第16話 【ドス黒いオーラは魔女の能力ではありません】
その日、私は久々に魔女に戻って先生の家を訪問した。
「わ、私の恰好、変じゃありませんか?」
「大丈夫よ」
ティーナを連れて。
「ただいま戻りました~」
そうしてティーナの背中を押して家の中に入ったのだが……。
「お~、おかえり~」
「…………」
部屋の中は相変わらずのゴミ屋敷状態であり、先生は前に見た時と同様に大釜をかき混ぜていた。
うん。緊張していたティーナが呆気に取られる光景である。
「早速だが飯を作ってくれ。ついでに部屋も片付けて」
「私は先生の家政婦じゃないんですけどね。ティーナ、手伝って」
「あ、はい」
まずは掃除と思ってティーナに手伝いを頼む。
「ん? 誰だ、そいつ?」
そこでやっと先生はティーナに気付いたらしい。
「私の専属メイドです。可愛いでしょ?」
「てぃ、ティーナと申します! よろしくお願いします!」
先生を目の前にして緊張が戻ったのか、ティーナは硬い声で挨拶する。
「……ツラとチチで選びましたって感じの女だな」
「可愛いでしょ♪」
実際に私はティーナの顔が気に入っていたし、胸が大きいことも選考基準だったので笑って誤魔化しておいた。
「ふぅ~ん。ハーフエルフか」
先生はティーナの灰色の髪ではなく、その身体に宿る混合エネルギーを感知してティーナがハーフエルフであることを看破したようだ。
「奇妙なエネルギーだな」
「どうも自然力と魔力が混じり合っているみたいです。どちらの性質も持っているので制御の難易度は高いですが、将来性は抜群ですよ」
「……結果が出たら教えてくれ」
「完成は100年後の予定なので、その頃に報告します」
「頼むわ」
「…………」
あっさりと100年後の話をする私と先生にティーナは呆気に取られていたが、魔女は不老不死だから時間に関する制約が緩いのよ。
それから私はティーナと共に部屋の掃除をして、先生の為に料理をして、更に保存の出来そうな食事の作り置きを棚の中に仕舞っておいた。
そうして先生がガツガツ料理を食べるのを眺めていたのだが、ティーナは私の背後に控えて――というか私の背中に自慢のおっぱいを押し付けて隠れていた。
「……なんか毎晩揉んでますって雰囲気だな」
「勿論、揉んでますよ♪」
実際、ティーナの胸は当初はDカップだったが、私が揉んだからか、それとも栄養状態が改善されたからか、今はEカップにまで大きくなっていた。
この感じだともっと大きくなりそうだ。
「自前で立派なの持っているだろうが」
「確かに私の胸は大きくて形も素晴らしいですが、自分のを揉んでも楽しくありません」
「……そうかい」
楽しいのは揉まれて快楽に乱れる姿なので、自分のを揉んでも微妙なのだ。
「…………」
当のティーナは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたが。
「ああ。そういや、隠れ魔女の居場所が見つかったよ」
「あ、ちゃんと仕事してたんですね」
先生には仕事をせずにサボって身を隠した魔女の捜索をお願いしていたのだ。
「……サボると、あんたがおっかないからね」
「私、先生のことはちゃんと尊敬していますよ?」
「……そうかい」
尊敬しているのは、あくまで薬師としての《朝露の魔女》だけど。
「それで、何処にいたんですか?」
「ダンジョンさ」
「……へ?」
いきなりダンジョンとか言われても私には意味不明なんですけど。
「あんたは知らないかもしれないが、この世界にはダンジョンと呼ばれる地下迷宮が複数存在する。ダンジョンの中には魔物が出現し、深く潜れば潜るほどに強い魔物が現れる。更にダンジョンには稀に宝箱が設置してあって、運が良いと高級な魔法道具が手に入る」
「なんですが、そのご都合主義な迷宮は」
いくら異世界と言っても、あまりにも不条理な存在だ。
「そのダンジョンに魔女が隠れているわけですか?」
「正確には、魔女がダンジョンを作り出したというべきだね」
「…………」
ああ、そうだね。
そんな不可思議な迷宮が自然発生するわけもなく、魔女が世界力を行使して作り上げない限りありえない。
つまり、そいつらは私が苦労して星のエネルギーを確保しようと悩んでいる時に、呑気に世界力を無駄遣いしてダンジョン経営をしていた訳か。
「そう。そういうことなのね」
「怖っ! そのドス黒いオーラを出すの止めろ! メイドも怖がってるぞ!」
「おっと」
馬鹿魔女どもにキレそうになったが、先生は兎も角、ティーナまで怖がらせるのは本意ではないので怒りを抑える。
「ふぅ。メイドさんが居てくれて良かったわ」
「あはは……」
先生は何故かティーナに感謝して、ティーナは乾いた笑いを漏らしていた。
「お前が魔女じゃなかったら、魔力は絶対に闇属性だったな」
「……時空属性ですよ」
「それはお前が肉体改造したからだろ」
いや、魔女になる前は水属性だった筈だけど、この雰囲気では信じてもらえそうもない。
「こほん。ともあれ、そのダンジョンに隠れている魔女達にはお仕置きが必要ですね」
世界の守護者たる魔女が世界の危機を放置して遊んでいるなんて言語道断だ。
「それで、そのダンジョンとやらは何処に何ヵ所くらいあるんですか?」
「あたしが調べた限りでは世界中に点在して、今は20箇所くらいだな」
「…………」
「だから、そのドス黒いオーラを出すな!」
だって、そんなに世界力を無駄遣いしているとは思わず、怒りが込み上げて来るんだもん。
「正確な場所は分かりますか?」
「一応、調べて地図に記載しておいた」
準備の良いことに先生はダンジョンが存在する地点を記した地図を用意してくれていた。
「多いですね。しかも場所がバラバラ」
ダンジョンは本当に世界中に点在するようで、この全てを回るのは時間が掛かりそうだった。
「先生。アルバイトをしたくはありませんか?」
「絶対にお断りだ」
「ちっ」
先生に手伝ってもらおうとしたが、自称引退魔女の先生の協力は得られそうもない。
まぁ、ダンジョンの存在を突き止めたり、場所を正確に調べてくれただけでも十分か。
「分かりました。これは私の方で何とかしておきます」
「お~、がんばれよ~」
「…………」
この魔女、相変わらず調薬関係以外ではやる気がない。
◇◇◇
そういう訳で俺は魔女が隠れているダンジョンを攻略しなくてはならなくなったのだが、とりあえず冒険者ギルドのおっさんには出張することを伝えておいた。
転移魔術があるので薬師ギルドには夜には帰れるからな。
「出張って何処に行くんだ?」
「ダンジョン攻略」
「……マジか」
先生は長年森に引き籠っているから新発見みたいに言っていたが、どうやらダンジョンのことは世間では有名らしい。
「俺は最近知ったから詳しくないんだが、ダンジョンって具体的にどんなもんなの?」
「そんなんでダンジョンに挑むのかよ」
おっさんは呆れつつも説明してくれる。
「ダンジョンって言っても沢山あるが、共通しているのはどのダンジョンも最下層まで攻略されたのは1つもないってことだな。下に降りれば降りるほど難易度が上がっていくし、最下層まで行ったチームがいないから、何処まで降りればいいのかも不明だ」
「へぇ~」
まぁ、魔女がゲーム感覚で運営しているなら人類に攻略可能な難易度には設定していないだろうな。
1人の魔女が1つのダンジョンを運営しているのだとしたら、各ダンジョンの魔女達は連絡を取り合ってダンジョンの競争なんかもしているかもしれない。
(完全に遊び感覚だな。ふざけやがって)
「お、おい。なんか妙な威圧感を感じるんだが、俺が原因じゃないよな?」
おっと。また無意識に怒りがこみあげて周囲を威圧してしまった。
「気にするな。情報提供感謝する」
「お、おう。頑張れよ」
そうして俺はティーナを連れて冒険者ギルドを後にした。
「それで、どうなさるのですか? 旦那様」
「そうだなぁ~」
移動だけなら魔女に戻って高速飛行と目視転移を繰り返せば時速1000キロくらいで移動出来るのだが、それだと世界力を撒き散らしながら移動することになって隠れている魔女に気付かれて逃げられる可能性がある。
そうなると世界力を使用しないで移動する必要があるわけで……。
「不本意ながら地道に移動するか」
「歩きですか?」
「流石に歩きだと時間が掛かり過ぎるから馬車かな」
俺もティーナも御者なんて出来ないから、乗合馬車を利用することになりそうだ。
「長い旅になりそうですね」
「まぁ、夜には転移魔術で帰って来るんだけどな」
「……情緒がありませんね」
これはダンジョン攻略の旅ではなく、隠れ魔女に対するお仕置きの旅なのだから、それは仕方ない。
そうして俺はティーナを連れて乗合馬車に乗って街を出た。
「このクッション、凄く性能が良いですね」
「自慢の一品だ」
ティーナのお尻を保護する為に魔女の時に作った特性クッションを渡したが、どうやら乗り心地は大分緩和されているようだ。
これなしでの馬車の旅とか考えたくもない。
「以前に経験した馬車の旅は酷かったです。大人数を狭い馬車に詰め込まれて、身動きも出来ない状況で何時間も揺らされて……最悪でした」
それはティーナが奴隷だった頃の話なのだろうが、聞いているだけで気分の悪くなる体験談だった。
「よしよし。もう、そんな目には遭わせないからな」
「はい、旦那様♪」
俺がティーナの頭を撫でて慰めると、ティーナは俺に寄り掛かって甘えて来た。
『…………』
乗合馬車に同乗している奴らの視線が痛かったが――無視した。
◇◇◇
馬車の旅は順調と言えば順調だった。
「まさかダンジョンの1つが国内にあったとは」
なんと、この国の中にもダンジョンが1つあり、そのダンジョンを囲むように作られた街を迷宮都市と呼んでいるのだとか。
「私も噂には聞いたことがありますが、実際に行ったことはありませんでした」
奴隷だったティーナまで知っていたというのだから俺のアンテナの受信強度が低かっただけかもしれない。
その迷宮都市まで馬車で約1週間とのことなので、乗っているだけで退屈だった俺はティーナに魔術授業を行っていた。
お陰でティーナの魔術の腕はメキメキ向上し――ということはなく、使える初級魔術の数が少し増えたくらいだった。
まぁ、ティーナは混合エネルギーの制御が困難なお陰で魔術を習得するのが難しいという事情もあるし。
「あんたら魔術師様かい?」
そんな俺達に同乗していたおっさんが話し掛けて来る。
「見ての通りだ」
「いや、見ても分かんないよ。俺から見たら冒険者とメイドにしか見えん」
「そらそうだ」
俺の恰好はいつもの黒装備一式だし、ティーナも相変わらずのメイド姿だ。
ちなみに、ティーナも知らないことだがティーナの着ているメイド服は魔女特性の品なので見た目以上に頑丈だし、隠された機能も付与されているという超高級品だ。
下手な攻撃ではティーナには傷1つ付けられない。
「要するに、冒険者兼、魔術師兼、メイドってことだな」
「……兼が多いよ」
俺なんて冒険者兼、魔術師兼、魔女だぞ。
「まぁ、気にするな。俺らは馬車で旅をする冒険者とメイドさんだ」
「そ、そうなのか」
おっさんは何か言いたそうだったが、口を噤んで無理矢理納得したようだった。
馬車は夕方まで馬を走らせて日が落ちて来たら適当な場所に停まって野営の準備を開始することになる。
乗客はそれぞれに馬車の中で寝るか、それとも自前のテントで寝るかを選択することが出来るが――俺とティーナは姿をくらませてから転移魔術で薬師ギルドの部屋に帰った。
「この部屋も悪くないが、どうせなら風呂のある部屋に引っ越すかなぁ」
「お金は大丈夫なのですか?」
「……Bランクになったし、それなりに稼いでいるぞ」
実際には、そんなに稼いでいないので予算は精々金貨で50枚ってところだ。
日本円に換算すると約150万円くらいだ。
(急速にランクは上がったが、そんなに依頼を受けてないんだよなぁ)
最近は特にティーナの依頼に付き合っていたので報酬なんて二の次だった。
そういう訳で予算にはあまり余裕がなかった。
「引っ越しは……また今度にするか」
「私はここでも特に不満はありませんけど」
「……そうな」
確かに住むだけなら問題はない。
夜にチョメチョメするとティーナの声が響いて定期的に隣の住人から苦情が来るとか、お風呂でティーナと混浴したいとか、そういうのを除けば。
(防音は兎も角、風呂は転移魔術があるんだから、銭湯みたいな施設を探すか、もしくは温泉でも探してみるかな)
防音に関しては何とかしようとは思ったのだが、俺の魔力が時空属性なので防音の魔術を起動する為の難易度が高かったのだ。
すまん、隣の部屋の住人達よ。
暫くはティーナのエッチな声を聞いて悶々としていてくれ。
◇◇◇
朝、目を覚ました俺達は優雅に朝食を取った後に準備を整えて――転移魔術で元の場所に戻って馬車に合流した。
この世界には時計なんて存在しないので、この世界の住人は基本的に時間に対してアバウトなのだ。
この乗合馬車だって朝方に出発というだけで、全員が集まるまで適当に時間を潰して待ってくれている。
まぁ、流石に昼まで待たせれば先に出発して置いて行かれるが。
そうして出発した馬車なのだが、この世界の旅は魔物とか盗賊が襲って来る可能性があるので決して安全ではないし油断出来ない。
その為に乗合馬車には専属の護衛が同行しているのだが、そのベテランの専属護衛2人は非常に疲れていた。
「なんか、妙に魔物とか盗賊が出る頻度が高いよな」
「そうだな。こんなことは滅多にないんだが、今回は運が悪かったみたいだ」
同乗のおっさんに話し掛けるが、こんな頻度で襲われるのは珍しいみたいだ。
お陰で護衛の2人が疲労してしまっているが、ベテランというだけあって警戒は解いていない。
なんせ、まだ3日目なのに4度も襲撃があったからな。
これは確かに頻度が多いと言ってもいいだろう。
「前に馬車で旅した時は5日で1度しか襲撃を受けなかったけどな」
「普通はそんなもんだよ」
やっぱり今回は特別に多いらしい。
俺が再びティーナに魔術授業を行っていると、俺の展開していた亜空間探査に反応があった。
「またか」
俺が護衛の2人に視線を向けると、既に2人は馬車から飛び出して警戒態勢に入っていた。
流石はベテランだ。
「今度は何が襲って来たんだ?」
「……魔物みたいだ」
馬車の荷台を覆う幌の中から外を覗いてみるが、複数の狼に襲われる護衛2人の姿が見える。
(狼って魔物なのか?)
俺には区別がつかないが、違うと否定する根拠もないので納得しておいた。
その後、無事に狼を撃退した護衛2人が馬車に戻って来たが、随分と手傷を負っていた。
致命的というわけではなさそうだが、疲労も相まってかなり大変そうだ。
とは言っても俺が金を払っている客という立場である以上、下手に手伝うという訳にもいかない。
護衛にもプライドがあるだろうし、下手に助けに入ったら逆に苦情を言われかねない。
(こういう時はプロ意識がある奴は厄介なんだよなぁ)
自分達が専門家であるという自負がある為に余計な介入を嫌う。
(自分の限界を超える無茶をしなければいいが)
俺はそんなことを考えて不安を隠した。
俺の不安は午後になってから的中することになった。
「盗賊だ!」
御者をしていた男が叫んで護衛の2人が馬車から飛び出す。
そうして外からは剣戟の音が響いて来たのだが……。
「長いな」
「苦戦しているのでしょうか?」
10分以上が経っても剣戟の音が鳴りやまない。
俺は幌から外を覗いてみたが、肩で息をして呼吸を乱した護衛2人が盗賊に囲まれている最中だった。
「大ピンチだな」
盗賊は5人も残っているのに、護衛の2人にはまるで余裕が見当たらない。
「助けに入りますか?」
「……遠距離攻撃で援護するか」
「分かりました」
ティーナは俺の指示を受けて魔術の詠唱を開始して、俺は木剣を握りしめてギミックを起動させて連接剣で狙いを定める。
「ウォーターバレット!」
最初に攻撃を行ったのはティーナで、完成した魔術を解き放つと水の弾丸が盗賊に命中して吹っ飛ばされた。
それでティーナに気付いた盗賊が2人駆け寄って来るが……。
「脳味噌腐ってるか?」
寄って来る2人には俺が連接剣で攻撃を仕掛け、2人の脳天を突き刺して仕留めた。
相手が魔術師だと分かった時点で魔術師を護る前衛の存在を想定出来ないなんて頭が腐っているとしか思えない。
そうして俺とティーナで3人を仕留めた結果、残り2人となった盗賊は同数となった護衛2人に余裕を持って撃退された。
戦闘終了後、護衛の2人は俺達に何か言いたげだったが、口を噤んで沈黙を守った。
ここで俺達に文句を言って来ないだけマシな護衛かもしれない。




