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1 暇、そして神様

「あーあ、暇だなぁ」


 とにかく暇な俺は暇すぎた。

 なぜ暇なのかは分からない。

 ただ高校一年生にもなって、子供向けテレビ番組を見ながらソファに横たわっているという現実があるだけだ。

 これを恥ずかしいと思うか否かは、人によるだろう。

 しかし俺が自分を自分で蔑んでしまうことだけはしたくなかった。

 ただでさえ俺は友達も少なく洋洋たる学生ライフとは程遠い日々を送っている。

 これでもしも自分ですら自分を肯定してやれなかったとすれば、俺はとてもではないが正気を保ちながら生きていくことはできないだろう。

 けれどそんな弱い心を隠している自分が酷く嫌いだった。

 こんな自分を愛せるようになるのにどれだけの年月が掛かるのか。それを考えるよりも自ら死を選んだほうがいくらか楽だ。それが世間に許される行為だとは思っていないけれど。


 ピカッ!


 そんな何度繰り返したか分からない泥沼のような思考をもう一度繰り返していた時だった。

 突如として窓の奥が激しく光った気がした。

 それとほぼ同時に物凄い轟音が俺の耳をつんざく。


 うるさい。


 そんな思考を最後に俺の意識は途絶えた。






「う、うぅ…………あれ?」


 気づけば俺は知らない場所にいた。

 地面が雲で、周囲も雲。

 しかし雲の合間からは感嘆のため息しか出ないほどの美しい水色が広がっており、おそらくそれは空の色だった。

 キレイだ、と俺は思った。


「うむ、目覚めたかのう」


 声がしたのでそちらの方を見る。

 そこには老人がいた。

 外見年齢七十は超えているであろう、酷く衰えた肉体をもつ男だ。

 もし仮にその男と俺とで殴り合いの喧嘩をしたとすれば、まず間違いなく俺が勝利を収めるであろう。いくら喧嘩の経験がない俺とはいえ、このミイラと人間の中間のような醜い存在を殺すことなど造作もないことだ。だがそれを実際に起こすことはしない。俺は俺が求められている通りの行動をすることで周囲の期待に答えることができる。そんな普段からの囚われた人生観が、現在の俺をも束縛した。


「あなたは一体誰ですか? 見る限りは男、それもかなり歳を取られているように見えます」


「儂か、儂は神じゃよ。誰がそう決めたのかは知らないけれど。それでも儂は紛れもない神じゃ。ただし全知全能というわけではない、世界を構成する要素の内儂を含む部位は砂漠の一塵の砂よりも小さいものなのじゃ。よって神と言えどそうかしこまる必要はない」


「なるほど、あなたは神であられましたか。それが嘘か真か解き明かすというのは非常に難解だ。おそらく地球上に存在するどんな数式よりも解くことは難しいのでしょう。だとすればこれ以上思考を巡らせることはナンセンスですね。おーけー、あなたを神と信じるとしましょう」


「それは懸命な判斷でなによりじゃ。もしもお主が儂を疑うままでいるというのであれば、儂はもう一つか二つ別のステップを踏むことになっていただろうからね。時間の短縮になったことは大いにめでたいことじゃよ」


 そう言って神様はにっこりと微笑んだ。

 その笑みまでもが作り物かどうか疑ってしまう俺の脳は腐っているのか、あるいは己がそう思い込もうとしているだけなのか。数秒間考えるが、そのうち頭が痛くなってきたので、一つ深呼吸をして心を整えた。間一髪間に合った。


「ところでお主ははるきくんという名前だったね?」


「確かにその通り、僕の名前は笹木春己ささきはるきです。あまり名乗ることはしていないはずですが、どうやってこれをお知りになられたので?」


「なに、簡単なことじゃよ。儂は神なのじゃ、少し調べる気を起こすだけで、簡単なものであれば調べずとも浮かんでくるというものよ。それは儂が誕生した時、いや、おそらくそれよりもずっと大昔から不変で変わらずあり続けるシステムなのかもしれない。誰が作ったのかは知らないけれど」


「そうだったのですか。理解できました。でも僕はいったいなぜこのような所にいるのでしょう? 神様の不思議な力が影響しているのではと睨んではいますが」


「まぁそれはそうじゃの。お主をここへ呼び出したのは紛れもない儂じゃ。ここがどこかと言えば、まぁ特に名はついておらんから好きに呼ぶと良い」


「それはあまりに困ってしまいます。今始めて見たものに、そう簡単に名称をつけれるほど僕は賢く育ってきたわけではありません。生まれた子にその場で名付ける親などいません。あらかじめ考えておく時間があれば、あるいはその限りではないかもしれませんが」


「それはそうじゃの。お主はつくづく慎重な男じゃ。それが好ましい性格であるかどうかは、儂の神としての経験を通してですらまだ答えることはできないが」


「それでもオーケーですよ。人は己だけを見て生きているもの。他人が他人のことを慮ることがどれだけ難しいことかは心得ているつもりです。私が私であることを認識していればそれでいい」


「それはそうじゃの。どうやらお主には確かな見方があるようじゃ。その見方を貫くことで、さらにお主の倫理観が磨かれることだと思わざるをえないの」


 神様にそんな言葉を頂戴したが、俺はちっとも嬉しいとは思わなかった。

 結局今口にしている言葉も、俺ではなく俺を演じる誰かが発しているものでしかないからだ。俺は俺を認識していると言ったが、その二人は全くの別人だ。この心が統合する日は、きっといつまで経ってもこない。

 そのことを考えるだけで、俺は酷くむなしい気持ちになった。

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