エルフ少女が世界を変えそうです
「ねえカルア、あたし達全員『回復』を覚えたんだから、約束通り新魔法を教えてくれるのよね?」
アーシュがそんな質問をしてきたのは、クーラ先生の戦闘訓練が始まる前、体をほぐしている時のこと。
「もちろんだよアーシュ。やるのなら早いほうがいいと思うけど、いつにしようか」
朝から授業、昼休みはそんな時間がないし、放課後は戦闘訓練。空く時間がないんだよね。
「あら、だったら今からやったらどう? 噂の新魔法、私も興味あるし」
「でも戦闘訓練が」
「あら、何言ってるの。新しい技術を取り入れた戦闘方法を考えるのだって立派な訓練でしょ? どんな魔法なのかが分かれば、私だってそれに沿ったアドバイスを出来るんだから」
なるほど・・・。確かにクーラ先生の言う通りかも。
みんなも賛成みたい。っていうか「待ちきれない」って顔だよね、それ。
うん、それなら。
「じゃあ今から始めようか。まず説明すると、授業でもやったと思うけど、魔法の分類分けには『物質を操作する魔法』と『現象だけを発現させる魔法』のふたつに分ける考え方があって・・・」
こうしてまず錬成魔法の基礎的な考え方から初めて、その次に氷魔法のイメージの仕方を説明、そしてようやく「加熱」に辿り着く。
「大体こんな感じなんだけど、どう? 何となく感じは掴めた?」
「前にカルア君が、僕だったらすぐに『錬成』も覚えられるかもって言ってた意味が分かったよ。確かに土魔法に使ってるイメージとよく似てる気がするね」
そう言って笑顔を見せるのは土プロのノルト。自信有りげ。
「それにこの考え方って水や風にも・・・」
あ、やっぱりそっちにも気付いたか。さすが。
「まあ、何とかなるんじゃない? 取り敢えずやってみるわよ」
と、いつものアーシュ。
きっとすぐにマスターしちゃうんだろうなあ。
「氷の逆・・・ちょっと難しそうだけど、やってみる」
これはワルツ。でも・・・
「ワルツなら大丈夫。多分すぐに出来るようになるはずだよ」
「おおお、カル師、わたし、がんばる」
何たって、あれだけ「氷魔法」が得意なんだからさ、間違いないでしょ。
そしてネッガー。
「俺は・・・」
今まで身体強化に集中してきたネッガーにとっては、多分考え方の切っ掛けも掴むのも大変だと思う。なんとなくだけど、「ゴブま」を読んだだけの僕がいきなり魔法に挑戦するような感じじゃないかな。
「そうね。ネッガー、あなたは今はまだ手を出さないほうがいいかもね」
「クーラ先生・・・」
「でも仲間に置いてかれるのは悔しい、そう思ってるんでしょう? だからネッガー、あなたには私の段階型身体強化を教えてあげる。今のあなたに一番必要なのは得意な技術を伸ばすこと。苦手の克服はそれからで十分でしょう」
「は・・・はいっ! お願いします、クーラ師匠!!」
「あら、いきなり『師匠』に格上げ? でも残念、学校の授業でやる以上は師弟関係ってわけにはいかないのよ。だから今までどおり私は『先生』よ。わかった?」
「はい、クーラ先生!!」
「よろしい」
よかった。これでネッガーの身体強化は今より更にすごい事になりそうだ。ネッガーも「俺は強化をまだ2段階も残している」になるって事だよね。
あ、僕もクーラ先生の指導を横で聞いてようかな。身体強化の参考になりそうな気がする。
「それでカルア君、あなたとしてはこの魔法はどのような使い方を考えてるの?」
「これって基本的には氷魔法と同じなんです。だから攻撃への使い方としては、ワルツの氷魔法そのものですね。遠くからは氷や加熱した何かを飛ばす、近づいたら直接対象を凍らせるか加熱する。時空間魔法があれば把握が使えるから、距離とかは関係なくなるんですけどね」
「分かったわ。最後にもの凄く怖い事を付け足されたけど、取り敢えずそれは考えない事にして、と。じゃあ今のあなた達が『加熱』と『冷却』を戦闘に組み込む場合のプランだけど・・・」
それから2週間。
みんな『加熱』『冷却』を習得して、自分たちなりのアレンジを加えて。それともちろん、クーラ先生が説明してくれた戦闘方法も。
それからクーラ先生からネッガーへの身体強化の指導、そしてビックリするくらいのネッガーの急成長。
その指導内容を見てたんだけど、この技術って僕の身体強化ともの凄く相性がいい! これだったらもしかしたら僕も身体強化が解禁になるんじゃないかな?
第一回カルア対策会議の翌日、ラーバルの姿はマリアベルの店の奥にあった。
「何だいラーバル、まさかもうギブアップとか言うんじゃないだろうね?」
開口一番、そうラーバルに憎まれ口を叩くのは、この店の店主マリアベルである。
「いえ、そんな事はないですよ。ただちょっと気が変わりまして、以前辞退したものを受け取りに伺ったんです」
「ふん、あれだけ大口叩いておいて、随分早い心変わりじゃないか・・・とは言わないよ。まあよく持ったほうだろうさ。カルアの奴、あれからも随分とやらかしたって事なんだろう?」
「ははは、実はその通りなんです」
力ないラーバルの同意にマリアベルは苦笑し、通信具を手にした。
「まあ待ちな。近々そんな話があるだろうからその時には是非呼んでくれ、なんて言ってたバカがいるからさ、ちょっとそいつに声を掛けるよ」
「お待たせしました校長。ってこちらも校長だから分かり難いなあ。じゃあ今日のところは校長の事は『ベルベ』」
「モリス?」
一瞬で戦闘態勢に入るマリアベル。
そして今この瞬間、己の死を幻視する男ふたり。
「『マリアベルさん』『ラーバルさん』とお呼びします!」
「ああ、そうしてくれ。それでモリス、あんたの言った通りになったけど、あんたはどういうつもりで同席するんだい?」
「あははは、ちょっとカルア君の最新状況を把握したくて。それに僕の方も追加情報を持ってるしね」
「その追加情報ってのは、やっぱりロクでも無い事、なのかい」
「もちろん! 最っ高にロクでも無い話ですよ!」
「このバカが嬉しそうに言い切りやがって。ふん、まあいいさ。こうしてたって仕方がない。さっさと始めようじゃないか」
まずはマリアベルからの説明。
「そのおかげでカルアの奴は無事生還できたってわけさ」
「『スティール』から『コアスティール』への進化ですか。よくまあそんな土壇場で。奇跡としか言いようがありませんね。それにしてもスキルの進化・・・進化は他のスキルでもあり得るのか、また彼以外の『スティール』も進化する事があるのか。ただ迂闊に検証するわけにもいきませんね。余計な詮索を受けかねませんから」
「で、その魔石ってのがコレさ。モリス、あんた抜いた方の魔石持ってるだろう? そっちも出しな」
そう言ってマリアベルはラーバルに透明な魔石を手渡した。そしてモリスも。
「確かに透明度が違いますね。それで実際、どれ程効率に差があるのですか?」
「そうだねえ、ざっと2倍ってところかな。ただ、抜いた方の魔石は、属性によって揺らぎがあるんだよねえ。もしかしたらほんの少し残ってる魔力の属性に影響されるんじゃないかって事で、今サンプルを集めて調べてるところさ」
「なるほど・・・」
「錬成についてはそんなところだね」
「初日でいきなり分離、ガラスの錬成は一度見ただけで・・・。彼の祖先にはドワーフがいたりしたんでしょうか?」
「あはは、だったらエルフもいたかもね」
「大体いきなり魔石を錬成しようなんて考えるような奴だ。血が何とか言う前に、常識を知らないから人前で簡単にやって良い事と悪い事の区別がついてないんだよ。ラーバル、そのあたり特に気を配っとくれよ?」
「空間の把握から探知の初歩まで、たった数時間で・・・」
「あれには僕もビックリしたよ。把握くらい出来てればって思ってたら、そこから先は大した説明はしてなかったんだよ。それなのに視点は自由に動かすし、種類指定も出来ちゃうし、挙句に『音や匂いも分かって便利ですね』なんて言い出してさ。あの時はもうどうしたらいいのか途方に暮れちゃったよ」
「やはりあれの発見者は彼でしたか。それにしても教わったその日にとは・・・」
「まあそんな感じで付与まで覚えちまったわけさ」
「ロベリー君から教わったものと思ってました。まさかピノ君からだとは・・・」
「そしてカルア君が改良した付与を、今はロベリー君が使ってるんだよ」
「なんと」
「『収納が出来るようになりました』とか言いながら見た事のない魔力の塊を手の上に出したんだよ」
「それが『ゲート』だったってんだろう? まったくあの子は・・・」
「『ゲート』は私も見せてもらって、今習得に向けて研究中です。モリスさんも習得されたそうですね」
「まあね。カルア君がうっかり人前でやっちゃった時に、僕の方に注意を向けさせるように、って必死だったからね。生まれてから今まであんなに一生懸命になった事なんて・・・ああ、最近は結構あるなあ。は、はは・・・」
「そんなわけで最終日にカルア君がくれたのがコレさ。一体何だと思う?」
そう言ってモリスが取り出したのは、綺麗な楕円形をした魔石。
「さて、何かの魔道具ではないかと思いますが」
「そうさ、これは多分カルア君が初めて1人で作った魔道具なんじゃないかな。驚かないで聞いてくれよ? なんとその魔石には『ゲート』が付与されてるんだ」
「なっ何だって!? スキルは付与出来ない筈じゃ!? しかも『ゲート』!?」
「こうして僕の研究室であっさりと新しい『結界』の魔道具を作ったカルア君なんだけどさ、その次にはもっととんでもない『魔道具』を作り上げたんだよ」
「とんでもない『魔道具』・・・一体何なんです?」
「『魔剣』さ」
「なっ!?」
「彼が作ったのは、魔力を流すだけで刀身が空間の断面に守られ、その刃は空間そのものを切り裂く、『空間ずらし』の魔剣だったんだよ。その魔剣はカルア君の魔力にしか反応しないように作ってあるんだけどさ、その理由が『そのほうが魔剣っぽい』からだって。ははは。まだ持ってるはずだから、一度見せてもらったらどうだい? まあそんな訳で、彼は伝説のアイテムを製作可能な実用品にしてしまった訳だ」
「ああ、ちなみにその魔剣を作った後の事なんだけどさ、ピノ君におねだりされて、『よく切れて切った物が貼り付かない』便利な包丁も作ってたよ。『魔包丁』とか言って」
「ピノ君・・・」
「まあそんな訳で、あたしとミレアのふたり掛かりでカルアの魔力を循環させたって訳だよ」
「そう、それが疑問だったんです。生まれつき魔力が循環しないなんて言う事が、果たしてあり得るんでしょうか? それにあの膨大な魔力、何かがあるような気がしてなりません」
「ああ。いくらマリョテインとスティールした魔物肉のブーストがあったと言っても、あれはそれだけとは思えないね」
「ん? マリョテイン? スティールした魔物肉?」
「ああ、そいつはね・・・」
「先ほどから度々出てくる『想定外センサー』というのは?」
「ああ、もともとは僕の第六感的なものだったんだ。その話をロベリー君にしたら、何だか魔石に話しかけ始めてさ、そしたら何故かそれを感知できる魔道具になっちゃったって訳。どういう理屈で何故感知できてるのか、僕にもさっぱり分からない謎技術なんだよね。僕なりに考察した改善案を伝えても、彼女にはふわっとしたニュアンス的な感じで解釈されちゃってさ、でもそれで付与したらちゃんとその通りに動いちゃうし、何とも困った聖女様さ」
「もしかしてロベリー君はカルア君と同じくらい危険なのでは?」
「それでカルアがピノの為に作ったプレゼントっていうのがさ」
「ああ、それはカルア君から聞きました。思わず聞いたことを後悔しましたが・・・そもそもそれだけの付与を小さなアクセサリーに集約する事など、到底可能だとは思えません」
「まったくだよ。カルアがとんでもないのか、あの魔石がとんでもないのか、ロベリーの付与術がとんでもないのか。まあその全部なんだろうけどねえ。そんな事よりラーバル、あんた気付いてないのかい? カルアの奴があのピノに自由な翼を授けちまったって事にさ」
「あ・・・」
「まあこんなところかね。それで、学校でのカルアの様子はどうなんだい?」
そしてラーバルからの情報。
「編入試験については、まあご覧頂いたとおりでした。ああ、学科は全問正解でしたよ」
「まあ当然だろうね。入学初日にそのまま卒業できる程度には仕込んだからね。ただそれにしても、あたしが教える前からカルアの基礎学力はかなり高かったんだよ。両親から教えてもらったそうなんだけどさ、一体どんな両親だったんだろうねえ」
「それが2日目の事でした」
「ははは、土人形を操作だって? 相変わらず面白い事をするなあカルア君は。いやあ、僕も見てみたかったよ。・・・ん? ねえラーバル君、ちょっと君の意見を聞きたいんだけどさ、それって時空間魔法だけで再現できそうな気がしないかい?」
「む、それは・・・いや、形作った範囲を把握して・・・可能、なのか?」
「だろう? 後でちょっと試してみないかい?」
「興味深いな。ふふふふふふふふふふ」
「あははははははははは」
「あんた達、いい加減におしっ!!」
「そんな訳で、それから約1ヶ月は戦闘訓練だけの毎日だったとの事です」
「ああ、あの平穏な日常はそれだったのかあ。そうか、つまり他の事を考えられないくらいの課題が用意されていれば、それに集中するということだね。これから困った時はその手で行こうか」
「この『加熱』『冷却』については数日内に発表する予定です」
「はあぁ、あっさりとそんな功績をねえ。もうそろそろ『発見・開発者カルア』って名前が騒がれそうだねえ。学校としては彼の情報をどうやって隠すつもりなんだい?」
「こちらからは公式な発表をせず、欺瞞情報として『さる老齢のドワーフに弟子入りしているエルフの少女』という噂を広めるつもりです」
「あっはっは、それは面白いねえ」
「くっくっくっ、『エルフの少女カルア』ってかい。そりゃあいい、あたし達もそれに乗っかろうじゃないか!」
「それで彼の通信具が発覚したんです」
「それじゃあ授業中にピノの事を考えてたら発信しちまったって事かい。こいつはミレアの奴に教えてやらないとねえ」
「あーーあ、ピノ君も気の毒に・・・」
「ああ大丈夫大丈夫。くくっ」
「うっかり彼に『隠蔽』を見せてしまった事が今でも気掛かりで・・・」
「ああ、間違いなく何かやらかすね」
「まあ、間違いないだろうねえ。逆にこれで何もなかったら、僕はカルア君の健康状態を心配するよ?」
「彼の場合は、やらかす事が健康のバロメーターですか・・・」
「そんな訳で、彼は一日にして『固定』『復元』『大回復』を習得してしまったんです」
「はぁ、『大回復』とはまた公表できない秘密が出来ちゃったねえ。それにしても時間の概念をそれ程簡単に認識させる教え方か。想像するに体験型の方法なんだろうけど興味深いねえ。あとで僕にも教えてくれるかい」
「ええ。もちろん構いませんよ」
「ありがとう。ところでラーバル君、君気付いていないのかい? カルア君に応用魔法の『水刃』を見せた事の危険性に」
「あああっ!!」
「という事で、昨日『第一回カルア君対策会議』を実施したんです」
「なるほど。まあ固いメンバーを揃えたんじゃないのかい? それであいつらにはどこまで教えるつもりだい?」
「必要最小限に絞るつもりです。それと今日ここで聞いた内容を伝えるつもりが無い事は言ってあります。彼らの身の安全を守る為と言う事も説明済みです」
「だったらいいさ。とは言っても、カルアのやらかしで知られちまうってのは避けようがないけどね」
「以上がカルア君の学校での様子です」
「ああ、よく分かったよ。さて、ここまで情報交換をしたんだ。もうあんたも『チームカルア』の一員って事でいいだろう。モリス、通信具を渡してやんな。どうせ用意してあるんだろう?」
「んふふふ、もっちろーん。さあラーバル君、これが君の通信具だ。ようこそ我ら『チームカルア』へ。歓迎するよ。でも情報の共有はともかくとして、学校内であったことはできるだけ学校内で解決してくれよ? 学校の運営に関しては僕らは部外者なんだからね」
「それはもちろんです。その為の『対策会議』『対策本部』『対策委員会』ですから」
「それじゃあモリス、最後にあんたのロクでも無い情報を聞こうじゃないか」
「りょーかい。入学2日目の夜の事だよ。想定外センサーがこの世の終わりみたいな物凄い反応をしてさ・・・」
「魔石の圧縮、それに魔石パウダー・・・」
「で、魔石の圧縮に関しては僕の方で研究を進めてさ、今のところ10倍までは何の問題もなく安定してるね。衝撃とかによる問題もないし、このまま実用化もできそうだよ。ちなみにこれがそう」
そう言ってモリスは小さな魔石を取り出した。
それを手に取ったラーバルは、思わず、
「重いな」
「だろう? 圧縮しても重さは変わらないからね。元はその10倍の大きさだから」
「でモリス、性能は?」
「魔力効率は圧縮前と同等、付与できる魔法や属性、それに充填できる魔力量も圧縮前と同等だよ」
「つまり、性能そのままで10分の1にまで小さく出来るって事かい」
「そう。そして恐らく、これくらいじゃあまだ限界じゃないだろうね」
「こいつはまたとんでもない発見をしたものだ。近いうちに発表するのかい?」
「『エルフ少女』の名前でね。ああ、それとこれも一緒に」
「これは?」
「原料はカルア君発見の魔石パウダー。それを加工してクリーム状にしたものなんだけど。まあ一種の化粧品と言うか何と言うか」
「へえ、どんな効果があるんだい?」
「パウダー状にする前にロベリー君が何やら付与したんだけど、聞いた感じだと多分『光属性』『水属性』『回復』じゃないかなあ。ちなみに効果は『クリーム自体が持つ魔力と使用者本人の魔力を使った、肌の若返り効果。塗ればたちまちぷるぷるに。魔力の多い人はより美しく、魔力が無い人もそれなりに美しく』だって」
「なっ! なんだってぇーーーっ!! モリスっ、そりゃあ本当だろうね!? だとしたらあんた、このクリームで世界が変わるよ!?」
「あははは、すごいな。ロベリー君の言ってた通りの反応だよ・・・」
モリス 「一般用は抜いた魔石、高級品はカルア君の魔石。効果の差は2倍です」
ベルベル「高級品を取り敢えず10個用意しな。公表前にだ!」
ラーバル「あれ? カルア君の話は?」