第9話 【Bランク冒険者の最短の稼ぎ方】
国境付近の最後の大きな街に到着した。
ここでの目的は仕事をして金を――路銀を稼ぐことだが、その前に……。
「まずは宿にチェックインだな」
宿を決めてチェックインしなければいけない。
冒険者の仕事として依頼を受ける場合、現在の住んでいる場所を聞かれることがある。
これは問題が起こった際に住んでいる場所を訪ねる可能性があるということで出来た制度だが、旅の途中に依頼を受ける時も宿を決めておくというのが定番になっている。
宿なしで依頼を受けようとすると拒否されたり、評価が下がったりするので注意だ。
そういう訳で俺達は街に入る際に門番に聞いたお奨めの宿へと向かったのだが……。
「らっしゃぁ~い」
「…………」
俺達を出迎えたのは恰幅の良い女将で、それを見たリティスが沈黙して俺の後ろに隠れた。
うん。リティスのいた宿に居た女将が似たようなタイプだったので、本来の明るさを取り戻したリティスにとってもトラウマとなる存在なのだろう。
明らかにリティスを人間扱いしていなかったし、最後には客に売り飛ばしたからな。
「泊まりかい? それとも食事?」
「泊まりで頼む。3人で泊まれる部屋はあるか?」
「はいよ。2階の5号室を使っておくれ」
そう言って料金と引き換えに鍵を渡されて、俺は2人を連れて2階に登る。
「大丈夫だから落ち着け」
「私達が付いていますからね」
「う、うん」
俺とティーナで宥めると、やっとリティスは俺の背中に隠れるのをやめて出て来た。
そうしてリティスを宥めた後に指定された5号室に入る。
「……悪くなさそうだな」
そこは比較的広い部屋で、中央に大きなベッドが鎮座しているだけの部屋だった。
「そうですね。これなら3人でも寝られそうです」
「……御主人が獣になりそう」
「「…………」」
リティスの正直な感想に俺とティーナは思わず沈黙した。
あ、はい。夜には獣になります。
宿を決めた俺達は女将に冒険者ギルドの場所を聞いてから宿を出て冒険者ギルドへと向かう。
「普通の宿だったな」
「あれが普通ですよね」
「……やっぱり普通じゃなかったんだ」
うん。比較してみると明らかにリティスのいた宿屋は普通じゃなかった。
普通の宿屋は客の部屋に押しかけて従業員の押し売りになんて来ない。
そんなことを話しながら道を歩き、剣が交差した看板が掲げられた建物――冒険者ギルドに到着する。
この看板があるから冒険者ギルドは分かりやすい。
中に入ってみると意外と広かったが、既に昼に近い時間だからなのか人の数は疎らだった。
「依頼を選んだら昼食を食べて、それから仕事で良いな」
「そうですね」
「賛成」
そうして3人で意見を擦り合わせて、ティーナとリティスは掲示板の方へ向かわせ、俺は1人で受付に向かう。
空いている時間だからか受付には1人しか座っておらず、かといってもギルドマスターのおっさんではなく美人の受付嬢が座っていた。
(これが普通だよなぁ)
受付はギルドの顔なのだから、昼の暇な時間だからとおっさんに座らせるのがおかしいのだ。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用件でしょうか?」
こうして笑顔で対応してくれるのもポイントが高い。
「短期の仕事を探している」
言いながら俺は登録票を提示する。
「Bランクですか。失礼ですが、ここにはどのような目的でいらしたのでしょう?」
「Aランクの昇格試験だ。旅費が少々心許なくなって路銀を稼ぎたい」
「……なるほど」
これだけで俺の目的地がギルド本部であると察せられるし、長い旅をして来たのだと分かるだろう。
「少々お待ちください。Bランクに出せる依頼を確認してまいります」
「頼む」
どうやら、ここでもBランク以上の冒険者は貴重らしく、塩漬けの依頼――達成出来ずに放置されていた依頼を探しに行った。
それを確認して俺はティーナとリティスの許へと向かおうとして……。
「ん?」
掲示板の前に人が集まっていることに気付く。
(おいおい。まだ別行動してから10分も経ってないぞ)
ちょっと目を離した隙に騒動に巻き込まれたのだと察して足早に掲示板の方へと移動した。
人をかき分けて中心部へと辿り着くと、予想通りにティーナとリティスが4人の人物と対峙している姿が確認出来た。
とは言ってもティーナとリティスは困ったように立ち尽くしているだけで喧嘩腰になっているわけではない。
「はい、そこまで」
それだけ確認して俺は2人を背中に庇うように間に立ち、4人組と正面から対峙する。
「旦那様」
「あ、御主人」
背後からホッとした2人の声が聞こえる。
騒動には慣れている2人だが、やはり2人だけでは不安だったらしい。
そうして改めて正面の4人に視線を向けてみる。
先頭に立っているのは20歳くらいの線の細い青年で、動きやすそうな軽装の装備で細身の剣を腰に下げている。
第一印象は軽薄そうで微妙なイケメンである。
これで金髪碧眼というなら兎も角、茶髪に茶色の瞳という至極一般的な色で少なくとも貴族のような高貴な生まれには見えない。
特徴的なのは首から登録票を下げており、書かれているCという文字が良く見えることだ。
(Cランクか)
20歳前後でCランクは確かに自慢出来る要素なのかもしれないが、目の前にいるのは17歳でBランクになった男なんだけど。
「なんだい、君は。僕の邪魔をしないでもらおうか」
青年は急に現れた俺を不快そうに睨んでいるが、青年の背後に控えている3人――いずれも容姿の良い少女達は困ったような顔で傍観している。
「……状況は?」
俺は目の前の青年を無視して背後のティーナに問いかける。
「あ、はい。掲示板で依頼を見ていたら突然声を掛けられて、パーティに入れと勧誘を受けていました。勿論、断ったのですが……しつこくて」
ティーナは意図を汲んで直ぐに経緯を説明してくれた。
「普通にマナー違反だな」
ティーナとリティスは正式に俺とパーティを組んでいるし、パーティを組んでいる相手を強引にパーティに誘うのは明確なマナー違反だ。
「この僕がパーティに誘って上げているんだから、返事は《はい》か《喜んで》しかありえないだろう!」
「うぜぇ」
何処からそんな自信が湧いて来るのか知らないが、自意識過剰な発言に頭が痛くなりそうだ。
もう殴って黙らせてしまおうかとも思ったのだが……。
「そこまで言うなら勝負しようじゃないか!」
「へ? そこまで?」
俺、なんか言ったっけ?
「僕が勝ったら彼女達を貰う。まさかとは思うが拒否はしないだろうね」
「???」
こいつが誰と話しているのか意味不明過ぎて困惑しか出て来ない。
とりあえず分かっていることは……。
「阿呆か」
こいつが真正の阿呆だということくらいだ。
「なんだい、逃げるのかい? 意外と意気地がないんだね」
阿呆はそんなことを言いながら俺を馬鹿にしたように挑発してくるが……。
「例え100%の勝率が保証されていたとしても俺は女は賭けない。取り返しのつかない物をBETするなんて愚か者の所業だ」
「ちっ」
顔を顰めて舌打ちする男。
言動は馬鹿丸出しにしか見えないが、俺を挑発して一方的に自分に有利な条件を飲ませようとするとは、見た目ほどに馬鹿ではないのかもしれないが――普通に下衆の行動だ。
「というか、よくその顔で女を誘おうと思えたな。普通に見て俺の方が男前じゃね?」
俺の顔は前世の自分を基準にして作られているが、美少女になった影響で色々とお手入れしているので十分整っていると言える顔なのだ。
言ってはなんだが、目の前の男よりも俺の方がイケメンだろう。
「「うんうん」」
背後でティーナとリティスが大きく頷いている気配がするし、男の背後では3人の少女達が『確かに……』みたいなことを呟いている。
「き、貴様ぁっ!」
男は自分の顔に余程自信があったのか、顔を馬鹿にされることを言われたら即座に激高して――俺に手袋を投げつけて来た。
無論、この世界でも手袋を投げつけるということは決闘を申し込むという宣言だ。
「こっちの方が分かりやすくていいな」
投げられた手袋を掴み取った俺は決闘を了承した。
「何をされているのですか」
俺の依頼を探しに行っていた受付嬢が戻ってくると、状況を把握して呆れていた。
「俺に文句を言われても困る。決闘を申し込んで来たのは、あっちだ」
「……Bランクなら他の冒険者の規範となるように毅然とした態度で挑発など受け流してください」
「それはすまんかった」
確かに格下の挑発に乗って決闘を受けてしまったのはBランクとして相応しい行動とは言えなかった。
「旦那様は悪くないです!」
「うん。御主人は間違ってない!」
まぁ、連れの女2人を物扱いされて苛立っていたということもあるけど。
「どうして冒険者というのは女好きが多いのでしょう」
俺は勿論だが、決闘相手も3人の女を連れていることに受付嬢は深く嘆息した。
ちなみに俺達が話しているのは冒険者ギルドの地下にある訓練場へと向かう途中でされている会話であり、この受付嬢は渋々ながら決闘の立会人を務めるべく同行しているのだ。
「まさか、こっちのランクも確認せずに決闘を申し込んで来るとは思わなかったな」
「……ランドックさんはギルドでも最年少でCランクになったので調子に乗っているんです。自分より若いあなたがBランクだとは想像も出来ていないでしょう」
「だろうな」
あの青年の名前はランドックというらしい。
まぁ、そんなに関わるつもりもないし直ぐに忘れるだろう。
そうして地下の訓練場に到着して受付嬢の立ち合いの下、俺とランドックの決闘が開始される。
俺は愛用の木剣を手に持ち、ランドックは腰に下げていた細身の剣――レイピアを鞘から引き抜く。
「なんだい、それは。貧乏人は真面な武器すら用意出来ないのかい?」
木剣を持つ俺をランドックが馬鹿にしたように笑うが……。
「負けた時の言い訳か? 相手の武器が弱そうだから油断しました~とでも言う気か?」
「……早く開始の合図を出せ!」
自分でも挑発する癖に、挑発に対する煽り耐性が低いようで、あっさり激昂して受付嬢に怒鳴る。
「それでは、これより決闘を開始いたします。どのような結果になったとしても後悔のないように。はじめ!」
「はぁぁぁっ!」
そうして受付嬢の合図とともにランドックが俺に向かって真っすぐ突っ込んで来た。
レイピアを武器にしているだけあって、その速さは一級品と言っても過言ではないのだが……。
「おっと」
「避けるんじゃねぇ!」
首を狙った刺突を俺があっさりと首を傾げるように回避すると、ランドックは再び激昂して連続で突きを放って来る。
それをヒョイヒョイと避けながらランドックを観察していたのだが……。
(攻撃が素直過ぎて参考にもならんなぁ)
分析して模倣しようという気も起きなかった。
うん。なんか真っすぐ一直線に攻撃してくるから攻撃の軌道が丸分かりだし、視線で攻撃しようとしている位置も分かるから凄く避けやすい。
ついでに上半身に攻撃を集中させて意識を上に向けさせて下半身を狙っているのもバレバレだ。
攻撃が下半身に移る直前に視線が下を向いたので、そのタイミングでレイピアの突きに木剣を合せて振るい――レイピアが折れて刀身の半分が訓練場の隅に飛んでいく。
「な……んだと」
折れたレイピアを呆然と見つめるランドック。
「決闘中だぞ」
「ぐっ!」
俺は呆けたランドックの足をローキックで蹴って膝を着かせ……。
「とぉっ」
「ぺぐっ!」
頭の位置が下がったのを確認して下から顎を蹴り上げた。
綺麗に蹴り上げられたランドックはそのまま背中から地面に倒れて――気絶した。
「どうする? 決闘だからトドメが必要と言うなら始末するけど」
「……必要ないでしょう。これでも貴重なギルド所属のCランクですから」
「そうか」
「この決闘の勝者はBランク冒険者のケイ様です!」
そうして受付嬢は俺の勝利を宣言して――周囲のギャラリーからは俺がBランクだったことに対する驚きの声が上がっていた。
「なんだか凄く儲かりました」
「なんか誰も御主人に賭けてなかったみたい」
決闘終了後、俺とランドックの決闘で賭けが行われていたようで、俺に全財産を賭けていたティーナとリティスは大分儲けたらしい。
うん。事前に俺が2人に全財産を渡して賭けてくれるように頼んでいたのだ。
俺は女は賭けないが勝つと分かっている勝負は楽しいね。
「えっと。路銀は確保出来たみたいですが、依頼も受けますか?」
「またの機会にするわ」
「ですよねぇ~。ランドックの馬鹿、殺す」
折角のBランク依頼を片付けるチャンスを失って受付嬢はランドックに盛大に恨みを持ったらしい。
儲かった俺は奴に感謝したいくらいだけど。
「ねぇねぇ、御主人。Cランクってあんななの?」
ギルドから宿に帰る途中、リティスがそんなことを聞いて来た。
「そうだな。Cランクならあんなもんじゃないか?」
「……弱くない?」
どうやらランドックはリティスの目から見ても弱く見えたらしい。
「リティスがGランクだなんて、完全に詐欺だからな」
「それは同感です」
俺も過去にランク詐欺だと言われたことがあるが、リティスの場合は上げる時間が確保出来なかったのでGランクのまま放置しているだけで、実力的にはAランクに匹敵すると思っている。
並のBランク以下の相手とか、リティスなら1人で蹂躙する姿しか想像出来ない。
「氣功を覚えた獣人とか、確定でAランクにする制度を作ればいいのに」
元々高い身体能力を氣功で爆上げした時点で、もう並の相手では勝負にもならない。
動体視力も良いから自分の動きに振り回されることもないし、まさに戦闘民族という言葉が相応しい。
戦う為に生まれて来たような種族だ。
宿の部屋に戻って儲かった金額を数えたら金貨で40枚近い金額になっていた。
日本円に換算して約120万円である。
さっきまで金貨3枚を切って9万円しかなかった状況を考えると10倍以上である。
「こっちの知名度が低い状況で決闘すると、こんなに儲かるんだなぁ」
「またやりますか?」
「そう何度も上手くいかんだろ」
こういうのは1回か2回上手くいけばいい方で、簡単に対策されるので継続して儲けるのは難しい。
「とりあえず当面の路銀は確保出来たし、これで目的地までは問題なく辿り着けそうだな」
国境を超えてギルド本部のある帝國の首都――帝都まで問題なく行けそうだ。
「ご飯、いっぱい食べて、おっぱい大きく出来るね!」
「……そうだな」
ニコニコしながら自分のCカップを揉んでいるリティスに目を逸らしながら答える。
「Gカップ。旦那様が望んでいるのはGカップ」
ティーナもブツブツ言いながら自慢のFカップを揉んでいるが、ゆっくりで構わないぞ。
寿命的にティーナには250年以上の時間がある筈だし。
1年や2年で目標を達成する必要はないのだ。
「旦那様、身長ももっと高い方が良いでしょうか?」
「え? うん、そうだね」
現在、身長150センチちょいのティーナは何かを想像しているような顔で納得する。
「やっぱり旦那様の理想のタイプってお嬢様なのですね」
「…………」
確かに理想の美少女になる為に頑張ってはいたけど、別に自分がタイプなんてことはない――筈だ!
「なるほど! 御主人の為にお嬢を目指せば良いんだね!」
リティスまで同調して魔女の俺を目指す話になってしまった。
「言っておくけど、ああなるまで相当時間が掛かったし、日々のお手入れにも手間が掛かっているんだからな」
そう簡単に超絶美少女になれると思ったら大間違いなのである。
何年も丹念に磨き続けた結果として超絶美少女になったのであって、一朝一夕でなれると思ったら大間違いなのだ。
「頑張ります!」
「うん。頑張るよ!」
だが2人は理想になる人物がいることで明確な目標が定まったのかやる気を見せていた。
「……後で指導するから」
「「お願いします!」」
仕方なく、後で俺が指導することを約束する羽目になってしまった。
日が落ちてから私は魔女に戻り、2人の指導を開始した。
「髪の手入れ、肌の手入れ、爪の手入れ。やることと覚えることは沢山あるんだから、テキパキ説明していくわよ」
「お嬢様……なんか張り切っていませんか?」
「うん。お嬢、凄く生き生きしてる」
「そうかしら?」
まぁ、今まで1人で研究して来た美容の成果を見せることが出来て私も少し楽しくなっているけど、あくまで指導は常識の範囲内だ。
「まずは、この洗髪薬で髪を洗う際の注意点なんだけど……」
そうして私は2人を相手に指導を始めたのだけど……。
「ちょ、ちょっと待ってください、お嬢様。今のところ、もう1度説明してください」
「きゅ~」
ティーナは必死にメモを取って付いて来ようとしているけど、リティスは既にダウンして目を回している。
「そんなに難しかったかしら? まだ基本の説明の触りの部分だけなんだけど」
「……お嬢様が《朝露の魔女》様の弟子であることを実感しました」
「む」
あんな駄目魔女と比べられるのは業腹なのだが、確かにちょっと説明臭かったかな?
「それなら、これからは実践を踏まえて説明していくわね」
「あ、はい」
なんか、ちょっと後悔していそうなティーナに時間を掛けて実践を踏まえて指導していくことを決めた。
超絶美少女への道は1日にしてならず、なのだ。




