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第17話 【魔女vs聖女。世界の為に働く者はどちらかというと……】

 

 訓練が残り1週間になった時点で勇者の根性を叩き直すのには成功したようなので次の訓練に移る。


「はぁぁっ!」


「死ねぇっ!」


 ひたすらにカリュース君との模擬戦である。


 模擬戦なのに勇者は殺気を撒き散らしているが、カリュース君相手なら大丈夫だろう。


「うぅ。あんなのわたくしの勇者様じゃない」


 聖女はまたも嘆いていたが、殺る気になっているのだから応援してやれば良いのに。


「やる気だけは十分のようですね」


「どっちもへたっぴ」


 ティーナとリティスの意見も辛辣だったけど。


「それにしても……酷いな」


 2人の模擬戦は互いに持った木剣を相手に力任せに叩きつけるだけであり、技術も駆け引きもあったものじゃない。


 リティスがへたっぴと言うのも無理はない無様な戦いだった。


「とはいえ、剣を握るのさえ恐れていた勇者が自分の意思で戦えるようになったんだから、これも立派な成長だよな」


 うんうんと頷く。


「そんなわけがありますか!」


 聖女は絶叫していたけど。


「うぅ。わたくしの勇者様がまるで蛮族のようになってしまった」


「…………」


 目を血走らせながらカリュース君と笑いながら打ち合う様は確かに蛮族と言われても否定出来る要素が見当たらない。


「戦いはいつも虚しい。あの心優しかった少年は一体何処へ行ってしまったのだろう?」


「お前が言うな!」


 溜息を吐きながら言ったら聖女から盛大なツッコミを貰った。




 ◇◇◇




 そうして約束の1ヵ月が過ぎて俺は勇者の指導を終えた。


「ぐるる! 次は殺す!」


 勇者君は最後にコテンパンに叩きのめしてあげたらお礼に俺の見送りに来てくれた。


「頑張りたまえ、勇者君。君の成長を遠くから見守っているよ」


「やかましぃっ!」


 そうして俺は勇者君と笑顔で別れを告げた。


(笑っているのは旦那様だけですけどね)


(流石に私もちょっと酷いと思ったよ、御主人)


 こうして俺は無事に仕事を終えたのだった。






 転移魔術でギルド本部へと戻り老婆に成果を報告した。


「というわけで俺の頑張りのお陰で勇者君は立派に成長し、最後には笑顔で握手をして別れて来たぞ。きっと、こういうのを友情と言うんだな」


「……聖王国に送り込んだ諜報員から随時報告が届いていたよ。酷過ぎる、鬼だって」


「…………」


 俺はジト目で睨む老婆からそっと目を逸らす。


「いいじゃねぇかよ。ちゃんと戦えるようにしてやったんだから」


「勇者を蛮族に転職させろとは言っていないよ」


「気弱で貧弱な坊やを鍛えるにはスパルタが1番なんだよ」


「……どこぞの新兵の訓練でもあるまいし」


 老婆は肩を竦めて嘆息した。


「だが下手に悪知恵の働く小僧に育てなかったのは上出来さ。勇者なんて頭空っぽの脳筋にするくらいで丁度良いさ」


「そうだろう、そうだろう」


「……あんたは勇者を虐めて無駄に楽しんでたみたいだけど」


「…………」


 超楽しかったです♪


「真正のドSか。夜は大変そうだね」


 そう言ってティーナとリティスを見る老婆。


「普段は優しいから大丈夫です」


「うん。普段は優しい」


「…………」


 それは夜は優しくないってことか?


 ちょっとマニアックなプレイはしてしまったけど、そんなに言われるほど虐めた覚えはないぞ。


 これは夜になったらお仕置きだな♪


「本人が満足しているなら、あたしは何も言わないよ」


 何故か俺の夜の生活を言及されて呆れられた。


「こほん。ともあれ、これで仕事は完了ってことで良いな?」


「ああ。色々と問題は多かったが、結果として仕事の出来には満足している。御苦労だったね」


「……本当にご苦労だったよ」


 1ヵ月以上も仕事を延長されたようなものだ。


 金貨100枚では安かったかもしれない。


「あんたらはもう帰るのかい?」


「ああ。流石に今日は疲れたから宿で一泊する予定だが、明日の朝には帰る予定だ」


 本当に直ぐにでも転移魔術を使って自宅に帰りたいところなのだが、俺にはまだやることが残っているのだ。


 俺は報酬を受け取ってからギルド本部を後にした。




 ◇◆◇




「はぁ~……」


 その夜、聖女は自室で深く溜息を吐き出した。


「どうしてこんなことに……」


 聖女にとって勇者召喚を主導し、召還された勇者を理想の勇者に育て上げることこそが長年の夢だった。


 今まで、その為の準備をして来たつもりだが聖女は戦闘に関しては素人だ。


 勇者の戦闘指南だけは別の誰かに頼まなければならなかった。


 本来なら、その役目は騎士団に任せる予定だったのだが……。


(勇者様を戦場に駆り立てる訳にはいかない以上、騎士団に任せることは出来ませんでした)


 ちょっと調べてみれば分かることだが、騎士団で実行している訓練は戦争で役に立つ集団戦術がメインだった。


 集団対集団で戦う際には非常に有効な戦術だが、逆に言えば個人対個人で戦う際は役立たずも良いところだ。


 だからこそ冒険者ギルドに勇者召喚の立ち合いへの参加を打診して、Aランクの冒険者の派遣を要請したのだが……。


「あの男、よくもやってくれたわね!」


 確かに勇者からは最初に感じた頼りなさは消えた。


 だが、代わりに勇者は蛮族になってしまった。


「あんなの、わたくしの理想の勇者様じゃない」


 目を血走らせて模擬戦相手の騎士と笑いながら全力で打ち合う姿を思い出して苦悩する聖女。


「やっぱり冒険者なんかに指導を任せるべきではなかった」


 聖女も冒険者は野蛮だとは聞いていたが、あれ程とは思っていなかったのだ。


「まだ遅くないわ。今からでも勇者様を矯正して……」


 そうブツブツ呟きながら計画の変更を頭の中で考えていたら……。




「ごきげんよう」




「っ!」


 唐突に背後から聞こえてきた声に驚いて振り返る聖女。


「…………」


 振り返った聖女の目に映ったのは――1つの理想を体現した姿だった。


 サラサラで眩く輝く長く美しい金色の髪。


 静かで穏やかなのに強い意思を宿す真紅の瞳。


 露出は少ないが瑞々しく磨き上げられて白い肌。


 そして着ている黒いワンピースを押し上げるほどに豊満な胸と華奢な手足。


 身体を隠すように纏った黒いローブと頭に乗せられた黒い三角帽子も良く似合っていて……。


「……魔女?」


 その特徴的な恰好に、やっと相手の正体を看破する。


「くす。聖女様にまで見惚れてもらえるなんて、自分の美貌に自信が湧いて来るわ」


「くっ……!」


 笑い方まで上品で美しい魔女に聖女は思わず唇を噛みしめた。


 なにより聖女は自分の胸が小さいことがコンプレックスなので、その大きな胸を自慢するようなポーズを取る魔女には不快感を覚える。


「教会の中にまで入り込むなんて、恥知らずな魔女だわ」


 思わず侮辱するようなことを言ってしまったのは動揺を隠す為だ。


「そうかしら? 本来の使命も忘れてしまった恥知らずなあなたには言われたくないのだけど」


「使命?」


 聖女の知る限り、聖女の使命とは悪しき魔女の討伐である。


 その使命を果たす為に勇者を召喚したのだから。


「まだ勘違いしているみたいだから教えてあげるけど、本来の聖女の使命とは世界の守護者である魔女が堕落してしまった場合の監督要員よ」


「は?」


 知らない。聖女はそんな使命は知らない。


「魔女が堕落して世界の為に働かなくなってしまった際、魔女から魔女の資格を取り上げて処刑する権利が聖女にはある。使命と言い換えても良いわ」


「…………」


「その聖女が堕落した魔女を放置し、世界の為に働く魔女を討伐する為に勇者を召喚するなんて、怠慢……本末転倒と言う他ないわ」


「世界の……為に?」


 聖女の耳に残ったのはその言葉。


「人類の生活を支えていた施設を破壊し、人類の成長を促す為に作られたダンジョンを壊滅させることが世界の為だと言うの!」




「お前は馬鹿か?」




 激高して声を荒げる聖女に対し魔女の冷たい言葉が突き刺さる。


「どうして魔女が世界より人類を優先しなければならない? 人類が世界を崩壊させる愚行に走れば止めるのが魔女の使命よ」


「……愚行?」


 聖女には分からない。


 何故なら彼女は幼い頃に聖女に選ばれて以降、教会に見いだされて教会で育って来たからだ。


 聖女の中にあるのは教会が教える常識だし、聖女の使命は悪しき魔女の討伐だと信じていた。


 だから人類の愚行と言われても想像出来ないのだ。


「ふぅ。本来なら聖女に魔女である私が干渉するのはお門違いなのだけど、これは流石に黙っていられないわ」


 そう言って魔女は聖女に近付いて額に手を近付け――世界力を流し込んで世界と強制的に接続させた。


「っ! っっ! っっっ!」


 そうして聖女は知ってしまう。


 人類が行って来た吐き気がするほどの愚行の数々と、自分がいかに無知で愚かだったのかということを。


「お……げぇっ!」


 それは思わず蹲って胃の中の物を全て吐き出してしまうくらい大きな衝撃だった。


 自分の信じて来た常識が全てひっくり返るような、世界がひっくり返るほどの衝撃を受けた。


「…………」


 長い時間を掛けて、やっと聖女が顔を上げた時、魔女は困ったような顔で聖女を見下ろしていた。


「……認めない」


「…………」


「こんなの……認めないわ!」


 そう叫びながら色々汚れたまま聖女は気力を振り絞って立ち上がる。


「こんなの悪しき魔女が見せたおぞましい幻よ! お前は世界を破滅に導く悪辣の魔女よ! そうでなければならないのよ!」


「真実を見せてもこれか。まぁ、こうなるとは思っていたけどね。ゴリゴリに固まった固定観念はそう簡単に崩れるとは思っていなかったもの」


「黙れぇ!」


 そうして、ついに聖女は魔女に対しての特攻能力を行使する。


 魔女の足元から紫色の鎖が伸びて魔女の身体を拘束した。


「なるほど。《魔女封じ》と同じ効果……ではなく、聖女の力を模倣して作られたのが《魔女封じ》なのね」


 拘束されながらも魔女は淡々と自分を拘束した紫色の鎖を観察して、分析している。


「おまけに《魔女封じ殺し》も効果を発揮しない。オリジナルの聖女の力に対して《魔女封じ殺し》は力の系統が違うから効果がないのね」


 魔女の作った《魔女封じ殺し》はあくまで《魔女封じ》に対抗する為の装備である為、聖女の力を弾けるようには出来ていないのだ。


「何を余裕ぶっているの! こうして捕らえた以上、お前はもう終わりなんだよ!」


 確かに聖女の力で世界力を封じられた魔女に出来ることはない。


「それが普通の魔女だったら、ね」


 淡々と語った魔女が息を吸い込むと……。


「なっ……!」


 それだけで魔女を拘束していた紫色の鎖が弾け飛んだ。


「ど、どうして……?」


「常識的に考えて、世界の為に必死に働く私を世界が見捨てる訳がないでしょう?」


 そう。魔女の力を封じる聖女の力と言っても、それも根本を考えれば世界から与えられた力。


 世界が世界の為に頑張って働いている魔女を見捨ててまで、勘違いして使命を果たさない聖女に肩入れするなんてことはありえないのだ。


 だから魔女の力を封じる鎖は簡単に砕けた。


 世界が魔女の味方をしたから。


「私は……間違えていない!」


 だが諦めの悪い聖女は再び魔女の足元から紫色の鎖を無数に出して拘束を試みる。


「あんまりオイタをすると取り返しのつかないことになってしまうわよ」


 だが全ての鎖は魔女に届くことなく弾かれて、まるで世界が魔女を守っているように見えた。


「聖女の資質は貴重だから今まで使命を果たさなくても聖女の資格までは取り上げられずに済んでいたのに、私に粗相を繰り返すなら……世界も黙っていないと思うわよ」


「あ」


 唐突に。本当に唐突に聖女は紫色の鎖を出せなくなっていた。


 今までは息を吸うように当たり前のように出来ていたのに、それが急に出来なくなった。


「あ……え?」


 今までは意識しなくても出来ていたことだから、出来なくなってしまうと今までどうやっていたのか――手順すらも分からなくなる。


「聖女の力を失ったわね」


「っ!」


 魔女にズバリ断言されて聖女は青褪める。


「一時的に封じただけか、それとも完全に取り上げてしまったのかは私には判断出来ないけれど、もう私に攻撃することは出来ないでしょう」


「あ……ああ」


 聖女は自分の両手を見つめるが、そこには何の力も感じられなかった。


 聖女の力を失った聖女には、果たして聖女だった頃のように崇められる資格があるのか。


 それは聖女の力を失ったと世間に暴露された後にならなければ聖女自身にも分からないことだった。




 ◇◇◇




「聖女は予想以上に阿呆だった」


 俺は男に偽装してから、帝都の泊まっている宿の部屋に戻って来てお留守番をしていた2人に報告した。


「なんとなく分かります。どこか調子に乗っている感じの人でしたから」


「それ分かる。他の人を見下している感じがしたよね」


 俺には分からなかったが、どうやら2人には聖女が他人を見下す傲慢な女に見えていたようだ。


 まぁ、あんな貧乳には最初から興味なかったからだけど。


「きゃっ♡」


 俺はティーナに抱き着いて、その豊満なおっぱいに顔を埋める。


 やっぱり、おっぱいはこのくらい大きくないとね。


「御主人~♡」


 更に背後からリティスが抱き着いておっぱいを押し付けて来る。


 うんうん。順調に大きくなっているおっぱいも最高だ。


 将来性のない絶壁のことなんて忘れて、俺は2人を相手に頑張るのだった。




 ◇◇◇




 翌日。


 俺達は宿をチェックアウトすると、直ぐに転移魔術で自宅へと帰って来た。


「やっと帰って来れましたね」


 実に3ヵ月以上も留守にしていたことになっているが……。


「結構、頻繁に帰って来ていたけどな」


 実際には旅をしている時には夜には帰って来ていたので久しぶりという感じはしない。


「御主人、今日はどうするの?」


「とりあえず……帰還の報告かな」


 知り合いに帰って来たということを知らせに行かないと。






「ちわ~っす」


 そういう訳で俺は最初に冒険者ギルドに顔を出した。


「おう。帰って来たか」


 まだ昼前の時間だったが受付には暇そうなおっさんが1人で座っていた。


「あんた、こんな時間から1人で留守番してたのかよ」


「今日は偶々だよ!」


 あまりの寂しさに同情しかけたのだが、今日は偶然だったらしい。


 本当かどうか知らんけど。


「それより試験はどうなった?」


「あんな意地悪な婆さんが試験官になるとは聞いてねぇぞ」


 俺はAランクになった登録票を提示しながら苦情を出す。


「あの婆さん、まだ生きてたのかよ」


「あれは普通に100歳まで生きるぞ」


「違いねぇ」


 おっさんも俺と同感なのか肩を竦めて呆れていた。


「ついでにティーナとリティスはCランクになった。実績を積んだらBランクに上げておけってさ」


「おいおい。なにがあったんだよ」


「試験でAランクと対戦して勝っただけだ」


「マジかぁ~」


 流石にティーナとリティスにまでAランククラスの実力があるとは思っていなかったので普通に驚いていた。


「ともあれ、これで名実ともにウチのギルドのエースパーティってことになるな」


「……面倒な仕事ばっかり回すなよ」


「それは無理な相談だな。任せたい仕事が山のようにある」


「うへぇ~」


 このおっさん、人を扱き使う気満々じゃねぇか。


「次に来る時まで仕事を選んでおくわ」


「……気が向いたらな」


 あの老婆の依頼を達成して大金を手に入れたので焦って仕事をする必要がなくなったのだ。


 俺はおっさんにまた来ると告げて冒険者ギルドを後にした。




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