地域密着型シンセカンケイブです
「まさかゴブリンちゃんが冒険者から人気が無かったなんて・・・こんなに可愛いのに」
現在、何故このダンジョンに冒険者が来ないのか精霊さんに説明中。
「あのねぇ、冒険者っていうのは仕事でやってんのよ? 素材として利用できない魔物に人気が出る訳ないに決まってるじゃない! っていうかゴブリンが可愛いってどういう感性よ!」
アーシュはまだ怒りが完全には収まってないみたい。
このダンジョンの精霊「セカンケイブ」のせいで死にそうになったばかりなんだから、それも当たり前だよ。
いくらルピノスさんにカッコよく助けられたとはいってもね。
「ええー? だってあの子達って何でも言う事聞くし、少ない魔力でポンポン生まれてくれるし、ちょっと顔とか見た目はアレだけど、目の焦点合わさずに遠くから見てると何となく可愛い感じに見えなくもないかもしれないし。それにほら、何たってゴブリンって緑じゃない。緑いいわよね、緑! 私、緑色って大好きなのよ!」
あれ? 何だか急にゴブリンが可哀想になってきたかも。
「あんたねえ! 理由の半分以上は利用価値からじゃない! まああの顔が可愛いとか言い出さなかったのは安心したけど・・・ていうか色なの!? 緑色してるってのが一番の理由なわけ!?」
「それはそうよ。私だって暗くてジメジメした場所よりも緑に囲まれた場所の方が気持ちがいいもの。でも私ってダンジョンの管理しなきゃだから、ここから出られないし・・・あーあ、ダンジョン作る場所を探してたあの頃はよかったなあ。森とか川辺とか草原とか歩き回ってさ・・・はあ、私、何で泉の精霊とかに生まれてこなかったんだろう・・・あれ? 何だか急に目から魔力が・・・水みたいに・・・この水で泉の精霊にジョブチェンジ?」
「しないわよっ! ほらもう、元気出しなさいよ。このハンカチで涙を拭いて!」
「ううう、ありがとう・・・」
「大体ね、ダンジョンだからって暗くてジメジメさせなきゃいけないとか、そんな決まりかなんかあるの」
「えええ? 決まりなんてないよお・・・でもほら、やっぱイメージって大事じゃない? ダンジョンらしさが無いとお客さんがガッカリしちゃうっていうか」
「そういうのはお客さんを呼べるようになってから言いなさいよ!」
「ううう、それを言われると・・・」
アーシュってば怒ってたはずなのに、いつの間にか宥めたり相談に乗ってあげたり。
何だかんだで面倒見がいいなあ・・・
「まったくもう・・・イメージなんて気にしないで、森が好きならダンジョンの中に森を作ればいいじゃない!」
「ええっ!? 木なんて作ったことないよお」
「最下層で散々木を使ってたわよね? あの木はどうしたのよ。あんたが作ったんでしょ?」
「あ、言われてみれば・・・」
「木の板を作れるんなら生きた木だって作れるって事でしょ?」
「あれ? そうかな? そうなのかな?」
「作れるのっ!! あんたなら作れる! 想像してみなさいよ。入口の扉をくぐったら、そこは日の光が降り注ぐ明るく開けた場所で、草は風になびいて川のせせらぎの音が聞こえるの。そしてその奥には森があって、ゴブリンじゃなくフォレストボアやフォレストブル、それにラビットとかの森の魔物たちが住む、そんなセカンケイブダンジョンをっ!!」
「なっ・・・それってなんて理想郷・・・」
「セカンケイブは森のダンジョン! 明るく爽やかな、自然あふれる緑のダンジョン!」
「すっ・・・素敵すぎる!」
「あの最下層の建物に使ってた木の板、あれだって中々のものだったわ。あたしが見てもそう思ったし、それになんてったってうちのノルトが欲しがったくらいなんだから。あれを生やせば素材としても人気が出るんじゃない? ノルト、そのあたりどう思う?」
「うん、いいと思うよ。まっすぐで引き締まった質の良い板だったからね。欲しがる人は多いんじゃないかな」
「あの・・・でもお客さんはやっぱり本当の森に行きたがるじゃあ・・・」
「それは大丈夫じゃないかな。この辺りは草原ばっかりで大きな森とかは無いから。だからここには競合相手がいない。ふっふっふ、独占状態っていうのは・・・美味しいよ? 多少単価が上がってもお客さんは離れないし、色々とコントロールもしやすいからね。ここが森になれば、もう勝算しかないんじゃないかな」
「おおおー、希望が・・・希望が見えて・・・」
「うちの野菜とここで採れる肉。それに安定した環境を用意すれば薬草や香草だっていけるんじゃないかな。ふふふ、フタツメに食の革命が起きるよ! そうすればここは、フタツメの街にとって無くてはならないダンジョンとなる。地域密着型大人気アト――ダンジョンの誕生だ!!」
「おおおおおお!! 見えた! 完全に見えた!! これこそ勝利の方程式!! ドラゴンの尻尾はまだ見えますっ!! 目指せV字回復よっ!!」
言葉の意味は良く分からないけど、とにかくすごい自信だ。
これってセカンケイブの精霊のやる気がスイッチオンって事?
「よし、じゃあ早速・・・ってあれ? 魔力が足りない!? どうしよう・・・ん? 今これ結界が外れてるよね・・・だったら! よし、『真なる最下層』の空間を隠しモードから通常モードに移行、通常ダンジョンに統合し第7以下の連続する階層として設定、この部屋はそのまま最下層に移動!!」
あれ? 今一瞬なんだかふわっと?
「ここなら『根幹の魔力』が効率よくコアに・・・よおっし! 来た来た来たぁーーーっ!!」
ダンジョンコアが白く輝きだして・・・
「よおっし、魔力十分!! じゃあ第1階層から第9階層までをひとつの階層に統合、天井には仮想の空と太陽を設置、内壁は全撤去。大・地・改・変っ!!」
セカンケイブの精霊がコアに向かって何だか一生懸命やってる。
これってもしかして、今ここでダンジョンを作り変えてるって事!?
「静かな森よ、清き川の流れよ、澄んだ泉よ、この地にその姿を現せ! 魔物たちよ、あなたたちにこの地に住まう事を許しましょう。さあ生まれ出でなさい! このダンジョンの精霊にして森の母、セカンケイブの名のもとに!!」
おお! 急に精霊っぽい感じを出してきた!
カッコいい!!
「いやあ、クーラ君。僕たち今、もの凄い場面に立ち会っちゃってるねえ。何だかもう歴史の一ページって言うか、伝説になりそうな気がするよ」
「そうね。あとでこれをギルドに報告しなきゃいけないかと思うと・・・ねえモリスさん。あなた、逃げないでよ?」
「え、ええっと・・・あははははは」
「もし逃げたら、報告書には『詳細はモリス氏にご確認ください』って書いて提出するからね?」
「にっ、逃げないよ!? 逃げないから!! だからクーラ君、僕ひとりに押し付けるのだけは勘弁してくれよ!!」
後ろで何か・・・
うん、これは聞かなかった事にしよう。
モリスさん、クーラ先生、頑張ってください!
「んーー、大体こんな感じかな。細かい所はあとで詰めていけばいいか・・・それにしても・・・ふふっ、こんな事を思いつくなんて、アーシュ姉さまって凄い! ありがとう! アーシュ姉さま!!」
「ちょ、何よアーシュ姉さまって! あなた本当の姉妹がいるんでしょ、セカンケイブ!!」
「もうっ、セカンケイブなんてそんな他人行儀なのはイヤ。私の事は『セカン』って呼んで、アーシュ姉さま!」
「ええぇぇ・・・」
「はははっ、アーシュ君、可愛らしい妹さんが出来て良かったじゃないか」
「私の姉さまなんだから、他の姉妹達みたいにいつでもお話し出来るように繋いじゃう。えいっ!」
「ええっ!? ナニコレ!?」
ダンジョンコアから出た光がアーシュを包んで・・・
「ふふっ、これでアーシュ姉さまをいつでも感じられる。私に用があるときはいつでも呼び掛けてね。もちろん用が無い時だって大歓迎よ。アーシュ姉さまの為なら私、いくらでも頑張っちゃうんだから!」
「ははは、確か精霊ってお伽噺とかだと『自分に良くしてくれた相手には倍返しくらいの勢いで恩返しするけど、調子に乗り過ぎてよく失敗する』って話が多いよね。アーシュ君も気を付けてね」
「はああ、何だかなあ・・・」
「あははは、アーシュ頑張って」
「カルア・・・そういうタイプはあんたでもうおなか一杯なんだけど」
「ええっ!? ひどいよアーシュ。僕そんな失敗なんて・・・」
「やり過ぎ注意!!」
「ううっ・・・それを言うならアーシュの『馬車』だって・・・」
「そっそれはっ! ・・・・・・・・・そうかも」
「それでセカン君、いくつか訊きたい事があるんだけど、いいかい?」
「む? あなたにまでその呼び方を許した覚えはないけど・・・まあ姉さまの知り合いだし、さっきこの部屋が崩れるのを支えてくれたからね。それに他の人達にも迷惑掛けちゃったし、今ここにいる全員は私の事をセカンって呼んでいいわよ。特別に許してあげる」
「あはははは、それはどうも。それでセカン君、さっき君、もしかしてこの部屋を第9階層に移動したのかい?」
「ええ、移動したわよ。魔力が足りなかったから」
「そう、それなんだよ。それってもしかして、『ダンジョンコアは深いところに置いた方がダンジョンの魔力が増える』って事なのかい?」
ええ? それどういう事?
「もちろんその通りよ。地下のずっと深くにはね、この世界を支える『根幹の魔力』が渦巻いてるの。そしてダンジョンコアはその『根幹の魔力』をエネルギーとしてダンジョンを管理するためのものなの。だから『根幹の魔力』に近づけば近づくほどコアは魔力を吸収して、ダンジョンの力にすることが出来るってわけ」
「へえぇ! そういう仕組みなのかぁ」
「そうなの。でもね、ダンジョンコアが結界に閉じ込められてから、どれだけ階層を下に延ばしてもそこにコアを移動できなくなっちゃったのよ。一応延ばした階層にも『根幹の魔力』は少しずつ染み込んでくるから、それを得る事だけなら出来るの。でもそれだとやっぱり効率が悪いから、下の階層が出来たらコアはそっちに移設したいのよね」
「そうか。ダンジョンコアの結界にはそんな弊害もあるのかぁ」
ダンジョンコアは深い所にあったほうがいいって事か・・・って、じゃあ!?
「フィラストダンジョンが超初心者向けなのは、ダンジョンコアが地下3階層にあるからって事!?」
「ええっ!? フィラスト姉さんのコアって、第3階層にあるの!? それじゃあギリギリの魔力しか得られないじゃない!! お姉さまが可哀想よ!!」
「うーん、フィラストダンジョンについても一度考えないといけなさそうだねえ。よし、まずは君たちの通信を通せるように結界を改良してみるよ。そうしたら他のダンジョンの結界も改良していくからさ、そうしたらセカン君、君は姉妹達に話を通してくれるかい? 僕も下の階層にダンジョンコアを移設出来るように、冒険者ギルドや国の方に呼び掛けてみるからさ」
「そうね。それは私からもぜひお願いするわ。フィラスト姉さんだってきっと困ってるはずだもの。でも・・・」
そういってセカンは僕達の方を向いて、
「でも、最初にセントラルを助けてあげてくれない? ダンジョンって作ったばかりの時が一番脆くて危険だから、何とかあの子の事を助けてあげたいの。ねえ、私の代わりにあの子を助けてあげてくれない? 私と繋がったアーシュ姉さまだったらあの子も受け入れるだろうし、それに何たってカルア、あなたよ!」
「ええっ!? 僕が一体何だっていうのさ」
「あなたのその膨大な魔力よ! きっとセントラルは魔力が足りなくて困ってると思うの。私も最初の頃ずっとそうだったから。だからあなたの魔力をセントラルのダンジョンコアに注いであげてくれない? それで小規模でも地下に部屋が出来てそこにコアを移設出来れば、あとはそこから『根幹の魔力』を吸収できる。だからね、最初だけちょっと手伝ってあげて欲しいの」
なるほど・・・
「そうすればあの子も通信できるだけの魔力を手に入れられるから、私や他の姉妹と連絡がとれるようになるわ。そうすればきっとあの子もさみしくないと思う。だからお願い。あの子を助けてあげて」
そう僕たちにお願いしてくるセカン。で、
「当たり前よ。あたし達にまかせなさい!!」
アーシュだったら当然そう言うよね!
「そういえばセカン、なんでフィラストが『姉さん』であたしが『姉さま』なのよ」
あ、それは僕も思った。
「だって『姉さん』は『姉さん』だし『姉さま』は『姉さま』だもの」
「意味わかんない、っていうか説明になってないわよ?」
「ええ、そう? うーん、何て言ったらいいか・・・ジャンルが違うって言うか、概念が違うって言うか・・・乱暴に言っちゃえば、血で繋がってるのが『姉さん』で愛で繋がってるのが『姉さま』?」
「ごめんセカン、やっぱり良く分からないわ。でもこれ以上聞くとどんどん深みにはまってきそうだから、これ以上はもう聞くのをやめとく」
なんて話もあったけど、とりあえず今回はここまでみたい。
「じゃあそろそろフタツメに戻りましょうか。もう夕方くらいだろうし、ギルドに報告しなくっちゃ」
クーラ先生の言葉。いつのまにかもうそんな時間かぁ。
「そうだね。ああセカン君、今からもう一度君に結界を張るよ。すまないけど、これも君をって言うかダンジョンコアを守る為だからね」
「ええ、それは仕方ないわ。正直あまりいい気分じゃないけど、守る為って言われちゃあね」
「すまないね。今度僕の仲間を連れてまた来るよ。結界を改良するために君の通信の仕組みを調べたいんだ」
「分かった。待ってるわ」
僕達はセカンに別れを告げ、ボスの間を後にする事に。
そしてボスの間の扉を開けると・・・そこは深い森だった。
「へええ、これは凄いや。カルア君、それにアーシュ君もちょっと全体を俯瞰してみてごらんよ」
モリスさんに言われて僕とアーシュが辺りを俯瞰してみると、
「へえ、ホントに森じゃない。それに空! あれホントの太陽みたい」
「うん、これは・・・凄いよ。まるで外にいるみたいに広いし、それに森の魔物たちも普通に生息してる」
川辺ではフォレストブルが水を飲み、森の中でフォレストボアがその鼻で土をほじくり、ラビットが跳ね回り、それをウルフが狙って・・・
森そのものだ。
でもやっぱりここはダンジョン。
森の周囲には、目立たないようにしてあるけどダンジョンの壁。
そしてその一番向こうには・・・
「あ、扉がある」
「ホントだ。きっとあれが出口ね。あの向こうに転送装置があるんじゃないかしら」
僕達はダンジョンの森を探索しながら出口に向かって歩く事に。
それにしても、何処を見てもホントに森みたい。
「あ、ここで川に出るのか・・・へえ、このあたりはいろんな香草が生えてるね。ちょっと違う種類のまで同じところに生えてるのは・・・もしかしてセカンのサービス精神なのかな?」
「あははは、採集するには便利だよね」
「せっかくだから摘んで帰りましょ」
「お、フォレストブルがいるぞ」
「むむむ、あのブル、A5ランクの匂いがする」
「カルア、よろしく」
「了解。『スティール』」
「焼肉パーティ、近日開催。カル師、解体よろ」
「じゃあ収納する前に『解体』っと」
「便利ねカルア・・・」
そして扉に到着。
「本当にいきなり扉があるわね」
「うん、壁は森の一部に溶け込むみたいなデザインになってるから、パッと見ると扉だけがあるみたいに見えるよね」
「でも扉の色がピンクってどうなのかしら」
「迷子が出ないように目立たせたかったんじゃない?」
扉を開けると、そこはやっぱりダンジョンの入り口の間。
「ここは普通・・・って言うか、今までのままね」
「ここだけは普通のダンジョンに見えるな」
「はは、次の扉を開けた時のインパクトを狙ったのかもね」
「さあ、もう出ましょ。帰るわよ!」
こうして僕たちはフタツメの街に帰った。
うーん、すっごくピンチだったはずなのに、他のいろんな出来事で全然そんな気がしないよ。
ルピノスさんとか、セカンとか、森になったダンジョンとか。
あとはセントラルを助ける依頼を受けたりとかね・・・
ヒトツメギルド。
人手不足の受付カウンターに冒険者たちが群がる大混雑の中、扉を開けてそいつはやって来た。
「おい、なんだあいつ!?」
「マジか? あれは一体・・・」
「全身鎧!? いやそれにしてはピッチリとしたデザインで・・・」
「『メタル』、だな」
「ああ。あれを一言で言い表すとしたら、『メタル』としか」
「あいつ、誰かと一緒、という訳ではなさそうだな」
自分に集まる訝し気な視線に、そいつは驚いたように辺りを見回す。
「急にキョロキョロしだしたが・・・あれは誰かを探してるのか?」
「やっぱり仲間がいるんじゃねえか?」
「でもそれっぽい奴はいないぞ?」
「ああ、きっとあいつ、仲間とはぐれちまったんだろうぜ」
「『はぐれたメタル』か」
「ああ。『はぐれたメタル』だな」
その時、そいつはある事に気付き、焦った様子でUターンし、そのままギルドを飛び出して行った。
「『はぐれたメタル』、すごい速さで逃げてったな」
「ああ。すぐに逃げ出す『はぐれたメタル』か・・・」
「すごく珍しいものを見た気がする」
「ああ。激レアだ」
この日ヒトツメギルドには、『激レアなはぐれたメタル』の伝説が誕生した。
「変身解除するの忘れてたーーーーーっ!!」
「ピノ何処にいるのーーっ! 早く帰って来てぇーーーっ!!」
受付嬢たちの嘆きとともに。