第17話 【魔女様による簡単ダンジョン攻略法】
1週間の馬車の旅を経て俺達は目的地である迷宮都市に辿り着いた。
旅の間に何度も襲撃を受けたことは、なんかの予兆かとも思ったが、他の乗客によると稀にあることらしい。
どうやら乱数でハズレを引いたようだ。
要するに、物凄く運が悪かったということ。
護衛を務めた2人には少々睨まれたが、文句を言われる筋合いでもないのでスルーしておいた。
「旦那様。それで、どうしましょうか? 早速ダンジョンに潜りますか?」
「いや。まずは冒険者ギルドに行こう。この街のダンジョンは冒険者ギルドが管理しているみたいだからな」
無論、冒険者ギルドがダンジョンの所有権を持っているわけではなく、ダンジョンの入り口を門で封鎖して人の出入りを管理しているのだ。
ダンジョンに潜る力量のないものが勝手に入って死ぬのを防止する為の方策らしい。
この街の冒険者ギルドは俺が拠点にしている街の冒険者ギルドの倍は大きくて広かった。
「この街にはダンジョンがあるから、それだけ盛況ってことかね」
「そうかもしれませんね」
建物が広いだけでなく、中にも大勢の人が居て賑わっていた。
これが全部ダンジョンが目的の冒険者だろうか?
中に入った俺とティーナは少し圧倒されたが、俺の目的はダンジョンに入ることなので、まずは受付の前に並んでいる列に並んで話を聞くことにする。
「おい。どけよ、邪魔だ」
だが並び始めて直ぐにガラの悪い3人組で絡まれた。
(何処にでもこういうチンピラはいるもんだな)
3人組は俺を睨みつけているが、その視線は主に俺ではなくティーナの方へと向けられている。
ティーナが美少女だから連れの俺に絡んで来たというのが真相か。
「はぁ」
俺は1つ嘆息してから――縮地でチンピラ1の懐に潜り込んで連携で打撃を腹に叩きこむ。
縮地から打撃への連携。
これが決まると……。
「げはぁっ!」
大抵は吹っ飛んで床を舐めることになる。
「て、てめぇ!」
「やりやがったなぁ!」
残りの2人は速攻で1人が沈んだことに怯んでいたが、必死に虚勢を張って……。
「ごはぁっ!」
即座に縮地から打撃の連携で2人目を沈める。
「弱い。弱いなぁ。こんなのが日頃からダンジョンに潜っている探索者なのか? 弱過ぎて話にならんぞ」
ここは冒険者ギルドだが、ダンジョンを専門にして潜っている者は探索者と呼ばれることになる。
どんな違いがあるのか知らないが、それは俺が気にすることではない。
「お、俺達にこんなことをして……!」
最後の1人が喚いていたが、最後まで喋らせることなく縮地から打撃の連携で崩れ落ちる。
3人とも床ペロ状態だが、まだ気絶はしていない。
気絶しないように手加減しておいたからだが、このまま放置で終わらせない為の処置でもある。
俺は近くに転がる1人の頭を足で踏みつけてグリグリと押し付けて床に顔を押し付ける。
「雑魚は雑魚らしく隅っこでガタガタ震えて縮こまってろ。これ以上目障りになるようなら……」
俺は踏みつける圧力を強くして、頭を踏み潰すレベルの力を加えて威圧する。
「ひぃっ!」
それを感じたのか、そいつは身体をガタガタ振るわせて涙目で俺を見上げて来る。
「次に見掛けたら……踏み潰すぞ。アリンコども」
「は、はひぃ!」
完全に俺にビビった男は俺から目を逸らして床に蹲って震え出した。
「…………」
直視したくない現実として失禁したのか男の足元から床に水溜りが広がっていた。
「掃除代は、こいつらに付けておけ」
近くにいた職員にそう言い付けると、俺は継続して列に並び直した。
そうして受付で順番が回って来た俺は自前の登録票を提示した。
「Bランク。道理で……」
それを確認した受付嬢は納得していたが、チンピラ達が転がる床を見て眉を顰める。
「ですが、もうちょっと穏便に解決出来なかったのですか?」
そして苦言を呈して来た。
「阿呆なことを言うな。ああいうタイプは舐められたらしつこく付きまとうだろうが。やるなら最初に徹底的にが鉄則だ」
「……そうですね」
寧ろ、本当に頭を踏み潰さなかっただけ温情を掛けたくらいだ。
「それで、御用件は?」
「ダンジョン攻略だ。ダンジョンに入りたいから手続きしてくれ」
「畏まりました。ダンジョンの詳細を知りたい場合は別室に書物がありますので、そちらをお読みください」
そうして俺の登録票になにか細工し始めた。
どうやら登録票でダンジョンの出入りを管理しているようだ。
それから俺に続いてティーナの登録票にも同様の処置をしてもらって、俺達は冒険者ギルドを後にした。
「ビックリしましたね」
「ティーナは可愛いからな」
本当はティーナがメイド姿だから絡んで来たのだと思うが、それは言わなくて良い情報だろう。
「このままダンジョンに向かいますか?」
「そうだな。まずはダンジョンがどんなところか見てみるか」
俺の目的はダンジョン攻略ではなく、その奥に隠れている魔女を炙り出すことだが、ダンジョンがどういうものか知らなければ話にならない。
俺はティーナを連れて、ダンジョンの入り口があるという街の中央へと向かった。
「でも、街の中央にダンジョンの入り口があるって、構造上の欠陥じゃないか?」
中から魔物が溢れ出したら被害が甚大だと思うんだが。
「多分、街の中央にダンジョンの入り口が出現したのではなく、ダンジョンを中心として街が出来たのではないでしょうか?」
「ああ、そっちか。気付いた時には街の中央にダンジョンの入り口があるって構造になっていた訳ね」
故意に街の中央に入口があるわけではなく、ダンジョンを中心に街が大きくなっていった結果、気付いたらこういう構造になってしまっていたわけだ。
そうして俺とティーナは街の中央に辿り着いたのだが……。
「派手だな」
「大きいですね」
そこには派手で大きな建造物が建っており、その建物の入り口を挟むように2人の兵士が立って、門の中に入る人間を厳しくチェックしていた。
どうやら登録票を確認してダンジョンに入る許可があるかどうかを見ているらしい。
俺とティーナも登録票を渡してチェックを受けたが、問題なく中に入ることが出来た。
そうしてダンジョンの中に入った俺達なのだが……。
「地下なのに明るいんですね」
ダンジョンの中は灯りもないのに壁が発光しているようで十分に視界を確保出来る明るさがあった。
「……無駄なエネルギーを使いやがって」
だが、俺から言わせれば無駄なことにエネルギーを使っているわけで、こんなこと世界力を使っているかと思うと腹が立つ。
「それで、どうしますか? まずは普通にダンジョンを攻略しますか?」
「最初はそのつもりだったが、これを見て気が変わった。こんなのに真面に付き合うのも馬鹿らしい」
俺は周囲に人目がないことを確認して詠唱してアイテムボックスを開き――愛用の黒いローブを引っ張り出した。
そうしてクルリと一回転して黒いローブを纏いながら俺は――私へと戻る。
「今回は見せる相手はいないけど、《安穏の魔女》ケイリーンちゃん、参上よ」
ギャラリーがティーナしかいないので私のテンションは低い。
シンボルとなる黒い三角帽子を被りつつも、どうにも演出面が少し乏しく感じてやる気が出ない。
「それで、どうしましょうか、お嬢様」
「ちょっと待ってね」
私はティーナを待機させてダンジョンの壁に触れてみる。
「世界力を読み取る限り、ここの最下層は地下36階みたいね。そこに世界力の塊……ダンジョンコアが設置されていて、魔女もそこにいるわ」
「触れただけで、そんなことまで分かるのですか?」
「世界力を認識するって、そういうことなのよ」
今まで私がダンジョンを発見出来なかったのは、ここが世界から切り離された小さな世界だったから。
だが、私が中に入ってしまった以上、もう全てが丸裸だ。
「さて。それじゃ始めましょうか」
そうして私――《安穏の魔女》によるダンジョン攻略が開始された。
◇◆◇
「何が起こったの?」
ダンジョンを運営、管理するダンジョンマスターである《正鵠の魔女》アイシリナは唐突に起った異常事態に対応することが出来ずに混乱した。
唐突にダンジョンを構築する要であるダンジョンコアから警報が鳴り響いたと思ったら、ダンジョンコアから急速にエネルギーが奪われてパワーダウンを起こしてしまった。
「サポートコア! 何が起こったの! 報告しなさい!」
ダンジョンを作り出したのは魔女だが、その全てを1人の魔女が行ったわけではなく、魔女の1人がダンジョンを構成するノウハウを構築し、そのノウハウをインプットされたサポートコアを譲渡されたことでダンジョンを作り上げて運営することが可能だったのだ。
《異常事態発生。異常事態発生。ダンジョンコアから急速にエネルギーが奪われています。現象から逆算してこれは……特1級の魔女による襲撃であると予想されます》
「なんですって!」
混乱していた魔女の顔が一気に青褪める。
魔女と一言で言っても魔女にもランクがあり、その中でも特1級と称されるのは最上級の魔女だ。
自他共に2級の魔女であると自覚するアイシリナにとっては絶望的とも言える報告だった。
「直ぐに空間を遮断して侵入を防ぐのよ! 私は時間を稼いでいる間に逃げる支度をするわ!」
故にアイシリナに取れる手段は逃げ一択。
《報告。空間を遮断する為のエネルギーが不足しています。エネルギーを補充してください》
「嘘でしょう!」
慌ててダンジョンコアを確認すると、さっきまで輝いていたクリスタルのようなダンジョンコアからは輝きが失われて唯の石の塊のようになっていた。
「やばっ!」
最早一刻の猶予もないと判断したアイシリナは逃げる準備を放棄して適当な場所へ転移で逃げようとした。
「……逃げられるとでも思っているのかしら?」
「…………」
だが遅かった。
気付いた時には背後から襟首を掴まれていたアイシリナは、逃げる判断をするのが遅過ぎたのだと気付く。
「ま、待って。降参するわ。私はあなたの傘下に入るから、だから命だけは……」
2級の魔女であるアイシリナは命乞いをするが……。
「はぁ~」
返って来たのは深い溜息だった。
「的外れなことを言わないでくれるかしら。不老不死の魔女が命乞いとか無意味だと分かっているでしょう?」
「…………」
そう。魔女は不老不死なのだから、同じ魔女が相手でも殺される心配はない。
だが逆に言えば殺されることがないだけで、もっと酷いことをされる可能性はあるのだ。
「世界力を使ってダンジョンを構築しているという話だったから、どれだけ世界力を溜め込んでいるのかと思っていたけど、まさかこれっぽっちとは思わなかったわ」
「…………」
それに関してはアイシリナにだって言い分はある。
2級の魔女であるアイシリナに扱える世界力には限界があり、その限界を超える量の世界力をダンジョンコアに蓄えることは出来ないのだ。
だからこそダンジョンという小さな世界を構築して悦に入っていたのだが、それ故に彼女は堕落してしまった。
「というか太り過ぎでしょう。ダイエットしなさいよ」
「くぅっ!」
その傾向は主に彼女の体型に現れており、ストレスで暴飲暴食を繰り返した結果、彼女の体型は崩れて体重は100キロを超える肥満体型になっていた。
魔女は制約で自分の容姿と体型には干渉することが出来ず、食べ過ぎれば太るのは道理だった。
「うるさ……!」
激情のまま振り返ったアイシリナが見たものは――美の化身だった。
サラサラの長く輝く金髪と静かで穏やかな真紅の瞳。
そして服の上からでも分かる豊満なスタイルと、細身の手足。
美しく手入れされた髪も、白く瑞々しい肌も、綺麗に整えられた爪も、全てアイシリナが遠い昔に失ってしまったものだ。
否、過去のアイシリナだって、全盛期でもここまで美しくはなかった。
その魔女は、思わずアイシリナが見惚れてしまうくらいに完璧な美しさを誇っていた。
「どうかした? この超絶美少女の《安穏の魔女》ケイリーン様に見惚れてしまったかしら?」
「く……うぅ!」
悔しくて思わず歯ぎしりして俯いてしまう。
魔女としての力は勿論だが、その美しさに圧倒されて顔を上げることも出来ない。
醜い己の身を嘆いて羨望することしか出来なかった。
「まぁ、あなたの後悔なんてどうでも良いけど、色々と聞かせてもらうわよ」
そうして目の前の美しい魔女はアイシリナに手を翳して……。
「あ。やめっ……!」
急速に世界力を注ぎ込まれて、その自我は世界に飲み込まれて消えた。
◇◇◇
ダンジョンの最下層に居た魔女は――太っていた。
その魔女に世界力を注ぎ込んで世界の人形に変えた後に色々と話を聞き出したのだが……。
「魔女とはいえ不摂生な生活を送るとこうなるのね。教訓にさせてもらうわ」
「お嬢様は大丈夫だと思いますけど」
魔女の前では隠れていたティーナはそう言ってくれるが、長い時間が経過した後に堕落した場合の保証など誰にも出来ない。
先生だって昔はああじゃなかった――と思うし。
やはり教訓として心に刻んでおくべきだろう。
「それにしてもダンジョン運営用のサポートコアとはねぇ」
世界に隷属した魔女はペラペラ情報を喋ったが、その中で興味深かったのがダンジョンを構築する際に使ったというサポートコアの存在だった。
実物は掌に乗るくらいの大きさのクリスタルだったが、それを魔女の認識で調べてみたら――恐ろしく複雑な構成が入っていて少し驚いた。
「なるほどね。こんな物があれば魔女なら誰だって簡単にダンジョンを作ることが出来るわね」
ダンジョンの作り方からダンジョンの運営法まで全てが網羅されているダンジョンのマニュアルみたいなものだ。
「他のダンジョンに居る魔女も、これと同じ物を使ってダンジョンを作ったのね」
魔女とはいえ、どうやってダンジョンなんて複雑な物を作ったのかと思っていたが、こんな物があるのなら容易だっただろう。
「これを作った奴は天才かもしれないけど、念入りにお仕置きする必要がありそうね」
世界の中に閉じた小さな世界を作って閉じこもるとか、魔女の存在意義を何だと思っているのか。
「お嬢様、これからどうしますか?」
「まぁ、まずは……後始末からね」
「?」
ティーナは困惑していたが、ティーナは知らなくても良いことだ。
私は迷宮都市というふざけた街に対して封魂結界を展開した。
街を包み込むくらい巨大な結界を張り、中の人間の魂からエネルギーを吸い上げて世界に還元させた。
「ダンジョンで遊んでいられるくらい余裕があるのなら、世界の為にその身と魂を捧げなさい」
この世界はまだ崩壊の危機があるのだから、こんなところで遊んでいるくらいなら世界の為にエネルギーを供給してもらおうじゃない。
勿論、許可なんて取らないし、拒否も認めないけど。
そうして迷宮都市にいた数万もの人間を捕らえることに成功した訳だが……。
「エネルギー、大して増えないなぁ」
まだ星のエネルギーは20%に届かない。
大量の人間を捕えたので完全に消費より回復が上回ったが、それでもまだまだエネルギー不足だ。
「やっぱり世界中の人間を捕えたとしても、エネルギーを全快にすることは出来そうにないわね」
人類が数百年もの時間を費やして無駄に搾取して来たエネルギーは簡単に回復出来そうもなかった。
「…………」
私は封魂結界に覆われた迷宮都市を眺めながら1つの懸念事項を思い出す。
ダンジョンを製作するのに配られたサポートコア。
その構成は見事としか言えない出来栄えであり、余人が真似出来る代物ではなかった。
(あの構成、世界からエネルギーを吸い上げる装置の構成に酷似していたのよねぇ)
あんな物を誰が作ったのかと思っていたが、どうやら犯人は魔女の中に居そうだ。
(世界に反逆した裏切りの魔女、か)
きついお仕置きをするつもりだったが、それだけでは済まないかもしれない。
◇◇◇
迷宮都市を攻略した翌日。
俺は自室でティーナと共にダンジョンの位置が記された地図を見ていた。
「今後も馬車で移動してダンジョンに向かうのですか?」
「いや。当初は魔女が近付けば世界力を介して察知されて逃げられると思って慎重になっていたんだが、居たのは閉じた世界に引き籠っている魔女だったからな。あれなら魔女の力で移動しても気付かれる心配はない」
なんせ閉じられた世界に引き籠っているのだから、外の様子など実際に侵入されるまで気付きもしなかった。
ダンジョンの運営に集中しているのか外部へのアンテナを張っていないのだ。
(もっとも、裏切りの魔女だけは、そんな隙を見せてはくれないだろうけど)
逆に言えば、裏切りの魔女以外は簡単に制圧出来そうということだが。
「面倒だけど先に仕事を片付けるか」
「頑張って下さい、旦那様!」
「おう」
俺はティーナの応援を受けて、少しだけ気合を入れたのだった。




