ち悪いと思うのだろう?」
「……そうね」
俺の質問にエルフは素直に頷く。
「逆に言えば、この2つの混合エネルギーを制御する術を見つけさえすれば、ハーフエルフでも魔術を使うことは可能なんだ」
「そんなことが……」
エルフは信じられないという顔をしていたが、実際にティーナが魔術を使う姿を見ているので否定出来る材料がない。
「それより、こっちの嬢ちゃんだぜ。あのパワーは獣人だからってだけの理由じゃ説明がつかないだろ」
「……氣功を知らないのか?」
「なんだい、そりゃ?」
一般の獣人には氣功という言葉さえ伝わっていないらしい。
「過去の文献を読み漁って見つけたのだが、大昔の獣人達は自らが持つ膨大な生命力を練り上げて自在に操って自身を強化させていたと書かれていた。それを氣功と呼ぶそうだ」
「……知らねぇ」
「大昔に廃れた技術だからな」
文献の話はまるっきり嘘だが、獣人が大昔に氣功を使っていたのは事実だ。
「その氣功を習得すれば、俺でもあんなパワーを出せるようになるのかい?」
「ハッキリ言って、氣功を習得した獣人は、それだけでAランクにする制度を作るべきだと思うくらいには……超人だ」
「マジか」
「えへへ♪」
俺に褒められたと思ったのかリティスは俺に抱き着いて文字通りに尻尾を振る。
「ちなみに、その氣功を習得する方法は……」
「こればかりはリティスに素質があったという他ないな。ぶっちゃけ、リティスが戦闘のイロハを習い始めてから、まだ3ヵ月だ」
「嘘……だろ?」
「世の中には天才が居るもんだと思い知らされたね」
「…………」
別に氣功に関しては秘密でも何でもないのだが、教えてくれと言われて直に教えることになったとしても――男になんて教えたくねぇ。
手取り足取り教えるなら、やっぱり可愛い女の子じゃないと嫌なんだよ!
俺の生徒は巨乳の美少女か、巨乳(予定)の美少女限定なんだよ。
「ここまで来たら、ついでに聞いちゃうけど、あれは何だったの? 氷属性の魔術なんて聞いたこともないわよ」
ここで更にエルフが追加の質問をして来た。
「術式《二奏流》って知らないのか? あれで2つの魔術を同時に発動させて、それを合成した」
「……サラッととんでもないことを言うわね」
「Aランクになった時にギルド本部で術式《二奏流》の開祖みたいな家の魔術師に会ったが、そいつからヒントを得て開発した合成魔術だ。ギルド本部の議長って婆さんが立ち会ったから、その内、どっかから発表があるだろ」
あの曲者の婆さんが合成魔術に目を付けない訳がないから、既にどっかで研究されているだろうし、成果が出たら冒険者ギルドから発表して《これまでの魔術師の常識を覆す新発見》とか銘打って冒険者ギルドの権威を高めるのに使われるだろう。
だから俺は合成魔術に関しては隠す気がなかった。
「術式《二奏流》の話は聞いたことがあったけど、合成魔術に関しては初耳だわ。まさか私達の切り札である協力技を1人で実行する術があったなんて」
「ビックリだよねぇ~」
各地を渡り歩いて習得した2人で2つの術を合せる協力技は確かに強力だった。
その協力技の発展形を見せられた訳だから驚くのも無理はない。
「そう言えばあれは? 氷が砕けた後に私に飛んで来たのって、どういう原理だったの?」
「あれは魔術の基本だぞ」
続いてエルフが砕けた氷をティーナが制御して見せたことを問うが、俺は呆れしか返せない。
「基本?」
「最近は無詠唱だとか詠唱破棄が流行っているようだが、ちゃんと正規の詠唱を完全に唱えた末に完成させた魔術ってのは簡単に制御が切れたりしないんだ。たとえバラバラになったとしても制御を維持して立て直すことが出来る」
「あ」
そこまで説明して、やっと魔術の基本を思い出したのかエルフは呆気に取られる。
「そういえば詠唱を省略するようになってから術の発動を失敗することが増えたけど、そういうことだったのね」
「……僕にも心当たりがある」
エルフに続いて神官にも思い当たることがあったのか納得している。
「それに俺は詠唱には芸術的な価値があると思っている。それを利便性の為に省略だの破棄してしまうなんて美学に欠ける。エレガントじゃないね」
「ははは……」
術師組は俺の拘りを察したのか苦笑いを漏らしていた。
「手合わせでは敗れてしまったが色々と……本当に色々と勉強になった。君達には感謝している。こう言ってはなんだが流石はAランクだ。今までも何人かAランクと対戦したことはあったが君達程Aランクに相応しい人達もいない」
「俺は確かにAランクだが、この2人はCランクだぞ」
「嘘だろぉ!」
ティーナとリティスがCランクだと知って今日一番の驚きの声が上がったのには――少し笑った。
「どうして、あの強さでCランクなんだよぉ!」
「納得いかない」
「単純に時間と実績が足りないらしい。実力はAランクでもおかしくないと認められたが、強いだけだと冒険者は駄目なんだと」
「な、なるほど」
俺が説明すると一応は納得したが、それでも不満そうだった。
「もうギルドの採用基準を変えるべきだよな。少なくとも獣人が氣功を習得したらAランクってのは絶対に制度に組み込むべきだ。あんなの反則だし」
リティスと対戦して両腕をボロボロにされた獣人は実感の篭った感想を述べている。
ちなみに俺も反則だと思っている。
氣功を習得した獣人、強過ぎなんだよ。
「それで、最後の質問なんだけど……」
「ん?」
そう言って神官が最後に神妙な顔で聞いて来たのは……。
「どうしてメイドなんだ?」
「……俺の趣味だ」
どうでもいいことだった。
◇◇◇
そうして流離の冒険者5人組のパーティは去って行った。
「おい。人の情報を許可なく吹聴するな」
その翌日に俺は冒険者ギルドのおっさんに抗議したけど。
「かてぇこと言うな。そもそもAランクには宣伝義務があるからお前のことを聞かれたら答える義務があんだよ」
「マジかぁ~」
まさかAランクにそんな制度があったとは知らなかった。
「……嘘だけどな」
「…………」
このおっさん、殴っても良いかな?
「冒険者に守秘義務はあっても宣伝義務なんてあるわけねぇだろ。常識的に考えて、ランクが上がれば秘密が増えるものなんだから、それを明かせってのは横暴な話だ」
「真っ先に破っているお前が言うな」
「ははは。そりゃそうだ」
このおっさん、やっぱり殴ろうかな。
「それにお前も勉強になっただろ。あいつらは世界中を回って色々な知識や技術を仕入れている根っからの冒険家だぜ」
「基本的に教えることの方が多かったけどな」
「それはお前が変なだけだ」
それはそうかも。
「だが、よく異種族の混合パーティなんて成立したな。種族的に仲が悪いエルフとドワーフなんて喧嘩が起きそうなもんだが」
「噂だとしょっちゅう喧嘩しているらしいぞ。とはいえ付き合いも長いし、気が合うから解散ってことにはならんらしい」
「へぇ~」
世の中にはそういうパーティもあるのか。
「そもそも、お前らだって混合パーティだろうが」
「俺はツラとムネで選んだらこうなっていただけだ」
「……一周回って逆に格好良く見えて来たわ」
何故かおっさんには呆れられた。
「パーティでの連携と立ち回りは上手く機能しましたね」
帰宅後、俺達は俺達でティーナを議長に昨日の戦いの反省会を開始した。
いや。昨日は帰ってから色々と昂ってしまって、明るい内からベッドインしてしまったんだよね。
特にリティスは本能が刺激されたのか、なかなか寝かせてくれなかった。
「まだ少しぎこちなさはありましたし、向こうのパーティのような阿吽の呼吸で動ける程ではありませんでしたが、初回にしては上手くいったのではないでしょうか?」
「そうだな。リティスが加減を誤ってドワーフを殺しかけたこと以外は及第点だったな」
「反省はしている。けど後悔はしていない」
「何処の政治家だよ」
キリっとした顔で言うリティスだが、本当に反省しているのかは非常に怪しい。
「敢えて反省点を挙げるなら、リティスが強過ぎて加減が難しいということでしょうか?」
「ふっ。強過ぎるが故の欠点か」
「…………」
なんか段々リティスが厨二病臭くなっていくんだが、どうすればいいんだこれ。
ネタを仕込んだ俺が悪いとは思うのだが、こんなに早く染まるとは思っていなかったのだ。
「次の極め台詞は……お前はもう死んでいる」
「やめれ」
どうしよう。リティスが取り返しのつかないところまで行ってしまった。




