パルムさんに訪れた救いの時です
「パルム君、ピノ君、一区切りしたら私の部屋まで来てくれ。連絡事項がある」
ピノが戻った事でようやく落ち着きを取り戻した受付カウンター。
もう間もなく人の波が途切れるであろうタイミングで、ブラックはカウンター業務を行っている受付嬢ふたりにそう呼び掛けた。
「連絡事項? ずいぶん急ね。一体何だろう」
「もしかして、突然消える受付嬢への戦力外通告とかじゃない?」
「どうしよう、否定するための材料が欠片もない・・・」
それから間もなくして受付カウンターから冒険者の姿は消え、受付業務は終了した。
片付けを終え、ギルドマスターの執務室に訪れたふたり。
「失礼します。受付業務が終了しました」
「うむ、急に呼び出してすまない。先ほど本部から連絡があった案件なのだが、君達ふたりには今すぐ伝えておかなければならない事なのでな。」
そう前置きしてブラックは話し始めた。
「実はな、明日からこのギルドに新卒職員が新人研修に来る事になったのだ」
「そうか、もうそんな時期なんですね」
思わずと言った様子で呟いたパルム。
その呟きにブラックは返事を返し、そして話を続ける。
「そうだ。本部での様々な基礎研修、そして実地での冒険者体験研修を終えて、いよいよ最後の研修となる実地業務研修が開始される。その研修で、こちらには2名の窓口担当が来る事となった」
窓口担当とは、いわゆる受付嬢の事である。
「1名ではなく2名の窓口担当が同時にですか。それは珍しいですね」
「うむ。実は以前から本部に窓口担当の増員を申請していてな、ようやくそれが通ったのだ。その2名は研修を終えたらそのままこのギルドに正式配属となる予定だ」
「ああ、これでやっと・・・」
心底安堵するパルム。その様子にブラックとピノは揃って申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ああ。本部からの依頼などで私とピノ君が留守になる事が続いて、パルム君にはかなりの負担を強いる事となってしまっていたからな。これまで苦労を掛けてすまなかった。今後は窓口を3名体制とし、勤務時間の短縮と休日のローテーションの改善を行う。また急遽1名抜ける事になった場合でも、残る2名で業務を回せるようになるはずだ」
「よかった・・・ようやく以前の状態に戻るんですね」
「ああ。ここ暫く、特に魔法の鞄の貸し出しを開始してからは、貸し出し関連業務と持ち帰り素材の増加が窓口業務を圧迫していたからな。解体班の増員を優先したため窓口が後手に回ってしまった。すまなかったと思っている」
そしてその状態の中で度々ピノが呼び出される為、パルムに掛かる負担は非常に大きかった。それも日中の時間帯だけであれば問題はなかったのだが、時には夕方まで掛かってしまう場合もあり、その場合は臨時で他の職員が窓口を担当するなどで対応してきた。
しかし当然の事ながら、窓口業務に不慣れな彼らは基本的な業務しか行えず、ややこしい話などはどうしてもパルム頼りとなってしまっているのだ。
そして今日は突然のピノの離脱。これはもう完全に私的理由による業務放棄である。いくらカルアの命が掛かっていたとしても。
カルアを助けて戻ってきたピノはパルムに平謝りしたが、そんなピノを笑顔で許したパルム。
むしろ「帰ってきてくれてありがとう」とまで言ったのである。その目に薄っすらと涙を浮かべて。
「それで、明日から研修に来る2名というのは双子の姉妹でな、名を『パピ』と『ピコ』という。本部の話ではふたりとも即戦力級だそうだ」
「研修直後で即戦力ですか。それはまたかなり優秀ですね」
「ああ。聞いた話によると彼女たちは在学中、長期休暇の度に地元で冒険者ギルドの業務手伝いを行っていたそうだ。臨時見習い制度を利用してな」
冒険者クラスであれば長期休暇では冒険者としての活動を行うのが一般的であるが、希望すれば臨時見習いとしてギルドで働く事も出来る。
「何でも彼女らの母親と姉が地元のギルドの名物受付嬢で、その影響で彼女らも小さい頃から受付嬢を志望していたとの事だ」
「それはまた・・・受付嬢一家かぁ・・・」
「そしてその子達は受付嬢のサラブレッドという訳ね・・・」
「うむ。そういう事情もあり、ヒトツメ固有の状況や業務の説明が済めばそのまま業務を始められるとの事だ。なので、初日となる明日は君達ふたりとも来てもらうが、その翌日からは交代で未取得の休みを取得するように」
「「はい」」
「あと、ピノ君にはまた本部から業務指示が来ている。学校からの依頼で冒険者クラスのパーティの短期特別指導だ。いいな?」
「分かりました」
「では話は以上だ。明日から頼むぞ」
「「はい」」
そして翌日。
「本日よりこちらでお世話になりますパピです」
「本日よりこちらでお世話になりますピコです」
「「どうぞよろしくお願いします」」
冒険者体験研修によるものだろうか。どちらも小麦色に焼けた肌が眩しい、そして瓜二つな容姿のふたりである。
彼女たちを簡単に見分けられる大きな特徴は、その髪型。
「姉のパピが左テール、妹のピコが右テールと覚えてください。私達姉妹はこのテールで繋がって生まれてきた、という設定です」
「「いや設定って・・・」」
「すみません、今のは姉のちょっとした双子ジョークです。テールをパキっと折ってふたりに分かれた、なんて事実は無かったらいいなあって思います。これは周りの人たちが見分け易くするのを目的にやってるだけ、そうご認識ください」
「「はあ・・・」」
こうしてこの2名の新人受付嬢によりヒトツメギルド窓口の混雑状況は改善され、某ガラス工房長から「この嬢ちゃん達の職場って実はうちよりブラックなんじゃ・・・いやうちはもうホワイトじゃよ?」などと突っ込まれる未来は回避されたのである。
そしてギルド名物となりつつあったパルムの悲鳴もまた・・・
「さて、晩ご飯もすんだし今日はこれで解散。明日はギルドに行くから今日はゆっくりと休みなさい。身体を休めてコンディションを整えるのだって冒険のうちなんだから、今から出掛けようなんて考えちゃだめよ?」
「「「「「はいっ!」」」」」
うん、今日はゆっくり寝よう。
いろいろあり過ぎて、もう疲れたよ・・・
そして朝!
「おはようアーシュ!」
部屋を出ると、ちょうどアーシュも隣の部屋から出てきた。
「・・・・・・おはよ・・・ぁふ」
あれ? もの凄く眠そう。アーシュってこんな朝弱かったっけ?
「どうしたのアーシュ? 今日は何だかすっごく疲れてない?」
「ええ。朝からセカンに起こされてね。『おはよう姉さま、今朝もいいお天気ですね! あ、ダンジョンの中は外と同じ時間と同じ天気に揃えたんですよ。だからこっちも今は日の出の時間です! 今日は今から可愛いウルフちゃんと一緒に森のお散歩するんですよー』なんて・・・知らないわよっ!!」
はは・・・大変そう
「それで話が終わったかと思ってそのまま寝ようとしたら、『そうだ、昨日あれから仔犬タイプのウルフちゃんも作っちゃったんですよ。ちっちゃくってふわふわでモコモコなのがよちよちしてて・・・あの戦闘力皆無って感じがサイッコーですよね!』なんて言い出すのよ? 頭の中でモコモコもふもふしまくってくる仔犬たちに身悶えてたら、完全に目が覚めちゃったわよ!」
ああ、それってすっごく可愛いかも! 今度見せてもらいに行こうかな。
「そうしたらあの子、次は何て言ったと思う? 『あとちっちゃなラビットとかもすっごいふわふわで・・・あ、知ってます? ボアの仔ってシマシマなんですよ? これもまたコロコロとした感じで可愛くって・・・次は仔ディアとかにも挑戦してみようかな』だって! もう早朝から赤ちゃんテロって・・・やっぱりダンジョンは人類の敵よ!!」
「それは・・・なんて言うか、大変だったね」
「本当よ! だからね、今度直接行ってあいつに文句言ってやるつもりよ! それでついでにその仔達もじっくりと見て触れ合ってくるわ。次はそんな攻撃で心を乱さないように慣れてくるの。私はテロには屈さない!!」
「うん、その意気だよアーシュ。頑張ってね」
「何他人事みたいに言ってんのよカルア。あんたも一緒に行くのよ?」
「え? いつそうなったの?」
「だってあたしまだ転移とか出来ないじゃない。あんたが連れてってくれなきゃどうやって行くっていうのよ」
ああそうか、言われてみれば・・・ってあれ? 何か変じゃない?
「でもすぐに行くと何だかあの子に負けた気がするから、行くのは少し経ってからよ。いいわね?」
ははは、僕の転移で行く事はもう確定事項だったみたい・・・
ってあれ? 何だかアーシュ嬉しそう? 怒ってたんじゃなかった?
「みんな準備いいわね? 部屋に忘れ物とかない? 昨日言った通り、ギルドへの報告が終わったらそのまま王都に戻るからね」
大丈夫、だって荷物は全部ボックスに入れたままだし。
「うん、大丈夫そうね。じゃあ行きましょう」
宿を出た僕達は朝の澄んだ空気の中フタツメの街を歩き、そしてギルドに到着。
中に入っても今度はもう誰かに絡まれるなんて事はなく、むしろ冒険者の人達とかが手をあげて挨拶してくれてる。
「セカンケイブダンジョンについて大事な報告があります。ギルドマスターに取り次いでくれる?」
クーラ先生にそう言われて動き出す受付の人。
「生徒さん無事だったんですね、よかった。少々お待ちください」
そんな声を残して。
そして僕たちはギルドマスターの執務室へ。
へえ、ここにも地図とジオラマが置いてあるんだ。これってもしかしてギルドマスター用の標準設備なのかな?
「久しぶりねジャンボ。元気にしてた?」
「まあな。ギルドマスターの仕事ってやつにもようやく慣れてきたところだ。クーラの方こそどうだ? 俺のギルドマスターよりむしろお前が先生やってるってほうが驚きなんだが」
「まあ楽しくやってるわよ。それで今日来たのは──」
「ああ、セカンケイブについて話があるって事だったな。だがその前にひとついいか? この間の嵐の一件を先に済ませておきたいんだ」
ああ、そう言えば指名依頼と謝礼がってノルトのお父さんが言ってたっけ。
「そうね、先に簡単な方から済ませちゃいましょうか」
「ああ。まずお前とお前の生徒達には礼を言わなきゃならん。あの農園が壊滅したらこの街の食糧が大変な事になっていたからな。本当に助かった。ありがとう!」
そう言って僕達に頭を下げるギルドマスター。
そんな大きな体で頭を下げられると、逆に申し訳なく感じちゃうって言うか・・・
「ええ。気にしないで・・・っていっても、あれについては私は完全にノータッチ。全部この子達がやった事だからね」
「ああ、その辺りも全部農園主から話を聞いた。しかしあの農園の敷地全てを囲う結界とは・・・とんでもない新人だな」
「まあね。うちにはギルド本部のモリス室長の一番弟子がいるから」
「なるほど。インフラ技術室長のお墨付きって事か。だったらそれも納得できるな」
「そういう事」
「それでは事務手続きを始めよう。まずこれが農園からの依頼金だ」
そう言って革袋をドンとテーブルに置くギルドマスター。
「次にこっちだ。これはこのフタツメの街からの謝礼金。代官の挨拶は断っておいたが、それで良かったんだろう?」
そう言いながらもうひとつの革袋をドドンと。
「ええ、助かったわ」
「これについては以上だ。あまり詮索するなと『上』から指示も来ている事だしな」
「やっぱり手が回ってたのね。そんな事だろうとは思ってたけど」
「そういう事だ。ではダンジョンについての話ってのを聞かせてくれ」
そしてクーラ先生から今回の一件を説明。
「なんと・・・ボスによる強制転移、そして『真なる最下層』だと?」
「ええ。ただまあそれはもういいのよ。その後にダンジョンの構成が変わって、もうそれは無くなっちゃったから」
「構成が変わった? それは一体どういう意味だ?」
次はゴブリンのダンジョンが森のダンジョンに変化した事を説明。
「何だと!? そんな事があり得るのか!?」
「信じられないのも無理は無いわ。だけど事実よ。まあこの後ででも実際に見て確認してちょうだい。どういう経緯で変化したかっていうのは今ここでは言えないけどね。これは本部に直接報告する案件になりそうだから」
「まあ、そうだろうな。俺も聞かずに済むのならそうしたいし、むしろ話さないでもらってよかった」
「それで、ここからが直接この街の今後に影響するところよ。まずはその森だけど、かなり凄い事になってるわ。普通の森と同じように薬草や香草が生えて、たくさんの森の魔物が生息している。しかもダンジョンだから、これらは取ってもすぐ元にに戻る。つまり森の資源が安定して入手出来るようになったって事よ」
「それは・・・なんと・・・」
「しかもそこに生えている木がね。カルア、例の板を一枚出してくれる?」
はい、真なる最下層の床板ですね。
「こんな良質な板が作れるような真っ直ぐに伸びた木もあるの。どう? これって街の特産品として打って付けだと思わない?」
ギルドマスターは板を手に取り、
「これは・・・確かに質が高そうだ。後で商工ギルドとも話してみよう。この板、もらっていいか?」
「ええ、いいわよ。・・・そんな訳だから、多分これからこのフタツメの街は大変な事になるわよ。不人気ダンジョンを抱える寂れた街だなんて誰も言わなくなる。依頼の量ももの凄い事になるだろうから、冒険者の数も今のままじゃ全然足りなくなるでしょうね。『ギルドマスターの仕事に慣れた』なんて感想は、もう言ってられないわよ?」
「ああ・・・そうだな。これは本当に大変な事になりそうだ。まったく、英雄カバチョッチョが立ち寄った街かよ!って感じだぜ」
「これも全部この子達がした事よ。謝礼が出るようなら、王都のギルドに『オーディナリーダ』の口座を問い合わせて、そこに振り込んでおいて」
「分かった。そのように処理しておこう。おそらく後日正式な謝礼があるはずだ」
これで僕達がフタツメの街で、そしてセカンケイブダンジョンでやらなきゃならない事は全部終わり。
さあ、あとは王都に帰るだけだ。
「あ、馬車ってまだ迎えに来ないんだよね?」
「そうね。まあ転移で帰ればいいんじゃない?」
「あれ? 冒険者らしさは?」
「もう十分満喫したわ。テンプレにフラグ、それに嵐から農園を守ってダンジョンの秘密にも迫って、冒険も戦闘もいっぱいやったし、今更馬車での移動なんかにこだわっても、ねえ」
「あはははは、確かにそうかも」
と言う事で街を出て、目立たない場所から王都の転移スポットへ転移っと。
転移にここを使うのって、何だか久しぶりじゃない?
最近は部屋とかベルベルさんのお店に直接転移してたからなあ。
「じゃあお昼を食べてから学校に行くわよ。冒険者ギルドへは私とラーバル校長で報告に行くから、あなたたちはそこで解散よ」
そっか、そっちの報告もみんなで行くのかと思ってた。
「明日はお休み。明後日からのセントラルダンジョン探索に備えてゆっくり休みなさい。セントラルダンジョンを2日間探索して校外授業は全て終了よ。探索の次の日は日曜日だからゆっくり体を休めること。という事で、明後日はいつもの時間にここに集合。いいわね?」
「「「「「はいっ!」」」」」
そして解散。
みんな手を振ってそれぞれ帰って行った。
さてと・・・
今日の午後と明日、やる事がなくなっちゃったから・・・
ピノさんのところに行ってみようかなっ!
王立学校、校長室。
「校長、ただいま戻りました」
「ああクーラ君、お疲れさまでした。カルア君のスキルは無事に進化出来たようですね」
「ええ、そちらは問題なく。それ以外で途轍もない事が起きましたけど」
「えっ!?」
「その件でこれからギルド本部に報告に行きますので、校長もご同行をお願いできますか。現地でモリスさんとマリアベル氏が合流する予定です」
それを聞いてラーバルは顔色をなくした。
「ああ、これは本当に大変な事が起きたって事か・・・」
ギルド本部で受付を済ませたふたりが連れていかれたのは、ギルド本部の幹部用会議室だった。
そこでふたりを待っていたのは、モリスとマリアベル、そして・・・
「いよぉクーラ、元気そうじゃあねえか。どうだ学校の先生ってやつは? 楽しんでやってるか? こんな冒険ってのも・・・なかなかいいもんだろう?」
冒険者ギルドすべてを統括するグランドマスターであり、クーラの師匠そして直属の上司でもあるこの男の名は、スパカップ。
そう、かの英雄カバチョッチョのモデルとなった男である。