料理の美味しさと・・の秘密です
今日はミッチェル工房での仕事の最終日。
「よし、これで全部完成じゃ。おかげで何とか納期に間におうた。ありがとうな、カルア」
「はい、ミッチェルさんもお疲れさまでした」
「さあこれが依頼の受領書じゃ。確かに渡したぞ」
僕は受領書を受け取り、鞄に仕舞う。
「さて、それでじゃがカルア、今から時間はあるか? 最後にガラスを作るところを見せてやろう」
「え? いいんですか?」
「うむ。頑張ってくれた礼じゃ。まあそうは言っても見せるのは一般的な作り方の方じゃがな」
いやそれでも十分嬉しい。すっごく嬉しい。
「ミッチェルさんありがとうございます、見たいです。ぜひ見せてください」
「うむ、じゃあ早速今から始めるぞ。こっちに来るんじゃ」
「はいっ」
僕とミッチェルさんは作業テーブルに。
「砂はカルアが作ってくれたんがまだ残っとるな。それを使おう」
ミッチェルさんは砂の器を持って作業場の奥へ。僕はその後をついていく。
そこにあったのは鉄でできた大きなタライだった。
ミッチェルさんはその上で砂の器をひっくり返し、器の砂を全部その中へ移す。
「これに何を混ぜるか覚えとるか?」
「草を焼いた灰、ですよね」
「うむ、そのとおりじゃ。灰はほれ、そこに用意してある」
どうやら事前に灰を作ってくれてあったみたいだ。
「ありがとうございますミッチェルさん!」
「なに、別におぬしのために用意した訳じゃないんじゃ。この間裏庭の草刈りをしたときのもんじゃからねっ」
照れたようにそう答えるミッチェルさん、厳つい顔でいいツンデレ。
「それでじゃ、この灰を、こうじゃ!」
そう言って、タライに入った砂の上に灰を入れる。
「ええかカルア、この量をよく覚えておけ。砂と灰の比率は用途に応じて調整するんじゃが、一番透明になるんがこの比率じゃ」
「はいっ」
「さて、ここから錬成じゃ。ゆくぞ? 『融解』」
ミッチェルさんの魔力を受けて、タライの中で砂と灰はドロドロに溶けた。
白かった砂は透明になり、その中には白い灰がまだら模様のように浮かんでいる。
「うむ、いい感じじゃな。それではここから、『混合』」
灰はガラスの中に綺麗に混ざり、タライの中は綺麗な透明の液体となった。
「きちんと均一に混ぜるよう注意するんじゃ。慣れんうちは目で色を判断、慣れてくれば魔力の具合で分かるようになる」
「はい」
「さて次じゃ。柔らかいうちに形を整える」
ミッチェルさんが魔力を注ぐと、タライの中で水あめのように揺らめいていたガラスは、徐々に綺麗な四角い塊となってゆく。
「うむ、こんなもんじゃな。ではこれを固めるぞ。『凝固』」
タライの中で、四角いガラスが出来上がった。うわぁ、なんて綺麗な。
「このガラスはおぬしにやろう。これを見ながら練習すればイメージしやすいじゃろう。」
「本当にありがとうございます。大事にします。僕もこれくらい綺麗なガラスが作れるように、頑張って練習します」
「うむ、おぬしが冒険者を引退するのを心待ちにしておるぞ」
ミッチェルさん、それは今言わないで欲しかったよ・・・
「じゃあお世話になりました」
「何言っとる。世話んなったのはこっちじゃ。じゃあありがとうな、カルア」
僕が工房の扉を開けると、その向こうに3人の男たちが立っていた。お客さん?
そして彼らを見たミッチェルさんが呆然と呟く。
「デシイル! ヨーデシ! マデシト! おぬしら・・・」
あ、この人たちってもしかして・・・
「へへっ、おやっさん、戻ったぜ」
「ヨーデシ・・・」
ヨーデシさん? がはにかむようにそう言うと、ミッチェルさんはふらふらと3人に歩み寄っていく。
僕は扉から外に出て脇によけた。
邪魔するわけにはいかないよね。
「おぬしら、いいのか?」
「あれだけ毎晩頭を下げに来られちゃあな。こいつらとも話し合ってさ、戻る決心がついたよ。それに冒険者ギルドの人からも、もう一度話し合うように言われたしな」
「そうっすよ、それに何たってオレらもやっぱりガラス作りが好きなんすよ」
「デシイル・・・」
「ふっ、湿っぽいのはやめましょう。中に入ってもいいですか、親方?」
「マデシト・・・ああ、入ってくれ。今日はミッチェル工房の再起祝いじゃ!」
「おやっさん、飲みすぎないでくれよ? もうアレは勘弁だぜ?」
「当たり前じゃ。新生ホワイトミッチェルを見せてやるわい!」
「なんすかそれ!? 新しい芸風っすか?」
肩を寄せ合う4人を尻目に、僕はそっとその場を立ち去る。
そして速足でその場を離れる。
まだ駄目だ。もっと離れないと!
振り返るとミッチェル工房は遠くに小さく佇み、もう中に入ったのか工房の前に4人の姿はない。
よし、もう大丈夫。さあ、それじゃあ!
「デシイル、ヨーデシ、マデシトって!! なんで3人とも名前に『弟子』が入ってるの!? どういうこと? 親御さんは弟子入り前提で名前付けたの? それともミッチェルさんてば弟子の募集要項に『名前に弟子が入ってる事』とか条件付けたの!?」
「いやこれ偶然とかじゃないよね。もし本当に偶然だったらそれはもう運命レベルだよ! これ工房に戻ったのだって単なる元鞘だよ! 既定路線だよ!!」
「これで単なる従業員とか言ったら逆にビックリだよ! 3人とも絶対従業員じゃないよね! 弟子だよね!?」
僕は全力で思いの丈を吐き出し・・・
「ふう、すっきりした」
晴れ晴れとした気持ちでギルドに向かったのだった。
「ピノさん、依頼完了しました」
ギルドに着いた僕はピノさんに受領書を提出した。
「お帰りなさい、カルア君。お疲れさまでした」
ピノさんの笑顔に思わず和む。
なんだか久しぶりにギルドに来た気がする。
まあここしばらくは家からミッチェル工房に直行してたしね。
ピノさんはいつもご飯作りに来てくれたから毎日顔を合わせてたけど。
「あら、カルア君、達成評価Aじゃないですか! すごく頑張りましたね」
「はい、錬成も教えてもらったし、とても充実した数日間でした」
「それは何よりです。はい、じゃあこれ、ミッチェル工房からの報酬をお渡ししますね。評価Aなので満額ですよ」
受け取ることのできる報酬は達成評価により変わり、差額は依頼主に返還される。
だからみんな受けた仕事は真面目に取り組むし、ギルドも受注を希望する冒険者がその依頼に向いているかきちんと判断する。
それに依頼主もおかしな評価をすると二度と依頼を受けてもらえなくなるから、仕事の結果を正当に評価する。
そうやって依頼主と冒険者とギルドは、お互いの信頼関係で成り立っているんだ。
僕はピノさんから依頼料を受け取り、鞄に入れた。
「今日は依頼完了のお祝いです。豪華ディナーに期待していてくださいね!」
「はいっ! すっごく期待してます!」
僕は家に帰り、念入りに片付けと掃除をやった。
せっかくの豪華ディナー! 綺麗な部屋で食べたいからね!
台所と居間はぴかぴか。井戸から新しい水も汲んできたし、準備は万端。
まだ時間あるな。どうしよう・・・・・
!!!!
いいこと思いついた!
豪華ディナーにはお洒落なグラス。
せっかくだから自分で作ってみよう!
庭の雑草を刈って灰を作り、大量に積んである河原の砂と一緒に錬成。
さっき見た一連の流れをなぞって・・・
よし、タネはできた。あとは形をイメージ。以前雑貨屋で見たいい感じのグラスを思い出しながら魔力を注げば・・・うん、きれいに形になった。いい感じ。それじゃあ、「凝固!」
「できた・・・」
出来上がった二つのグラスを手に取り、細かくチェックする。
尖ったところとかあったら危ないからね。
「うん、上出来!」
会心の出来じゃないかな。
これなら冒険者を引退してからもガラス職人として食べていけそうだ。
ま、当分引退なんてしないけどね。
と、ちょうどそこへピノさんが到着したみたい。
「カルア君、お待たせしましたー」
玄関からピノさんの声が聞こえる。
「ピノさんいらっしゃい。こちらへどうぞ」
「はーい、お邪魔しまーす」
もう毎日のように来てくれているピノさんなので、その足取りに迷いはない。
「さあ、つくりますよー。今日は何とA5ランクのフォレストブルです。ふふふ、今日のためにお肉屋さんで熟成してもらった逸品です!」
うおおおおおおおおおお!!
もう期待しかないっ!!
「ステーキにローストにシチューに・・・牛丼にしゃぶしゃぶに青椒肉絲に・・・満ブル全席ですよ!!」
・・・僕は今日、ついにピノさんの本気を目撃した。何という動きだ!
あまりの手際の良さに、まるでピノさんが二人、いや三人いるみたい。
あれ? 本当に分身してる? いやちょっと待って、動きが目で追えない!?
テーブルの上にはまるで魔法のように料理が出来上がっていく。
これだけの料理をこの短時間で・・・
ピノさん、すごいです。
「さあお待たせしました。さあ、豪華ディナーの完成ですよ」
流れるようなピノさんの動きに釘付けだった僕の眼は、今度はテーブルの料理に釘付け。ゴクリ。
と、そこでふと我に帰った僕は、
「ピノさん、今日はこのグラスを使いましょう」
ピノさんは僕が差し出したグラスに目を輝かせる。
「わぁ、素敵なグラス。これどうしたんですかカルア君? 今日買ってきたんですか? すごく高かったんじゃないですか?」
「これはですねえ、今日仕事が終わってからミッチェルさんにガラスの作り方を見せてもらったんです。それを参考にさっき作ったんですよ」
あれ? どうしたんだろう。
ピノさんが固まってる。
凝固はかけてないよ?
「ちょっと待ってくださいカルア君。今日ガラスの作り方を見て、さっきグラスを作ったんですか? ミッチェルさんもグラスを作ったんですか?」
「いえ、ミッチェルさんが作ったのは四角いブロックです。グラスは前に雑貨屋さんで見たグラスをイメージしたんですよ」
「はあ、そうですか・・・分かりました。そのことについては今は何も言いませんけど、明日ギルマスに同じ説明をしてもらっていいですか?」
「それは構わないですけど、何かまずかったですか?」
「そんなことないですよ。ただカルア君がすごくてビックリしただけです。このグラスだって初めて作ったと思えないくらい素敵ですし」
ピノさんが気に入ってくれてよかった。
自信作だったけど、やっぱりこういうのって感想聞くまでは不安だよね。
「さあ、食べましょう」
「はい! いただきまーすっ!!」
美味しかった。
どれもこれも、本当に美味しかった。
熟成された肉は旨味の爆弾だし、火の通し加減は絶妙で、舌触りがしっとりと柔らかい。
それに何と言ってもこの味付けときたらもう・・・・・・ん? あれ? そういえば。
「あのピノさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「何だか、不思議とピノさんの料理って何だかいつも共通する香りと味わいがあるっていうか、いや僕もそんな食べ物に詳しい訳じゃないんですけど、なんだか一本芯が通った味と言うか・・・」
「そうですか・・・ついに・・・とうとう気づいちゃいましたかカルア君。この私の秘伝の調味料に!」
「秘伝の調味料!?」
「はい、秘伝の調味料です。これは以前王都のさる有名な魔法師から伝授されたレシピをもとに作った調味料なんですよ」
うん、なんだかすごい話になってきた。
椅子から立ち上がったピノさんはそのまま調理場へ向かい、そこから持って来た1本のビンをテーブルに置いた。
「その調味料がコレです。その名も『マリョテイン』。味が素晴らしいうえに、なんと食べるとものすごい効果があるんです」
「もの凄い効果?・・・」
「実はですね、このマリョテインは魔力トレーニングにとっても相性がいいんです。なんと身体が魔力を増やすお手伝いをしてくれるんですよ」
「え? それって・・・」
「ふふふ、カルア君、最近ずっと魔力を増やそうと頑張っていたでしょう? だから効率よく魔力を増やす事が出来るようにって、ちょっとしたお手伝いです」
ピノさん・・・
どうしよう、感動して泣きそう・・・
「え? ちょっとカルア君、何泣いてるんですか? もしかして勝手なことしたから私のこと怒ってます? どうしよう、カルア君ごめんなさい。相談もなしに余計なことでしたよね」
僕の様子にピノさんが慌てだす。でも!
「違うんです。ピノさん! 僕嬉しかったんです。こんなに美味しい料理で、しかも美味しいだけじゃなくって僕のことをちゃんと考えてくれてて・・・すごく! すごっく! 嬉しかったんです!!」
それを聞いたピノさんは力が抜けたようにテーブルに突っ伏す。
「よかったーーー。カルア君を怒らせちゃったのかなって・・・余計なことしちゃったのかなって・・・よかったよぉ」
「そんな! 怒るわけなんてないです。毎日僕のために美味しい料理を作ってくれるピノさんのこと、怒るわけなんでないじゃないですか! 僕ピノさんの事大好きなんですよ!?」
「え? カルア君、それって・・・」
ガバッと体を起こすピノさん。
「父さんも母さんも死んじゃって、ずっと一人で冒険者を目指して、でもなかなか強くなれなくって、でもいつもピノさんが見守ってくれてたから、いつも僕のことを優しく励ましてくれたから、だから今日まで頑張ってこれたんです」
「カルア君・・・」
「僕ずっと思ってたんです。もし僕に姉さんがいたらきっとこんな感じなのかなって」
「はえ?」
「ごめんなさい。迷惑でしたよね。勝手に家族みたいに思ってたなんて。でも嬉しかったんです。何だか一人ぼっちじゃなくなったみたいな気がして」
ピノさんが俯いてなんか呟いてる?
「ふふふ、そっかー、お姉さんかぁ・・・そうきたかぁ。まだ早すぎたってことかな? 急ぎすぎたって事かな? いや、カルア君言ってたじゃない。私がカルア君の支えになれてたってことでしょ? ならばそう、きっと今はこれがベストって事なのよ」
「あ、あの、ピノさん?」
「そうよね、うん、今はまだそれでオッケー。ここからここから。よし、頑張れピノ!」
なんだろう? やっぱり怒っちゃったかな?
「よし、カルア君! 私とカルア君は今日から姉弟よ。一緒に住むことは出来ないけど、私はカルア君のお姉さん、カルア君は私の可愛い弟よ。いいわね!?」
「は、はい」
こうしてピノさんが僕のお姉さんになりました。
それにしても今日は怒涛の一日だった。
ガラスの作り方を教わって、お弟子さんに突っ込んで、グラスを作って、ピノさんの料理の秘密を聞いて、それからピノさんと姉弟に。
いや、ちょっとまって!
展開の速さについ流しちゃったけど、ピノさんの料理にとんでもない秘密が隠されていたよね!?
秘密の調味料マリョテイン、効果は魔力増強って。
有名な魔法師のレシピって!
僕の魔力が爆上がりしたのって、トレーニング方法との相性もあったかもしれないけど、それ以上にこれのおかげだったんじゃないの!?
でもまあ結局、ピノ姉さんには感謝しかないんだけど、さ。