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「彼女と先輩」(『スクリフェッド』)②


          *   *   *


「ねえ、ハーミィ。私と、カンパニュラ国立公園の花火大会に来てくれないかな?」

 夏も中旬に差し掛かったある日、学食で一緒になったユーフォリナが私に言った。

「もう、そんな季節だっけ」

「学科の男の子たちから、三人くらい同時に申し込まれちゃって」

 さらりと言われ、私は口に運んでいた紫蘇パスタを気管に流し込みそうになった。だがすぐに、さもありなん、と考え直す。

 ニーカとクリード先輩の交際は、私やユーフォリナの異性関係にも少なからぬ影響を及ぼしていたようだった。

 花火大会。これは、ルムートの主催する「流星祭」の前夜祭として開催される、エアルサミアとその周辺の一大イベントだった。

 流星祭はリバーシアの有史以来脈々と受け継がれてきた祭りで、世界に魔科学技術をもたらしたと言われる神々を祀り、舞を奉納し、大地を寿(ことほ)ぐのがその性格だったというが、現在ではその習わしは形骸化し、屋台や出店、家族や友人や恋人と特別な時間を過ごす事が参加者たちの主な目的となってきている。雰囲気のみであれば、前夜祭の花火大会の方が重んじられている節まである。

 長年まことしやかに囁かれている噂によると、花火には特別な魔法が掛けられている。好きな人と一緒に花火の下を訪れ、恋愛の成就を祈ると叶う。もしくは、その関係が永久不滅のものとなる。

 誰もが一度は耳にした事のある話だ。だからこそ、この花火大会に異性を誘うという行為自体が大きな意味を持つ。

 ユーフォリナを意中に思う男子生徒は多かったのだ。ただ、彼らは美術サークルの女子生徒を発信源に、彼女が(私もだが)クリード先輩を恋い慕っている事を知っていた。相手がクリード先輩だからこそ、彼らは息を潜めていた。

 ニーカたちの事は、女子生徒には大きな打撃を与えただろう。だが、男子生徒たちにとってこれは、クリード先輩が居たからこそ叶わなかった自分たちの恋の再燃のきっかけになり得る出来事だったようだ。

「彼らが本気だって事は分かるよ。そうじゃなきゃ、私にばっかりこんなにお誘いが来るはずがないもの」

 ユーフォリナは平然と言った。だがそれは、彼女が美人で、お高く留まっているからという訳ではない。

「でもね、だったらやっぱり、私は誰にも応えられない。学生時代の恋愛をそこまで重く考えるなって言われるかもしれないけど、じゃあ恋愛って、別れを前提にするものなの? って思っちゃう。人を好きになるのって、頭で考えるんじゃなくて、心が惹かれるって事だと思うの。恋の成就は、そのたまたまが男女で一致して起こる事なんだと思う。四十億×四十億、分の一の確率だよ? これって、凄い神秘だと思うんだよね」

 いつにも増して饒舌なユーフォリナに、私は「はあ……」と少々押され気味に答えるしかない。

「よくこの手のイベントになると、即席の恋人を作ろうと躍起になる人が居るじゃん? 私、そういう妥協は許せない。色欲と所有欲と優越感が裏付けになるような事は。少なくとも、私はそういう(たぐい)の女だと思われたくない。だけど、先輩にはニーカが居るでしょ? だから、今は私の意志表示がしたい。ハーミィと一緒に、花火大会に行ってね」

「私たちが、同性愛だと思わせる作戦?」

「何言ってるの。去年までは、私とハーミィとニーカで普通に見に行っていたじゃない。今年はニーカはクリード先輩と行くと思うから、ただ二人で行こうってだけよ。……今ユーフォリナが大事にするものは、恋愛より友情なんだ、って男の子たちに理解して貰う作戦」

 彼女に言われ、私は思いがけない勘違いをした事に頰が熱くなった。一方で、それはまあそうだよな、と思う。

 ユーフォリナは、美術サークルで先輩に想いを寄せていた時もだが、恋心を露骨に見せたりはしない。中学校時代クラスが変わった時も、進学した時も、同級生や先輩たちに対して、誰が格好良いと思うか、という話などにも一切加わらない。だから、一見恋愛に興味がないのか、と思われかねない事がある。

 だが、彼女はその実誰よりも恋愛を真剣に考えている。独自の恋愛哲学を確立している。だからこそ、気安く行動しないだけなのだ。

「本当だったら、出所不明の噂を引き摺って、何でもかんでもこの手の行事をリア充の独壇場にする悪しき風習をこそ一掃すべきなんだろうけどね。だって、中学校の頃は楽しかったじゃない、私たち。こういう事、深く考えなくても夜の外出はドキドキしたし、花火は綺麗だった。ハーミィやニーカの浴衣も可愛かったし……」

 ユーフォリナは、私に顔をずいっと近づけてきた。

「今年も浴衣着て来てよ。実は楽しみだったんだから」

「あ……あんまり言いすぎると、本当に同性愛だと思われるよ」

 気恥ずかしくなり、照れ隠しに早口で言うと、

「……ハーミィの馬鹿」

 彼女も赤くなって、頰を栗鼠(りす)のように膨らませた。


          *   *   *


「ユーフィちゃんって、男の子のタイプとかってないの?」

 中学校時代、三人で私の家で遊んだ時、ニーカがユーフォリナにこう尋ねた事がある。

 確かその頃、学年内で不純異性交遊があり、女子の方が「リードベルテ症候群」という疾患に罹患し、関係者が懲戒処分を受けたという噂が学校中で囁かれていた。ユーフォリナ曰く、心も一端(いっぱし)に出来上がっていないのにそういう知識だけ大人と同程度に持つようになるから始末が悪いのだ、との事で、私とニーカは「あなたも中学生でしょ」と突っ込みながらも、彼女の超然とした空気に普通の中学生とは一線を画したものを感じた。

 ユーフォリナはニーカの質問に対し、少し考えてからこう答えた。

「男らしい男っていうよりかは少しふわっとしたところがあって、喋ってみると頭の良さを感じるような人。でも、時々天然な部分をちらっと覗かせるような愛嬌があるといいな」

「あったんだ、タイプ……」

「でも、いざ本当に好きになる人が居たら、そんな指標なんか忘れちゃうかもね。理由が説明出来ないのが恋なんでしょ?」

「でも、優しいから好き、とか、格好良いから好き、とかあるよね?」

「好きになったからこそ、その人の全部が魅力的に思えるんだよ。『格好良いから好き』じゃなくて、『好きだから格好良く見える』んだと思う」

 ユーフォリナとは、以前からそういう女の子なのだった。

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