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「彼女と先輩」(『スクリフェッド』)⑥


          *   *   *


 翌日の流星祭には、私は顔を出さなかった。

 前日に遅くまで起きていた事で、さすがに人が多すぎる中をもう一度歩く元気はなかったという事と、ユーフォリナが運営のアシスタントをするという事で一緒に回る人が居なかった事、そして何より、ニーカに花火大会の時のような心配を抱かせるといけないという事が主な理由だ。

 別段、残念だとは思わなかった。特に目的もなかったし、街ぐるみの文化祭のようなもので、それ程重要な行事だとも思ってはいなかったから。

 そのような訳で、昨日は部屋で課題を行ったり掃除をしたり、一人なのをいい事にごろごろしたりして過ごし、今日はいつも通り霊薬療法学科の講義に顔を出した。昨日の疲労もあるのか空席が目立ったが、私は午後から研究室の方にも予定を入れていた。

「あーっ、ハーミィ!」

 講堂に入るや否や、研究室のメンバーの一人が声を上げて駆け寄ってきた。(ほとん)ど突進するかのような、棒立ちで魚を待っていた(さぎ)が獲物に喰らい付くような勢いだったので、私は咄嗟に逃げかけた。

「アガサさん……?」

「さんを付けるな、さんを。学校では上も下もないんだから」

 風紀委員のイメージにありがちな制服のセーターや、スカートのチェック柄などを赤色で統一した彼女、五摂家の一つイーベル家の長女であるアガサは、詰問する先生の如く両腕を胸の下で組み、じろりと下から私を見てきた。

「……アガサ。私が、何か……?」

「正確にはハーミィじゃない。あんたと部屋の同じ、あの黒髪の……」

「ユーフォリナ?」

「そう、その子。……あんたたち、私もクリード様の交際の自由を否定するつもりはないんだけど、ちょっと見ていてハラハラするんだよね。何だか、あんたとあのニーカって子と、ユーフォリナが。彼の純潔を奪ってしまいそうな気がしてさ」

 アガサは、イーベル家としてヴィンセンシア家と社交界での繋がりがあるらしく、エアルサミアへの入学当初からずっと先輩の事を「クリード様」と呼ぶ。先輩と幼馴染とは羨ましい、と他者からは思われがちだが、彼女自身は自分が先輩に届く環境だからこそ、上流階級での派閥闘争や折衝など、殺伐とした空気を知っているようだ。むしろ彼女にとっては、何も知らず学園内で先輩と普通に絡む事の出来る私たちの立場の方が魅力的なのかもしれない。

 が、さすがにいきなりにべもない言い方をされたらびっくりする。

「待ってよ、ユーフォリナが何かしたの?」

「昨日の流星祭、私も運営委員の手伝いで学園ブースに居たんだけどさ。ユーフォリナがクリード様と、何か真剣に話していたんだよね。ブースの他の担当者が皆、後半の展示とか出店の整理とかでその場から居なくなっていたタイミングでだよ。私は忘れ物を取りに戻って、現場をたまたま見たんだけどさ」

「話してたって、何を?」

「分かんない。でも、クリード様は一応ニーカと付き合っているんでしょ? 二人きりのタイミングで、何か大事そうに話されたら気になるじゃん」

「はあ……」

 アガサの事なので仕方ないのかもしれないが、男女が少し二人で話していただけで想像を()()()()()()に繋げるのは、(いささ)か小学生的な発想すぎないだろうか。私は呆れたが、彼女は大真面目だ。

「ハーミィたちが幾ら仲が良くても分割出来ないものはある訳で、それは彼の評判にも繋がる。心配なんだ、私。ニーカとクリード様が付き合い始めた途端に、何だかハーミィとユーフォリナまで彼との距離が近くなったみたいでさ」

「分かった、分かったから」

 私は、半ば疲労を覚えながら言った。

「ユーフォリナから聞いてみる。でも、アガサがクリード先輩を私たち以上に知っているように、私もユーフォリナの事をあなた以上に知っているの。誓って、彼女は誰かの恋人に手を出すような女じゃないからね」

 しかも、何もしていない私まで邪推の巻き添えにされては困る。私のささやかな反撃に、アガサはぴくりと片眉を上げたが、

「じゃあ、何か分かったら宜しくね」

 と念を押して席に戻って行った。


          *   *   *


「ないないない、絶対にないから、そんな事」

 夜、部屋で私からアガサの懸念を聴いたユーフォリナは、「ほんとお嬢様というか、子供なのか大人なのか」と笑い転げた。

「取れるものなら取っちゃいたいくらいよ。でも、それは私の自己満足で、ニーカと先輩の幸せを壊す事になるもんね。出来る訳ないでしょ、そんなの」

「それなら教えてよ、ユーフォリナ。私だってあらぬ疑いを掛けられたら、嫌なんだから」

 私も馬鹿馬鹿しいとは思ったが、アガサは本気のようだし、私の沽券にも関わる事なのだから一応本気の質問だ。少々口を尖らせて尋ねると、ユーフォリナは「ごめんごめん」と言ってから真面目な声に戻った。

「一昨日、ちゃんとニーカを納得させられたか心配だったからさ。それにクリード先輩も、大分意味深な事言ってきたし。積もった不安っていうのは、一発で解消出来るものじゃないからね。ニーカが、私やハーミィの居ない所で、私たちの友情について危ぶむような事を言っていなかったか、って先輩に聞いたの。そこまでする必要はないとは思うんだけど、やっぱりニーカは繊細だからね。気にするなって言われても無理だよ、私も」

 ユーフォリナの言葉は静かでありながら、何か懐かしいものに触れた時のような、安らぎと切なさが同居したような息を帯びていた。

「ユーフォリナも、やっぱり何か残っていたものがあったんだ?」

「カフェでの一件は、確かに私の不用意な一言が引き金にはなったけど、ニーカとクリード先輩の交際で、私たちの間に何か変化が起こっているのは事実でしょう? 気を遣うのがニーカに悪いなら、気を遣わないで欲しいって事がそもそもニーカの本心なのか、ちゃんと確認しておかないとね」

「その為にわざわざ……?」

 私は、想像の根拠のなさというものをしみじみと実感する。アガサは、少し先輩の周辺を色眼鏡で見すぎているのかもしれない。

「前にも言ったけど、ニーカが付き合っている以上私は先輩に何かする訳にもいかないんだから、今は恋よりあんたたちとの事の方が大事なの」

 ニーカもユーフォリナも、私たち三人の関係を壊さないように気に掛け合っているのだな、という事には安心した。壊さないようにしているという事実は、皆が自分たちの友情を大切なものだと考えている証だからだ。

 その一方で、それなら何故、このような心理戦のような事をしているのだろう、という一抹の不安はあった。

 何故、自分たちが腹を割って話せるような空気がなくなってしまったのだろう、という。


          *   *   *


 流星祭の後、(しば)らくは私たち三人が一緒に遊べる日はなかった。

 ユーフォリナは、前期の単位に繋がる資格取得の為の勉強が忙しくなったと言い、彼女の所属するゼミ室に泊まり込むようになった。彼女曰く、流星祭運営委員への参加を始め、学業よりも様々な事に神経を使いすぎた、のだそうだ。このままでは年度終わりに留年してしまう、と呟いていた。

 私は、ユーフォリナ程の生徒が留年するなら他に誰が進級出来るんだ、と思ったが、彼女はあまりそのような言い方が好きではないようなので本人には言わなかった。ユーフォリナは、学校の勉強には頭の良さは関係ない、努力するかしないかであり、評価されるべきは努力であって欲しい、試験でいい成績を収め続けているからといってそれを「頭の良さ」として評価して欲しくはない、という思想を持っていた。

「ちょっと寂しくなるなあ、ハーミィと寝れないの」

 校内に移動するだけなので、参考書や洗面用具や下着などのみを持って部屋を出る際、ユーフォリナは悪戯(いたずら)っぽく口にした。

「そういう事言うと、変な誤解されちゃうよ」

「だってハーミィ、あったかいんだもん」

「まだ夏なんだから、私が居なくても大丈夫でしょ」

 言いながらも、私もユーフォリナと部屋で自炊したり一緒に寝たりするのが好きだったので、その夜から(しば)らくの間部屋を私一人で使うのだと思うと、当たり前の風景から何かが欠けたような、少し寂しい感じはした。

 寂しいと言いながらも、ユーフォリナは移動後HMEの電源まで切っているらしく、連絡が取れなくなった。それも気掛かりではあったが、一週間も生活するうち、当たり前のように段々慣れてきた。

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