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第14話 【聖王国は色々と面倒な国です】

 

 勇者召喚に立ち会う為に聖王国へと出発した俺達。


 竜王を排除したので帝國の領土にも魔物が出現するようになったが、まだ量は少ないようで通行の邪魔にはなっていない。


 そうして順調に馬車を走らせていたわけだけど……。


「ん?」


 正面から商人と思わしき者が御者台に乗って手綱を握って馬車で近付いて来る。


 それ自体は不自然なことではないし、商人の馬車とすれ違うことなどよくある話だ。


 普通と違うことと言えば、その馬車とすれ違う時に商人が手を伸ばして来て、その手に持つ手紙を差し出して来たことだ。


「…………」


 俺は無言で手紙を受け取って、そのまま何事もなくすれ違って離れていく。


「ティーナ。御者を代わってくれ」


「は~い」


 俺はティーナに手綱を任せて荷台の幌の中に入って――魔女に変身してから手紙を開いた。


「お嬢様、何が書いてありました?」


「勇者召喚が1ヵ月後に決行されることが決まったみたいよ」


 私はギルド本部の老婆から情報を得ていたので勇者召喚が行われることは知っていたが、その詳しい日時までは知らなかった。


 そういう意味では助かった。


「それって知っている情報だよね?」


 リティスは困惑して首を傾げていたけど。


「リティス、私達は勇者召喚が行われることは知っていましたが、詳しい日時までは知りませんでした。その日時を知ることが出来たのよ」


「それって大事なの? 向こうで聞けば分かるよね?」


 確かに現地に着いてから聞けば教えてもらえただろうけど……。


「それが真実かどうか確かめる術が私達にはないのよ。聖王国が私達に本当のことを言わなければならない理由はないもの」


 現地で聞いた日時に勇者召喚が行われるかなんて、向こうで裏を取らなければ本当かどうかなんて分かる訳がない。


 そして今の私達は聖王国にとって冒険者ギルドから派遣されて来た邪魔者にしか見えないだろう。


 つまり、聖王国には私達の味方がいないということで、裏を取るのが難しいのだ。


 そういう意味で、この情報は大変にありがたい。


 確実に勇者召喚が行われる日時が分かったのだから。


「それに情報を知っている方が心理的に余裕が出来るからね。向こうに行ってから調べなくちゃと思わなくて良いし、心に余裕が出来るわ」


「へぇ~」


 よく分かっていないのかリティスは適当に頷いている。






 俺は再び男に偽装してからティーナと御者を代わり、手綱を握る。


「魔女さん達が情報を伝えてくれるのって助かりますね」


「そうだな~」


 俺はティーナに返事をしつつも、魔女がちゃんと自主的に動いてくれていれば、今みたいな状況になっていないと思う。


 俺に情報を渡してくる魔女は基本的に俺が世界力を注ぎ込んで自我を世界に飲まれて人形になった手下達だ。


 そういうのが世界の意思に従って、俺の為に情報を集めて渡してくる。


 言い換えると俺が働く為の補助の役割しか果たしていない。


(やっぱ自我がない魔女って邪魔をしないだけの人形だわ)


 世界の意思に従って動きはするが、基本的に自主的に動くことがないので、あんまり頼りにならない。


 間違っても自分から作戦を立案してくれたりはしないのだ。


 そんなことを考えながら手綱を握っていたら……。


「そう言えば……」


 ティーナが何かを思いついたように話し掛けて来る。


「旦那様って私に魔術は歌うように詠唱して、踊るように振り付けをするように仰っていましたよね?」


「そうな」


 それは俺がティーナに教えた魔術の基本だ。


「でも旦那様自身は歌うことも踊ることもしませんよね?」


「男がやっても似合わないからな」


 俺は男の歌も踊りも見たくない。


「でも、実は偶にお嬢様になって歌と踊りの練習をしていますよね」


「……ちなうんよ」


 勘のいい女は――大好きだけど! このタイミングで言うことないじゃないか!


 そりゃ、俺が男に偽装したまま歌ったり踊ったりするのは論外だけど、本性である超絶美少女の魔女なら似合うと思って密かに練習してましたよ?


「えぇ~。お嬢の歌と踊りなら私も見た~い」


「ちょっ……!」


 そこにリティスまで便乗して来てしまった。


「夜中にこっそりベッドを抜け出してお庭で練習していましたよね。私、思わず見惚れてしまいました」


「お、おおう……」


 ティーナとチョメチョメした後、完全に寝入っているティーナをベッドに残して、こっそり練習していたのに、まさかバレていたとは!


「いっそ殺せぇ!」


 黒歴史を暴露された俺は頭を抱えて荷台を転げ回ったのだが――2人が微笑ましく見ているのが辛かった。






 結局、夜に魔女に変身して2人の前で練習中の歌と踊りを披露する羽目になってしまった。


 自分ではまだまだ未熟だと思うし、とても人前で披露出来るレベルではないと思うのだが、2人は称賛――というか絶賛してくれた。


 お、お世辞じゃないよね?




 ◇◇◇




 帝國の国境が見えて来た。


 比較的安全な旅路だったので、あっという間に感じたが、実際には2週間近くも馬車を走らせて辿り着いた。


 そうして出国審査を受けることになったのだが……。


「お疲れさまです」


「お、おう」


 Aランクの登録票を見せるだけで殆ど素通りで通してもらえた。


「流石Aランクの権威ですね」


「御主人、すごぉ~い」


 まさかAランクの登録票を見せるだけで国境を通れてしまうとは思わなかったわ。


 Aランクって凄くね?






 だが帝國の出国審査とは異なり、聖王国への入国審査には少し手間取った。


「Aランク? 君が? 随分と若いAランクだな」


「……超天才なもんで」


「ふん。聖王国に来た目的は?」


「冒険者ギルドを代表して勇者召喚の立ち合いに来た」


「っ!」


 俺が隠すことなく目的を告げると審査官の男はギョッとして目を見開いた。


「待て! どうして我が国で勇者召喚が行われていることを知って……」


「これがギルド本部の議長から預かって来た委任状だ。大事に扱えよ。世界中の冒険者を敵に回したいなら止めないが」


「待て! 待ってくれ!」


「待ってください、だろ」


「……待ってください」


 こうして偉そうだった審査官を説得の末、聖王国への入国を認められた。


 脅迫? 俺にとっては説得だよ。






 こうして俺達は聖王国へと辿り着いた。


「なんか……違うな」


 違うのは周囲の景色ではなく、定期的に巡回するように歩き回っている鎧姿の騎士。


「聖王国では国内を騎士が見回っているようですね」


「聖王国は帝國は勿論だが、他の国と比べても小さな国だからな。国の全ての地域を騎士が巡回出来るくらい土地と人が釣り合っているんだろ」


 極端に騎士の数が多い訳ではないと思うが、領土が小さいので騎士だけで巡回出来てしまうというのが実情。


 そのくらい聖王国は小さな国なのだ。


「地図で見ると豆粒みたいな広さだな」


「……それは他では言わない方が良いと思います」


「そうだな」


 小さな国とはいえ、ここは聖教会の総本山であり、信者が聖地として巡礼する土地だ。


 下手に聖王国を批難する発言を聞かれたら最悪の場合、袋叩きにされることもありえる。


「宗教は怖いねぇ~」


 どんな世界だろうと宗教というものには人を狂わせる力がある。


「そういや、ティーナとリティスは何か信仰しているものはあるのか?」


 今まで聞いたことがなかったが、2人の信仰対象を尋ねてみた。


「エルフは精霊を信仰していると言われていますが、私は特に信仰しているものはありませんでした」


「私も。人間の街に住んでいた時は時々教会に行く人を見かけたけど、私は一緒に連れていかれなかったから」


「ってことは、俺達は3人とも無宗教ってことか」


 元日本人である俺も当然、無宗教である。


「いえ、過去はそうでしたが今は信仰しているものがありますよ」


「私も~」


 と思ったがティーナとリティスは信仰対象があるという。


「何を?」


「勿論、《安穏の魔女》ケイリーン様です」


「私も~」


「お、おう」


 信仰対象は――俺だった。


「魔女って信仰対象になるのか?」


「なりますよ。特に《朝露の魔女》様なんかは薬師に神のように崇められていますし」


「……なるほど」


 確かに先生は薬師にとって憧れの対象になっていたな。


 それなら俺が信仰の対象になってもおかしくない――のか?






 聖王国は小さな国なので首都である聖都まで馬車で僅か2日の距離だ。


 それに騎士が巡回しているお陰で魔物や盗賊と出会う可能性は低いので旅程は順調に進むのだが……。


「こう見られていると転移魔術で自宅に帰るってわけにはいかんなぁ」


「今日は野営になりそうですね」


 騎士が巡回しているということは、それだけ人の目があるということだ。


「この内の何割かは俺達の監視なんだろうなぁ」


「国境で騒ぎましたから、もう聖都まで旦那様の話は伝わっているでしょうしね」


「監視は鬱陶しいが、聖都まではしっかり守ってもらうか」


 勿論、あの審査官が俺を怒らせて情報を出させようとしていたのには気付いていたが、Aランクになった以上、俺も舐められるわけにはいかないのだ。


「御主人! 獲物、獲れたよ!」


「お、おう」


 姿が見えないと思ったらリティスはウサギを捕まえて戻って来た。


 俺と一線を超えて以降、野生に返り過ぎじゃない?






 その夜は馬車から降ろすふりをして久しぶりにテントを設置して3人で寝ることになったのだが……。


「「あんっ♡」」


 別に監視されているからって我慢する必要はないよな?




 ◇◇◇




 翌朝。


 俺達は自前で朝食を用意して、食べた後に出発することになったのだが……。


「…………」


 心なしか巡回している騎士達の視線に恨みがましいものが混じっていた。


「モテない男の僻みは醜いねぇ」


「っ!」


 正直な感想を言ったら殺気交じりの視線が全身に突き刺さる。


 どうやら聖王国の騎士には独身や恋人の居ない男が多いらしい。






 今日も俺が御者を務めて手綱を握っていると……。


「~♪」


 荷台の方からティーナの歌うような詠唱が聞こえて来る。


「同時詠唱の訓練か?」


「はい。折角、使えるようになったのですから、合成魔術も私の手札に加えたいと思って」


「術式《二奏流》だったか? いずれ術式《三奏流》とかも出来るようになると良いな」


 2つの魔術を同時に発動させるのが術式《二奏流》なのだとすれば、3つを同時に発動させるのは術式《三奏流》だ。


「それだと初級魔術でも制御が大変になって今はまだ出来そうにありません」


「合成まで考えると上級魔術か、下手をすれば覇級魔術クラスの難易度になるからな」


 当然だが同時に複数の魔術を発動させるには魔力の繊細な制御が必要になるし、2つよりも3つの方が大変になるのは当然の話だ。


 混合エネルギーを持ち、ただでさえ制御が困難なティーナが使いこなす為にはまだまだ時間が掛かるだろう。


「のんびりやりな。まだまだ時間はあるからな」


「……頑張ります」


 焦る必要はないのだが、何故かティーナはやる気だった。




 ◇◇◇




 翌日。


 俺は朝から馬車で出発した結果、昼頃には予定通り聖都に到着することが出来た。


「……あの中央のでっかいのは城じゃなくて教会ってことで良いのかな?」


「……そう、ですね」


「おっきぃねぇ~」


 まだ聖都の中に入っていないが、街の外壁の外側からでも中央に聳える巨大な教会? が見える。


「俺ら、今からあそこに行くんだよな?」


「そう、なっていますね」


 帝國の城に潜入したことはあるが、あんな巨大な建造物に正面から入ったことはないぞ。


「聖教会の権威の象徴というのは分かるが、大きく作り過ぎじゃね?」


「……同感です」


 前世で言うピラミッドでも見ているような気分になる。


 あれも巨大らしいが、こっちは豪華絢爛のおまけつきだ。


 暫く遠くから巨大な教会を眺めていたが、我に返った俺達は正面の城門に向かい、そこで門を管理していた門番に話し掛けようと思ったのだが……。


「お待ちしておりました。Aランク冒険者のケイ様ですね? 私は聖王国、神殿騎士団所属のカルディラナと申します」


「はぁ、どうも。Aランク冒険者のケイです」


 唐突に豪華な鎧を着た騎士に話し掛けられて呆気に取られ、適当な自己紹介を返してしまった。


「総教会までご案内いたします」


 そうして俺は神殿騎士のカルディラナという男に巨大な教会まで案内されることになった。






「少し聞いても良いか?」


「なんでしょう?」


 先頭を歩くカルディラナに付いて歩きながら俺は気になったことを聞いてみることにした。


「俺達のことはどう聞いている?」


「冒険者ギルドの本部から代表としてAランクの冒険者が勇者召喚に立ち会う為に派遣されて来ると聞かされています」


「勇者召喚は13日後に行われると聞いているが、あっているか?」


「……あっています。よくご存じでしたね」


 少々不意打ち気味の質問で動揺を誘えたようだ。


「勇者召喚が行われるまで、俺達は何処で寝泊りすれば良い?」


「総教会の内部に宿泊施設もありますので、そこでお泊り頂くことになります」


「流石に大きいだけあって色々な施設が中にありそうだな」


「メインの施設は祈りを捧げる礼拝堂です。我が国のことではありますが、これは一見の価値があると思っております」


「時間が合えば是非、見学させてもらいたいね」


「分かりました。申請を出しておきましょう」


(見学するのに申請が必要な礼拝堂なのかよ)


 内心でツッコミを入れつつ、表面上は平静を保つ。


「そう言えば聖王国は騎士が多いんだな」


「そうですね。我々のような神殿騎士の他にも聖騎士から正騎士、準騎士、見習いを合せれば相当な数の騎士が聖王国に仕えています」


「街道を巡回している騎士を見かけたけど、あれは?」


「巡回に参加しているのは基本的に準騎士か見習いですね。聖王国の治安維持の為に日夜、国内を巡回してくれている騎士達です」


(騎士の中でも下っ端ってことね)


 まぁ、巡回に回されるような奴は下の奴に決まっているか。


 そうして話している内に俺達は城下――というか教会下の街を抜けて総教会とやらの下に辿り着いていた。


「こちらです」


 カルディラナに促され、俺達は正面の扉から中に入って――不覚にも少し圧倒された。


(これが聖教会自慢の礼拝堂か)


 教会には詳しくないが、天井付近の窓に設置されている巨大なステンドグラスは見事だった。


「ふわぁ~」


「きれぇ~」


 ティーナとリティスでさえ見惚れているのだから芸術云々の話は別としても、誰が見ても見事だと言える代物なのだろう。


「御満足頂けたようで安心致しました」


「「あ」」


 カルディラナの言葉でハッと我に返るティーナとリティス。


 まぁ、これは仕方ないと思う。


「それでは案内を続けますね。こちらです」


 そう言って先頭を歩くカルディラナだが……。


(ぜってぇ、狙ってたよな)


 見学に申請が必要とか言っていたのに、最初に自慢の礼拝堂を見せて、こちらの度肝を抜く腹積もりだったのだ。


 そして悔しいが確かに礼拝堂は見事だった。


 ティーナとリティスが見惚れるのも無理はない。


(案内とか言っているが、マウント取るつもり満々だな)


 どうやら上からの指示で俺達に自分達の偉大さを見せつけろとでも命令されているのだろう。


(魔女に権威を見せつけても全く意味ないけどな)


 相手にどんな立場や身分があろうと、魔女にとってはゴミクズみたいなものだ。






 そうして俺達は宿泊する為の部屋に案内されたのだが……。


「広いですね~」


「凄く広いねぇ」


「まぁ、俺達は冒険者ギルドの代表と言われたが、実際には他国から来た使者と同等の立ち位置だからな。下手な部屋には案内出来ないさ」


 冒険者ギルドを代表して俺が来ているのは事実だが、冒険者ギルドの規模と権威は他の国と比べても見劣りしない。


 そうである以上、俺達は国家の代表である使者と同じ扱いをするべきだ。


(まぁ、だからこそ最初に一発かましておこうって発想になったんだろうけど)


 使者と同等と言っても、俺達は冒険者なので舐められたくないということだ。




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