そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.5 < chapter.9 >
天邪鬼らの活躍もあり、黒牡丹の力は徐々に弱まっていた。それでも、まだまだ消える気配はない。新たに流れ込む穢れを断っても、これは既にタケミカヅチと同化し、その身体の一部となっている。取り除くには、神の力で枝葉を伐採していく必要があるのだ。
その役目に抜擢されたのは、今この場に顕現している三柱目の武神、平将門であった。
「ウオオオオオォォォォォーッ!」
将門は野太い雄叫びを挙げながら、遮二無二槍を振り回す。あまりに速い槍捌きに、千手観音のような腕の残像が見えるほどだった。
平将門を祀る神田明神は商売繁昌や除災厄除、身体健全や勝ち運を祈願する場である。当然、祭神である平将門の能力も神田明神が掲げる福徳と同様。穢れを祓うばかりでなく、穢れを生んだ人間の心身を整え、運を開くところまでが彼の能力だ。光の槍に斬られた枝葉は光の粒となり、発生源の人間へと還ってゆく。
元人間の将門には英霊召喚能力が無い。天邪鬼のような火焔攻撃技も、タケミカヅチのような雷撃も、フツヌシのような変身技もない。けれども他の神が意図的に行う呪詛返しの応用技、《転禍為福》を通常攻撃として無意識的に使用することができる。
彼は超必殺技を持たない代わりに、通常攻撃が桁外れに強い武神なのだ。
これこそが江戸総鎮守・神田明神祭神の力であると見せつけるように、たちまち枝葉を刈り尽くす。
スカイツリーとソラマチ、周辺域に伸ばされていた枝葉はこれですべて無くなった。あとはタケミカヅチ本体に取り憑いた分と、地中に伸ばされた根の部分のみである。
貴雅とタケミカヅチは戦闘を続けながら、互いのコンディションを確認し合う。
「どう? そろそろ動けるようになりそう?」
「いや、まだだ。そちらは大丈夫か?」
「ダメージは入ってないけど、疲れてきちゃったよ。残ってる根っこ、タケぽんが呪詛返し仕掛けちゃダメなの? そのくらいなら余裕じゃね?」
「すまんな。出来ることはできるのだが、俺のカウンターアタックは基本が百倍返しになる。返された人間は即死だ」
「ナニソレヤバイ。ソシャゲだったらゴッドレアカードのパッシブスキルだよ、それ」
「ふむ……ソーシャルゲームではないが、俺は一応、リアルにゴッドでレアスキル持ちだったと思うのだが……?」
「あ、そっか。そうだよね? なんか俺、今ものすごくヤバイ奴と戦ってる気がしてきた。よく考えたら、タケぽんマジで神じゃん。勢いで何やってんの、俺」
「奇遇だな。俺もそんな気分だ。操られているとはいえ、小学生相手に攻撃を仕掛けるとは……」
「ぶっちゃけ俺たち、出会っちゃいけなかった気がする」
「まったくもって同感だ」
「あのさ、夏休みの宿題で日記書かなくちゃいけないんだけど、神様的にどう? 今日のこと、噓書いていいと思う?」
「立場的には嘘偽りを戒める側なのだが、まあ、止むを得まい。スカイツリーで日ノ本最強の軍神と超常決戦したなどと書いては、『スクールカウンセラーに要相談』と判断されてしまうだろうし……」
「なんかあったら、ちゃんと庇ってよ? 神様なんだから」
「無論だ、任せておけ……っと? これは……?」
黒牡丹に操られ、勝手に動く自分の身体。けれども術の発動時特有の『氣の流れ』は把握できる。
ただの雷、ただの後光であれば貴雅は無傷で済むが、この『氣の流れ』はそうではない。これは神が神を殺すために生み出した大和神族最古にして最強の術式、《八種雷》の発動前動作である。
「……マズイ……ッ! 貴雅! 次の攻撃は絶対に避けろ!」
「なんで?」
「いいから避けろ! 次の一撃は『神殺し』だ!」
「ナニソレ強そう! 必殺技?」
「ああ! 属性相性無視の確定ダメージ技だ! まともに食らえばお前も死ぬぞ!」
「うっそぉぉぉーっ!? ゴッドレアカードの超必殺って実在するんだー!? 確定ダメージ技マジヤベエェェェーッ! パネエェェェーッ!」
「ゲームのようなカットインは入らん! 効果音もBGMも無い! 発動の瞬間は意外と地味だからな!? ボーっと見てないで、とにかく避けろよ!? 回避に失敗したら死ぬのだ! 分かっておるな!?」
「オッケー頑張る!」
なんと知能指数の低い会話だろう。
神は内心で大いに嘆き散らかしていたが、清く正しく雅やかな大和言葉ではこの状況を最短で伝えることができない。もうこの際、『超絶強いゴッドレアカード』で押し通すしかなかった。
(フツヌシ! 聞こえるか!? まずいことになった! 黒牡丹は《八種雷》を使う気だ!)
念話を送るが、この時点でフツヌシは闇堕ち化した人間の穢れ祓いに向かっている最中だった。こちらに向かうことはできないと断りながらも、相方としてアドバイスを寄越す。
(天邪鬼と犬神を煽ればいいと思うよ! 特に犬神のほうは、僕らと戦いたがってる感じだし! タケぽんからの挑戦なら、喜んで受けてくれるんじゃない?)
(それはもうやった! 貴雅に回避を呼びかけながら念話でな!)
(あ、そうなの? 返事は?)
(『神殺し』が放たれる現場にノコノコ出向く馬鹿がいると思うか? と……)
(うわー……あいつ、馬鹿そうに見えてけっこう冷静だよね?)
(ああ。少なくとも、天邪鬼よりは賢いな)
(まあ、マチャ君の反射神経ならしばらく避けてられるでしょ。こっちが終わったらすぐに行く)
(すまない。急いでくれよ)
(うん! ウーバーの配達員と同程度には急ぐよ!)
それはつまり、信号無視と逆走は大目に見ろという意味なのだろうか。フツヌシの現在地最寄りの上野警察署に『白銀の軍馬に騎乗した武神』を検挙するツワモノがいるとも思えない。が、馬も一応は軽車両だ。事故を起こさない程度の走行を心掛けてくれよと、心の中で付け足したタケミカヅチである。
「……発動準備完了だ。貴雅、避けろ!」
「うわ……っ!?」
タケミカヅチの足元に展開される八角形の呪陣。そこから禍々しい紫色の炎と煙、火花放電が発生し、周囲の体感温度を十度以上も押し上げる。と、次の瞬間、呪陣の中央から八ツ首の蛇龍が姿を現した。
頭一つの横幅が、優に一メートルはあるだろうか。長さに至っては、どれだけ短く見積もっても三十メートル以上はあるだろう。八つの頭は呪陣に固定される形で生えているようで、呪陣から離れて自由に動き回ることはできないらしい。
ヤマタノオロチの上半身だけを召喚したら、こんな感じになるのだろうか。
貴雅はそんなことを思ったが、感想を口に出す余裕はなかった。
「っ!」
予備動作ゼロ。唐突に伸ばされた蛇龍の首を寸でのところで躱し、貴雅は影の中に逃げ込む。
だが、それは先読みされている。
「うわぁっ!?」
潜り込んだ影に向かって放たれる、八本の稲妻。
避けきれない。
死を覚悟した貴雅だったが、稲妻が直撃する寸前、それらは一瞬で掻き消された。
「へっ!?」
驚く貴雅。何が起こったのか理解する前に、彼の身体は勝手に動いていた。
「えっ、ちょ……なんで!?」
貴雅自身には決してできない、素早く正確な体捌き。
いつの間にか手にしている、大きく武骨な槍。
その槍で稲妻を『切断』しているのだと理解した瞬間、貴雅は「あっ!」と声を上げた。
今この身体の制御権を持っているのは、平将門だ。
将門は驚異的な反射神経で《八種雷》をことごとく相殺。と同時に少しずつ後方へと移動し、一瞬の隙を見て、全力でその場から逃げ出した。
「……すまない。有難う、将門」
「いえ、遅くなりまして申し訳ございません」
「槍は無事か?」
「残念ながら、穂先が欠けてしまいました。もう使えそうにありませぬ」
「そうか……可能ならば、俺の心臓を一突きにしてもらいたいものなのだが……」
「実体化されている以上、それは危険では?」
「大和の民の信仰心がゼロにならない限り、俺が死ぬことはない。分祀された鹿島神社の『御神体』にも、それぞれ予備人格を保存してあるしな。どうにでもなるさ」
「では、そのお身体は黒牡丹もろともに?」
「ああ。これだけ弱らせても切り離せないということは、俺ごと破壊するしかないモノなのだろう。だから……」
「そのお役目、この将門めが……と、申し上げたいところですが……」
「《八種雷》が邪魔だな」
「はい。『神殺し』に対抗できるのはフツヌシ様のみです」
「とはいえ、今を逃せばまた繁殖してしまいそうだし……さて、どうするか。フツヌシは今しばらく来られそうにないし……」
「あの、タケミカヅチ様? 今、ご自身の意志で術式を発動させることは可能でしょうか?」
「ああ。その気になれば使える状態だ。黒牡丹が発動させた術式の解除は出来んがな」
「では、その……《八種雷》をもう一つ召喚してみてはどうかと、貴雅が申しておるのですが……」
「なに? もう一つ?」
「格闘ゲームの同キャラ対戦のようなことは出来ないのか、と……」
「それは……やってみたことが無いな?」
「ですよね?」
神は揃って首を傾げた。
同じ術式を自分で二つ発動させ、術式同士を対戦させる。そんな意味不明かつ無意味な行為を、神々が行うはずがない。しかし今は、本人の意思に反して勝手に術式が発動している状態だ。であれば、本人の意思で発動させた術式を真正面からぶつけてみるというのも、この場においては『アリ』なのかもしれない。
「……将門。もしもの時は頼む」
「承知いたしました」
「では……」
タケミカヅチは《八種雷》を発動させる。するとなんと、全く同じ八つ首の蛇龍が、色違いで出現したではないか。
「おお! これは! ……いや、だが、しかし! この位置は……っ!」
唐突に現れた黄金色の蛇龍に、元からいた紫の蛇龍が襲い掛かる。
八つ首の蛇龍同士の、まるで怪獣映画のような超常バトル。その真ん中に挟まれて、身動きの取れないタケミカヅチはすべての攻撃をその身で食らう破目に陥った。
「おごっ!? ぶほっ! んがっ! ギャッ! ぐはっ……!」
ご無事ですかと声を掛けるのも憚られ、将門は遠くから、そっと見守ることしかできなかった。フルボッコ状態のタケミカヅチは、誰がどう見ても、ちっとも無事じゃない。
だが、攻略法としては正しかったようだ。
タケミカヅチの周囲に残っていた最後の黒牡丹と、身体を拘束していた黒い装束。それらは計十六本の蛇龍の首の攻撃を受け、次第に削られていく。が、黒牡丹の再生能力と拮抗しているのか、ギリギリのところで形を保ち続けてもいた。
あと一押しで勝てるのに、そのための決定打が足りない。
けれども、『神殺しの蛇龍』が二体も出現しているこの状況で手を出せる者などいない。何もできない自分に歯噛みする将門は、それでも手はないものかと考えた。
そして思い出した。
この場には、『神殺し』に匹敵する最強の武器がある。
将門は式神を出現させ、宙へと舞い上がった。
「天邪鬼殿ォーッ! 薙刀をお貸しくだされーッ!」
「あ? なんでだ?」
「レバノン杉に掛けられた言霊は、創造主による不可侵の契約、つまりは『絶対防御』であると記憶しております! であれば、《八種雷》すらも防げるはず……っ!」
「ハッ! クッソつまんねえ事思いつきやがる! 誰が貸すかよ!」
「そこをなんとか! 天邪鬼殿!」
「や~だね。ま、俺の死角に転がってる薙刀がいつの間にか持ち去られたとしても、俺にはなぁ~んも見えちゃいねえけどな!」
「おお……かたじけない! では!」
「っておい、ちょ、おま……二本とも持ってくのかよ!?」
天邪鬼の足元に置かれた薙刀を手に取り、将門はゲイン塔頂上から飛び降りた。
「オオオオオォォォォォーッ!」
勇ましく吠え、狙うはスカイツリー直下、ソラマチ屋上のタケミカヅチである。
「タケミカヅチ様! 御覚悟を!」
将門は殺すつもりで斬りかかった。
黒牡丹が直上からの攻撃に対応できない事はフツヌシの奇襲で確認済み。《八種雷》の攻撃はレバノン杉の薙刀で相殺可能。自由意志での迎撃ができない今のタケミカヅチが相手ならば、将門の能力でも十二分に戦える。
少なくとも、この時点ではそのはずだった。だが──。
「な……っ!?」
攻撃の瞬間、《八種雷》が消えた。
と同時に、タケミカヅチは動いていた。
「うぬぅっ!?」
鋭い斬り込みを紙一重で躱し、二太刀目をいなし、三太刀目を切り結ぶ。が、速い。タケミカヅチの攻撃速度は将門を圧倒している。これでは攻撃を防ぐだけで精一杯で、こちらから攻撃を仕掛けるどころではない。
一旦引いて別の手を、と考えるも、軍神タケミカヅチはそれを実行させてくれるほど甘くない。剣を弾いて後退した直後、巧みな脚捌きで側面に回り込まれる。不十分な体勢で攻撃を防いで身体の向きを変えようと足を引けば、すぐさまその足を攻撃されてしまう。逃げるにも踏み止まるにも、体重を乗せる軸足を的確なタイミングで攻め立てられてはどうにもならない。
次への一手をことごとく潰され、将門はその場を動けず、上体の動作のみで対抗することしかできなかった。
「すまない将門! なんとか避けてくれ! 身体が勝手に反応して……どうにも止められん!」
「承知しております! ですが……!」
「貴雅だけでも逃がせないか!?」
「それだけの隙が見当たりませんな!」
一連の流れから、将門は貴雅の身体に憑依した状態である。いくら胎児期に身体強化を施された人間でも、何の訓練も受けていない小学生であることには違いない。活動限界まで、もうあと数分も無いだろう。
対する黒牡丹は、タケミカヅチの記憶と知識を使っている。一度食らった上空からの奇襲にもしっかり対応していたし、レバノン杉の薙刀を視認した途端、あっさり《八種雷》を解除した。タケミカヅチの知る将門の戦い方と能力、これまでの戦闘で得た情報から、この場において最適と思われる戦い方を選択している。
防戦一方の将門。現状、勝ち筋は見えない。
このままでは貴雅の命に係わると判断し、タケミカヅチは一か八かの賭けに出た。
「英霊召喚! 青田! 緑川!」
そう言って呼び出したのは関東軍の将校たちである。満鉄刀と呼ばれる軍刀を装備した彼らは、姿を見せると同時に刀を抜き払い、一も二も無くタケミカヅチに斬りかかる。
「ったく、何やってんですか子供相手に!」
「笑い話にもなりませんよ!」
「本当にすまん! 状況説明は不要だな?」
「はい! ですけどね、これは少々……!」
「我々には荷が重すぎます!」
自身が召し抱える英霊たちに自分を攻撃させ、生じた隙に貴雅を逃がそうと考えたのだ。しかし、鹿島の大神と英霊では神格に差がありすぎる。闇堕ち相手には圧倒的強さを発揮する青田と緑川でも、タケミカヅチと真正面からやり合えるのはせいぜい二分か三分だ。
それでも彼らは笑った。
笑って、己の魂を鼓舞する。
「行くぞ、緑川ァァァーッ!」
「ああ! 必殺……」
「「《青緑胡蝶演武》!」」
左右からの挟撃。同じ神に仕える同属性の英霊同士、互いの攻撃が干渉し合うことは無い。二刀流の剣士が二人がかりで、縦横無尽、目にもとまらぬ速さの斬撃を繰り広げる。実体のない刃はそれ同士が邪魔をしあうことなく、四方八方から標的を斬り刻む。
ただの闇堕ちやアヤカシモノであれば、ものの数秒でミンチ肉にされるほどの必殺剣だ。この攻撃を食らっては、さしものタケミカヅチも、しばらくは身動きが取れなくなる。
「ぐぅっ……将門! 今だ!」
「はっ!」
将門はタケミカヅチに背を向け、全力で駆け出した。だが、そのせいで──。
「うおっ!?」
「こいつは……っ!」
再び出現する《八種雷》。対戦相手が将門から青田・緑川に変わったことで、戦闘スタイルを切り替えてきたらしい。
神殺しの牙は英霊にも有効である。青田と緑川は咄嗟に跳び退り、蛇龍の攻撃を躱す。しかし、蛇龍の首は八つだ。八つの首がそれぞれ別個に、超高速で連続攻撃を仕掛けてくる。二人はそれを迎撃するが、二人がかりでも一対四の戦いとなる。どれだけ腕が立とうとも、これを相殺し続けることは不可能だった。
「チィ……ッ! 緑川ッ! 撤退だ!」
「言われなくとも! でも、これは……っ!」
撤退するための隙がない。普通の敵が相手ならば気合で踏み留まることも可能だが、《八種雷》は神殺しだ。僅かに掠っただけでも致命的な傷を負う。
防戦一方に追い込まれた二人に気付き、引き返そうとする将門。そんな将門に、二人は同時に叫んだ。
「「子供を守れ!」」
彼らは護国の英霊である。危険を冒してでも、何よりもまず自国民の命を優先する。そしてそれは関東総鎮守、平将門も同じだった。
視界の隅で将門の離脱を確認し、青田と緑川は再び笑う。
「それでこそ!」
「ああ! それでこそ、だ!」
状況は最悪。反撃の手もその余裕も無い。それでも二人は不敵な笑みを浮かべたまま、蛇龍の攻撃を凌ぎ続ける。
「ウオオオオオォォォォォーッ! やってやらアアアァァァーッ!」
「関東軍将校の心意気、見せてやるさ!」
実力差は明白。押し返すことは出来ない。
それでも彼らは、底意地だけで踏みとどまった。