ヒベアの群れから里を守ります
門を潜ると、そこはまるでおとぎ話に出てきそうなドワーフの里。
「うわぁ、どの家も全部鍛冶屋だ・・・」
「がははは、まあ鍛冶屋じゃない家もちっとはあるがの」
通りを歩くと、すれ違うひとはみんな笑顔でミッチェルさんに軽く会釈してくる。
「さっきも思ったけど、ミッチェルさんって実はこの里の偉い人だったりします?」
「む、そうじゃのお・・・まあ里のまとめ役の家の者っちゅうところじゃ」
里のまとめ役・・・それって!?
「領主って事!?」
「あーーここじゃあ里長っちゅうんじゃが・・・まあ領主みたいな感じかのう。ちゅうても鍛冶の時間を割いて雑務をやるちゅうだけじゃ。じゃから他の家に代わってくれっちゅうても代わってくれる家なぞありゃせんのじゃよ」
「ああ、なるほドワーフ」
「何じゃいそりゃあ」
「いや何となく出ちゃいました」
「じゃがまあ、それだけに里の者から感謝はされちゃるぞ。主に兄貴が」
「お兄さん、ですか」
「ああ。うちの兄弟の一番上のミゲル兄貴じゃ。今向かっちょるわしらの家におるから、出掛けてなけりゃあそこで会えるじゃろ」
通りを歩いていると、確かに時々鍛冶屋以外の建物も目に入る。
でもこれって・・・
「酒場、酒屋、宿屋・・・」
「おお、あとは肉屋とか八百屋、雑貨屋とかかのう。まあほとんどの家が兼業じゃが」
「兼業って・・・鍛冶屋と?」
「おおそうじゃ。よく分かったの」
「まあどの建物も隣に鍛冶場が付いてるし」
「がはははは」
そうして歩いていると、ミッチェルさんは一軒の大きな家の前で足を止めた。
「ここがわしら家族の家じゃよ」
「大きな家ですね」
「まあこの里にしちゃあ、じゃがな」
玄関の扉を開けて中に入るとミッチェルさんは、
「おーいミゲル兄貴! わしじゃ! ミッチェルじゃ!」
と大きな声を上げながら奥へと進んでいく。もちろん僕もその後についていく。
すると奥から、
「こっちだミッチェル。そのまま入ってきてくれて構わないぞ」
と返事があった。
「で、こっちが弟子のカルデシじゃ」
「初めまして。カル――デシです?」
「おおそうか、ミゲル兄貴はわしの兄貴じゃからな。カルアで構わんぞ」
「はい、じゃああらためて。カルアです。よろしくお願いします」
「ほう、カルア君か・・・すると君は実はエルフで女性という――」
「がっはっは、そんな訳ないじゃろ。別人じゃよ。同じ名前じゃからそう勘違いされるんが面倒でな、ここでは『カルデシ』で通しとるんじゃ」
「ははは、そうだったか」
そんな感じでミゲルさんとの話が進み、
「ああそうじゃ、後でカルデシの準一員登録の書類がまわってくるからの。よろしく頼むぞ」
「む、準一員だと? ミッチェルの弟子というだけでか?」
「ああ、実はな・・・」
道すがら熊の魔物に教われていた馬車を助け、そのまま里まで一緒に来た事をミッチェルさんが説明すると、
「うむ。酒の恩人ともなれば準一員は順当だろうな。しかしツキノワベアではなくヒベアが出たのか。しかも同時に2体・・・」
「そうじゃ。はぐれじゃったらええんじゃが、2体ちゅうのがな」
「ああ。もし群れで移動してきたとしたら厄介だな。何とか調べる手立てがあればいいのだが」
「ほうじゃのう・・・冒険者ギルドに依頼を出すにしても結果が分かるまで時間が掛かるじゃろうし」
付近の調査?
それだったら、
「僕が調べてみましょうか?」
昨日馬車が襲われていた場所に転移してきた。
じゃあこの辺りを中心に調べてみようかな。
「俯瞰」
そのまま視点を上昇、と同時に把握する範囲も広げて・・・
「おっと、このままだとこの範囲が限界かな。じゃあ軽く魔力を循環してっと」
循環によってぐんと広がった把握の範囲。
その中からヒベアの反応を探して・・・
見つけた!
反応があった場所に視点を動かして様子を見ると、たくさんのヒベアが見える。
その中心には1頭の大きなヒベア、そしてそれより少しだけ小さな4頭のヒベアが・・・あれがこの群れのボスと幹部かな?
よし、仮にボスヒベアとヒベア四天王と呼ぼう。
それから気になるのは群れのヒベアの数。これは――
「これどう見ても100頭以上はいるよね・・・」
さてどうしようかな。
一旦報告に帰るっていうのが正しいと思うけど、でもスティール出来るのなら今対処しちゃったほうがいい。
だって里の誰かと一緒だとスティールを使えないから。
「うん、やってみるか」
まずはスティールできるか試そう。すべてはそれ次第。
という訳で、ヒベアの群れから少し離れた木立の中に転移した。
そしてそこから群れの端の1頭を狙って、
「スティール」
そのヒベアはその場に倒れ、僕の前には魔石が浮かんだ。
「よし、抵抗無くスティールが通った。これなら!」
テストが終われば次は本番。
群れ全体を把握して、
「スティール」
一斉にバタバタ倒れるヒベアの中で、ボスヒベアと四天王が残った。
あの5頭、スティールを弾いたのか。
と思ったら、四天王のうちの1頭がその場に崩れ落ちた。1頭だけスティールが通ってたみたい。
奴は四天王最弱・・・
残った4頭は、突然倒れた仲間たちを目にして怒りの咆哮を上げた。
今のうちに目の前に浮かぶ100個以上の魔石を急いで収納。
よし、じゃあ次は場所を移動し――
っと、気付かれた!
ボスヒベアが僕のほうを見て唸り始め、すぐ後に四天王の生き残りもこっちを見て、そして・・・
「「「「「グルワァッ!!」」」」」
一団となって突進してきた。
これまでに判った事。
スティールというのは、自分と相手の魔力の力比べ。
力とは純粋な魔力の強さと大きさ、そして魔力を感じとる力と操作する力。
それをひとつひとつ増やして理解して、そしてスティールはDp5まで進化した。
スティールを弾いたこの4頭のヒベアへの対処はつまり、より強い力でスティールする事。
ならば相手を弱らせるか自分を強化すればいいって事。
なら――
「両方やれば間違いなし!」
「結界!」
4頭をひとつの結界に閉じ込めて。
「シェイク! からの高速回転!」
ネッガーのお父さんにやった結界シェイクをもっとずっと強力に凶悪に。
うん、いい感じにダメージが入ってる。
「さあ、行くよ」
動きを止めた結界の前に移動して、ゆっくりと撲撲棒を構えて。
「これで!」
結界の中に座り込んでる一番大きなボスヒベアに向けてフルスイング!
外から中へは素通しする結界は撲撲棒を阻む事無く通し、撲撲棒はボスヒベアに直撃した。
「ギャワン」
意外と可愛い悲鳴を上げたボスヒベアは四天王を巻き込んで反対側の壁に激突、そのまま全員目をまわして倒れた。
「そろそろいいかな」
次はもちろん僕の魔力の強化。
体内の魔力はゆっくりと循環を始める。
今日は周りに誰もいないし、ちょっと強めに循環しても大丈夫そう。
よし、やっちゃえ。
ぐるぐるぐるぐるーーーっ
「ギュワワワワワワ・・・」
目を覚ましたボスヒベア達はこっちを見て驚いた顔をしてる。もしかして魔力が見えるのかな?
「よし、これくらいで・・・『スティール』」
今回はちゃんとスティールが通ったみたいだ。
結界の中のボスヒベア達は声を上げずにそのまま崩れ落ち、僕の前には4つの魔石が現れた。
「うん、これで群れの駆除は完了かな」
じゃあボス達も収納して、ミゲルさんの家に戻ろっと。
「行ってきましたー」
「おおカルデシ、早かったの」
ミゲルさんの家に戻ったのは出発してから20分後。
「それでどうだった?」
「はい、ヒベアは100頭以上の群れでした」
「何だと!? それ程大きな群れなのか。とすると一体どのように対処すれば――」
「それで、これが群れのボスです」
ボックスから床にボスヒベアを取り出した。
「「は?」」
うんうん、それはビックリするよね。
「ほんとビックリですよね、こんなに大きくなるなんて。他のヒベアがこれくらいだから――」
比較の対象として、ボスヒベアの横に普通の大きさのヒベアを1頭取り出して、
「見た感じ、2倍くらい大きく見えますよね。これって進化とか変異とかしたのかな?」
「「・・・」」
「えっと・・・どうしました? あ、どちらのヒベアももう死んでますから大丈夫ですよ?」
「あいや、じゃなくてじゃな・・・」
「ええとカルア君、君さっきこの大きいヒベアを群れのボスと言ったな。では群れはどうした?」
「全部倒して持ち帰ってきましたよ。あ、たくさんあるから里の皆さんで分けて下さいね」
「ああ、それはありがたい・・・じゃなくって! 群れは100頭以上だったんだろう? それを全部? しかもたった20分程で? ・・・ああちょっと混乱してきた・・・すまない、ミッチェルこっちへ」
ミゲルさんはミッチェルさんを連れて部屋の隅へ。
そこで何だかふたりでボソボソしゃべってる。
「・・・いやだが・・・・・・待て、そんな事が・・・」
「カルデシは・・・秘密じゃ・・・・・・強いんは知っちょったが・・・」
やがてふたりで大きな溜め息を吐き、そして話は終わったみたい。こっちに戻ってきた。
「カルデシよ、お主ちょっと感覚が麻痺しとるぞ」
「麻痺?」
「うむ。魔物部屋で何千っちゅう魔物を相手にしたり、ダンジョンの魔物を根こそぎ倒したりしちょるじゃろ?」
「はい」
「それっちゅうのは、魔物部屋に始めて放り込まれた時のお主からみたらどう見えるかの?」
「ええっと・・・強くなったなあって?」
「それが麻痺しちょるっちゅうんじゃ。20分で100頭以上のヒベアを狩るなんて、普通の冒険者じゃああり得んじゃろう?」
「え? でもクーラ先生とかピノさんとか・・・」
「そこを普通の基準にするんじゃないわ」
「えっと、じゃあギルマスとか」
「最強職員じゃぞ?」
「あと、うちのパーティメンバーも出来そうな気が」
「お主、ノルト達に一体何をしたんじゃ・・・」
「ええっと、それじゃあつまり・・・」
「つまりじゃ・・・お主のやった事は普通の冒険者の範疇を超えちょる。不可能とは言わんが、かなり上位の冒険者じゃないと出来ん事じゃと思うぞ」
それはちょっといくら何でも大袈裟なんじゃ・・・
「まあお主の場合は相性の問題っちゅうのもあるがの。考えてみい。『スティール』っちゅうスキルは魔物への問答無用の即死攻撃じゃろ? それが時空間魔法との組み合わせで範囲攻撃の全体攻撃に進化しおった。そんな攻撃、魔物側からしたら『ずるい』とでも言いたくなるんじゃないかの」
あ、それ言われたかも。
魔物じゃなくってダンジョンの精霊からだけど・・・
「ちゅう訳じゃから、100頭以上っちゅうのは言わんほうがええじゃろ。のうミゲル兄貴よ」
「うむそうだな・・・里の者にはヒベアの群れを20頭ほどと伝えよう。ギリギリ・・・本当にギリギリそれくらいなら『すごく強い冒険者』という範疇に収まる・・・いや収まるか?」
「あとはわしの弟子っちゅう事で無理矢理にでも納得させるしかないじゃろ」
その日、ドワーフの里では大量のヒベア肉が振る舞われ、大宴会が行われる事となった。
里長ミゲルからの通達によるとこうだ。
「里の近くの森にヒベアの群れが来ており、里の者2名が酒の買い出しの帰りに2頭のヒベアに襲われた。その際に、たまたま通り掛かったミッチェルの弟子で冒険者でもあるカルデシが、買い出しの酒とその2名を救った。その後カルデシはヒベアの群れの討伐に向かい、20頭の群れを全滅させた。カルデシへの労いと討伐祝いにヒベア肉で酒宴を行う」
里を上げての突然の酒宴である。
通達を見聞きするや否や、老若男女問わず里中のドワーフ達は、あらゆる仕事を放り出して中央の広場に集まった。
もちろん里には酒の飲めない子供も大勢いるし、ごく少数ではあるが下戸もいる。
彼らの目的は酒ではなく、滅多に食べることが出来ないヒベア肉であった。
「皆、よく集まってくれた。すでに見た者もおるだろうが、ここにいるのが我が弟ミッチェルの弟子のカルデシだ」
お立ち台の上で声を張り上げるミゲル。
横に立つカルアが頭を下げ、そしてミゲルは話を続ける。
「細かい事は言わん。すべては通達の通りだ。なので後はただ一言のみ。里の恩人カルデシに乾杯!」
「「「「「うぉー! カルデシに乾杯!!」」」」」
そして酒宴は始まった。
最初にカルアの元に訪れたのは、馬車のふたり。
「いや、あのヒベアを倒したのを見た時から只者じゃないと思っちょったが、まさかあの後に群れを退治するとはのう。いやはや恐れ入ったわい」
「ほうじゃのう。助けてもろた上に酒宴まで開いてもろうて、感謝感謝じゃ」
そのふたりを皮切りに、酒を片手に次から次へとカルアに挨拶に来るドワーフ達。
その様子はさながら結婚披露宴の新郎に群がる親戚のおじちゃんおばちゃんの様だ。
だがもちろんカルアに酒を勧める者などいない。
カルアがまだ未成年なのは見れば判るし、飲めない相手に酒を勧める者など真の酒飲みにはいないからだ。第一もったいないし。
「どうじゃカルデシ、ドワーフの里は?」
「はい、おとぎ話で読んだ通りです。みんな見るからにドワーフで鍛冶が大好きで陽気で楽しくって。ここに来れてよかった」
「ほうかほうか。気に入ってくれたんなら何よりじゃ。もうあと一日二日おる予定じゃから、好きに見て回るとええ。わしも案内するしの」
「はいっ!!」
宴会は終わる気配を見せず、やがて日暮れを迎えた。
ドワーフたちの酒はますます進み、ミッチェルは他のドワーフに呼ばれテーブルを移動。ヒトツメでの生活や王都にいる兄弟達の話で盛り上がっている。
そしてカルアはと言うと・・・
「すごいや。全然終わりそうもない・・・あれ? テーブルがちょっと寂しくなってきたのって・・・もしかして肉足りない? あ、あっちに解体してないのがそのまま置いてある。そうか、みんなお酒飲んじゃってるから・・・よし!」
生来の面倒見の良さを発揮し、肉を加工しようと席を立った。
「おお何じゃ、今日の主役のカルデシが動いたぞ」
「何ぞ芸でも見せてくれるんかの」
「おお! こいつは見逃せんの」
その後ろを赤ら顔のドワーフ達がついてゆく。
やがてそこには、ヒベアの前に立つカルアとそれを囲むドワーフ達と言う構図が出来上がった。
カルアは不思議そうに辺りを見回し、
「あの、皆さんどうしたんですか?」
辺りのドワーフ達に問いかけた。
だがしかし、一方のドワーフ達と言えば、
「お主が何をやるのか見せてもらおうと思っただけじゃ。気にせんでええぞ」
「いや、お肉をカットするだけですから見てて楽しいものじゃ――」
「ええからええから。気にせんでええから」
「あっそぉれカールデシ! カールデシ! カールデシ!」
もう完全にカルアを宴会の余興扱いである。
「うう、気になるなぁ・・・」
とはいえ、ここまで来たらもう本来の目的を達するのみ。
カルアは目の前のヒベアに集中し、
「解体!」
でも観客を意識していつもよりも大きめに声を上げた。
カルアの魔法の発動に伴い、大きなテーブルの上に鎮座していたヒベアから、まず毛皮や爪、次は骨と内蔵、最後に食用部位が次々と切り出された。
「「「「「うをおおおおお!!」」」」」
「「「「「何じゃそりゃあ!?」」」」」
突然の想像を超えた事態に驚くドワーフ達。
「刃物も無しに切り刻んだぞ」
「魔法か? 魔法じゃな!」
「ちょっと待て、今の感じ・・・こりゃあ『錬成』じゃ!!」
流石は土と錬成魔法特化種族ドワーフ、今の一連の魔力の流れから魔物を解体した魔法の正体を錬成と見抜いたようだ。
だが彼らの驚愕は終わらない。
「カット」
カルアが食用部位に次の魔法を放つ。すると――
肩、ロース、ヒレ、サーロイン、トマホーク・・・
ヒベア肉は綺麗に部位ごとに並んだ。
「のわぁ! 肉屋じゃ! 目の前に肉屋が開店しおった!」
「むう! まさか一瞬で解体から食用加工まで・・・」
「わし、錬成を極めたなんて、とんだ思い上がりじゃった」
「じゃな。錬成はまだまだ先が・・・上がある!」
そしてカルアは最終工程へ。
「ええっと・・・焼くんだから少し厚めの方がいいよね。じゃあ程よく・・・『スライス』」
テーブルに並んだ綺麗なヒベア肉。それを眺める赤ら顔のドワーフ、いやすでに赤ら顔ではない。彼らの顔は興奮で真っ赤に染まっている。
そして――
「ブラーボ―じゃ!!」
「カルデシ最高じゃあ!!」
「わしの師になっちょくれえ!!」
「わし、今日という日を死ぬまで忘れん・・・」
カルアは割れんばかりの拍手、そしてドワーフ故に低めのスタンディングオベーションに包まれたのであった。
「カルデシよぉ・・・何やっとるんじゃあ・・・何であ奴は自ら・・・こっちは秘密を守ろうと色々苦労してるっちゅうのに・・・」
騒動を聞きつけて様子を見に来たミッチェルは頭を抱え、そして・・・
この日ドワーフの里において、錬成魔法に新たな一ページが書き加えられたのであった。
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