第11話 【悪魔の証明って多分こういうことだと思う(自信なし)】
私は今日、先生に重要な相談をする為に魔女の森の家を訪れていた。
その重要な相談というのが……。
「……というわけで、《安穏の魔女》ケイって、なんだか名乗りの時に微妙じゃないですか?」
「…………」
「だから、もっと格好良い名前に改名しようと思っているんです」
そう。私の相談というのは、もっと格好良い魔女の名前にしたいと思って改名の相談に来たのだ。
「……好きにすれば?」
「…………」
まぁ、先生がこういう人だというのは分かっていた。
「それなら、どんな名前が良いですかね?」
「だから、好きにしろよ」
本当に私の名前になんて興味ないんだね。
そもそも、私にケイなんて名前を付ける人だったね。
「それなら、《安穏の魔女》ケイリーンとでもしましょうか。元の名前からかけ離れると別人になったみたいな気分になるし」
「良いんじゃね?」
「先生、一発殴って良いですか?」
先生のあまりの無関心さに思わず私は拳を握りしめる。
「え? 嫌だよ。馬鹿なの?」
「…………」
本当。こいつ、どうしてくれようか。
そういう訳で私の魔女としての名前は《安穏の魔女》ケイリーンということになった。
まぁ、滅多に名乗る機会はないだろうけど、ここぞという時に名乗る名前があるというのは安心感がある。
少なくともケイよりは。
「それじゃ、私はそろそろ戻りますね」
「あんた、何しに来たわけ?」
「改名に決まっているじゃないですか」
「……あっそ」
この清々しいまでの無関心さも、ある意味では安心感である。
先生のところから偽装状態で戻った俺は薬師ギルドへと向かう。
「つっても最近はやることないんだよな」
最初は重宝された錬金術師だが、出来ることが大体判明した後は単純作業の繰り返しだ。
魔力水を十分に用意した後は、補充に来るだけで大丈夫のようだ。
「あ。ねぇねぇ、これ見てよ!」
そんな俺にセラが嬉々として話し掛けて来る。
「どした?」
「これ! 《朝露の魔女》様からの差し入れだって!」
「…………」
俺はさっきまで本人と一緒にいたが、そんな話は一言も聞いていない。
「偽物じゃね?」
「はぁ? どういう根拠でそんなこと言う訳?」
「今までに魔女から差し入れなんて貰ったことあんの?」
「……ないけど」
「だったら本物だって証明出来ないだろ」
「むむぅ。でも、それなら偽物だってことも証明出来ないじゃない!」
「悪魔の証明は止めろ」
あることを証明するよりも、ないことを証明することの方が遥かに難易度が高い。
例えるなら、未確認生物が存在することを証明する為には、その未確認生物を実際に捕まえることが出来れば存在することの決定的な証明となる。
これは、つまり手段が明確であるということであり、未確認生物が存在するということを証明するというのは非常に単純明快だということだ。
まぁ、実際に探し出せるかどうかという難易度は別の話だが。
対して、未確認生物が存在しないことを証明することは非常に難しい。
存在することを証明する為には実物を探し出すという明確な手段があるのに対し、存在しないことを証明する為には明確な手段を構築出来ない為だ。
つまり、存在することを証明することよりも、存在しないことを証明することの方が遥かに難易度が高い。
そういうないことの証拠を出せというのを悪魔の証明という。
この場合、セラの言う偽物だという証拠を出せというのは悪魔の証明だ。
本物を知っている奴がいれば、そいつに本物か確認してもらえば良いだけだが、偽物であると証明する為には本物を知っている奴に片っ端から訪ねて回らなくてはいけないし、それが未知の新作ではないと証明しなくてはならない。
(正確には知らないけど)
聞きかじりの知識なので、本当にそうなのかと聞かれても困るだけだ。
「ちょっと見せてみろ」
俺はセラが持って来た先生の差し入れという薬品を確認する。
「……分からん」
だが、薬師として新米の俺が見ただけで判別出来る訳がない。
「だが、今までに魔女が差し入れをして来たことはなかったんだろ?」
「それは……ないけど」
「だったら、唐突にこんなのが送られてくるのはおかしいと思うが」
「むぅ」
セラが不満そうなのは本物かもしれないという期待値が高いから、偽物だと思いたくないと思っているからだ。
要するに本物であって欲しいという願望が強いから偽物だと認めたくないのだ。
「まぁ、これから実験して本物かどうかを確認する作業が始まるだろうから頑張ってくれ」
「あなたも手伝ってよ!」
「お、おう」
そういや俺も薬師ギルドの一員だったな。
こうして薬品が本物であるかどうかの実験が開始されたわけだが……。
「ありえない。なんて粗悪品だ!」
「間違いなく偽物だ。こんなのが本物だったら《朝露の魔女》様を尊敬出来なくなる」
早々に偽物だと看破されていた。
「これ、どっから送られて来たんだ? 明らかに素人が作った作品にしか見えないんだけど」
俺が出所を聞いてみるが、全員が首を傾げるだけで答えは返って来ない。
「セラ。これは何処で見つけたんだ?」
「今朝、ギルドの搬入口に手紙と一緒に置いてあったの。これが手紙」
そう言ってセラが差し出した手紙を皆で読んでみたのだが……。
「汚い字だな」
「走り書きみたい」
先生の字とは似ても似つかない下手な筆跡で《朝露の魔女》からの差し入れだということが書かれていた。
「これって詐欺じゃね? これを信じると次からは同じ薬品が怪しい商人から高値で売られることになると思うぞ」
「マジか」
「なんという侮辱!」
俺の推察に周囲の薬師達は憤っていた。
「おのれぇ!」
特にセラは怒髪天を突く勢いで怒っていた。
まぁ、憧れの《朝露の魔女》からの贈り物だと思って喜んでいたら、正体は詐欺師の粗悪品だったからね。
「…………」
可哀想だったので翌朝に俺が先生の作品をギルドの搬入口に手紙と一緒に差し入れしておいた。
最初はまた詐欺かと薬師達は呆れていたが、念の為に実験を開始すると徐々に皆の顔色が変わっていき――最後には大喝采に変わった。
「凄い! 流石は《朝露の魔女》様が作った薬品だわ。こんなの現代の技術じゃ再現出来ないもの!」
「……そうだな」
セラが大興奮で喜んでいたので、分けてやって良かったと思う。
◇◇◇
その日、俺は疑問に思っていたことを冒険者ギルドのおっさんに聞いてみた。
「なぁ、この世界に勇者っていないの?」
「何の話だ?」
うん。俺がラスボスだと仮定した場合、その俺を倒す為には主人公である勇者が必要だと思うんだ。
だが、そういう噂を聞いたことがないし、存在すら匂わせてもいない。
「世界を救う勇者様とかいないの?」
「陳腐な冒険譚でも読んだのか? 少なくとも勇者が現れたなんて話は聞いたことねぇな」
「そうなんだ」
勇者はいないらしい。
「代わりと言っちゃなんだが、聖教会には聖女様がいるって話は聞いたな」
「聖女、ねぇ」
聖教会というのは、この世界で主流となっている宗教組織のことで、大半の人間は聖教会の信者として定期的に教会に行って祈りを捧げているらしい。
その聖教会には多くの信者の支持を集める聖女がいるという話だ。
「でも聖女って聖教会の本拠地に居座っているんだろ?」
「そりゃ、そうだろ。重要な儀式を執り行う為に日々修行に励んでいるって話だ」
「ふぅ~ん」
興味ね~。
そもそも魔女である俺からすれば聖女なんて会いたくない部類の人種なのだ。
「そんなことより、お前に仕事の依頼だ」
「ん?」
俺はおっさんが差し出して来た依頼書を受け取って読む。
「オーガ?」
俺の記憶が正しければオーガというのは鬼系の魔物のことだ。
「おう。この近辺には居ない魔物だったんだが、どっかから流れて来たみたいでな。既にCランクが3人以上も殺られている」
「え? Cランクは、このギルドの主力だろ? 3人も減って大丈夫なのか?」
このギルドに常駐している最高階級はBランクだが、流石にBランクは何人もいないので主力となっているのはCランクの奴らだ。
「殺られたのはウチのギルドのメンバーじゃねぇよ。隣の街のギルドのCランクが殺られて、その注意喚起がウチに来たんだ。オーガの集団がこっちに向かっているってな」
「……それって、自力らで討伐出来なかったから、こっちに追い払ったんじゃないのか?」
「だろうな」
討伐が困難な魔物が出現した場合、自分達の狩場の外に追い払ってお茶を濁すのはよくある話らしい。
勿論、追い払うのにも犠牲は出るが、自分達の狩場に居座られるよりはマシだと考えているのだろう。
「それを俺に討伐して来いって?」
「今のウチの最高戦力はお前だからな」
「……Bランクはどうしたんだよ」
「遠征中だ」
「使えねぇ~」
肝心な時に不在の最高戦力に果たして存在意義はあるのだろうか?
「もっと活躍出来る都会に行きたいって言うのを無理を言って引き留めているからな。遠征に出掛けるなとは言えん」
この街のBランクは5人いるが、その全員が1つのパーティに所属している。
要するにBランク5人のパーティなわけだが、そんな奴らが活躍の場も少ない田舎に留まりたいと思う訳もなく、おっさんが頼み込んで常駐してもらっているのが現状だ。
「もう、おっさんが自分で討伐に行けば?」
「引退したロートルを現場に引っ張り出すな。それに最近は腰の調子が悪くて戦闘なんて無理だ」
「……運動しろよ」
明らかに日頃の運動不足が原因だ。
「現役を引退して10年以上も経っている年寄りに無茶言うな」
「そんなムキムキを見せつけて、何言ってんだか」
腰がどうとか言っていたが、おっさんは今日もムキムキだ。
「兎に角、ウチで今オーガの集団に対抗出来る奴はお前しかいなんだよ」
「それって、あれだろ? 俺のランクを上げる為の特別依頼とかいう奴だろ」
「……ナンノコトヤラ」
どうやら、おっさんは早急に俺のランクを上げる為に積極的に依頼を回す方針らしい。
まぁね。このギルドのBランクは役に立っていないし、実力だけはAランク上位の太鼓判を押された俺を公的に使いたいのだろう。
「へいへい。討伐証明はどうすりゃいいんだ?」
「角を切り取って持ってこい」
「あいよ~」
仕方なく俺はオーガの討伐依頼を受けることにした。
そうして俺は街を出て3時間ほど歩いて、目的地である岩場に到着する。
「……でかいな」
そこに住み着いているオーガを発見することは出来たのだが、想像していたより大分デカかった。
うん。なんか3メートル近い巨体の上にガチガチの筋肉を纏った角の生えた巨人だ。
それが7体も集団で固まっている。
(そりゃ、Cランクが殺られるわけだわ)
戦ってみないと実際の強さは分からないが、どう見てもAランクが受けるべき依頼だ。
「まぁ、だからこそ俺にお鉢が回って来たんだろうけど」
俺は深く嘆息して木剣をアイテムボックスから取り出した。
30分後。
「いてて……」
7体のオーガの討伐には成功した俺だったが無傷という訳にはいかなかった。
「回復魔術でも開発しておくべきだったな」
俺が使えるのは時空属性のみだが、それなら時間を巻き戻して怪我をなかったことにする魔術を開発すれば良いだけだ。
「回帰、とでも名付けるかな」
そんなことを呟きつつ、俺はアイテムボックスから先生特性の薬品を取り出して飲み干す。
効果は覿面で、俺の傷は見る見るうちに消えていった。
「薬師としては優秀なんだよな、薬師としては」
人として――魔女として駄目な人というだけなのだ。
「討伐証明は角だったな」
それから俺は倒したオーガの角を切り取ってアイテムボックスに仕舞う。
「死体は……放置で良いか」
なんかの素材に使えるとは聞いていないし、人型の死体を持ち帰る趣味はない。
その後、帰りは転移魔術でズルをして帰った俺なのだが……。
「7匹も居たのか」
おっさんは俺が提出した7本の角を見て驚いていた。
「7匹は多いのか?」
「聞いていたのは多くても4匹という情報だった」
「……過少報告は駄目駄目じゃね?」
「だな。これが故意にもたらされた情報だとすれば厳罰ものだ」
普通に考えて、情報よりも敵の数が多かったら、その情報に合わせて準備した場合は甚大な被害を受けることになる。
特に冒険者の場合は情報の誤りは死に直結するのだから、絶対に曖昧な情報を流してはいけないという規則がある。
「処罰出来るのか?」
問題は、このおっさんに誤情報を流した馬鹿を処罰する権限があるかどうかだ。
「情報は書面で回ってきているし、お前が持ち帰った7本の角もある。これで言い逃れされるようなら俺はギルドマスター失格だ」
「……やっぱギルドマスターだったんだな」
今まではギルドマスター(仮)と呼称していたが、これからは(仮)は必要なさそうだ。
◇◇◇
数日後、俺は無事に誤情報を流した馬鹿を始末出来たという報告をおっさんから受けた。
「それと、お前は今日からCランクに昇格だ」
「わ~い。うれしいな~」
分かっていたことだが俺はオーガ討伐の功績を持ってCランクに昇格だった。
「凄い棒読みだな」
「こんな予定調和で喜べるか」
どう考えても、おっさんの予定通りに進んだというだけで達成感など欠片もない。
「次の依頼を達成すればBランクか?」
「丁度良い依頼があれば、な」
「そらそうか」
流石に1度の依頼でBランクになれるような都合のいい依頼は来ていないらしい。
まぁ、暫く待っていれば適当におっさんが見繕って来るだろうが。
「…………」
そんなことを考えていたらおっさんが俺をジッと見つめて来る。
「なんだよ?」
「そういや、お前って遠距離攻撃は出来るのか?」
「……なんで、そんなことを聞く?」
「討伐の幅を知りたい。遠距離で攻撃してくる敵に対処出来るかどうかで任せる依頼の難易度が変わるからな」
なんか、それらしい理由で探って来やがる。
「……俺の連接剣なら最大で20メートルまで伸ばして攻撃を届かせることが可能だ」
「ほぉほぉ」
嬉しそうに頷くおっさんの顔がむかつく。
「流石は暫定でもAランク上位と認定された奴だ。意外に手札が多い」
「うるせ~よ」
そもそも今の俺は、あくまで魔女のおまけ程度の力しか持っていないのだから無理に隠す必要はないのだ。
「ところでオーガ討伐の時の移動時間が、どう考えても想定の半分くらいなんだが……」
「黙ってろ」
「おう。分かってる」
「…………」
転移魔術、バレてるわ。
こういうのを食えないおっさんというのかね。
「言っておくが無制限じゃねぇからな。事前連絡もなしに下手な期待をするなよ」
「わぁ~ってるよ」
俺の転移魔術は事前に転移先に目印を設置する必要があるのだが、ちゃんと分かっているのかね。
◇◇◇
「考えたんだが、お前の収納魔術と転移魔術を合せれば凄く効率的に物資の輸送が出来るんじゃないか?」
その日、おっさんはそんな阿呆なことを俺に言って来た。
「それなら俺は商人に転職するわ」
「む。それは……困る」
うん。物資の輸送で儲けるのなら冒険者である必要はないのだ。
素直に商人に転職して、商人との繋がりを作って色々な場所で販路を拡大して莫大な財産を築くことも難しくない。
だが、そういうのを面倒だと思うからこそ俺は冒険者を選んだのだ。
今後、物資の輸送依頼を優先的にやらされるのなら、俺が冒険者でいる理由がなくなってしまう。
「良い案だと思ったんだがなぁ」
「そんな誰にでも思いつくことに俺が気付かないとでも思ったのか?」
「……抜けているように見えて意外と鋭いんだよなぁ、お前」
まったく失礼な話だ。
※悪魔の証明に関してですが、調べてみて自分で解釈してみたのですが、あっているかどうかは不明です。




