第12話 【やぁ~っと美少女ヒロインの登場】
事件は俺が森の中で活動している時に起きた。
ここは街から近い例の森なのだが、ここで出現するのはゴブリンくらいだし、採取出来る薬草の種類も1つしかないしで儲けが少ない。
そんな森にCランクになった俺がやって来たのは、森の奥地まで進めばオークが出現するという話を聞いたからだ。
オークというのは二足歩行の豚みたいな魔物であり、本来はDランクになった冒険者が主に狩る獲物らしい。
俺はDランクだった期間が短かったので狩ったことがなかったが。
だから試しに狩ってみようと森の奥へと進んでいたのだが……。
「……迷った」
森の奥を目指していた筈が、気付けば方向感覚を失って自分の現在地が分からなくなっていた。
いざとなれば転移魔術で帰れるとはいえ、ここまで来て成果なしで帰るのも面白くない。
どうにか森の奥へ移動してオークと討伐出来ないものかと考えていたのだが……。
「ん?」
俺の展開していた亜空間探査に奇妙な反応が掛かる。
ゴブリンでもないし野生動物でもないが、明らかに聞いていたオークの反応とは異なる。
「人か?」
街の奴らは、こんな森の奥までやって来ないと思っていたが、俺以外のDランクの冒険者かもしれない。
(だが好都合だな)
もしもDランクの冒険者なら道を聞いてオークの棲み家を教えてもらえるかもしれない。
そう思って俺は反応のあった地点へと歩き出した。
「いやぁっ! 誰かぁっ!」
「…………」
現場に辿り着いた俺が見たのは、豚面の魔物に捕まって伸し掛かられて泣き叫んでいる1人の少女の姿だった。
状況が上手く把握出来ないが、あの襲っている方の豚面が恐らくはオークなのだろう。
そして襲われている方がDランクの冒険者……。
(……には見えないな)
明らかに着ている服がボロボロだし、なんかゴツい首輪を嵌めているし、手足に鉄製の枷が嵌められているし。
はい。どう見ても奴隷の少女です。
どうして、こんなところに奴隷がいるのかと思うが、きっと逃げて来たとかそういう話だろう。
勿論、俺に少女を助ける義理などはないのだが……。
「お~い。助けは必要か?」
一応、本人に聞いてみた。
ハッと俺に気付いた少女は必死にオークを押し退けて……。
「た、助けてください! お願いします!」
余裕なく助けを求めて来た。
まぁ、元からオークを狩りに来たわけだし、ついでに助けてやるとするか。
俺は特殊な歩法で一瞬で少女に覆いかぶさっているオークに接近すると、そのまま腹を蹴って少女の上から吹っ飛ばす。
「ブヒィッ!」
「……え?」
一瞬でオークから解放された少女は呆気に取られていたが、それには構わず少女を横取りされたオークが俺を睨みつけてくる。
(手加減はしていないが意外とタフだな)
普通に蹴ったくらいではダメージを受けないくらいの耐久力はあるらしい。
まぁ、見た目は2メートル近い巨漢だし、でっぷりと腹に脂肪を蓄えているようなので打撃には強いのだろう。
とはいえ別に打撃で相手をしてやる義理はないので俺は木剣を構えるが……。
(身長が高くて一撃では首を狙えないな)
自分よりも身長の高い相手の首を一撃で刎ねるのは難易度が高い。
(となると……)
俺は縮地でオークの側面に移動して魔力を篭めた木剣で足を斬り付ける。
「ブヒィッ!」
オークは豚のような悲鳴を上げながら足を負傷したので体勢を崩して頭の位置が下がる。
それを狙って――一刀で首を刎ねた。
当然、頭部を失ったオークの身体はズシンと崩れ落ちて……。
「ひっ!」
故意ではないが刎ねた首が少女の足元に転がっていき、悲鳴を上げて失神して倒れてしまった。
「おいおい」
俺の周囲には首を刎ねられて死んだオークと、気絶した少女。
どんな状況だよ。
ともあれ、折角助けたのだから少女を介抱しようと近付いたのだが……。
「随分と汚れているな」
いつから風呂に入っていなかったのか、少女とは思えないくらいに服も身体も汚れている。
汚れ過ぎて顔の判別が出来ないレベルだ。
仕方なく俺は長々と詠唱をしてクリーンの魔術を使って少女の服と身体を綺麗にしてやった。
この魔術、魔女が本気で妥協なく作ったから発動させるのに長い詠唱が必要なのだ。
だが、お陰で少女は服も身体も綺麗になり……。
「わお」
想像以上の美処女の顔が現れた。
珍しい灰色の長い髪の少女が静かに横になっている姿に暫し見惚れるが、その少女の側頭部に付いている耳が妙に長いことに気付く。
「……エルフ?」
どうやら少女は人間ではなくエルフという種族だったようだ。
(いや。だが人間の法律ではエルフを奴隷にするのは違法だった筈)
暫く人間の街で生活して、多少は世間の常識を学んだので間違いない筈だ。
とはいえ、そんなの守らない奴は守らない訳で……。
「闇取引用の違法奴隷か」
闇商人と呼ばれる奴らが扱う違法な商品の1つであることに気付く。
(ってか、こいつ本当にエルフか?)
俺の記憶ではエルフの髪色はハチミツ色か銀色が多いと聞いていたのだが、この子の髪は珍しい灰色だ。
俺はどうしたものかと暫し悩むのだった。
少女は30分ほどで目を覚ました。
寝ぼけているのかボンヤリと身を起こして周囲を見渡し……。
「あ」
俺に気付いてハッと意識を覚醒させた。
それから周囲をキョロキョロと見渡して――オークの死体が転がっていることを確認してホッと息を吐いた。
「あの……危ないところを助けて頂いて、ありがとうございました」
そう言って頭を下げる少女。
「ああ、気にするな」
元々オークを狩りに来ただけだから助けたのはついでだ。
「それで、こんなところで何をしていたんだ?」
少女の事情に首を突っ込むかどうかは少女が気絶している間に考えたのだが、このまま放置するなら最初から助けなければ良かったのだと考えて事情を聞くことにした。
「その……逃げて来ました」
「奴隷商人から?」
「……はい」
やはり少女は奴隷だった。
「というか、よく逃げられたな。その首輪って奴隷を隷属させる機能があるんじゃなかったのか?」
この首輪をしている限り、奴隷は主人には逆らえないという機能があった筈だ。
「奴隷商人の人が、近道しようと森に馬車で突入して、運悪くオークに遭遇して殺されてしまったんです。だから、今の私には命令する人がいません」
「お、おう」
なんか少女が幸運だったというよりも奴隷商人が間抜けだったとしか思えない。
近道に魔物の出現する森を突っ切ろうなんて、普通に無謀な行いだ。
まぁ、この森には基本的にゴブリンしか出現しないことを知っていたのなら、そう無謀な話でもないのかもしれないが、それでオークに遭遇したのだから不運だったとしか言いようがない。
「他の奴隷の人達は散り散りになって逃げたみたいですけど、私は1人で取り残されて……逃げ遅れてしまいました」
「それなら、これからどうする気だ?」
「……分かりません」
まぁ、今まで奴隷として過ごしてきて、急に自由だと言われても困るよね。
とりあえず俺は詠唱してアイテムボックスを開いて――中から数個のパンと水の入った水筒を取り出した。
「食うか?」
「え? い、良いんですか?」
少女は口調では遠慮しているが、目は完全に俺が持つパンにロックオンされている。
想像通り、あまり食料は与えられていなかったようだ。
まぁ、真面な生活を送っていたら、あんなに汚れてないか。
「とりあえず食え。話も行動も、とりあえず腹を満たしてからでいいだろ」
「は、はい! ありがとうございます!」
そうして少女は受け取ったパンと泣きながら食べ、水筒から水を飲み始めた。
本当に、真面に食事を与えられていなかったようだ。
俺は泣きながらパンを食べている少女を改めて観察してみたのだが……。
(やはり、かなりの美少女だな)
エルフは美形が多いと話には聞いていたが、この子も相当な美形と言ってもいいだろう。
おまけに服はボロボロだが……。
(痩せている割には結構あるな)
思ったよりも胸は大きい。
エルフってスレンダーなイメージだったが、この少女はスタイルも抜群らしい。
明らかに栄養が足りていない環境にも関わらず、推察でDカップくらいはありそうだ。
そんなことを考えている間に少女は渡したパンを全て食べ終えて、やっと一息吐いていた。
「落ち着いたか?」
「は、はい。こんなにお腹が満たされたのは久しぶりです」
今まで、どういう生活をしていたのだろう。
「…………」
いや。考えてみたら俺も5歳まではスラムの残飯漁りで生きていたわけだから、そう大差はないのかもしれない。
「それで、これからどうするかは考えたか?」
「どう……しましょうか?」
「…………」
まぁ、食うのに夢中で考える余裕はなかったか。
「俺はそろそろ街に帰ろうと思っているんだが……」
「え?」
俺の予定を告げると少女は周囲をキョロキョロと見渡し、森が広がっていることを確認して――心細そうに縋るような目を俺に向けて来た。
(助けてくれってことね)
気持ちは分からないでもないが、俺に頼られても正直、困る。
やっと現れた美少女でヒロイン的な少女なのだから連れ帰りたいと思うのはやまやまなのだが、少女の首に嵌まった首輪が厄介だ。
どう見ても奴隷だというのは一目瞭然だし、連れ帰って俺が保護者になれるのかどうかの判断も出来ない。
下手をすれば俺が犯罪者のレッテルを張られるし、下手をしなくても少女は奴隷商人の仲間に連れていかれる可能性大だ。
「一緒に連れて行ってもらうのは……駄目ですか?」
「駄目、ではないが……」
どうしたものかと思う。
その気になれば何とか出来るとは思うのだが、果たしてその気になって良いものか。
というか、この少女を俺の物にして良いのか?
いやいや。それ以前の話として、俺はこの少女を自分のものにしたいと思っているのか?
「うぅ~ん」
確かに美少女だが、まだどんな子なのか分からないし、判断材料が足りていない。
「もうちょっと話そうか」
「あ、はい」
この子のことを知る為に、もう少し話をすることにした。
少女の名前はティーナというらしい。
耳の形からエルフかと思っていたが、正確にはエルフと人間の間に生まれたハーフなのだそうだ。
本来のエルフは俺が想像していた通り髪の色がハチミツ色か銀色だが、ハーフになると例外なく灰色の髪で生まれて来るそうだ。
それにエルフは、やはりスレンダーな体型をしているそうだが、ハーフになると人間と同様にスタイルに差が出るらしい。
ちなみにティーナは現在27歳だそうだ。
「ハーフエルフはエルフほどに長寿ではないそうですが、成長が遅くて30歳くらいで肉体は成人を迎えるそうです」
「そ、そうか」
俺の目にはティーナは15歳前後にしか見えないが、実は年上だったらしい。
エルフの寿命は500年くらいらしいが、ハーフエルフの寿命は300年くらいになるんだとか。
で。ここからがティーナ自身の話になるのだが、どうやらエルフというのは混血を忌避する習性があるらしく、エルフの里で生まれたティーナは幼い頃から里のエルフに迫害されて生きていたらしい。
だから本来であれば成人である30歳までは里で面倒を見て、30歳になったら里を出て独り立ちする予定だったのだとか。
「まだ30歳にはなってないんだよな?」
「はい。ですが、その前にエルフの里の方が災害で壊滅してしまったので、強制的に独り立ちすることになってしまったんです」
「お、おう」
なんかエピソードがいちいち不幸だな。
「それで、私が25歳の時に初めて人里に降りたのですが、その際に運悪く奴隷狩りに捕らえられて、それ以降は奴隷として各地を転々としてきました」
「え? その間のエピソードは?」
「特にありません。私は奴隷にはなっていましたが、容姿が悪かったのでずっと売れ残っていました。奴隷商人の人からも売れ残りと言われてきました」
「容姿が……悪い?」
どう見てもティーナは美少女にしか見えないが?
「あはは。昔、エルフの里で子供に悪戯されて容姿が醜く見えるような術を掛けられてしまったんです。それ以降、私も自分の顔が醜く見えるようになって、どんな顔をしているのか分からないんです」
「そんな術、掛かっているか?」
「え?」
少なくとも俺にはティーナが美少女に見えるし、そんな術に掛かっているとも思えないのだが……。
「あ」
原因に思い当たる。
(そういやクリーンを掛けたわ)
あれは魔女が開発した術で、余計な不純物を取り除くという効果があった筈。
てっきり身体や服の汚れにだけ効果がある術だと思っていたが、掛けられた呪いを解く効果もあったらしい。
これだとクリーンというより浄化の魔術だな。
流石は魔女の開発した魔術である。
「その術ならさっき解いておいたぞ」
「へ?」
俺も今気付いた新事実だが、さも知っていたかのように親切で解いてやったように話す。
ついでに詠唱してアイテムボックスを開き、その中から手鏡を取り出して渡してやった。
「こ、これが……私?」
ティーナ自身も自分の容姿を知らなかったのか手鏡を覗き込んで自分の顔を見て驚いている。
「感想は?」
「えっと、凄く……可愛いです」
どう聞いても自画自賛だが、今まで自分の容姿が醜く見えていたのなら当然の回答かもしれない。
「で、でも、どうしましょう。これだと奴隷として高値で売られてしまいます」
「その首輪、外せないのか?」
「外せるなら誰も奴隷になんてなってませんよぉ」
「だよね~」
どこの誰が好き好んで奴隷になるというのか。
奴隷は奴隷の首輪を外せないから奴隷なのだ。
というわけで最初の問題に戻って来たわけだが、俺はティーナをどうしたいと思っているのか?
引き取って嫁にする?
奴隷のまま隷属させる?
それとも解放して自由にする?
または奴隷商人に引き渡すか?
色々な選択肢が頭の中に浮かぶが……。
(折角、登場した美少女なんだから傍に侍らせたいってのが俺の本音だな)
綺麗ごとを抜きにして考えると、それが俺の本音なのだ。
「うん。方針は決まったな」
ティーナは俺が引き取る。
それに解放もしないし、俺が侍らせる美少女1号になってもらう。
そういう方針をティーナに告げると……。
「あ、はい。分かりました」
とても素直に頷いた。
「言い出した俺が言うことでもないが、それで良いのか?」
「もう2年も奴隷生活をしてきましたし、こんな私を助けてくれて、引き取ってくれるというのなら喜んで身を捧げます」
「お、おう」
悲しいくらいに奴隷根性が染みついていた。
「念の為に聞くが、ティーナって処女か?」
「……バリバリの処女です。さっきまでの私は非常に醜く見えていたので誰にも手を出されませんでした」
俺は別に処女厨という訳ではないが、他人の手垢が付いていない状態なのは喜ばしいと思う。
「よしよし。それなら今日からティーナは俺のものだ。俺の言うことには従ってもらうし、俺の秘密を誰かに明かすことも許さない。良いな?」
「はい。よろしくお願い致します」
そう言ってティーナは綺麗なお辞儀で俺に頭を下げて忠誠を誓った。
「よろしい。それじゃ……」
俺は再び詠唱してアイテムボックスを開き――黒いローブを引っ張り出した。
「これから見ることは誰にも言うなよ」
「へ?」
呆気に取られるティーナを他所に俺は身体をクルンと1回転させて――私へと変身して黒いローブを纏う。
ついでにアイテムボックスから黒い三角帽子を取り出して頭に被った。
うふ。この演出、結構気に入っているのよ。
「改めまして。私は《安穏の魔女》ケイリーンよ。よろしくね」
「魔女……様?」
どうやらティーナも魔女のことは知っているらしく純粋に驚いていた。
「まずは無粋な物を撤去してしまいましょう」
私が指をパチンと鳴らすとティーナの首から首輪が外れて地面に落ち、更に腕と足を拘束していた枷も外れて落ちる。
「ついでに服も私に仕えるのに相応しいものに変えてしまいましょう」
更に指を鳴らしてティーナのボロボロの服を新品で可愛いデザインのメイド服に変えてやった。
可愛いと言ってもメイド喫茶に居るようなミニスカメイドではなく、ヴィクトリアンなタイプのロングスカート仕様のメイド服だ。
黒いワンピースに白いフリルの付いたエプロンドレス、頭にはカチューシャ、靴は黒いロングブーツ。
更に中身は黒いレースの下着一式とガーターベルト、タイツの色も黒で統一してある。
後ろ姿を見れば、エプロンドレスの結び目はふわふわなリボン結びにされており、とってもお洒落だ。
「後は……ちょっと健康状態を見せて頂戴ね」
「え? え?」
2年も奴隷生活をしていたティーナの健康状態が気になったのでティーナを抱きしめて身体の状態を調べて調整していく。
そうして良好な健康状態に調整を終えた後にティーナを解放した。
「あ。身体が……」
自分でも気付かなかったのかもしれないが、ティーナは色々と疲労も溜まっていたし、不衛生な環境で生活していたので身体の一部に悪影響が出ていた。
それをまるっと改善して、やっと私に相応しいハーフエルフのメイドさんが誕生した。
(後は適当に色々と弄って……これでよし)
そうして全ての調整を終えた後、私は指をパチンと鳴らして――再び男へと偽装して俺へと戻った




