ベルベルさんに溺れるモリスさん
今日はみんなでベルベルさんの所に行く日。
そして参加者はあれから1名追加。
「すまんのう、同行させてもらって」
「いえいえ、ミッチェルさんには錬成を教えてもらったりお世話になっていますから。それにひとり増えても使う魔力とかはそんな変わらないんですよ。ですから、久しぶりの兄弟水入らず、ゆっくり楽しんできて下さいね」
そう、追加になったのはミッチェルさん。
王都ではマイケルさんやミヒャエルさんにもお世話になったし、せっかくだからって誘ったんだ。
まあ一緒なのは行きの転移だけで、王都に着いてからは別行動なんだけどね。
でもミッチェルさん、今日行くことをマイケルさんたちに連絡してないって言ってたけど、大丈夫かな? ミッチェルさんは全然気にしてないみたいだけど。
何と言うか、まあミッチェルさんらしいよね。
ということで、ベルベルさんの店に行くのは僕とピノさん、ギルマス、モリスさん、オートカさんの5人。モリスさんたちは一度こっちに来るって。行き先が王都なんだから、そこで合流すればいいと思うんだけどね。で、もうそろそろ来る頃かな。
ってちょうど来たみたいだ。受付の辺りから賑やかな声が聞こえてくる。
「やあやあピノ君、久し」
「ピノー、この間ぶり! 元気してた? あれから何か進展あった?」
「ちょっとロベリー! こんなとこでやめてよね! ほら、案内するからこっち来て。あ、モリスさんとオートカさんもどうぞこちらへ」
すごいなロベリーさん。モリスさんの言葉を普通に遮って会話始めるとか。
ああ、そういえばこの間のスラシュさんもそうしてたっけ。モリスさんと付き合う上で身についた技術なんだろうか。僕にはまだまだ真似出来ないや。
「では皆さん、こちらのお部屋でお待ち下さい」
ピノさんの案内でみんな部屋に入ってきた。
「やあカルア君、この間は」
「カルアくーん、元気してたー? 今日は私も一緒に行くことになったからよろしくね」
「あはい、よろしくお願いしますロベリーさん」
ロベリーさん、2回連続で遮ったらモリスさんかわいそうなんじゃ・・・
うっすら涙目だし。
「モリスさんとオートカさんも、今日はよろしくお願いします」
「久しぶりですねカルア殿。この部屋もなんだか懐かしく思えますよ」
「あっはっは、ここでも色々あったからねえ。カルア君に驚かされたりカルア君に魂を抜かれそうになったりカルア君に笑い殺されそうになったり・・・いやあ、しかしあの魔石グラスは今でも・・・ぷくくく」
「おお、そうじゃそうじゃ。あのグラスはなかなか見事じゃったな。さすがカルデシじゃっと思ったもんじゃよ」
「やあ、ミッチェル君じゃないか! こうして会うのはいつぶりだろう。君の錬成ガラスの技術発表会以来じゃあないかい? あの発表会は実に興味深い内容だったねえ。それにしても相変わらずの活躍っぷりじゃあないか。君の作品、王都でも大人気だから、どこの道具屋でも見ない日はないってくらいだよ。ところで『カルデシ』ってなんだい?」
「うむ、カルアにはうちの工房に勧誘っちゅうか内定出しとるからな。冒険者引退したらうちに来て欲しいってな、先に名前を用意したんじゃよ」
「ああ、なるほど。さすがだねカルア君、あちこちで大人気じゃあないか。僕も開発室に誘っているところだけど、いやあ、これは思わぬ所に競合がいたねえ」
ガラス工房で働くかどうかはともかく、改名は諦めて欲しいんだけど・・・
とそこにギルマス登場。
「すまない、お待たせした。ピノ君、今日必要な決裁などすべて終わらせてきたから、パルム君と確認してきてくれ。私の机の右端にまとめてある」
「はい、わかりました」
「あーあ、ピノはいいなあ、上司がしっかりしてて。うちの室長ももう少し計画的に仕事進めていってくれるといいんだけど。ねえ室長? 私がいなくても仕事できるようになってくれないと、私、いつになっても付与を始められませんよ?」
「あはは・・・すまないねえ、何とか努力するよ・・・」
「もう、いっつもそうやって返事を濁すんだから・・・」
なんだろう、話し方とか上司と部下って言うより・・・夫婦?
ピノさんもなんだか苦笑いしてるし。
ギルドマスター執務室。
ピノはパルムとともに書類のチェックを行っていた。
それなりに分量があったが、分担してひと通り目を通し終えたようだ。
「ええっと、これが最後かな。うん大丈夫、全部問題なし! これで出発できそうねピノ」
「パルム、今日はよろしくお願いします。ごめんね、夕方までには帰ってこれると思うから」
「大丈夫よ。朝の混雑は終わったし、これで夕方の混雑まではもう何もないでしょ。あ、でも埋め合わせってわけじゃないんだけどさ、ピノにひとつお願いがあるんだけど」
「えと、あらたまってお願いなんて言われたら、聞くのがちょっと怖くなるんだけど?」
「やだ、そんな大したことじゃないわよ。あのね、私もたまには王都でショッピングとかしたいんだけど、なかなか連休とかって取れないじゃない? それでね、ちょっとカルア君を借りたいなあって・・・あれ? やだちょっとピノ? 目付きが怖いんだけど・・・いやちょっと寒」
「『カルア君を借りたい』って、まさか王都でカルア君とふたりでショッピ」
「違う違う!! 違うって! お願いしたいのは往復だけだから! ほら、転移よ転移!! 移動時間短縮ぅ!!」
ーいつものピノにもどったようだ。
ーパルムはたすかった。
(・・・ホントはボディガードもお願いしたかったんだけどね)
「冒険者なんだから、カルア君に指名依頼を出したらいいんじゃないかしら?」
「ああそっか、それもそうね。じゃあそうさせてもらうわね。あ、依頼だったら護衛も・・・いや、何でもないわよ。何も言ってないから。何でもありません!! ちょピノ!?」
「それで、今日は皆さんはマリアベルさんとどんな話をするんですか? 僕は編入試験について相談するつもりなんですけど」
「うむ、あの御仁は権力から距離を取りつつも影響力が大きい。そのうえ口が固く信用できる方なのだ。なのでガッツリ巻き込もうと思ってな」
「はは・・・まあつまり校長には『チームカルア』の新メンバーになってもらうつもりってことだよ。僕は個人的にちょっとやり辛くなりそうだけどさ。ああそうだ、新メンバーといえばミッチェル君、君って正式なメンバーってわけじゃないよね? どうだい? 秘密厳守が必須条件だけど、君だったらその点問題ないだろうし、僕としては大歓迎だよ?」
「ふむ、ミッチェルさんには多少なりとも今回の件に関わってもらっているからな。ふふふ、せっかくだから首までどっぷり浸かって、我々と胃痛を共にしてもらうのもいいかもしれん」
「なんじゃ、その不穏な発言は。じゃがまあ、せっかくのお誘いじゃから入れてもらおうかの。どうせカルアの事じゃ。大っぴらに出来んような秘密のひとつやふたつ、抱えとるんじゃろう? その程度、わしも一緒に抱えてやるわい」
「よし決まり。じゃあミッチェル君はチーム入りってことで。詳しい説明はまた後日って事にするけど・・・ふっふっふ、秘密はひとつふたつどころじゃあないからね。聞いた後にミッチェル君がどんな顔になるのか、実に楽しみだよ僕は」
「むむうぅ・・・なんじゃ、安請け合いしたさっきの自分を殴り倒したい気分になってきたんじゃが・・・ちなみにクーリングオフとかは・・・」
「あると思うかい?」
「ふん! 言ってみただけじゃ! 男に二言は無いわい!!」
「ということでよろしくね。あ、せっかく王都に行くんだから、『マッキョ』で胃薬買い込んでおくといいよ。まあ、もし欲しくなったら、その次に来る時にでも買って行ってあげるけどね。うちの近くだし」
「ふむ、何なら公式の支給品にするか? 費用はカルア君持ちで」
「あははは、そうしたらカルア君の想定外も少しは減ってくれるかな?」
あ、ピノさん戻ってきたみたい。
「お待たせしましたギルマス。確認OKです。もうこのまま出発しますか? 夕方の混雑までには戻って来れますよね?」
「うむ、それは大丈夫だ。話が長引く場合は一旦中断して続きは後日とする予定だからな」
「よおっし、じゃあこれで顔合わせも事前打ち合わせも終わりって事で、さっそく出発しよう。王都の転移場所にしてるあの小屋、全員一度に転移できなくはないけど、ちょっと狭いんだよね。ってことでカルア君、2斑に分かれて行こうか。僕たちは先に行ってるから、君たちは5分くらいしたら転移してきてね」
こうして、また僕は王都の門をくぐった。
この間はピノさんとふたりで、今日はみんなで。
「じゃあわしはここで。連れてきてもらってありがとうなカルア。ブラックさん、わしはたぶん3日くらいでヒトツメに戻るじゃろうから、詳しい話はその後にでも聞かせてくれ」
ミッチェルさんはそう言って去っていき、僕たちはベルベルさんのお店に向かった。
ベルベルさんの店に到着っと。うん、きょうもいい感じで怪しげ。
入り口の扉を開け、みんな店の中へ。
「そろそろ来る頃だと思ってたよ。まったくよくもまあこんな狭い店にぞろぞろと連れ立ってやって来たもんだね。ここじゃあ座ることも出来やしないからこっちへ来な」
そこで待ち構えていたベルベルさんは、そう言って店の奥へ入っていった。
僕たちもその後を付いて行って・・・、ビックリ!
「うわ、広っ」
そこはギルドの訓練室くらいある広い部屋だった。
店はあんなに小さいのに、なんでこの部屋こんなに大きいの!?
部屋の奥の方は倉庫にしてるみたいで、棚が並んでいろんなものが置いてある。
あとは・・・、あそこは作業場所かな? なにかを作ってる途中みたい。
それでこっちにはテーブルが四角く並んで・・・会議場?
「全員こっちへ座んな」
僕たちはそのテーブルを囲むように座った。
「随分広い部屋ですね。こちらは空間拡張をされているんですか?」
「そんな事しちゃあいないよ。空間拡張なんかしてもし万が一不具合が起きたりしたら、ご近所に迷惑がかかるからね。ちょいとこの辺りに住んでた皆さんには、他の場所に移ってもらったのさ。王宮からのお願いって事でね」
うわぁ、それってご近所にものすごく迷惑かけてるよ!!
「あはは、は・・・それはまた実に校長らしい・・・」
「何だいモリス、あたしゃもう校長じゃないよ。そんな面倒事は全部ラーバルの奴に押し付けてきたからね。無駄に長生きしてるあいつのことだから、こっちには余計な面倒を持ってこないだろうさ。まあ来たところで叩き返すだけだけどね」
「えー、校長先生はすっごくしっかりしてますよ? 優しいし、いろいろ面倒みてくれたりして」
「ピノ、あいつがあんたにあたしの店を紹介したのだって、あたしに『面倒事を押し付けた』ようなもんだからね?」
「えぇーー! ひどいですよベルベルさん!」
空気が変わった・・・ピンって・・・何この突然の緊張感!?
「ぷっ!」
あれ? モリスさん、後ろに倒れ込んで床に蹲った!?
まさかこの空気に当てられたとか!? 大丈夫!?
「ぶふぅーーーっ! ぶくくっっ!! あーっはっはっはっはっはっ、『ベルベルさん』って! 校長が『ベルベルさん』!! ひぃっ、くくくっ! ・・・あっはははははははっ・・・・あ、駄目だ・・・ぶははははははははははははははは!!!」
「はああぁぁぁーー−−−−・・・、ピぃノぉ!? あんた、とうとう人前でっ
! ・・・この間はカルアだけだったからまだ許したけどさ・・・あんたには散々言ってあったよね? 他の奴らがいる時にはちゃんと名前で呼べって・・・それを、よりにもよってモリスたちがいるところで・・・、あんた、この始末どう付けるつもりだい?」
「え、ええっと・・・」
「あはははは・・・・・・ひぃーっ・・・くっ、苦しい・・・べ・・・『ベルベルさん』・・・ぷふっ! ・・・あははははは・・・」
「モリス!! あんたもいつまで笑ってるんだいっ!! いい加減あたしも怒るよっ!?」
ベルベルさんの周りに大量の青白い火花っ!?
ん? 火花? いや、雷!?
「まずい! カルア殿、モリスを界壁で囲んで! 早く! 声を遮断っ!!」
「はっはいっ!! 『界壁』!!」
界壁で囲んだモリスさんの笑い声が聞こえなくなり、辺りは静まり返った。
そしてベルベルさんの周りでバチバチいってる音だけになって・・・怖いっ!!
「ふうぅぅぅぅ・・・」
ベルベルさんの長い吐息。
ようやく怒りが収まったみたい・・・はぁ、よかったよかっ・・・え!?
「水流」
うわぁ、界壁の内側に物凄い水が!!
これ、ベルベルさんの魔法!?
「ふん、まあまあの結界を張れるじゃないかカルア。でもほら、こんなに簡単に攻撃を許すようじゃあ、まだまだ欠点も多そうだね。もうちょっと改良しな。さあ、早いとこ結界を解除してやらないと、モリスの奴そろそろ溺れ死ぬんじゃないか?」
「うわぁ、解除解除ぉ!!」
「解除、撤去」
僕が界壁を解除すると同時にベルベルさんも水魔法を解除して・・・、え? 出した水も消えた!?
まるで僕の解除で水が消えたみたい! 何気なくって感じだったけど、僕の解除と完璧に合わせたってことだよね? ベルベルさん凄い!!
そしてモリスさんは床でピクピクと・・・うん大丈夫、まだ生きてるみたい。
・・・ロベリーさんの介抱でモリスさんは無事回復し、僕らは再び席に戻った。
「ったく仕方がないね! はあぁー−・ ピノ、ロベリー、カルア! あんたたちは今後も『ベルベル』でよし! どうせ駄目って言ってもいつの間にか戻っちまうだろうからね。もう諦めたよ。ただし!!」
そう言ってモリスさんたちに眼光を飛ばし、
「お前らは駄目だ。そして全て忘れて一切口外しないこと。もしどちらか片方でも漏らしたら・・・ふたりとも死ぬよ?」
モリスさんとオートカさんは必死に何度も頷く。それはもうぶんぶんと。
「ブラック、あんたもだからね」
「もちろんです。一切口外しないことをお約束します」
「さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか。こうしてあんたらがぞろぞろ雁首揃えてやって来たんだ。つまり、カルアの事なんだろう?」