「氷」+「錬成」=「新魔法」?
ワルツも加わり、僕たちパーティは以前よりも結構強くなっている気がする。
っていうか、強くなった。
実感はあまりないけど、クーラ先生がそう言ってるんだから、きっと間違いないよね。
まあ実感がないのも、そのクーラ先生のせいなんだけど。
で、冒険者登録する前にやらなきゃならないもうひとつの課題、回復魔法の習得にもそろそろ手を付けなきゃね。
パーティによっては、回復に特化した「回復役」を立てる場合もあるらしいけど、僕たちは全員が自分を回復できるようにしたい。
だから当然、回復魔法を覚えるのはパーティ全員。
だって、パーティを組んだとしても、すべての狩りにパーティで参加するとは限らないから。
それに、ひとりでいる時に突然危険な目に遭う事だってあり得るから。
こういう考え方って、やっぱり僕がソロでやってきたから、なんだろうなあ。
でも、「回復役」を否定するつもりはない。むしろ、パーティで活動するのならば効率のいい回復方法だと思っている。
でもそれはそれとして、回復魔法は全員使えるようになっておこうよって事。
命だいじに。
という事だから、
「そろそろ、回復魔法の勉強を始めなきゃね」
「そっか。そういえば回復魔法も冒険者登録に必要って話だったわね。でも、回復魔法の授業ってあるのかな? ねえ、誰か知ってる?」
アーシュが話を振ると、みんな首を振ったり肩を竦めたり。
でもそこで案を出してくれるのがノルト。地味に頼れる男。
「じゃあさ、あとで放課後の訓練の時にクーラ先生に訊いてみない?」
「いいかもな。冒険者クラスだったら間違いなく回復魔法の訓練もやるだろう」
ネッガーも賛成。確かに冒険者クラスは在学中にみんな冒険者登録するだろうから、回復魔法の授業は早い段階でやってそう。
「じゃあそうしましょう。あ、でもその前に午後の実技の先生にも訊いてみるわよ。属性別の指導にも追加してもらえるかも」
ああ確かに。さすがアーシュ。
お昼も終わり、実技の授業がスタート!
「それでは今日も、希望する属性に分かれて下さい」
クラスのみんながそれぞれに散っていく中、僕たちは先生のもとに。
「先生すみません、回復魔法を覚えたいんですけど、どうしたらいいですか?」
「回復魔法ですか。魔法師クラスの回復魔法の授業はもう少し後に予定されていますが・・・あなたたちは冒険者登録したいのでしたね」
「そうなんです。夏頃に登録したいと考えてるので、それまでに使えるようになりたくて」
「ふむ」
軽く顎に手を添えた実技の先生は、僕の言葉にちょっと考える様子。
「回復魔法はちょっと特殊な魔法なので、まずは座学できちんと仕組みを理解する必要があります。担当する先生に相談してみますので、今日のところは属性の訓練を進めていて下さい」
やった!
振り返ると、みんなもいい笑顔で頷いてる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
身体強化のネッガーはこの場に残り、ノルトは今日も土魔法。
僕はちょっと考えるところがあって氷魔法へ。
そしてアーシュはなんと、ワルツと一緒に水魔法。今日もついて来ると思ってたよ。
「ふふん、制御が出来ない魔法なんて、発動出来ないよりも質が悪いのよ。見てなさい! きちんと制御できるようになって、あんたとの差を一気に広げてやるんだから!」
よかった。アーシュは今日もやっぱりアーシュだった。
そしてワルツはと言うと・・・
「目標コップ2杯」
一度に出せる水の量を増やしたいみたい。
確かに氷のナイフが大きくなれば攻撃力が増す。
うん、すっごくいい考えだと思う。
僕は氷魔法の指導員さんに声を掛けた。
「すみません、氷魔法のイメージについて教えてください」
他のみんながそれぞれ自分の訓練を始めて、指導員さんの手が空いた今がチャンス。
「はいいいですよ。君はえっと、ああカルア君か、あの・・・」
「あの」ってどの? すっごく気になるんですけど。
でも聞きたいような聞きたくないような・・・うん、訊かないに決めた。
「えっと、僕錬成魔法を使うんですけど、錬成魔法の『凝固』と何が違うのかよく分からなくって。錬成魔法を教えてくれた人は、『錬成魔法は温度が変えられない』って言ってたんですけど、動きがそっくりだから逆にイメージし難くって」
そう、気になったのは錬成と氷魔法の違い。
だって、この前ワルツが見せてくれた氷魔法、水魔法とか火魔法みたいに氷を出現させるんじゃなくって、そこにある水や鉄なんかを凍らせていた。それって、前にオートカさんが言ってた「その場にある物質への干渉」だよね。だったら氷魔法と錬成の違いって何?
「それは非常に高度で、そして素晴らしい疑問ですね。確かに錬成による『凝固』でも、魔力を注いでいる間は氷と同じような状態になりますから。ではその違いは何かと言うと、『物質に対してどのように干渉するか』という事になります」
やっぱり・・・
「錬成では、状態変化の結果をイメージします。ですので、魔力を注いでいる間は非常に不自然で不安定な状態を維持しているんです。一方で氷魔法ですが、こちらのイメージは『凝固』と違い、水の小さな粒そのものの動きが非常にゆっくりになる、もしくは停止する、そんなイメージを対象とする水全体に注ぐんです。するとそのイメージを受けた水は徐々に温度を下げ、氷になります。これは水以外に対しても同じ事で、このイメージを『雑念なく自然に』持つことが出来るようになると、氷魔法が上達するんです」
そうか、固まった状態をイメージするんじゃなくって、イメージで水そのものの温度が下がるから凍る。イメージとしてはまったく逆なんだ・・・
「わかりました! やってみます!」
「はい。他にも質問がありましたらいつでもどうぞ」
氷魔法の練習用に用意してある小さなテーブル、そしてその上には水の入った器。
さてと、まずは『凝固』を試してみると・・・
「やっぱり冷たくない」
わかってた。でもまあ一応ね。
で、魔力を止めれば・・・うん、一瞬で水に戻るね。
鉄の場合は水と違って固まる温度になってるから「凝固」で安定するって事なんだろうな。
「じゃあ次、氷魔法いってみよー」
イメージは「水の粒ひとつひとつが動きをゆっくりに」
うーんダメかあ。なかなか難しいや。これは繰り返し練習あるのみ、かな。
ゆっくりのイメージ・・・粒がゆっくり・・・ってイメージしづらいな。あ、ゆっくりというより静かになるイメージとか? 粒が静かに・・・静まれ水の粒たちよ!
やりながら頭に思い浮かぶのは、工房でのミッチェルさんの言葉。
「錬成に知っとかなきゃならん事はな、『水はどれだけ細かくしても水』って事なんじゃ」
氷魔法に必要なのは、その一番細かくした水、それに対してのイメージ。
あれ? それってもしかして・・・
「あ、できた」
やっぱり。『分離』とか『混合』に近いイメージだ、これ。
忘れないうちにもう一度練習したいけど、凍ってて暫く溶けそうにないや。
どうしようかな・・・
あ、静かのイメージで凍るなら、逆の賑やかなイメージで溶けるんじゃない?
粒が賑やか。うん、試してみよう。
踊れ水の粒たちよ!
えっと・・・
変化なし?・・・いや、熱くなってる?・・・湯気が出てるみたい・・・
ってうわっ!?
バフッ!!
何今の? 急に水が・・・弾けた!?
ふぅ、びっくりしたあっ、よく避けたよ僕! クーラ先生ありがとう!!
えっと、水って熱くしすぎると爆発する? のかなあ。聞いたこと無いけど。
まあでも熱湯は危ないしね。温かいくらいにしとこうっと。
器に水を入れ直して何度か繰り返しているうちに、だんだん感覚が掴めてきた。
はい、水。
次は、氷。
からの、お湯。
で、もう一度氷。
なんてことやってるうちに、あ、器が割れちゃった。これってさっきの爆発で?
それとも、急に熱くなったり冷たくなったりすると割れやすいとかいうあれ?
まあこんな時は慌てず騒がず錬成魔法で元通りっと。
ああでも割れたのが氷にした時で良かったよ。
水とかお湯の時だったら、また水が無くなっちゃってたところだからね。
水についてはこんな感じで大丈夫そうかな。
じゃあ次は・・・
あ、ちょうど良いものがあった。ノルトと一緒に集めたノルトの武器、石ころ。
まだちょっと僕のボックスに残ってた。
テーブルに置いて、賑やかなイメージを・・・
あ、まずい。テーブルが! 石を空中に浮かせなきゃ!
真っ赤になった石、その下のテーブルが・・・ああよかった、ちょっと焦げただけで済んだみたい。
そのまま魔力を注ぎ続けると、石の輝きは赤から白へ。そして石はドロドロに。これってもしかして溶岩ってやつ!? 火山とかの・・・
これは危ない。冷やさなきゃ。静かになれーーっと。よし、石に戻ったかな。形は変わっちゃったけど。
うーん。大体わかったけど・・・これって、もう氷魔法じゃないよね?
どちらかというと「冷却」とか「加熱」とか・・・
だったら、錬成の括りに近いのかな?
「あのカルア君? このあたりから妙な匂いがするんですが、何かありましたか?」
ああ指導員の先生、ちょうどいいところに。ちょっと教えてくださーーい。
「えっとですね・・・あ、氷魔法出来ました」
「おお、もう出来るようになりましたか。さすがですね」
「あと、氷を溶かす事もできるようになりました」
「え? 溶かす? は?」
「はい。繰り返し練習しようとしたんですけど凍っちゃってたから、同じように溶かす事もできないかなって」
「そ、それで、とっ溶かす事もできた、と?」
「はい。そのあと、お湯になって爆発しました」
「爆発ぅ!?」
あ、このパターンって覚えが・・・
「ちなみに方法を訊いても?」
「あ、そんな大したものじゃないですよ? まず、『ゆっくり』っていうのがよく分からなかったので、『粒が静かになる』イメージで氷にすることが出来たんです。それで、『静か』で冷えるなら、逆の『賑やか』をイメージすれば温まるのかなって。で、やってみたら熱くなり過ぎちゃったみたいで・・・あははは」
「『静か』で冷えて『賑やか』で熱く・・・」
「それでですね、もしかして、もしかしてですけど、『氷魔法』って実は単独の魔法じゃなくって、例えば錬成の一部だったりするのかななんて思ったんです。『加熱』『冷却』みたいな。あそうだ、石ころにも試したりしたんですけど、加熱したら溶けてドロドロの溶岩になりました。多分さっき言ってた変な匂いって、その時の匂いじゃないかな」
えっと、先生? 何だか俯いてプルプルして・・・
「こっ、こここここ、校長ーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
あらら、走って行っちゃった・・・
ギルド本部、いつものインフラ技術室。
キュッピピーーン☆
「お? 久しぶりに鳴ったね。暫く鳴らなかったから心配してたけど、うんうん、カルア君元気そうで安心したよ。でも今日の音はちょっと可愛らしい感じだね。僕自身のセンサーには反応が無いみたいだし。いやあ、平和だなあ」
ヒトツメの街、某ガラス工房。
キュッピピーーン☆
「む!? なんじゃ今の音は? ・・・まさか、前にモリスが言っとった『なんとかセンサー』とかいうやつじゃないじゃろうな。カルアが何かやらかした時に、関わりそうなやつの通信具が鳴るとか何とか。むぅ、じゃがそれにしちゃあ緊張感のない音じゃったし・・・」
校長室。
「そっ、それでですね、氷魔法が実は『加熱』『冷却』として錬成魔法に組み込めるのではないかと、そんな意見までもが出まして」
「うーーん、氷魔法のイメージの発展、しかも魔法の分類が一歩前進する可能性も、と。もし『物質への干渉』の切り口であるならば、確かに『錬成』に含まれるという考え方は理論として正しい。もしくは、『氷魔法』という名称をやめて『温度魔法』や『熱魔法』などの名称で単独の分類とするか。いずれにしても大騒ぎになることは間違いなさそうだ」
「はい。ですので急いでお知らせに」
「それで、実際どうだった?」
「え?」
「見たのでしょう? カルア君がその魔法を使ったところ」
「あ・・・」
「もしかして、見てない?」
「はい、話を聞いたところで慌ててしまい・・・」
「そうか・・・でもまあ、まず間違いないだろうね、カルア君だし。よし! じゃあ見せてもらいに行こうか、カルア君の新しい魔法の性能とやらを、さ」
あ、先生戻ってきた。校長先生も一緒に・・・
さっき大きな声で「校長」って言ってたのは、校長先生を呼びに行ってたんだね。
「急に場を離れてしまい、すみません。先ほど聞いた君の魔法、『加熱』『冷却』が新魔法に該当する可能性があり、確認のため校長先生に連絡しました。今からその魔法、私と校長先生に見せてもらえますか」
「あっはい、わかりました」
新魔法?
って、モリスさんが前に言ってた「単なるイメージのトリガー」の事かな。
「じゃあまず、この氷を溶かしますね」
水をちょっとだけ賑やかに。よし。
「溶けた・・・」
「ええ、溶けましたね」
「ここから熱くします」
賑やかになれーー。
「さっきはもっと熱くしたら爆発したので、これくらいで止めておきますね」
「ふむ、ふたりともちょっと下がってください」
僕と指導員の先生が数歩下がると、校長先生はテーブルを囲うように障壁を展開。
「これで大丈夫。爆発するところも見せてもらえますか」
なら、もっと賑やかになれーー。
「爆発しませんねえ。ちょっと器を揺らしてみましょうか?」
そう言って校長先生が魔法でテーブルを軽く揺らした瞬間、障壁の中は一瞬で霧がかかったみたいに。
「これは水蒸気? カルア君、魔力を停止してください。ふたりとももう少し下がって。障壁を解除します」
障壁を解除すると、湯気はもわっと上に。お、ちょっと温かい風が来た。
「ふむ、魔法で水を加熱すると衝撃で一気に蒸発する? よく分かりませんね。でもまあ、それは後にしましょう。それでカルア君、石にも試したとか」
「はい。この石です。ちょっとやってみますね」
今度は始めから石を浮かせてっと。
賑やかになれーー。
石はだんだん赤くなって白くなって、そしてドロドロに。
「これはやはり溶岩で間違いないですね。つまり石が溶けるほどの温度にもなると」
「じゃあ冷やしますね」
あ、せっかくだから錬成で形を整えてっと。
静かになれーー。
よし、綺麗なまん丸。表面もちょっとツヤツヤしていい感じ。
「こんな感じです」
石を手に取り、校長先生へ。
「これは・・・」
手の上で石を転がしたり、日に翳してみたり。
「形を整えたのは錬成魔法ですか?」
「そうです。ただ冷やすだけっていうのもどうかなーって思って」
「ははは、そういうところもカルア君らしいですね。ふむ、錬成魔法との連携もスムーズか。それもまた錬成魔法に含める理由となるか」
「校長、如何でしょうか」
「新魔法、と言って良いでしょうね、これは。それにしても、長年『氷魔法』と呼ばれていたものが、実は『錬成魔法』の一部だったとは・・・。カルア君、参考までに聞かせてください。君はどのような経緯でこの発想を得たのですか?」
「ええっとですね、パーティメンバーのワルツに氷魔法を見せてもらったんですけど、ワルツの氷魔法って、水魔法を出してそれを凍らせる魔法と、直接相手を凍らせる魔法のふたつだったんです。それを見て、『あれ? これって物質への干渉じゃ?』って思ったのがきっかけです。あ、『物質への干渉』って考え方はオートカさんに教えてもらったんですよ」
「なるほど。それともう一点。『静か』とか『賑やか』といったイメージ、もう少し具体的に表現できますか?」
「ええっと、さっきの感じは・・・、『静か』のほうは水の粒が暗い場所で両足を手で抱えてじっと座ってるイメージ、『賑やか』のほうは水の粒が手を振り回して賑やかに踊り回るイメージ、かな」
校長先生は僕の話を訊いて大きく頷いた。
「なるほど、よく分かりました。それでは今回のこの新魔法、発見・開発者をカルア君として、学校から発表を行います。資料作成や各種手続き等はこちらで行いますから、追加で何か発見した際には、その都度すぐ教えてください。それでいいですね?」
「あっはい、分かりました」
「では今日のところはこれで」
校長室への帰り道。
「しかし、時空間魔法の新しい使い方に続いて氷魔法の新解釈ですか。しかも、もし公開したら大変なことになりそうな錬成魔法と土魔法の軍事転用技術まで。それでいて本人は一介の冒険者のつもりなんだから困ったものです。はあ、一度マリアベル氏に相談しておきましょうか・・・・・・そのまままた校長を代わってくれないかな」
そして今日の授業は終了。
「カルアーー-! あたしはもう水魔法の制御は完璧に出来るようになったわよ! ふふん、凄いでしょう。 あんたは今日の授業、どうだった?」
「ええっと、新魔法を開発して登録されることになった・・・かな」
「えっ!?」
「ふおおおおっ!?」
ええっと、アーシュ? そんな怖い顔で・・・人を指差しちゃダメだよ?
あとワルツはそんなキラキラした瞳でこっちを見ないで・・・
「なっ、ななな、何よそれーーーーーーーーーっ!!!!」
「カル師ーーーーーーーっ!!!!」