第16話 【何故か勇者君の指導をすることになって一緒に楽しく遊ぶ】
勇者召喚の儀によって呼び出されたのは黒髪黒目で学生服を着た少年だった。
(うん。日本人にしか見えない)
更に言えば突然召喚されたからか困惑して周囲をキョロキョロ見渡しており、とてもではないが強そうには見えない。
おまけに雰囲気が気弱そうで、体格も小柄だ。
偏見を承知で言わせてもらえば――学校にいたら虐められそうな少年だった。
それに少年に注目していたのは俺だけではなく、各国の代表者達全員だ。
注目を浴びた少年はオドオドした態度で顔を上げ……。
「えっと。あの……ここは何処でしょう?」
小さな声でそんなことを聞いて来た。
とりあえず勇者(?)の少年には聖女が説明を行うということで別室に連れて行き、残された俺達はそれぞれに集まって相談タイムだ。
「あの方が勇者様なのでしょうか? あまり強そうには見えませんでしたね」
「うん。弱そうだった」
ティーナとリティスは正直な感想を述べていた。
「明らかに戦闘に向いた身体をしていなかったな。それに随分と若かった」
「いくつくらいでしょう? 13歳か14歳くらいでしょうか?」
「どうかな? 単純に若く見えるだけかもしれないし」
日本人は童顔で年齢よりも若く見られるし、実年齢は15~16ではないかと思う。
まだ本当に日本人とは決まったわけではないけど。
「問題なのは、あれに本当に魔女を倒す力があるのかということだな」
「「…………」」
俺が問題点を挙げるとティーナとリティスが沈黙し、その目に剣呑な光を宿す。
あ、はい。これは俺の害になるなら問答無用で殺すって目ですわ。
勇者の事情など知ったことじゃないってことですね。
「必要なら今の内に……」
「そうだね。賛成……」
2人だけでボソボソ話しているけど、明らかに内容が物騒になっている。
現時点で殺せそうなら今の内に殺しておこうって空気を出してますわ。
「とりあえず話を聞いてからでも遅くはないだろう。今の時点で戦う力を持っているのなら様子見するべきだし、将来性が大きいだけなら今すぐ行動を起こす必要はない」
ラノベみたいに召喚されたのだから女神からチートを貰っていないとも限らない。
「分かりました」
「……了解」
2人は俺の指示に頷いてはいるのだが……。
(全然、納得しているように見えない)
隙あらば殺すって雰囲気が薄れないんだよ。
そうして各国の代表達の意見も纏まって来た頃、聖女が勇者の少年を連れて戻って来た。
「お待たせいたしました。一通り勇者様への説明も終わりましたので、これからのことを別室にて話し合いたいと思います」
それだけ言うと聖女は勇者の少年を連れて再び部屋を出ていった。
「せめて何処へ行くか説明してから移動しろよ」
愚痴を言いつつも俺達は聖女の後を追って歩き出す。
そうして辿り着いたのは広い会議室だった。
「それでは話し合いを始めたいと思います。まずはわたくしが代表として議長を務めます。異論や質問がある場合は話し合いの後に時間を設けますので、その時にお願いします」
広い会議室には複数の机と椅子が設置されており、各国の代表達はそれぞれの席に座って、正面に立つ聖女に顔を向けていた。
(なんか、学校の授業みたい)
会議室は広過ぎるし、座っているのは生徒とは言えない年齢の代表達だが、形態としては学校の授業で聖女が先生役だ。
「まずはご紹介致しましょう。こちらの彼が勇者様です。勇者様のお名前はユウト=サザナミ様。年齢は16歳だそうです」
「さ、小波……じゃなくて、ユウト=サザナミです」
聖女の近くの席に座った勇者が聖女に紹介されてペコリと頭を下げる。
(ユウト=サザナミ。小波優斗、ね。珍しい苗字だが、日本に居てもおかしくなさそうな名前だな)
まだ確定ではないが、確実に日本人だという確信に一歩近付いた。
「勇者様はチキュウという世界のニホンという国から来られたそうです」
(確定~!)
うん。この少年、間違いなく日本人だわ。
(というか地球は世界の名前じゃなくて惑星の名前だろ)
俺はそんな文句を言いたくなったが……。
(いや、そう言えば俺も星を世界と呼んだりしていたな)
考えてみると俺も星の守護者と世界の守護者と同一視していることを思い出す。
(そう言うことなら星=世界でも良いか)
俺は自分で自分を納得させることに成功した。
それからも聖女を中心とする会議が続いたのだが、あんまり有意義な情報は出て来なかった。
(元の世界では剣を習っていたって、それは学校の体育で剣道の授業があったってだけの話だろ)
恐らく中学校の授業で強制的に習わされた剣道だろう。
そもそも勇者は小柄で細く、殆ど筋肉の付いていない身体をしているので、普段から運動をしない生活をしていたのだろう。
学生服を着ているので引き籠りではないと思いたいが、明らかに色白の肌を見ていると滅多に外に出ない生活をしていたように見える。
(こんなのが俺を倒すために召喚された勇者かよ。微妙~)
一応、無理矢理褒められる点を探せば、容姿は中性的な顔立ちで、可愛らしいと言っても良いような見た目をしている。
それが褒められるポイントとは思えないけど。
それから聖女による解説が終わり各国代表からの質問タイムになったのだが……。
「えっと。あの、その……」
勇者はしどろもどろになっていて、真面に答えることも出来なかった。
(頼りねぇ~)
聖女は何を考えてこんなのを召喚したんだ?
ショタなの?
会議が終わった後、質問を続ける各国代表からは離れて俺達は宿泊している部屋に戻って来た。
「どう思った?」
「なんだか、頼りなさそうな勇者様でしたね」
「うん。オドオドしていてイライラした」
俺が感想を聞いたらティーナとリティスから返って来た意見は辛辣だった。
どうやら、まだ勇者殺すべしの精神は継続中らしい。
「それよりどうしましょう? 勇者召喚に立ち会うという仕事は終わりましたけど、帰りますか?」
「そうだな。もう帰っても……」
俺達が帰ることを話していると、唐突に部屋の扉がノックされる。
「……誰だ?」
「アレイシスです」
その名前に聞き覚えはなかったが、聞こえて来たのは聖女の声だった。
(聖女の名前はアレイシスかよ)
ずっと聖女と認識していたが、そりゃ名前くらいはあるか。
「……どうぞ」
「失礼致します」
俺が渋々入室の許可を出すと、聖女が1人で部屋に入って来た。
「勇者様は一緒ではないのか?」
「勇者様はお疲れのようでしたので、お部屋でお休みいただきました」
「あっそ」
明らかに肉体的な疲れではなく精神的な疲れだろうけど。
「席をどうぞ」
「ありがとうございます」
俺が席を勧めると聖女は礼を言いながら座る。
「今お茶を淹れますね」
「手伝う」
それを確認してメイド姿のティーナとリティスがお茶の準備を始める。
「…………」
「…………」
それから暫く沈黙の気まずい時間が過ぎて、ティーナ達がお茶を出したところで聖女が話し始める。
「確認しますが、ケイ様はAランクの冒険者ということでよろしいのですよね?」
「ああ。必要なら登録票を見せるか?」
「確認させてください」
聖女の要請で俺は登録票を取り出して提示する。
「ありがとうございます。それで、折り入ってケイ様にお願いしたいお仕事があります」
「勇者様を鍛えろって話なら騎士団にでも頼んでくれ」
「……どうして分かったのですか?」
「そりゃ、明らかに戦える身体をしていないからな。それに気弱そうで自分から戦いに臨む性格にも見えなかった」
「……その通りです」
俺の推察に聖女は嘆息しながら頷く。
「過去の文献によると勇者召喚によって呼び出される対象は潜在能力の高さで選ばれるそうです。そういう意味で言えば勇者様は間違いなく将来的に勇者に相応しい方になって下さると思っていますが……」
「現時点ではなんの力もない無力な少年でしかない、か」
「……その通りです」
うん。今ならあっさりと殺せてしまいそうだが。
「「…………」」
だからって殺気を漏らすな、そこの2人。
「そうは言っても基礎の基礎から教えるとなると年単位の仕事になるぞ。流石に付き合っていられん」
「ある程度の目途が付くまでで構いません。どうかお願い出来ませんか?」
「だから、騎士団に頼めよ」
基礎を教えるだけなら俺である必要性を感じない。
「騎士団は駄目なのです。騎士が訓練しているのは戦争で使える集団戦術で、個人を鍛えるような訓練は想定されていないのです」
「……だろうな」
連日カリュース君と遊んでいたから分かるが、騎士団は個人で戦う場面を想定した訓練を全く行っていない。
それでも基礎くらいは教えられると思うのだが……。
「それに折角、召還に応じてくださった勇者様の無様な姿を衆目に晒すことなど出来ません」
「……基礎訓練を無様って言うな」
「あ。申し訳ありません」
そりゃ最初は体力作りになるだろうから外周を走った挙句、無様にゲロを吐く姿が簡単に想像出来るが、基礎訓練とはそういうものだ。
「って言うか、召還に応じたって言ったか? 勇者様は無許可で召喚されたわけではなく、了承を得ての召喚だったのか?」
「当然です。無許可で召喚するなど誘拐ではありませんか」
「お、おう」
俺は聖女に睨まれてたじろぐが、てっきりランダムで適当な奴を召喚したのかと思ってたわ。
「とりあえず1ヵ月。1ヵ月だけでも勇者様の指導を引き受けてくださいませんか?」
「……考えさせてくれ」
俺は答えを保留にして縋って来る聖女を部屋から追い出した。
そういう訳で俺達は転移魔術を使って聖都の自室から帝都のギルド本部へと移動して、あの老婆と面会を要請した。
「お帰り。早かったね」
「……白々しい」
飄々とした顔で現れた老婆はすっとぼけていたが俺は騙されない。
「最初から俺が転移魔術を使えることを想定して送り込んだんだろ? ギルドがちょっと本気を出せば、そのくらいは簡単に調べられるからな」
「そもそもザッカスの推薦状に転移魔術と収納魔術のことは書かれていたよ」
「あのおっさん、人の秘密をベラベラと」
調査以前の話だった。
「それで、噂の勇者様はどうだった?」
「はぁ~」
俺は深く溜息を吐いてから勇者召喚の様子から、勇者の印象、それに聖女に頼まれたことを話した。
「面倒なことを頼む聖女様だね。冒険者は指導員じゃないってのに」
「同感だ」
冒険者とは戦いを生業とする者ではなく、寄せられた依頼を達成する者だ。
基礎訓練の指導とか明らかに冒険者の仕事じゃない。
「とはいえ、勇者様の師匠という立ち位置は魅力的だ。幸い、使い勝手のいい便利な駒が居るから引き受けるのが吉かね」
「おい。使い勝手のいい便利な駒って誰のことだ」
このババア、あのおっさんと同じ匂いがする。
「どうせいつでも帰れるんだろ? 1ヵ月くらい我慢しな」
「えぇ~、やだぁ~」
「……金貨100枚追加で出すよ」
「…………」
金に釣られるのはどうかと思うが、それでも金は欲しい。
「……今回だけだぞ」
「わかりやすいねぇ。ザッカスが気に入る筈だよ」
「うっせ」
あんなおっさんに気に入られても俺は嬉しくねぇんだよ。
そういう訳で俺は勇者の指導を1ヵ月限定で引き受けることになってしまった。
「まぁ♪ 本当に助かりますわ!」
聖都に戻って聖女に伝えたら大喜びしていた。
魔女として聖女に関わるつもりはなかったけど、どうにかした方が良いかもしれない。
◇◇◇
勇者指導1日目。
「まずは何をするにしても体力と根性がなければ始まらん。だから走れ!」
最初はランニングからだ。
「あの……どのくらい走れば良いのですか?」
肝心の勇者は俺が連れているティーナとリティスが気になるのかチラチラ見ながら質問してくる。
まぁ、日本人ならエルフと獣人を見たら気になるのは分かるが、今はどうでもいい。
「ぶっ倒れて気絶するまでだ!」
「え、えぇ~……」
日本人の指導はスパルタでなければ意味がない。
そうして走り始めた勇者だったが――30分もしない内に疲れて座り込んでしまった。
「誰が休んで良いと言った! さっさと走れ!」
「はぁ! はぁ! もう、限界……です」
俺は怒鳴りながらティーナに魔術で用意してもらったバケツに入った水を勇者にぶっかける。
「ぶはっ! こ、こんなの……拷問ですよ!」
「まずはお前の、その甘ったれた根性を叩き直す!」
「ひぃっ!」
適当な棒きれで地面をぶっ叩いたら勇者は悲鳴を上げて走り出した。
ちょっと楽しくなってきちゃったぞ♪
(旦那様、相変わらずドSですね)
(御主人、楽しそ~)
「…………」
俺は別にドSとかじゃねぇし。
その日は勇者が倒れる度に水をぶっかけて叩き起こし、夕方になる頃には完全に勇者が気絶したので終わりとなった。
「あの、もう少し穏便な訓練をお願いしたいのですが……」
「素人が口を挟むな!」
聖女から苦情が来たが怒鳴って追い返した。
◇◇◇
勇者指導2日目。
「走れ走れ! 血反吐を吐くまで走り続けろ!」
「ぜひゅ~、ぜひゅ~」
最初は筋肉痛だなんだの言っていた勇者だが、今は黙って走り続けている。
今の勇者に筋肉の超回復なんて科学的なアプローチは不要で、兎に角、走り続ける根性を付けるのが最優先だ。
この日も勇者がぶっ倒れて気絶するまで走らせた。
◇◇◇
そんなことを1週間も続けた結果……。
「やってられるかぁっ!」
流石の勇者君もキれて俺に殴り掛かって来た。
「100年早いわ」
「ぐぇっ!」
あっさり投げ飛ばして無力化してやったけど。
「うんうん、良い感じだな。最初の気弱で貧弱な感じが抜けて、野性的になって来た」
「あの、お願いしたかったのは、こういうのではないのですが……」
聖女が何か言っていたが、勇者は地面に転がりながらも俺を殺しそうな目で睨んでいた。
召喚された当初の勇者からは考えられない殺気である。
「文句があるなら立ってから言え」
「ぐぐぐぅ……!」
勇者は必死に歯を食いしばって立ち上がり……。
「ぼくは……!」
「文句は避けてから言え」
「ぐぺっ!」
突き飛ばしたらあっさり倒れて地面を転がった。
「殺す。殺す。ぜってぇ殺す」
倒れた勇者君は憎悪の視線で俺を睨んでいたが、これも訓練の一環である。
(た~のし~♪)
カリュース君と遊ぶのも楽しかったが、これはまた別の楽しさがある。
(旦那様、もう手遅れなのですね)
(手の施しようがない)
ティーナとリティスの2人に匙を投げられた気がしたが、きっと気のせいだろう。
◇◇◇
勇者の指導が折り返しの2週間目になると勇者から文句が飛んでくることもなくなった。
「殺す。殺す。死ね。死ね」
物騒なことを呟きながらも走り続けられるようになった。
「……失敗でした」
その頃になると聖女が何かを諦めたような顔をしていたが、意味不明なので気にしないことにした。
「死ねぇ!」
ついでに言うと隙あらば勇者が俺に襲い掛かってくるようになったが、まだまだ俺を奇襲出来るレベルではない。
「ほいっと」
「げぺっ!」
あっさり投げ飛ばして地面に叩きつける。
当初はそれだけで悶絶していた勇者なのだが……。
「おぉ。大分、受け身が上手くなったな」
「やかましぃ!」
何度も投げられた結果、反射的に受け身を取れるようになっていた。
うん。なんか言葉遣いは勿論だが、顔つきまで精悍になってきた気がする。
「ああ。わたくしの勇者様がチンピラに……」
聖女が意味不明なことを嘆いていたが、きっと気のせいだろう。
こんなに楽しいことが間違いである筈がない♪
◇◇◇
勇者の訓練が3週間目に突入した。
今日はカリュース君を混ぜて2人に模擬戦をさせることになった。
「なんで僕が……」
カリュース君は凄く嫌そうな顔をしていたが、聖女の命令には逆らえない。
「もう……好きにしてください」
全てを諦めたような聖女の顔が印象的だった。
魔王の生贄にされた聖女って、きっとこんな顔をしていたのだろう。
ちなみに模擬戦ではカリュース君が勝ったのだが……。
「ぐるるる……!」
獣のように唸ってカリュース君を睨みつける勇者が敗者には見えなかった。
「こぇ~よ」
うんうん。勇者も大分成長したようだ。
「お前はもっとこぇ~」
カリュース君が何かを言っていたが俺には聞こえなかった。