表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/38

「西階段」(『スクリフェッド』)⑦


          *   *   *


 金縛りにあった事、ありますか?

 関係ない話をしようとしている訳じゃありません。あたしが最初に経験したのは、その夜だったから。

 医学のサイト読みながら書いているけれど、金縛りっていうのは俗称で、本当は睡眠麻痺っていうらしい。眠っている間、大脳を休ませているノンレム睡眠と、体が完全に眠っているのに脳が働いているレム睡眠が繰り返されるのだけれど、レム睡眠中に脳だけがいきなり目覚めると、体はまだ起きていないから動かなくて、金縛りになる。でも、誰かが乗っているような重さとか、人の気配とか、身近な故人の声が聞こえるなんて事もあるから、心霊現象みたいに扱われる。

 これにもまた訳があって、筋肉が動かず意識的な呼吸、深呼吸が出来ない状態でそうなるから、胸に圧迫感があったりする。一応、レム睡眠中だから夢は見っ放しって事らしく、特に恐怖を司る扁桃体が活発に働くから、金縛りに伴って怖い夢を見る事になる。金縛りと擬似心霊体験とでもいうべき随伴症状は、厳密には同時には起こっていない、って事なのかな。

 あたしはそれを調べた上で、今でもあの「ギャーッ!」を聞いた夜に起こった金縛りを、自分の心霊体験だと認識している。だって、あたしが経験した時は、眠ってすらいなかったのだから。

 この世には、目に見えないスイッチがある。

 これは、その時思った馬鹿馬鹿しいメルヘンです。あたしはその夜、そろそろ寝ようって思って、ベッドに仰向けになって、手を伸ばして枕元の電気のスイッチを消した。その途端に、万歳をした格好のまま体が動かなくなったから、間違ったスイッチを押したんだと思った。だから、あたしの体は動かなくなったんだと。

 って、電気消えてるじゃん。間違ってないじゃん。

 笑い事じゃないですよ。スイッチの事はともかく、電気が消えたし、すぐに我に返ったので、そんな馬鹿気た想像は何処かに行ったけど、だからこそあたしは余計に訳が分かんなくなった。

 ふっと、部屋の入口に誰かが立った気配があった。あたしの部屋は四畳半だけど、その正方形を横線で半分で切って、出来た長方形の一つを四等分したくらいの大きさのベッドが壁際にあって、足の方からもう一つの長方形の角っこに線を引いた辺りに入口のドアがある。……図が投稿出来るといいんだけど、とにかくあたしは頭が動かせない状態では、扉を見る事が出来ない訳。だから、本当に誰かが立っていたって確信はないので「気配」って書き方をします。

 あたしは、視線だけを何とか動かしてそちらを見ようとしたけど、見えない。それは、ギリギリで勉強机付属の本棚の陰に隠れてしまっていたから。

 声も出せなかった。ただ、それがあたしからは見えない位置を歩いて、(くるぶし)の辺りに座るのを待つ事しか出来なかった。

 のしっ、とそれは座ると、手を使ってあたしのお腹の方に這い上がってきた。電気を消した事、本当に後悔した。目線だけじゃ、それのシルエットだけしか捉える事は出来なかったから。

 びゅうびゅう、という風のような音が立った。丁度、あの無言電話の息遣いが聞こえてくる前のような音。同時に、いつもの息遣いも。シルエットが頭の部分までが見えると、あたしは今度はぎゅっと目を瞑った。見ちゃ駄目だ、取り返しの付かない事になる。直感的にそう感じた。

 それは、鳩尾(みぞおち)を通って胸の辺りまで上ってきた。肋骨が肺に付くんじゃないか、と思うまで押し込まれて、苦しかった。死ぬのかな、なんて思ったら、少しだけ見ておきたいような気もしたけれど、一回閉じた瞼はもう開かなかった。それのせいなのか、あたしの無意識がそうしていたのか、今でも分からない。

 それが、「美久麗ちゃん」とあたしの名前を読んだ時、何を思っただろう。

 花の匂いを嗅いだ時、あたしはどんな気持ちで、それを受け入れたんだろう。

 がばっ! と身を起こしたら、それこそ脊髄反射みたいなもので、いつから動けるようになっていたのかは不明だけど、胸が軽くなった。一瞬空けて、ドンッ! という音がすぐ隣で響いた。

 電気を点けたら、ベッドの横に黒っぽい染みのようなものが残っていた。西校舎の壁に付いていた血痕にも似ていた。

 その音に反応して、あたしがベッドから落ちて怪我をしたんじゃないか、って思ったらしくて、廊下の向こうの寝室からお母さんが駆けてきた。あたしの名前が呼ばれて扉が開けられた時、あたしはベッドの上に三角座りして泣いていた。ギャーッの時は怖くて泣いたけど、今度は悲しくて泣いた。

 ごめんね。ごめんね。

 そういう事だったんだね。今になって気付いたよ。

 本当にごめん。あたし、誤解してた。あなたを勘違いしていたみたい。

 助けてって、言ってたんだね。あの時言った意味も、今分かったよ。

 ごめんね。でも、見捨てようと思った訳じゃないんだよ。

 ちょっとびっくりしただけ。もう怖いなんて思ってないよ。

 ありがとう。

 最後に会いに来てくれたのが、あたしで。

 でもあたし、まだそっちには行けないの。

 ありがとう。ごめんね。

 ねえ、千歳ちゃん──。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ