魔物部屋の階段の先に進みました
「モリス、あなたが一番問題視しているのはどの部分ですか?」
「もう間違いなく音の感知。匂いはともかく音はまずいよ。国や貴族たちにとって便利すぎる能力だ。彼の存在自体を秘密にされて、いいように利用される未来しか見えないよ」
「モリス、ならやるべきことはスティールと同じです。彼だけのものでなく一般的な技術に落とし込みましょう。その為にまずはあなたが習得してみては?」
「そうか・・・そう、うんそうだよ! そこに興味深い新技術がある、だったら迷わずそれに向かって突き進むのが僕じゃあないか。音と匂いの感知! 時空間魔法の新機軸になるかもしれない。新魔法として定義できるかもしれない。なんだい、実に心躍る展開ってやつじゃあないか。よし、それじゃあ早速・・・」
「いや、今から探索ですよ」
「おっとそうだったね。これはうっかり。そうだよ、カルア君も早くダンジョンに入りたいよね。あの階段の先が気になるよね。もちろんそっちが優先だよ。今日ここに来た目的のひとつ、いやもうメインイベントといってもいいよね。さあ共に行こうじゃないか。なに僕の方はその後でもぜんぜん大丈夫だよ。むしろ先の楽しみとして感じられる時間が長くなったんだからね。逆に嬉しいってもんさ」
あっという間にいつもの雰囲気に戻ったモリスさん。
さすがオートカさん、やっぱりいいコンビだなあ。
って、僕が原因なのはもちろんちゃんと分かっていますから。ご心配をおかけします。
「じゃあダンジョンに入ろうか。今度はカルアくんのカードってことでいいんだよね」
「ええ。問題ありません」
「じゃあ、しゅっぱーーつ! カルアくん、転送よろしく」
僕は転送装置にカードをかざす。
もちろん特別な何かが起こるわけもなく、僕たちはダンジョン内の転移の間に転送された。
「さてカルア殿、一歩目を踏み出した瞬間の魔力変動を記録しますから、ちょっと待ってくださいね。ウサダン、計測準備は?」
「完了。いつでもどうぞ」
「じゃあカルア君、ゆっくり一歩踏み出してください」
言われた通り一歩前へ。部屋は赤い光に変わる。
「ウサダン計測は?」
「記録できました」
「よかった。さっきはそこのお調子者のせいで正確な記録が取れませんでしたからね。まったく、新しい魔法罠なんだからトリガー部分の記録は非常に大事だというのに」
「それについてはちゃんと謝ったじゃあないか。僕だって本当にワンチャンスしかなかったらきちんとやるって。ほら、今だってこうして動かず待っていただろう?」
「当たり前です。そしてワンチャンスとか関係なく常にふざけたりしないのが、本当の当たり前なんですからね」
僕のいない一回目に、一体何があったんだろう。
聞きたいような聞きたくないような。
と言っても、モリスさんが悪い方のモリスさんらしさを出しちゃった、ってとこまでは簡単に想像つくけどさ。
「さて、もうここで記録する事とかは無いよね。じゃあそのまま魔物部屋にご招待いただこうか。僕も早くカルア君のスティール無双を見てみたいしね」
ということで、転送装置にカードをかざしてトラップを発動させる。
全員無事に? 魔物部屋に転送された。
「さて、ここから僕は見学会だ。オートカ達も記録するだけだろう?」
「そうですね。ウサダン計測は?」
「もう始めてます」
「じゃあラキは障壁の展開。タチョはウサダンと時間の連携を」
「「了解」」
「カルア殿にはこちらをお渡ししておきます」
「何ですかこの巾着?」
「のど飴が入っていますから、お好きなときにどうぞ」
「ありがとうございます。あとでいただきますね」
アメちゃん貰った。
「おっとカルア君、そろそろ団体様ご到着の時間だ。いよいよ君のスティールが炸裂するときが来たようだね。そこでひとつ課題を出そう。いいかい? まずこの部屋全体を把握するんだ。そしてスティールは闇雲に撃つんじゃなくって狙い撃つ。これは密集した魔物の群れから対象を特定して撃つ訓練ってやつだよ。この経験はきっと君の役に立つと思うよ。時間がかかっても構わないから焦らずじっくりね。といっても階段の下を探索するくらいの時間は残しておいてくれよ」
先生モードのモリスさんはとっても真面目。
教えてくれる内容もすごく為になるし分かりやすい。
「分かりました、やってみます。『俯瞰』」
部屋全体を把握。視点は・・・まずは目と同期でいいか。
魔法の鞄は口を開けて足元に置いて、と。
よし、準備完了!
「さあ、いよいよご到着だ。じゃあカルア君、彼らの歓迎よろしくね」
モリスさんのその声と同時に部屋中に魔物が溢れる。
この光景を見るのはこれで3度目だ。
最初は絶望とともに。
2度目は最初少し緊張したけど、安全地帯から乱れ撃ち。
そして今回。安全地帯からっていうのは変わらずだけど、課題をこなしながら通り道として。
出されたその課題は、空間魔法と連携してスティールを狙い撃つ事。
思い返してみれば、今まで狙いを定めてスティールしたことは一度もない。
全部スティールスキル任せだったんだ。
自分でも気づいていなかったその事に、モリスさんは気づいてたって事なんだろう。
やっぱりすごい人だなあ。
そんなモリスさんからもらった課題、ちゃんと満点回答しなくちゃね。
まずは正面の魔物を手前から奥に向かって順に狙っていこう。
「スティール」
よし、狙った魔物からスティールできた。次。
「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」
うん、ちゃんと狙ってできてる。ならばこのまま一番奥まで一気に連続で。
「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」
「おおー、これがカルア君の本物のスティールか。実になめらか、実にスピーディ、実に正確。これは途轍もないな。僕のなんちゃってスティールとの違いを何とか見つけないとなあ。まったく、カルア君に出した課題よりも僕に出されてる課題のほうがはるかに難題だよ。まずは何とかヒントだけでも見つけないとね。いやあ楽しいなあ」
おっと、直線上のバットは全て倒して壁に到達だね。じゃあ次は壁沿いにぐるっと一周回ってみようか。
ってあれ? どことなくモリスさんの口調がうつった?
「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」
「おっと、今度は奥を集中攻撃かな? じゃあ僕も『俯瞰』してっと。うん、壁沿いに撃ち進めているようだね。ちゃんと狙えているようで、感心感心」
一匹ずつ狙うのはもう感覚を掴んだから何の問題もなくできそうだ。次はどんな風にやってみようかな。あ、そうだ。一度のスティールで2匹まとめてできるかな?
「スティール」
目の前に現れた魔石はふたつ。俯瞰から消えた魔物の表示もふたつ。
2匹同時スティール成功だ。魔力の減りはもともと小さすぎて違いが分からない。多分2回分減ってると思うんだけどね。
「ん? 今のは見間違いかな? なんだか2匹消えた気がしたんだけど」
このまま3匹、4匹と増やしていってもいいけど、きっとそんなに違いがないと思うんだよね。だから。
「スティール」
はい、10匹成功。
「今度は見間違いじゃあないよね。ねえオートカ、何だか僕は嫌な予感がしてきたよ?」
「安心してくださいモリス。私もですから」
「それを聞いてますます安心できなくなったよ・・・」
さあ、次はアレ。
「スティール」
目の前の魔石、超たくさん。
魔物は部屋の中の四分の一くらいがまとめて消えた感じかな?
「オートカ、何だか僕の感じていた嫌な予感を一瞬で上回ってきたヨ?」
「私、この間十分驚いたので今日はもう驚くことは無いと思ってたんですよ。少なくともこの部屋では」
「僕の把握しているところによると、今の一度のスティールで切り裂きバットが全滅したようだよ」
「つまり、種類指定をスティールに連携できる・・・ということですか」
「・・・」
「・・・」
さて、じゃあもう少し大きなくくりで指定してみよう。
指定するのは「範囲内の魔物」。
「スティール」
うん、一匹もいなくなった。魔力は・・・ほんのちょっと減った感じがする。
「どうしようオートカ。僕また余計な事言っちゃったかな? もっとちゃんと考えてから発言したほうがいいのかな? それとも僕はもうこの先一生、何も言わないほうがいいのかな?」
「発言は考えて欲しいし口数も減らして欲しいですけど、これに関しては多分モリスが何も言わなくてもカルア殿はすぐにやっていたと思いますよ。目の届くところでやってくれただけ良かった、と思うしかないでしょう」
おっと、まだ湧出は止まらないみたいだ。じゃあまた部屋中に溢れるのを待ってから一度で片付けようかな。
・
・
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それから3ターンで殲滅完了。
「もう出てこないみたいですね。これで終わりでしょうか?」
「そうですね。多分終わりかと思いますよ。そろそろ階段と扉が出・・・ああ、出ましたね」
「とりあえず色々カルア君に言いたい事はあるけど、ホントに色々あるけど、階段が出ている時間は10分間だったよね。まず今はアレらを全部片づけて先に進むとしようか。じゃあカルア君、課題をクリアしたご褒美に、今からいいものを見せてあげよう。いいかい、よく見てるんだよ?」
なんだろう? モリスさんのことだから、きっとものすごいことをやってくれるよね。これは絶対見逃せないよ! 刮目せよ僕!
「さあいくよ。『収納』」
部屋中に溢れていた魔物の死骸が全部消えた!
「そしてそれをこの鞄の上に取り出す!」
鞄の上に現れた魔物の山。それはそのまま鞄に向かって落ちていき・・・すべて鞄に入った!
凄い! まるで魔法みたい! って魔法だったよ・・・
「スキルとして『ボックス』を発動するほうがお手軽なんだけど、今のは敢えて『収納』魔法として発動したんだよ。どうだい? 『収納』、なんとなく分かったかい?」
「ありがとうございますモリスさん。なんだか見えたような気がします!」
「うん、参考になったのなら良かったよ。それじゃあ階段を降りようか。オートカ、君たちは準備があるんだろう?」
オートカさんが調査団メンバーに計測の指示を出すのを待って、僕たちは階段を下りる。
するとそこに待っていたのは・・・
「部屋、ですね。先ほどの部屋よりも少し広いくらいでしょうか。出口は何処にもなさそうです」
「さあて、今度は何が出てくるのかな? まさかさっきと同じ魔物がまた出てくるなんで、そんな芸のないことはしないよねえ。もしそうだったら僕はこのダンジョンを『テヌキノダンジョン』に改名するよう申請を出しちゃうよ?」
「奥に魔力の揺らぎ発生。おそらく中型サイズ1匹です」
ウサダンさんから警告。緊張が走る!
・・・そして魔物が出現。
「お、あれって・・・」
「なるほど。予想してしかるべきでしたね。実に順当です」
「あれって『金属バット』?」
「知っていましたか。さすがカルア殿ですね。そう、あれは属性の特性を備える『属性バット』の亜種で、全身が金色をしていることから『金色属性バット』と呼ばれる魔物です。『金属バット』はその略称ですね」
「確か、このフィラストダンジョンのラスボスですよね。コアが結界に覆われてからは出現しなくなったっていう。ギルドの図書室でダンジョンについて調べているときに本で見ました」
「その通りです。他の場所で出現したという報告は無いので、もう実物を見る機会はないと思っていましたが」
「いやあ、さっきの魔物部屋って、このダンジョンの通常モンスターが一通り出てきたんだよね。それでその下の階ではラスボスが待つと。うんうん、実に素直でいいダンジョンじゃないか。そうすると『スナオナダンジョン』に改名って事でいいのかな?」
「そろそろ改名から離れてください。名前はフィラストダンジョンのままでいいですよ。それで金属バットについてですが、属性は出現するたびに違っていたようです。ですので今回何の属性を備えているのかは分かりません」
「オートカ、アレについては何か調べたいことってある?」
「希少ではありますが、興味は無いですね。所詮ちょっと大きくて派手なだけの属性バットですから」
「だよねー。なら興味はただ一点。スティールできるか否かだ。ちょっと待っててよ、今魔石の位置を探るから・・・うん、胸のあたり中央だ。オートカ、その辺りを集中的に計測できるかい」
「ウサダン、聞いたな? 計測位置は魔物の胸のあたりだ」
「ロック、オン。追尾、オン。対象が素早い動きを始める前にお願いします」
「りょーかいだよ。じゃあカルア君、スティールやっちゃって」
「はい、行きます! 『スティール』」
そして金属バットはちょっと大きめな魔石になった。
この大きさの魔物にスティールしたのは初めてだけど、特に今までとの違いは感じなかったな。
「あっはっは。相変わらずの天敵っぷりだねえ。まあさっきの全指定殲滅のインパクトが強すぎて何の驚きも感じないんだけどね。でも今では幻の金属バットだ。持ち帰ったらギルドは大騒ぎになるだろうね。と言う訳で鞄に収納しちゃおうか、カルア君」
鞄に入れようと金属バットに近づくと、その向こうにまた下り階段が現れた。
それに気づき、他のみんなも後ろから歩み寄ってきた。
まずは収納っと。
「どうやらまだ下があるようですね。降りないにしても、ちょっと様子を・・・おや?」
「ん? どうしたんだいオートカ?」
「これ以上進めないようですね。入口が障壁のようなもので覆われています」
モリスさんも階段に近づき、
「ああ、本当だねえ。これはあれだね。何か条件があって、それを満たしていないってことなんだろうね」
「そのようです。そして今までの流れからすると、入口で転移トラップを発動した者に対する条件、という可能性が高い気がします」
「こうして塞がっている以上、壊して無理矢理進むってのはお勧めできないね。ダンジョンそのものに不具合が発生する可能性もあるからね。そうするとオートカ、今回はここまでって事でいいのかな」
「そうですね。今回は魔物部屋に現れた階段の先を確認することが目的でした。その目的は果たしましたから、今日はここまでとしてギルドに戻りましょう」
僕たち全員が上の部屋に戻ると、階段は消えてなくなった。
「どうやら、この階段は下に降りている間はそのままになっているようですね。それで下に誰もいなくなると消える、と」
「必ずそうなるか試すのはちょっとリスクがあるなあ」
「そうですね。この中で転移が使えるかの確認が必須でしょう。それが使えない場合のリカバリー案も用意しなければなりませんね」
そして今日の探索を終えた僕たちはギルドへと戻る。
道中のモリスさんは終始とっても疲れた様子だった。
この間ギルマスと森に行った、その帰り道の僕のように。