第10話 【人類の頂点の一角は人類の頂点の一角(笑)に進化したw】
「ふざけんな! あんなバケモンの相手をさせやがって!」
名前も覚えていないSランク(仮)が去って行った後、俺はおっさんに盛大に苦情を出した。
「仕方ないだろ。俺じゃお前の実力を引き出せそうになかったからな」
「人の手札を無理矢理見ようとすんな」
このおっさん、どうやら俺の実力を測ろうとしたらしいが、その為にあんなバケモンを呼び出すなんて正気じゃない。
「しかし、まさか本当にAランク上位の実力とはな。てっきりハッタリだと思っていたぞ」
「うるせぇよ」
元Bランクのおっさんから色々な技法を吸収出来たことは事実だし、観察と分析で模倣出来るというのも事実だが、俺には最初からAランク上位くらいの実力はあった。
このままじっくりランクを上げてBランクくらいで停滞させようと思っていたのに。
「人の計画を滅茶苦茶にしやがって」
「そいつは悪かったな」
どういうつもりで俺の実力を暴きに来たのか知らないが、これは後々面倒なことになりそうだ。
「詫びって訳じゃないが、お前に1つ提案がある」
「提案?」
「ああ。お前、特殊Aランクって知っているか?」
「なにそれ?」
まだ冒険者になって日の浅い俺に冒険者についての深い知識などあるわけがない。
「特定の条件が揃った時にのみAランクの権限を持つことが出来る、特殊な立場のAランクのことだ」
「へぇ~」
なんか、面倒臭そう。
「こいつは事情があってAランクになれない奴の為の制度で、こいつに登録しておけば特定の場面でAランクの権限を発動させて主導権を握ることが出来るようになる」
「ふぅ~ん。その事情って奴は現在Dランクで、Aランクになる為には時間が掛かり過ぎる、とかか?」
「……そういうのも含まれる」
「まさかとは思うが、俺がそれに頷いて登録するとか思っていないよな?」
「…………」
「俺ならいずれ自力でAランクになれるし、そもそもAランクに対して魅力を感じていない。俺が提案を受ける理由があるか?」
「……そうだな」
おっさんは肩を竦めて嘆息した。
一連の会話から考えて、その特殊Aランクとやらに登録すると特大の不利益が発生するとみていいだろう。
この見た目に反して親切なおっさんが自主的に俺にそんな提案をするとは思えないので……。
「上層部の意向って奴か?」
「そうでなければ貴重なSランクが派遣されてこねぇよ」
やはり上からの指示があったようだ。
「……やっぱり、あれはSランクだったのかよ」
強過ぎるとは思っていたが、やはりSランクだった。
「Sランクが何人いるのか知らないが、俺の力を見る為だけに、よく派遣なんてしたもんだな」
「この近くに用事があったんだと。今回のはそのついでだ」
「用事?」
「内容までは知らん。Sランクの任務なんて人類の危機レベルの仕事だしな」
「人類の危機、ねぇ」
俺はチラリと特定の方向――魔女の森に視線を向けていた。
「Sランクって魔女に対抗出来ると思うか?」
「……詮索は止めておけ」
「だな」
おっさんはそう言うが、目的が先生だというのなら俺にも無関係ではなくなる。
その後、俺は転移魔術を使って魔女の家へと移動した。
「おや、珍しい。そっちで来るなんてなんかあったのかい?」
男に偽装したまま現れた俺に先生は意外そうな顔を向けて来る。
「……どうして、この短期間でこんなに汚せるんだよ」
俺は先生の質問には答えずに再びゴミ屋敷になっていた部屋を眺める。
「なんかインスピレーションがわいてね。新しい調合を試していたら……こうなってた」
「……そっすか」
駄目だ、この魔女……早くなんとかしないと……。
俺は渋々部屋の片付けを始めることになったのだった。
その夜。
「来るとは思っていたが、本当に来たか」
「君は……何故?」
予想はしていたが先生の家に現れたのは例のSランクだった。
「王族に呪いを掛けた魔女がいる」
「…………」
「その調査の為なら貴重なSランクを派遣することも冒険者ギルドの上層部が許可を出すってことだな」
こいつの狙いは最初から先生だった。
俺の力を試したのは本当についでだったわけだ。
「そこをどきたまえ。君が何故ここにいるのかは知らないが、私の仕事の邪魔をするというのなら今度は容赦しない」
「……勘違いだ」
俺は目の前のSランクの言葉をバッサリと切り捨てる。
「例の王族に呪いを掛けたのは先生……《朝露の魔女》ではない」
「……君は魔女の弟子か」
俺の正体を看破したからか、Sランクの目が僅かに見開かれた。
「だが君の言葉は信じるに値しない。私が直接問い質す」
「……本当なら、こんなことをする必要は全くないんだけどな」
「何?」
「先生ならお前如きを撃退するなんて容易だし、言葉遊びで言い負かすことも余裕だろう」
そう。例え世界最高峰の冒険者であるSランクだろうと魔女である先生に勝てる道理などない。
「私では《朝露の魔女》に勝てないとでも?」
「お前が持っている《魔女封じ》では、もう《朝露の魔女》を封じることは出来ないからな」
「なっ……!」
図星だったのか初めてSランクが動揺した顔を見せる。
「驚いた。君は随分と魔女の事情について詳しいんだな」
「当然だろ」
俺は詠唱をしてアイテムボックスを開き、そこから――愛用の黒いローブを引っ張り出した。
それを持ってクルリと1回転して黒いローブを纏い俺は――私になる。
「なん……だと?」
そうして更に自分のアイテムボックスから愛用の黒い三角帽子を取り出して金色の髪の上に乗せた。
「改めまして。私は《安穏の魔女》です。短い付き合いになりますが、どうぞよろしく」
「…………」
偽装を解除した私を見てSランクは絶句していた。
「挨拶も返せないなんて、Sランクの冒険者というのは礼儀も出来ていないんですね」
「くっ!」
「そもそも魔女の弟子が魔女になるのは当然ではありませんか」
「…………」
自分が雰囲気の飲まれていたことに気付いたのか、Sランクは悔しそうに唇を噛みしめる。
「そうそう。ついでに教えてあげますが、例の王族に呪いを掛けたのは私ですよ」
「っ!」
親切に教えてあげたらSランクは再び驚愕に目を見開いた。
「知っているかもしれませんが、王子はカエルに、王はニワトリに変えてあげました。ついでに襲い掛かって来た騎士団長はブタに変えましたが……どうでもいいですね」
「そうか。貴様か」
詳しく説明したらSランクは戦意を取り戻した。
意外に単純だ。
「ならば、貴様を放置するわけにはいかん!」
そう言ってSランクは懐から取り出した紫色の水晶――《魔女封じ》を私に向けて来る。
そうして間髪入れずに私の足元から紫の鎖が私に絡みついて来て……。
「……は?」
私に触れる前に弾け飛んだ。
「ふむふむ。作っておいた《魔女封じ殺し》はちゃんと機能しているみたいですね」
「《魔女封じ》の効果を打ち消す装備だと!」
Sランクは驚いているが、別にこんな物に頼らなくても《魔女封じ》くらいなら自力でレジスト出来たけど、それを教えてやる義理もない。
「やむをえんか」
そうして今度は愛用の大剣を私に向かって構えた。
「そうそう。こうして正面から相手をしてあげる気になったのは、昼間の意趣返しをしてあげようという気になったからですからね」
うん。私が態々先生を護りに来たのは、こいつに昼間の借りを返す為だ。
「舐めるなよ、魔女!」
そうして今度は本気の殺気を撒き散らしながら私に向けて飛び込んで来た。
残念ながら戦闘と言える戦闘にはならなかった。
「人間に偽装して力を封印していた時なら兎も角、魔女本来の力を解放した私に勝てる訳がないでしょう?」
「ぐ、ぐぐぐ……」
Sランクは例の自然過ぎる動作で私に接近を試みようとしたようだが、世界力を認識出来る魔女相手にそんな小細工は通用しない。
今は適当に地面から生やした茨を伸ばして身体を拘束している最中だ。
「人類の頂点と言われるSランクも、所詮はこの程度ですか」
以前の《魔女封じ》が通用していた頃ならSランクでも魔女を討伐することは可能だったのかもしれないが、今となっては無謀と言うしかない。
「さて。どうしましょうかね」
私は頬に手を当てて考える。
確かに意趣返しをすることが目的だったが、こんなに弱いと相手にすることすら馬鹿らしく思える。
「またカエルにでも変えてしまいますかねぇ」
「くっ……殺せ!」
ここで、まさかのクッコロである。
「そういうのは女騎士に言ってもらいたい台詞ですねぇ」
勿論、その時はたっぷりとエロいことをサービスするけど。
「悪辣な魔女め!」
「やれやれ」
度し難いと思う。
魔女の使命は星を――世界を護ることだ。
その魔女を相手に悪辣と言い捨てるとは、本当に自分が正しいと思い込んでいるのだろう。
王族をカエルやニワトリに変えたことは世界の事情は絡んでいない遊び言える所業だったが、そもそも魔女は世界は救うが人類を救う存在ではないのだ。
無駄に絡んで来た馬鹿な人類を適当に粛清するくらいは、魔女の持つ正当な権利と言える。
「まぁ、元から無事に帰す気はなかったですが、そこまで言うなら世界の礎になってもらいましょうか」
こいつに特に恨みがあるわけではないが、自分が正しいと思っているというのなら――封魂結界の中で存分に反省してもらおう。
私は指をパチンと鳴らしてSランクを封魂結界の中に閉じ込めて……。
「あら?」
悲鳴が聞こえて来ないと思ったら……。
「―――っ! ―――っ! ―――っ!」
「あ。デフォルトで防音結界を張っていたんだったわ」
中の音が外に漏れないようにしていたことを思い出す。
ちゃんと中ではSランクが絶叫を上げている姿が確認出来た。
「そぉ~れ」
私は封魂結界を適当に森の中に放り投げて――今回の騒動を終わりにした。
「それで、あれは何だったんだい?」
「人間の頂点と言われるSランク冒険者らしいですよ」
家の中に戻った私に起きて来た――というか徹夜で作業をしていた先生が聞いて来たので適当に答えた。
「なんで、そんな奴がここに来たんだい?」
「私が例の城で王族に呪いを掛けた件の調査に来たそうです」
「ん? それなら、ここに来る必要はないんじゃないかい?」
「人間が私のことなど知っているわけがないじゃないですか。単純に先生の家が一番近かったから調査に来ただけですよ」
「……適当だね」
人間なんてそんなものだ。
無駄に数だけは多いから、あてずっぽうの人海戦術で総当たりの調査をするのが定番となっているのだろう。
今回は貴重なSランクだったが、やっていることは場当たり的な調査だ。
「これからも、こんなことが続くようなら、国ごと星の礎になってもらいましょうかね」
「……あんた、相変わらず怖いことを言うね」
だって個別に対処するなんて面倒なんだもん。
「国1つが生贄になってくれるなら、ギリギリで20%まで届くかもしれませんしね」
「エネルギーは増えないねぇ」
星のエネルギーは相変わらず19%強で留まっている。
20%に届かせる為には冗談抜きで国単位で礎になってもらうしかない。
「私達にとっては世界の維持が最優先で、人類の生活なんて二の次ですからね」
「……そうだね」
先生は私の、この割り切り方にドン引きしているみたいだが、私は人類よりも世界に共感してしまったので完全に優先順位が《 世界 > 人類 》になってしまっているのだ。
これはもう私自身にもどうしようもない。
だって人類に共感出来ないから大事に思えないのだ。
「男に擬態している際に美人の恋人でも出来れば少しは人類に歩み寄れるかと思っていたのですが、私以上の美少女なんている訳ありませんしねぇ」
「……ナルシストうぜぇ」
うん。やっぱり私が超絶美少女過ぎるのが問題なのだ。
「はぁ。美し過ぎるのも困りものですねぇ」
「マジでうぜぇ」
美少女ポーズで溜息を吐いたら先生に白い目で見られたけど。
◇◇◇
「……例のSランクからの連絡が途絶えたらしい」
「えぇ~、それを俺に言うの?」
あの日から数日が経って、冒険者ギルドでおっさんにそんなことを言われた。
「定期連絡で魔女の森に入るという連絡を最後に連絡が付かなくなったそうだ。俺のところにも事情を聞く使者が来たが、そんなの俺に分かる訳ないだろうが」
「そっすね~」
まぁ、そのSランクなら封魂結界に閉じ込めて森の中に放置してあるけどね。
生存だけなら100年は保証するし。
「はぁ。この国でSランクが行方不明とか勘弁してくれ」
「また調査が来るん?」
「……かもしれん」
いくら来たって封魂結界の数が増えるだけで進展なんてしないけどな。
「Sランクって、そんなに数がいるもんなの?」
「Sランクは貴重だが、調査を専門にしている奴ならダース単位で送り込まれて来るだろうな」
「専門の調査員ねぇ」
そんな奴が猛獣のひしめく魔女の森で生き残れるかね。
「魔女の逆鱗に触れなきゃ良いけど」
「……同感だ」
どうやらおっさんも俺と同じ意見らしく、調査には懐疑的のようだ。
「そもそも、確定で魔女がいるって分かっているのに、どうして森を調査しようなんて思う訳?」
「偉い奴ってのは面子を大事にするからな。相手がどんなに恐ろしいのか、なんて考えていないんだろう」
「……迷惑な」
本当。色々な意味で迷惑だよ。
その後、俺が近くの森での依頼を終えて帰ってきたら、おっさんのところに複数の人間が集まっているのを見かけた。
特に用事はなかったのだが、依頼の報告をして報酬を受け取っている間に既にいなくなっており、おっさんが暇そうにしていたので話し掛けてみる。
「さっきのが例の調査員か?」
「……みたいだな」
「あんなのが魔女の森に入って大丈夫なのか?」
調査の専門家だからか全然強そうには見えなかった。
「俺は一応は止めた。だが、国からの命令を携えて使命感たっぷりに行くという奴らを止められん」
「凄い忠誠心だな」
確定で死ぬような森に入るレベルの忠誠心なんか全く理解出来んが。
「馬鹿共が。死に急ぎやがって」
おっさんも生きて帰れるとは思っていないのか嘆いていた。
あの調査員も元は冒険者だったりするのかね。
◇◇◇
数日後に先生のところに戻って確認してみたが、先生のところまで辿り着けた奴は1人も居なかったようだ。
それに、おっさんのところに戻って来た奴もいなかったらしい。
「全滅、か」
「……まだ確定じゃない」
未確認だが既定の時刻までに連絡がない場合は死亡したと判断するというのが規定にある筈だ。
それを分かっていても知り合いの死というのは認めがたいものなのだろう。
「追加の調査員は派遣されるのか?」
「……まだ分からん」
「そう言うってことは中止の連絡は来ていないんだな」
「…………」
俺は別に人類には共感していないし、可哀想だとも思っていないが、無駄に人類が死ぬことを望んでいるわけでもない。
少なくとも静かに嘆いているおっさんの前で無神経な言葉を掛けようとは思えなかった。
やれやれ。
◇◇◇
今日、俺は冒険者ギルドの地下の訓練場に降りて1人で身体を動かす。
人間に擬態した状態の俺ではSランク相手に手も足も出なかったが、得られるものがなかったわけではない。
奴の動きを模倣することは出来なかったが、どういう動きをしていたのかは観察出来たし分析も出来た。
問題は、それを完全に再現することは出来ないという点だが、一時的に真似することくらいは出来る。
目の前にいるのに動いたことを認識することが出来ないという動き。
不完全だが、それを俺なりに同じ効果を出せるように改良してみた。
まぁ、縮地と組み合わせて視線の誘導や死角に潜り込む技法を組み込めば――ギリギリで似たような効果は出せるだろう。
(超高等技能って感じだけどな)
実戦でも使えるかどうかは――試してみないと分からない。
俺が訓練を終えて戻ってくると……。
(またか)
おっさんのところに複数に人間が集まっており、おっさんが苦い顔をして必死に引き留めている姿を見かけた。
やはり調査員と言っても本来は冒険者のようだ。
当然、おっさんとも面識があるということなのだろう。
だが、おっさんの制止も虚しく振り切られて――調査員はギルドの外へと出て行ってしまった。
「馬鹿野郎共が」
おっさんの小さな呟きを耳が捉えたが、聞こえないふりをした。
※ギルドマスター(仮)のおっさんは見た目とは裏腹に普通に親切で善性の人物です。
実は腹黒で裏であくどいことをしている、なんてことはありませんので。念の為。
 




