第2話 【転生者なら誰でも思いつく馬車の改造】
馬車を自前で用意することになった。
とは言っても馬車なんて作ったこともないし、構造も分からないので完全に1から作るのではなく、既に完成している規制品を買って来て、それを自分好みに改良することになる。
「馬車一式、意外と高かったなぁ」
「馬車ですからねぇ」
ちなみにお値段は金貨30枚で、日本円に換算すると約90万円だ。
具体的に言うと馬1頭が金貨20枚で、馬車の本体が金貨10枚だった。
「馬って高いんだな」
「育てるのが大変ですからね。管理と維持にもお金が掛かりますし」
うん。なんか馬が高かった。
この街には馬を育てる施設がないらしく、外の街から仕入れた馬ということで非常に割高になるらしい。
「あんまり質のいい馬じゃなかったし、こんなに小さな馬車なのにな」
「それでも旦那様がBランクの冒険者で、ギルドマスターが書いてくれた保証書がなければ売ってもらえませんでしたね」
「……そうだな」
この世界では馬を所有する場合は申請が必要であり、その申請を通す為には世間からの信用が必要だった。
その為に必要だったのが俺のBランクの肩書と、おっさんが書いてくれた俺は信用出来るという書類だった。
そこまでして、やっと手に入れた馬車なのだが、質と言う意味では2級品だった。
「それで、どうなさるのですか? 旦那様」
「そうだな。まずは……」
俺は周囲を見渡すと、俺の家の周りはレンガ製の塀で囲まれており、他人の視線は感じられなかった。
それを確認してから俺は詠唱を行ってアイテムボックスを開き――愛用の黒いローブを引っ張り出す。
「あ」
それで俺が何をするのか悟ったのかティーナが声を上げ、その声を聴きながら俺はクルリと1回転しながら黒いローブを纏い――私へと戻る。
「超絶美少女の《安穏の魔女》ケイリーンちゃん、華麗に参上♪」
そしてポーズを決めながらアイテムボックスから黒い三角帽子を取り出して被った。
うん。このポーズを決める為にティーナの協力の許、先生の家で3日ほど頑張った経緯がある。
最後の方では先生の目が完全に死んでいたが、こうしてお披露目が出来て私は満足だ。
「完璧です、お嬢様!」
「そうでしょう♪ そうでしょう♪」
唯一のギャラリーであるティーナは称賛してくれたので更に満足度アップだ。
「ところで、どうして変身されたのですか?」
「人間に偽装したままでは出来ないことをする為よ」
ティーナに答えつつ、私は馬に向かって手を差し伸べ――指をパチンと鳴らす。
その瞬間、なんの変哲もなかった2級品の馬に激的な変化が起こる。
ぶっちゃけて言ってしまえば、駄馬がサラブレットに変身したと思ってくれれば間違えていない。
更に馬の精神にも干渉して私とティーナに対する忠誠心を爆上がりさせておいた。
ついでに魔女の飼い馬としての恩恵として体力が自動回復する加護を掛けておいた。
「なんか、凄く立派な馬になりましたね!」
「まぁ、馬の方はこんなものでしょう」
馬車を引く馬としては理想的な馬になったと思う。
「次は馬車の方ね」
買って来たのはティーナと2人で乗っても問題のない大きさの馬車だが、逆に言えば小型の馬車として最低限の大きさと機能しか備えていない。
(外見は今のままでいいとしても、出来る改造はしてしまいましょうか)
まずは異世界転生者なら誰でも思い付くであろうサスペンションの設置とダンパーの取り付け。
サスペンションは馬車の揺れを抑制して、ダンパーは振動を抑える装置――だったと思う。
よく知らんけど。
更に車輪にはボールベアリングを取り付けて回転をスムーズにする。
(本当ならゴムタイヤに換装したいところだけど、流石に悪目立ちしてしまうわね)
外見は、あくまで元の馬車のままというコンセプトがあるので、後は内装というか、座る席の乗り心地を改善して完了である。
「まぁ、こんなものでしょう」
こんな改造、魔女でなければ相当な時間が掛かっていただろうけれど、魔女である私に掛かれば数分で完了である。
馬と馬車の改良が終わった私は再び男に偽装して――俺に戻った。
「ちょっと試運転に行こうか。御者の練習もしないとだし」
「あ、はい。お供致します」
呆気に取られていたティーナを連れて、街の周辺を回ってみることにした。
「旦那様、これは本当に馬車なのでしょうか?」
試運転の最中、ティーナがそんなことを聞いて来た。
「何か問題でもある?」
「いいえ! 今まで乗った中で最高の乗り心地の馬車だと思います! 揺れないし、乗っていても気持ち悪くなりませんし、凄くスムーズに走ります!」
どうやら改造した馬車の乗り心地は問題ないらしい。
俺の方も御者の真似事をしていたのだが、それ以前に馬の方が自主的に動いてくれるので非常に簡単だった。
忠誠心をMAXにした甲斐があったわ。
◇◇◇
馬車を改造した日の翌日。
俺は冒険者ギルドでおっさんに挨拶してからギルド本部とやらに向けて出発することになった。
「まぁ、どっちかというと旅行気分でノンビリ出掛けて来るわ」
「おう。気をつけてな」
「……というか定期的に転移魔術で帰って来るわ」
「それを言っちゃ旅立ちの雰囲気が台無しだな」
そう言われても、偶には家でノンビリしたいし、馬車でずっと寝泊りとか御免である。
「それじゃ行ってくるわ」
「おう。今度こそ、気をつけてな」
そうして俺達はおっさんに見送られて街を出て出発したのだった。
馬車は順調に道を進んでいく。
「速いですねぇ」
改造した馬車は速く、乗り心地も悪くない。
「……でも退屈だなぁ」
だが、やることがなくて退屈だ。
「馬車の旅ってそういうものですよ。多分」
ティーナとしても自前の馬車で旅をするのは初めてなので、こういうものだと思っても予想でしかない。
「こんなのが2ヵ月も続くのか。もう帰りたくなって来た」
「流石にギブアップするの早すぎですよぉ」
ティーナが居てくれて良かった。
俺1人だったら、この時点で帰っていたわ。
途中から御者はティーナに任せて私は馬車が幌に隠されているのをいいことに魔女に戻って考えごとをする。
ティーナも御者の初心者だが、馬が賢いので手綱を握っているだけで進んでくれるからね。
そうしてまで私が魔女に戻って考えごとをしているのは、馬車の改造をしている時に思ってしまったことがあったからだ。
(私専用の武器として作った扇子、全く使っていないわね)
製作という過程で思い出したのだが、例の扇子はアイテムボックスの肥やしになってしまっている。
まぁ、貴族のパーティにでも参加しない限りは無縁の代物だし、武器としてなければいけない物でもない。
だから私は思ってしまったのだ。
(もういっそ別の武器を用意した方が良いんじゃない?)
扇子に代わる新しい武器を用意してしまおうと。
問題は、どんな武器を用意するかということなのだが……。
(剣とか槍は却下ね。超絶美少女の私には似合わないわ)
無骨な武器は却下だ。
私に似合うエレガントな武器と考えると……。
「……リボルバーで良いかな」
芸術的なフォルムを持つ武器ということでリボルバータイプの銃に決定した。
もっと他にも芸術的な武器はあるかもしれないが、私は他に知らない。
そうしてアイテムボックスに入っていた材料でリボルバーを作り始めたのだが……。
「大き過ぎても持ちにくいし、こんなものかな?」
結果として大分小型の銃になってしまった。
銀色の銃身を持つ小型のリボルバー。
特にフォルムを洗練させた形状に拘って製作した為、見た目も美しい。
機能としては異世界で使う銃なのだから、魔力で弾丸を飛ばすとかも考えたが、それはそれで無粋に思えたので火薬で飛ばすノーマルな弾丸を用意した。
回転弾倉には5発の弾丸が装填可能で、最大で5連射出来るようになっている。
と、ここまでは通常の回転式の拳銃と同様の仕様なのだが、魔女の力によってメンテナンスフリーで整備不要にしたし、決して暴発しないように魔法を篭めておいた。
要するに使い方や攻撃力などは地球の銃と同じ仕様だが、面倒な点や危険性が魔法によって排除された特製の銃ということだ。
「お嬢様! 盗賊です!」
そうして完成したと同時に都合よく的がやって来てくれた。
「早速、試し撃ちといきましょうか」
私は意気揚々と馬車から身を乗り出して銃を構えた。
「……これ、いらね」
戦闘終了後、私は作ったばかりの銃を放り投げた。
「お嬢様、どうか気を落とさないでください」
「うぅ。だってぇ……」
断っておくが私の作った銃は私の想定通りの性能を発揮した。
ただ、使い方は通常の銃と同じだった為に――初めて撃った私では全く命中させられなかっただけなのだ。
撃った弾丸が全弾外れる虚しさ。
頭に来て魔法で排除してしまってから感じる落胆。
「それ、ティーナに上げるわ」
「よろしいのですか?」
「うん。鞄にでも入れておいて。弾もいっぱいあるから」
結果、私が作った銃はティーナに譲渡されたのだった。
その後、再び男に偽装してからティーナと御者を代わり、また俺が手綱を握ることになった。
「こう……かな?」
後ろの荷台ではティーナが新装備のリボルバーを手に、正規の構えを取って狙いを定めていた。
「練習もなしに当たる代物じゃないぞ」
確かに俺はティーナに銃を譲渡したが、そう簡単に使いこなせる代物ではない。
「大丈夫です!」
それでもティーナは自分の専用武器を手に入れたのが嬉しいのか、何度も構えをチェックして練習を繰り返している。
(まぁ、いっか)
楽しそうなティーナに文句を言うのも無粋だと感じ、俺はティーナの好きにさせることにした。
そうして暫くは淡々と馬車を走らせていたのだが、馬車の進行方向に複数のゴブリンが待ち構えているのが見えた。
「あいつら、何処にでも現れるな」
魔女の森以外だと本当に何処にでも現れる。
仕方なく、俺は馬車を止めて排除しようとして……。
「旦那様、撃ちます!」
「へ?」
唐突に背後から声を聞こえたと思ったら、両手で銃を構えるティーナの姿があった。
「いや。だから練習もしていないのに当たるような物じゃ……」
「えいっ!」
俺の言葉の途中でティーナは躊躇なく引き金を引き……。
ダンッ!
音を立てて弾丸が発射された。
流石に弾丸を目で追うなんてことは出来なかったが、着弾地点を確認しようとして――ゴブリンの1匹の脳天に穴が空いて、パタリと倒れた。
「はへ?」
30メートルも先の的だったゴブリンに対するラッキーヒットに唖然としていると、続けてティーナが引き金を引いて連続で弾丸を放つ。
「は? え?」
そうしてティーナが引き金を引く度に正面に居たゴブリンは次々と倒れていく。
「リロードします!」
5発の弾を撃ち切ったティーナは鞄から次の弾丸を取り出して意外とスムーズに装填して……。
「撃ちます!」
再びゴブリンに向けて銃を構えて、引き金を引いた。
結論から言うとティーナは馬車の前に現れた8匹のゴブリンに対して8発の弾丸を放って撃退して見せた。
「え? ティーナ凄くない?」
俺が想定していた銃の射程距離は30メートル程度だと思っていたが、ティーナは30メートル以上の距離から全弾をゴブリンに命中させて見せた。
「えへ♪ 今まではあんまり自覚はなかったのですが、エルフの血のお陰か私って凄く目が良いみたいです。それに何処を狙えば当たるのかが直感的に分かるんです」
「お、おう」
ひょっとしてエルフには先天的に狙撃に対するアドバンテージがあって、ティーナはそれを受け継いでいるのだろうか?
そういえばエルフって言えば森で弓を持っているイメージだし、射撃に対する能力が人間よりも上なのかもしれない。
「それに、この武器も凄く扱いやすいです♪」
「……それは良かった」
確かに俺はティーナに銃を譲渡する際、銃をティーナ専用に改造してから渡したのだが、性能と言う意味では俺が使った時と変わっていない筈。
つまり、盗賊相手に全弾を外した俺が下手だっただけで、ティーナが使えば最上の武器になったというだけだ。
(……今度こっそり練習しよう)
男の威厳がどうこう言うつもりはないが、このままでは俺が普通に格好悪いではないか。
それから何度か走る馬車の前にゴブリンが現れたが、いずれもティーナが仕留めてくれた。
うん。馬車を止めることなく仕留めてくれるので、とても助かる。
それに何度もリロードしている内に、ティーナの装填速度が早く、スムーズになって来た。
「…………」
なんとなく、休憩中に魔女に戻ってスピードローダーを作ってあげた。
あの5発同時に装填出来るようにする奴ね。
「お嬢様、これは凄いです! こんな便利なものがあるのですね!」
ティーナははしゃいで何度も弾丸を出し入れしていた。
「嬉しいのは分かったから、その動きは止めなさい」
弾丸を何度も出し入れする動きは――なんか卑猥だ。
それから日が落ちるまで馬車を走らせ続けた。
「旦那様、どうされますか? 野営するなら、そろそろ準備を始めなければなりませんが」
「そうだなぁ」
ティーナに問われて少し考える。
別に転移魔術で自宅に帰っても良いのだが、特に疲れているわけでもないし、身体ならクリーンの魔術で綺麗に出来る。
「折角だし、今日のところは野営してみようか」
「畏まりました」
そういう訳で野営をすることになり、馬車を道の外れに停めて、野営の準備を開始することにした。
「とは言っても、そんなに準備することもないよな」
「そうですね」
ティーナは答えながら鞄から調理器具と食材を取り出して、調理を開始した。
以前は俺のアイテムボックスに入っていたが、今はティーナに調理を任せることが多いのでティーナの鞄にも入っているのだ。
そうして暗くなる頃にはティーナの作ってくれた料理を馬車の近くに用意した焚火の近くで堪能することが出来た。
夕食後、そろそろ寝床を用意する必要があるのだが……。
「荷台の中で構わないよな?」
「そうですね。小さい馬車ですけど2人で寝るだけなら十分でしょう」
俺は詠唱してアイテムボックスを開いてから――馬車の中にベッドを出した。
うん。移動中は邪魔になるからアイテムボックスの中に仕舞っていたが、寝る時は荷台の中にベッドを出して、そこで就寝する予定だった。
荷台は特製の幌に囲まれているので周囲の視線は遮られるし、中にランタンを設置すれば視界は確保出来る。
最後に見張り用の黒猫人形を設置すれば準備完了だ。
「…………」
狭い個室と化した部屋の中で、ティーナは雰囲気を感じ取ったのか身体をモジモジさせ始める。
「ティーナ。おいで」
「は、はい」
勿論、俺が期待を裏切る必要もないので、素直に寄って来たティーナを抱き寄せて――そのままベッドの上に押し倒した。
その後、振動を抑制する機能を持ったダンパーが設置されているにも拘らず、馬車は真夜中付近までずっとギシギシと揺れ続けた。
勿論、女のアンアンと言う声と同時に。
◇◇◇
翌朝。
目を覚ました俺は違和感を感じて困惑するが、直ぐに腕の中にティーナが居ないからだと悟る。
とはいえ、警戒用の黒猫人形が反応しなかったということは攫われたわけではないのだろう。
俺は手早く服を着て、荷台の外へ飛び出すと……。
「おはようございます、旦那様」
鞄から調理器具を出して朝食を作っているティーナの姿があった。
「……早いな」
「メイドですから♪」
そう言って元気そうに微笑むティーナだが、俺が昨日の夜に最後に見たのは息も絶え絶えでグッタリしてベッドに倒れ込んでいるティーナの姿だ。
あの状態から一晩で回復するとはティーナもなかなかのタフ具合だ。
「~♪」
しかも機嫌が良さそうに鼻歌を口遊みながら料理を作っている。
(これはあれかね? 心も身体も満足してからグッスリ眠れて色々とスッキリしたから機嫌がいいってことかね?)
少なくとも最近のティーナが欲求不満とは無縁なのは確かだ。
一軒家に引っ越して以来、夜に声を抑えられないのは少し問題だが。
「さ。朝御飯が出来ましたよ、旦那様」
「おう。頂くか」
そうして俺はティーナと一緒に朝食を食べてから――ギルド本部に向けて出発した。




