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5分シリーズ

あなたにとって大事なもの

作者: 理春

「貴方にとって大事なもの」 小百合編


心地よい眠りから、うっすらと意識だけが覚めた時、温もりを手探りで探した。

布団のシーツばかりが私の手に触れるので、ゆっくり目を開けた。

大きなベッドに私しかいない。

むくりと体を起こすと、離れた大きな窓の先、バルコニーの椅子に腰かけている彼がいた。

寝巻の上から羽織を肩にかけ、煙を燻らせている。

夜空に寝そべった月に、彼のなびく髪が手を振るように揺れていて、表情は見えなかった。

私はパジャマのボタンをとめながら布団から足を出し、スリッパを履いて、バルコニーの方へ向かった。

すると彼は、私が近くに来ると振り返り、窓の向こうから笑顔を向けてくれた。

彼のその、落とすように微笑む表情が、私は大好きだった。


灰皿に煙草を消した彼は、すっと立ち上がって窓を開けてくれた。


「眠れない?」


彼に触れてそう尋ねると、見下ろしながら私の頭を撫でた。


「いや・・・何となく目が覚めてな・・・。眠気はあるんだけど。」


「そっか。・・・その羽織・・・昔着てたやつ?」


普段洋服姿しか見たことなかったので、私がそう言うと、彼は少し驚いて目を伏せた。


「これは・・・そうだな、本家にいたころ常用してた・・・」


何やら歯切れ悪く答える様子に、私は小首をかしげて見つめていた。

彼は視線を泳がせて、部屋に入りながら羽織を脱いだ。

気まずそうにする彼に、私は話題を変えた。


「最近は煙草吸うの?全然普段匂いがしないから知らなかった。」


窓を閉めながらそう尋ねたけど、返答がなかったので、薄暗い部屋を振り返った。

彼は羽織を持ったまま、クローゼットの前に佇んでいた。

そして私が歩み寄ると、静かに口を開いた。


「この羽織は、呉服屋の娘だった妻がくれたものだった。」


「そうだったんだ。大事にしてるんだね。」


私がそう答えると、彼は少し申し訳なさそうな顔をした。


「残している和服は皆、長い間着まわしてきたものが多いからな、本家の匂いが染みついてる。」


手放したくても手放せない、私にはそんな表情に見えた。


「匂いを・・・・消したくてな・・・。けど、何度洗濯しようが、煙草を吸おうが、袖を通すと嫌でも思い出すことはある。いや・・・本当は消したくないのかもしれないが・・・。」


そう吐露しながら、すまん、と私に謝った。


「・・・大事なものは、これからもずっと大事にしたらいいと思うな。」


そう言うと彼は、灰色の瞳を少し丸くして、そっと抱きつく私を受け止めた。


「辛い記憶以外にも、幸せな思い出が詰まってるものなら、失くしたらいけないものだと思う。・・・うまく言えないけど、そんな気がするの。」


彼の規則正しい心音が聞こえる。

静かな夜、強く抱きしめ返す彼を、私は変わらず愛おしく思った。


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