さあここで新メンバーの登場です
「あなたたち、この1ヶ月でかなり良くなったわよ。前とは見違えるようだわ」
今日の放課後個別授業ももうそろそろ終わりという頃、クーラ先生はそう言って僕たちに微笑んだ。
クーラ先生の足元に転がる、ぐったりと力尽きた僕たちに。
あのー、クーラ先生? この状況でそう言われても、全然実感ないんですけど・・・
クーラ先生の言葉に、アーシュもやっぱり不満気。
「でもあたしたち、一度もクーラ先生に攻撃当てられてないし」
そう、あれから色々工夫して、連携もそれなりに出来てきた。確かに「見違える」っていうのも大袈裟じゃないと思う。
でもね、未だにクーラ先生に一度も攻撃を当てられてないんだよ。
こんな状態じゃあ、ねえ。
まあそれはともかく、僕たちひとりひとりも今日まで工夫と努力を重ねてきた。
だから当然、1ヶ月前の僕たちとはかなり違っているはず。
そして中でも特に変わったのはこのふたり、ノルトとネッガー。
まずはノルト。ノルトは杖を持つようになった。
杖を通して地面に魔力を注ぎ、動き回るクーラ先生の足元を直接操作。
瞬間的な操作だから大きくは動かせないけど、踏み出そうとした方向の地面を少し上げたり下げたりとか。
それで初めの数回は上手くクーラ先生の体勢を崩すことが出来たけど、すぐに読まれるようになった。
先生、順応性高すぎだよ。その先生の「意表を突く」とか、ハードルも高すぎ。
ああそうそう、ノルトの杖って材料に魔石が入ってるんだって。魔石の実用化もだんだんと進んできてるみたい。
ネッガーは、驚く事にピノさんのアドバイスがホントに理解できていたみたい。
あのあと急に、ビックリするくらい身体強化が強くなった。
「ギュンでグッでバッ」がコツなの? やっぱり僕には理解できない。
あとそれから体を細かく制御する練習も。身体強化した状態で箸で豆をつまむとか、物凄い速さで右手と左手でジャンケンをして左右交互に勝たせたりとか。
最初の頃は見てて面白かったけど、最近は目が追いつかなくなってきてる。速すぎ!
アーシュは全体的に強くなってる感じ。時々「魔法の深淵がー」とか悩んでるみたいだけど、そのうち突然何か思い付いて凄い事しそう。だってアーシュだし。
僕は・・・最近忘れがちだった「人並み」って言葉を噛み締めてる。
視点も「斜め後ろ」と「重ね合わせ」を同時発動してるけど、それでもクーラ先生の動きを捉えきれない。
身体強化は禁止されてるし、コツコツ地力を上げてくしかないかなあ。
「私に当てる? うーん、それは無理。長期目標にするんだったら素晴らしい事だと思うけどね」
「え? でもさっきももうちょっとのところまで・・・」
「ううん、だって私、まだ身体強化も使ってないから。そうね、じゃあせっかくだから、私の身体強化をちょっとだけ見せてあげる」
そう言ってクーラ先生が身体強化を発動したんだけど。
「え!? うそ!?」
「何よ、これ!?」
「俺の身体強化とはまったく別物・・・」
「あはは、はは。無理」
そう、はっきり感じ取れた。
身体強化した瞬間に、クーラ先生が今までより何倍も強くなったって事を。
「どう、分かったでしょ? ちなみに私、魔力の節約で身体強化を段階分けしてるの。強化はあとまだ2段階残してるからね」
そう言ってクーラ先生は身体強化を解除した。
ははは・・・
クーラ先生、実は宇宙も征服できるんじゃ・・・
「ただ、そうね。あなたたち、パーティとして考えると、最低もう一枚は攻撃の手が欲しいところなんだよね」
「それって、メンバーを増やした方がいいって事?」
すかさず反応するアーシュ。
「ええそう。冒険者として仕事をするんだったら、堅く行くのならメンバーはやっぱり5人は必要でしょうね。パーティの戦い方はどうとでも調整できるから、増やすのは前衛でも後衛でも構わないと思うけど。でも魔法クラスで探すんだったら、やっぱり後衛になるのかな」
うーん、どうなんだろう。
この間の臨時授業の結果、実技の授業を週に1度合同授業にする事になって、前回の合同授業が最初の臨時授業から数えて4回目だった。
最初の頃は魔法クラスからの参加者は結構多かったけど、回を追うごとに減っていって、逆に冒険者クラスからの参加者は技術訓練に戻りつつある。
つまり、魔法クラスで冒険者になりたがる人はそんなに多くないって事。
追加メンバー、なんだか難しそうな気がする。
「探すんなら早い方がいいわよね。さっそく明日クラスで声を掛けてみるわよ。みんな、いいわね?」
「うん、わかったよ」
「了解だ」
さすがアーシュ、動きが早い。
で、ノルトとネッガーも追加に賛成と。
「じゃあ朝のホームルームが終わったらみんなに声を掛けて、お昼を食べた後くらいに返事をもらう感じでいいかな?」
「いいんじゃない? もちろん声掛けはあたしがやるわ。 ふふん、朝から打ち噛ますわよ!」
「はぁーーーい、それじゃぁあ、朝のホームルームは以上でぇーーす。みなさぁーん、今日も一日ぃ、がんばりましょーーー」
「「「「「はーーーーい」」」」」
朝の儀式終了。大丈夫慣れてなんかいない、僕はまだ正常。
「みんな、ちょっといい?」
ここでアーシュ、動く。
さっきまでレミア先生がいた所に立ち、クラスのみんなに颯爽と呼びかけた。
「みんなもう知ってると思うけど、あたしとカルア、それにノルトとネッガーの4人は、パーティを組んで冒険者登録しようとしてるの」
ざわつく教室内。
でもみんな知ってる話だから、驚きとかではない。何が始まるの?って感じ。
「でなんだけど、昨日先生からパーティは5人以上にすべきって指摘があったのよ。・・・そこで!」
ここで区切りを入れるアーシュ。
「追加メンバーの大募集を行いますっ! 我こそはっていう人、この人ならって人、自薦他薦は問いま・・・あダメやっぱ今の無し。他薦は無し、自薦のみ! 私達と共に戦える人、魔物の殲滅が趣味な人、攻撃魔法大好きな人は特に大歓迎よ。第一次募集は今日の昼休みまで。奮って参加してちょうだい!!」
うわーー、ホントに打ち噛ましたよ。
むっちゃ満足そうな顔してる。やり切った!って。
「ならわたし」
手を上げて立ち上がった・・・あれはワルツか。凍らせる系で圧強めの。
「昼まで待つ必要はない。わたしが自薦、即採用」
「ワルツ・・・あなた、冒険者やりたいの?」
「当然。魔物、全部凍らせる。そしたらわたし、大満足」
両手を握り、ふんすっと鼻息。なんか小動物みたい?
「ワルツは氷魔法だったわよね? 攻撃とか出来るわけ?」
「問題ない。凍らせれば大体勝利」
「むーーー・・・」
考えてるように見えるアーシュ。でも口元がヒクついてる。それもう答え出てるよね?
そしてそれを待つワルツの表情は・・・こっちは全然読めないや。
「うん分かった、あんたのそのやる気を買ったわ! ワルツ、今日からあんたが5人目のメンバーよ!!」
「承知した。わたしはワルツ、今後ともよろしく」
さっきから展開が早い! そして僕の出番が、無いっ!!
もうこれ、アーシュがパーティリーダーって事でいいんじゃないかな。最近全然陰ってないし。
そして午後の実技の時間。
今日は合同授業じゃない日だから、習いたい魔法属性を選ぶんだけど・・・
土魔法はあれから数回受けた。
でも授業に大きな進展が無かったから、土魔法の攻撃を強化したいと頑張ってるノルトを残して、僕とアーシュは他の属性に。
そして選んだのはアーシュの得意な火魔法。アーシュはここで火魔法を強化したいみたい。
で、僕も火属性を習得すべく毎日頑張ったんだけど、一向に出来る気配がない。これはやっぱり、適性が無いって事なんだろうなあ。
でも諦めるつもりはないよ。だって適性が無くたって、「練習次第で多少使える」ようになるはずだから。
内より出でよ我が炎っ!!
だけど、さすがにアーシュのあの可哀想な人を見るような目には耐えられなくって、次の日は水魔法に移動。
そうしたら何故かアーシュもついてきて、一緒に水魔法をやる事に。
「たっ偶々よ、偶々。ほっほっほら、間違って燃え移っちゃった時とかすぐに消せなきゃだし! あんたもそう思うでしょ?」
結構ちゃんと考えてるんだ、さすがアーシュ。
で、その水魔法だけど、なんと出来ました!
といっても、出来たのはそこにある水を動かす事だけ。
水を生み出すことはまだ出来ないんだよね。
でも大丈夫! 何たって僕にはボックスがある。生み出せないなら取り出せばいいじゃない! 火は無理だけど、水だったら海でも川でも湖でも好きな所に行って、ボックスに入れておけばいい。もちろん人前では転移出来ないから、こっそり跳んで、ね。
それで、僕がそんな「なんちゃって水魔法」に思いを馳せている横では、アーシュがいきなりずぶ濡れに。
火と同じ要領で水を出そうとしたら、大きな水の塊になっちゃった!って。
慌てて避けた僕に水がかかる事はなかった。これって戦闘訓練のお陰なのかな。
指導員さんに「今のって『水流』?」って訊かれたアーシュは、恥ずかしそうに「『水滴』です」って答えてたけど、水魔法は一番下が『水滴』で、その上が『水球』、でそのもうひとつ上が『水流』。つまり『水流』は『水滴』のふたつ上。
2つ上の魔法と間違えられるなんて凄いよアーシュ。
「ふっ、それは『水流』ではない。『水滴』だっ!」なんてね。
それで今日。
どの属性を選ぼうかって事なんだけど、
「今日はもちろん氷魔法よね。さあワルツ、あなたの氷を見せてちょうだい!」
ま、当然そうなるよね。
「わたしの氷魔法は水魔法とのコンビネーション。一度に出せる水はコップ1杯くらい。それをナイフの形に凍らせて飛ばす!」
そしてその言葉通り、的に向かって飛ぶ氷のナイフ!
「おおっ、カッコイイじゃない!」
「おおっ、たくさん喋った!」
アーシュに睨まれた。ゴメン思わず。
「あと、すぐ近くのものだったら直接凍らせる」
そう言って、的に近づき手をかざすワルツ。
「うわっ、鎧が真っ白。これって霜?」
思わず鎧を触ろうと手を伸ばすと、
「触ると危ない。手が貼り付いて大惨事」
「つ!?」
慌てて引っ込めた。
「凄いじゃないワルツ! これなら確かに魔物だって怖くないわね」
「遠ければナイフ、近ければ凍らせる。前衛でも後衛でもオケ」
「魔力量はどうなの? 連続でどれくらいできそう?」
「そんな多くない。節約大事。ナイフなら10本、凍らせるのも10回が限度」
「なるほど。どう運用するかを考えなきゃ」
「あのさワルツ、魔力トレーニングとかってやってる?」
僕が訊くと、
「毎日魔力が無くなるまでやってる」
当然!って感じでそう答えを返したけど、え? それって・・・
「じゃあ、魔力が無くなってからは?」
「もちろん無くなったら終わり。やっても魔法は出ないから」
顔を見合わせる僕とアーシュ。いやだって・・・
「ねえワルツ、あなた魔力トレーニングって習わなかった? 去年の授業でもやったと思うけど」
「む、記憶に無い。誰からも聞いてない。授業なら熱で休んだ時かも」
「そっそう・・・。じゃあ言うけど、それ全くトレーニングになってないわよ」
「!?」
愕然とした表情を浮かべるワルツ。
まあ、これまでトレーニングだと思ってやって来た事が、実は効果ないなんて言われたら・・・ねえ。
困ったようなアーシュからの視線を受けて、僕が続きを引き取る。
「あのさワルツ、魔力トレーニングっていうのは、『魔力を全部使い切った後に、更に魔力を絞り出そうとする』事なんだよ。そうする事で、魔力が足りていないのを体が自覚して、魔力量を増やすんだ。魔力を全部使い切るのは、トレーニングの前準備なんだよ」
「おおおおおおお・・・わたし・・・準備で・・・終わってた・・・」
いやそんな、この世の終わりみたいな顔しなくても・・・
でもここはきちんとフォローしとかなくちゃ。
「ええっとワルツ? そういう訳だから、つまり今の君は全くトレーニングしてないのに、既にそれだけの魔力量があるって事なんだ。これは凄いことだと思うよ? だからさ、これからトレーニングをしたワルツは、もっともっと凄い事になると思うんだ。だからこれから頑張ればいいんだよ。きっとワルツなら大丈夫、やれるよ。頑張ろうよ。それにほら、言ってくれれば僕だって手伝うし」
なんだろう、なぜ僕の口からこんなにも流れるように言葉がスラスラと?
・・・ああっ、これ絶対あれ! 付与術のせいだっ!!
「ふおおおおお、ま、マイ師匠」
いや師匠じゃないから。
そんなキラキラした目で見つめられても・・・
手を合わせられても・・・
僕の手に両手で縋りついてこられても・・・
これ大丈夫だよね!? 僕、ワルツに何か付与とかしちゃってないよね!?
「わわわ、私も手伝うわよっ!!」
アーシュ参戦。うん、こっちは多分そうなると思ってた。
ヒトツメギルドの某受付カウンター。
ピキキーーーン☆
「またこの音!? 何だろう、嫌な感じがする・・・」
その日の放課後、ピノズクラブの本拠地と化した校内のとある部屋にて、アイのもとにある重要情報が届いた。
「会長、報告します。本日『最重要保護対象』に状況の変化あり。所属パーティが女性メンバーを追加しました」
突然起きた大きな状況の変化に、アイは若干の不安を覚える。
「その女性メンバーの情報は?」
「はい、名前はワルツ、得意魔法は氷属性、本人の属性は『小柄』『平坦口調』『単発口調(弱)』『妹系(微)』『ワンコ(微)』です」
淡々と告げられるワルツの情報。
なお、見た目や性格の「属性」というのは、かつてとある生徒が体系として纏めたものである。馴染みのある魔法に寄せて作られたその体系は、生徒たちの間で強く支持され、世代に応じて多少の変更を受けつつ現在まで受け継がれている。
「へえ、中々の属性ね。『最重要保護対象』への親密度は?」
「それが、午後の実技授業から『急上昇』です」
「何ですって!? 『上昇』ではなく!?」
まさかの報告に、思わず聞き返すアイ。
それまでの落ち着いた雰囲気から一変して急に狼狽え始めるが、それも当然の事。接近後すぐの「急上昇」など、あまりに危険過ぎる!
「『急上昇』です。間違いありません。加えて、『最重要保護対象』と何らかの約束を交したとの未確認情報も」
「至急確認を。不味いわね、完全に出遅れたわ。こちらの動きを上回るほどの展開性能、ここから属性を利用した追加攻勢だってあるかも。まったく、アーシュだけでも厄介だと言うのに、ここに来て何故突然・・・」
淡々と情報を告げるメンバーに若干の苛立ちを覚えながら、現状を整理しようとするアイ。しかしこれではあまりに情報が足りなすぎる。何か手を考えなければ!
「そのアーシュさんですが、どうやら今回については多少防波堤の役割を果たしているようです。その何らかの約束に際し、急遽割り込んで2人ではなく3人での約束とさせたとか」
「それは状況としては良し悪しの判断が付きかねるわね。逆に事態を悪化させる恐れもあるし、アーシュの親密度までもが上昇しかねない。状況のコントロールが難しいわ」
そう、予期せぬ取り合いや意地の張り合いから、状況が急展開する恐れもある。
何とか早期に事態の沈静化を図りたいところだが、片方の因子であるアーシュの突然の行動は全く読む事ができない。アイは思わず吐きそうになる溜息をぐっと飲み込んだ。
「では如何いたしましょうか」
「まず優先すべきはピノ様への状況報告ね。現時点での情報をまとめ、ギルド便にてピノ様の元に送付します。至急報告資料の作成を」
「はっ!」
「これが最後の追加メンバーとは限らない。この先、第二第三の・・・」
本来この台詞は事態の沈静化が完了してから発すべきもの。
それをこのタイミングで発してしまったアイは、やはりまだ混乱の真っ只中にいるのだろう。
そして混乱の嵐は、支部留めギルド便にて届いた情報と共にピノにも襲いかかる。
「うそ!? ここに来て妹属性!? 例え(微)だとしても、ひとりっ子のカルア君にとっては妹って初めての関係性よね! しかもワンコまで!? こっこれは思わぬ強敵になるかも!?」
そしてピノは1ヶ月前の記憶を懸命に呼び起こす。
「うーー、思い出せ私っ! あの時一度は全員の顔を見たはずよ。その中でこの情報に該当しそうな娘って・・・」
だが。
「駄目だ思い出せないーーーっ! ううっ、私あの時はアーシュちゃんの事で頭が一杯だったから・・・もうっ! どうしたらいいのよーーーーっ!!」
そして頭を抱えるピノに向かって通信室の外から、
「ピノーーーっ! お願い早く戻ってきてーーーっ!! 処理が追いつかない、追いつかないからぁーーーーっ!!」
夕方のラッシュによる忙しさで、こちらは頭を抱える暇もないパルムからの、ピノを呼ぶ悲鳴のような声が響き続けるのだった。