そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.5 < chapter.8 >
黒牡丹に囲まれた二人は、真っ暗な闇の中にいた。
そこは真夏の太陽でも照らせない、わずかばかりの隙間も見当たらぬ完全な閉鎖空間だった。
タケミカヅチはブラックアウト中の出来事を尋ねようと、他の神に呼びかける。だが、ぶ厚く茂った黒牡丹が邪魔をして、念話はまるで使えない。雷撃で焼き払おうにも、黒牡丹とタケミカヅチは一体化している。神の力の特性上、自分で自分を攻撃したところでダメージは入らない。
今の自分にできることは無い。
タケミカヅチはそう判断し、フツヌシの救助を待つことにした。そしてその間、一緒に閉じ込められてしまった子供をどうにかして守らねば──と考えていたのだが。
「なあ、起きたんならさ、とりあえず自己紹介しねえ? 俺、石川貴雅。平将門の『器』だぜ」
「うん? 将門の……?」
「おう。モタモタしてるから、置いて来ちまったけどな」
「彼が『器』を作っていたなんて、聞いたことが無いのだが……」
「だろうね。だって、まだ一度もそれらしい事してないし。元服式? とかいうのやるまでは、俺は『器』として戦っちゃいけないんだってさ。お披露目はそのときだって」
「まあ、そうだな。よほどの特異体質でない限り、子供の身体では神の存在を受け入れきれん。しかし、すまない。君のような子供まで巻き込んでしまうとは……」
「気にすんなよ。将門のオッチャンと合体できなくても、それなりに戦えるんだぜ、俺」
「ほう? 勇ましいな、君は。申し遅れた。俺は常陸国一之宮・鹿島神宮祭神、タケミカヅチだ。よろしく、貴雅」
「マチャ君でいいぜ。そっちもさ、タケぽんって呼んで良い? フッくんがそう呼んでたし」
「ああ、構わん。ところで君は、この状況が恐ろしくはないのか?」
「うん、全然。公衆便所で変態のオッサンが腕掴んできたときのほうが、ず~っと怖かったよ」
「それは……大丈夫だったのか? 変なコトされなかったか? ちゃんと通報したよな?」
「うん、大丈夫だったよ。防犯ブザー鳴らしたら、大学生のお兄ちゃんたちが何だ何だーっていっぱい入って来て、オッサン捕まえてくれたから。ラグビー部の人たち、超強かったよ」
「そうか。いや、無事でなによりだ。男子便所にもよくいるんだよな、変態は……」
「刑務所ぶち込んでも、すぐ出てきちゃうんでしょ?」
「軽犯罪、ということにされているからな。実際には、被害者の心を殺すも同然の行為なのだが」
「おんなじ人が何回もやらかすって、ネットニュースで読んだぜ。なんでそーゆー大人になっちゃうんだろうな。マジで意味分かんねー」
「俺たちも『そーゆー大人』が生まれんよう、できる限りの加護を与えているのだが……力及ばず、申し訳ない」
ペコリと頭を下げて、タケミカヅチは気が付いた。
身体の自由が利く。
この装束は鋼鉄のようにカチカチで、ピクリとも動くことができなかった。けれども今は、手足も、身体も、自分の意思で自在に動かすことができる。
「……ふむ? ということは……?」
伊勢からの指令を完遂するまで、この場を一歩も動くまい。
黒牡丹も黒装束も、そんな気持ちに呼応するかのような動きを見せていた。それが解けたということは、この場に集まったすべての穢れは、既に祓われているのだろうか。
タケミカヅチは黒牡丹の天井を見上げ、再び念話を試みる。が、何度か試してみても、外の神々に言霊が送れない。
「……やはりダメか……」
「なあ、タケぽん? この黒い葉っぱ、何?」
「あー……俺も、完全に理解できているわけではない。現状で分かるのは、この植物は、俺の心に反応して動いている、ということだけだな」
「それなら、『はい終了! 解散!』って考えれば?」
「すまない。自分では制御できないようなのだ」
「心に反応するのに?」
「ああ。無意識下の情動や、願望を拾い上げているようでな」
「ふぅん……? じゃあこの状態も、タケぽんの希望ってこと?」
「おそらくは。『子供を守らねば』とか、『恥ずかしくて隠れてしまいたい』とか、まあ、思い当たる感情はいくらでもあるのだが……」
「だったらさ、それ、一個ずつ解決していけばいいじゃん」
「うむ……それが出来るのならば、是非ともそうしたいところだが……」
「スクールカウンセラーの人が言ってたぜ。思っていることを一つずつ書き出していけば、本当は大きな問題なんて無くて、すぐに解決できる、小さな問題の寄せ集めだったりするって。だからさ、とりあえず言ってみなよ。なんとかなるかもよ?」
そう言って、貴雅はニッと笑って見せた。それは小学二年生らしい、実に無邪気な笑顔である。時には悪意に晒されることもあるにせよ、大人に比べれば、まだまだずっと『綺麗な世界』で生きている。もちろん、子供同士でも足の引っ張り合いや差別、不毛な争いが発生することはある。それでも彼の年頃ならば、それを『解決できる・仲良くなれる』と、前向きに考えることも容易である。
閉ざされた暗闇の底で、その笑顔の、なんと眩しいことか。
知らず知らずのうちに、後ろ向きの考えに囚われていた。お前はそれでも神かと、己を叱咤したくなる。けれども、己を恥じた瞬間にこうも思った。
この『自戒的・自罰的感情』こそが、この状況を生み出した最大の要因ではないかと。
そうであるならば、これはもう、自分一人で解決できる問題ではない。自問で自縄自縛に陥るのであれば、第三者に胸の内を話し、自分にはない発想を得る必要があるだろう。
神が子供にカウンセリングを求めるのか? とも思ったが、何もせずに、ただ助けを待つなんて性に合わない。少しでも可能性のあることは、残らずすべて試しておきたかった。
「貴雅。俺の悩み、聞いてくれるか?」
「うん、いいよ。どんなの?」
「実はな、好きな子がいる」
「おお! 恋バナってやつ!?」
「ああ。それで、つい今しがた、流れで告白することになってしまったのだがな。その子も、俺を好きだと言ってくれた」
「もう返事もらってんなら、問題なくない? 付き合っちゃえばいいじゃん!」
「それがそうもいかんのだ。その子はな、お前と同じくらいの年頃なんだ。少なくとも、外見上はそう見える」
「え……タケぽんって、ロリコン? それ、保護者に注意喚起メール来ちゃうヤツじゃね?」
「俺もそう思う。だから付き合えない」
「でも、好きなんだ?」
「ああ。しかもな、同じ神同士で、同じ属性で、同じエリアを守護している都合上、かなりの頻度で顔を合わせることになる」
「はは~ん、な~るほど~。スパッと縁を切るわけにもいかないし、チューしたら変態街道まっしぐらだし……ってことか~」
「そうなんだ。それが原因で色々拗れて、その結果、こんな植物モンスターのような姿になってしまった」
「あー、これ、そういう痴情のもつれでできてんだ? 道理でどす黒いワケじゃ~ん!」
「『痴情のもつれ』なんて言葉、よく知っておるな?」
「小学生様なめんなっての。漫画アプリの新作無料配信は、全ジャンル一通りチェックしてんだぜ」
「ふむ……参考までに尋ねるが、漫画的に、年の差カップルはどの程度まで許容されている?」
「何ジャンル基準? 少年誌? 青年誌? それとも少女漫画系?」
「恋愛要素が多くて拗れているのは?」
「少女漫画」
「では、それで」
「オッケー。まあだいたい年の差モノだと、女の子が小四から中二くらいで、彼氏が高校生から大学生くらい? 両方とも十代なら、ギリギリ『ピュアな恋愛』として連載できる、みたいな感じじゃないかな? だいたいが親か学校にバレて、家庭教師クビになったりしてお別れ~……って展開だよな。そんで、大人になってから再会して、ウェディングドレス姿でハッピーエンド……みたいな? 若干打ち切り臭い終わり方だけどな。そんで、ちょっと対象年齢が高いティーンズラブコミックだと、お別れ展開無しでフツーにエロシーン突入しちゃう感じ?」
「う~む……エロシーン突入は問題外として、彼女に花嫁衣装を着せてやりたくとも、神は年を取らんからなぁ……」
「実際の年齢が未成年じゃないなら、合法ロリなんじゃないの? スク水プレイ? とか、ランドセルプレイとか、けっこう人気あるんでしょ?」
「あー……そういう単語は、どこで覚えてくるのかな? それも漫画アプリか?」
「ううん、兄貴の検索履歴」
「そうか。今度君のお兄さんに、とてもありがたい神託を授けておこう」
神は時に、非常に残酷な現実を突きつける。男兄弟で共有するパソコンやタブレットならまだ救いがあるが、家族の共有端末だとすれば一大事だ。場合によっては、「お母さんに性癖が丸バレになっているぞ!」と告げることになるだろう。同じ男として、検索履歴の消し方だけは早急に教えてやらねばなるまい。
謎の使命感に燃えるタケミカヅチに、貴雅はこう提案する。
「ぶっちゃけさ、人間じゃないんだから、見た目年齢関係なく無い? 結婚式だけやっちゃえば?」
「俺たちが人間ならば『式だけ結婚』でも良かろうが、元来結婚とは、子を為すことを目的としている。この国の神である以上、うわべだけの『偽装結婚』は許されん」
「じゃあ結婚じゃなくて、パートナーシップなんとかのアレは? 子供産まなくても良いはずだけど……」
「うん? パートナーシップ……?」
「ちょっと待って、検索するから!」
と言ってスマホ検索を始めた貴雅の手元を見て、タケミカヅチはガクリと項垂れた。神の念話は遮断されているのに、スカイツリーの無料Wi-Fiは繋がっている。非常用電源に接続されているのか、このWi-Fiだけは停電の影響すら受けず、何ひとつ問題無く使用できているのだ。どうやらこの植物は、Wi-Fi電波を通すらしい。
「Wi-Fiに……Wi-Fiに負けるのか、俺の念話は……!」
勝ち負けの問題ではないのだが、地味にショックである。
「えーと……あ、ほら、これ! 渋谷区のホームページ!」
「ん~、どれどれ……? “パートナーシップ証明は、法律上の婚姻とは異なるものとして、男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備えた、戸籍上の性別が同じ二者間の社会生活における関係を『パートナーシップ』と定義し、一定の条件を満たした場合にパートナーの関係であることを証明するものです。” ……これは、同性愛者のための制度では……?」
「はじめから子供産む気が無いなら、同性でも異性でも『パートナーシップ』でいいんじゃないの?」
「うぅ~む……まあ、確かに……?」
「年を取らないカップルっていうのも、すっげーレアだと思うし! 同じページに『性的少数者の人権を尊重する社会を目指しています』って書いてあるんだから、少数派ってことでゴリ押しすれば、神様だってイケるって! 証明書もらっちゃいなよ!」
「ふむ……日本の総人口と比較すれば、間違いなく『神』はマイノリティ側ではあるが……? いや、しかし……?」
「あとはもう渋谷区民になるだけ! これで問題解決!」
「くっ……残念だが、渋谷区には鹿島神社が無い!」
「あ、無いの?」
「ああ。明治神宮の道場には祀られているが、あそこは睦仁君の家だからな。俺があの場所に住民票を移すわけには……」
「そっかぁ……。いや、でもさあ、人間だって、どうにかこうにか頑張って社会に認めさせるところまで来たんだよ? 神様だって、『子供産まないけど結婚します!』って言っちゃっていいんじゃないの?」
「だが、立場上……」
「もう『だが』とか『しかし』とか無し! つべこべ言ってないで、本当はどうしたいか言っちゃえって! 好きなんでしょ!?」
「うむ」
「本気で愛してるんだよね!?」
「もちろんだ」
「なら、幸せにしてやれよ! 男だろ!」
「っ!」
小学二年生に、これ以上ないほど熱い言霊を撃ち込まれてしまった。ここで行動を起こさなかったら、神として、いや、男として失格だ。関係各所から猛烈に『お叱り』を受けそうな流れだが、それでもタケミカヅチは、やらねばならない状況に追い込まれている。
「……そうだな。こんなワケの分からん植物と一体化していたのでは、神としての務めも果たせん。兎にも角にも、この『心の問題』を解決せねば……っ!」
タケミカヅチがそう言い、決意を固めたときだった。
黒牡丹の呪力がわずかに弱まり、フツヌシからの念話が届いた。
「もしもーし! タケぽーん! 聞こえるー!?」
「っ! 良く聞こえているぞ! やっと念話が通じたか!」
「おお! 良かった生きてた! マチャ君も無事!?」
「無事だ。健康状態に問題はない」
「それはなにより! あのね、この黒いの、攻略できそうだよ!」
「本当か?」
「うん。これさ、大雷ちゃんを正気に戻して穢れも祓い尽くしたのに、まだまだ元気に動き回ってるじゃない?」
「そのようだな」
「で、見た感じ、タケぽんの力は消費して無さそうだよね?」
「ああ。もっと吸い尽くされるかと思ったのだがな。《火炎弾》やその他の攻撃動作に、俺の力は一切消費していない。記憶や知識は使われているようだが、エネルギー源は別にあるらしい」
「ということは、やっぱりその供給源、人間の心だと思うんだよね。僕らにもよく見えてないけど、おそらくそいつの根っこは人間の心に接続されていて、現在進行形で感情を吸い上げている」
「感情を? だが、これほどの邪念を抱えた人間がいれば、我々が気付かぬはずが……」
「そう、そこ。僕らさ、根本的に勘違いしてたと思うんだよ」
「どういうことだ?」
「これは新型コロナウイルスのせいで生まれた負の感情の集合体。僕ら、そう思っちゃってたじゃない」
「そうだな。どこからどう見ても、そういうモノにしか見えん」
「でもさ、『会いたい人だからこそ会いたくない』とか、『大切だからこそ厳しく対応する』のって、悪いことじゃないでしょ? どちらかというと、善行じゃない」
「ああ……そうだな。確かにそうだ。それ自体は悪行ではないし、その心に邪念はない。正しく在ろうとして溜まったストレスは、いずれ負の感情になるのだろうが……」
「矛盾してるでしょ? 正しいことをちゃんとやってるのに、全然スッキリしないの」
「そうか。これは、そういう性質のものか」
「僕の予想だと、これは人間たちが抱えた『論理的行動と感情の矛盾』の集合体で、今もそれを動力源にしている。だから攻略するには、その矛盾を解消するしかない」
「ふむ……? だが、それはどうやって? 時節柄、実際に会わせるわけにもいかんし、マスク無しで好きにさせては感染が広がるばかりだし……」
「そこで好都合なヤツらがいる」
「なんとなく分かるが、一応聞こう。誰だ?」
「天邪鬼と犬神。って聞くと、分かっちゃうでしょ? 僕の作戦」
「ああ……だが、荒療治が過ぎるのでは……?」
「だって僕ら、武神と軍神なんだよ? 多少荒っぽいくらいがデフォじゃない? 僕らからダイナミックさ取ったら何が残るの? 汗臭いフンドシしか残らないでしょ?」
「いや待て。他の装備はどこで脱ぎ捨てた?」
「細かいことは気にすんなしー。で、たぶん、黒牡丹も黙ってやられてはくれないと思うんだよね。天邪鬼が手を出したら、きっとなんらかの反応が……」
と、フツヌシが話している最中だった。
タケミカヅチと貴雅を包み込んでいた枝葉が、突然散開した。
「は?」
「え?」
突如差し込む真夏の太陽。その光を認識した次の瞬間、タケミカヅチは、身体の制御権を奪われていることに気付いた。
「逃げろ貴雅!」
言葉と攻撃はほぼ同時だった。
いつの間にか手にしていたのは、黒い植物で出来た歪な剣。タケミカヅチの身体はひとりでに動き、その剣を貴雅に向けて突き出していた。
「う……そ、だろ? マジか……」
「……そん……な……」
小学生の小さな胸に、深々と突き刺さる刃。
背中まで貫通した剣は、まっすぐに心臓を貫いている。
子供を殺してしまった。
タケミカヅチはそう思った。しかしそれと同時に、『これは違う』とも思っていた。
感じる手応えが、あまりにも不可解なのだ。
「……貴雅? お前……」
胸に刃を突き立てられても、貴雅は相変わらず、子供特有の無邪気な表情を浮かべている。傷口からは一滴の血も流れていない。
「大丈夫……なのか?」
「ん~……まあ、今のところ平気っぽい。ほら、さっき言ったじゃん? 将門のオッチャンと合体しなくても、俺はそれなりに戦えるって。ちょっと見ててよ」
言うが早いか、貴雅は自身の能力を解放する。
ほんの一瞬で全身が黒く染まり、まるで影法師のような姿に。
そして自身の影に吸い込まれるように、ドロリと蕩けて、崩れて消えた。
唐突に消えた貴雅の姿を探して、タケミカヅチは視線を彷徨わせる。けれども、貴雅の声が聞こえたのは真後ろからだった。
「おーい、どこ見てるの? こっちこっち!」
「っ!?」
タケミカヅチの身体は、本人の意思に関係なくその声に反応していた。
振り向きざまに斬り払い、確かに貴雅の首を落としたはずなのに──。
「それ、身体が勝手に動いてるんだよね? これってやっぱり、俺が相手したほうがいい流れ?」
落とされた首が平然と口を利いている。そして再びドロリと溶けて、彼は影へと姿を消した。
一見すると誰一人いなくなったソラマチ屋上。けれどもタケミカヅチは──タケミカヅチの身体を操る黒牡丹は、影の中を移動する貴雅の位置を正確に追尾していた。
駆け出し、次の出現地点に剣を振るう。
出現と同時に、袈裟懸けに斬られる貴雅。けれどもそんな攻撃では、貴雅にダメージを与えることはできなかった。
すぐに消え、また死角に移動し、即座に反応する黒牡丹に攻撃され──それでも貴雅は死なない。何度でも何度でも、消えては現れ、平然と生きている。その気配、動き、能力、影から感じる独特な匂いも、まるで『闇堕ち』そのもので──。
「……なるほど。君が得た『平将門の能力』は、武将としての体術や知略ではなく……!」
「そ。俺が将門のオッチャンからもらったのは、『首塚の怨霊』の概念だよ。これ、すっごく便利でさ。どんな強いバケモノも、同じ闇属性の俺を敵とは思わないんだわ。影の内側から近付き放題だし、斬撃と打撃は全部無効化できる。すっげーチート能力っしょ?」
「だがその状態は、穢れ祓いの光も無効化できるのか? 今は斬撃一辺倒だが、今の俺はいつ雷撃を放つか分からん。よもや、怨霊同様に祓われてしまうのではあるまいな?」
「アハハハハ! 全然平気だよ! 将門のオッチャンは『首塚の怨霊』として畏怖されることで力を得ているんだから。怨霊だからこそ神として祀られて、神だからこそ、神の光では傷つけられない。それでも『怨霊』って概念が生きてるから、同じ闇属性の『穢れ』や『悪霊』からは敵認定されない……っていう能力なんだけど、どう? 超絶ヤバくない?」
「ああ、ヤバいどころの話ではないな。なんだその無敵能力は。落ち着いたら、もっと詳しい話を……チッ! 構えろ!」
「っ!」
猛烈な攻撃を繰り広げながらの会話であったが、タケミカヅチの予想通り、彼の身体を操る黒牡丹は攻撃法を切り替えてきた。
斬撃から術式へ。それも初っ端から最大技、《神明雷剣タケミカヅチ》での攻撃である。
己の名を冠した雷の刃が、情け容赦なくソラマチ屋上に突き立てられる。
「大丈夫か、貴雅!」
「うん! まったくノーダメージ! ほら、直撃しても全然平気!」
「それはそれでショックだぞ! これでも最大技なのだが!?」
「属性相性の問題だもん。仕方がないんじゃない?」
「それは分かっているのだが……無駄と分かっていても攻撃をやめられないのは、ツライところだな!」
黒牡丹のせいで強制的に実体化させられている上に、その身体は乗っ取られていて、自分の意思では動かせない。勝手に動く体にげんなりしていると、フツヌシが先ほどの言葉の続きを呼びかけてきた。
「天邪鬼が作戦行動を開始したら黒牡丹が動き出すかもしれないから気を付けて~……って言おうとしたんだけど、遅かったね。マチャ君もタケぽんも、そっちは大丈夫?」
「うん。この辺で適当にウロチョロして、攻撃引き付けとく」
「無駄と承知で引き付けられておくさ。自分の意思では動けんからな」
「じゃあ、僕はあっちと一緒に動いてるねー」
「すまんな。迷惑をかける」
「いまさら気にすんなって♪」
そう言われても、明るく楽しく無邪気に返答するわけにもいかない。ため息交じりに上を見れば、スカイツリーの頂上には天邪鬼と犬神がいる。彼らは背中合わせに立ち、それぞれの術式を展開していた。
天邪鬼が使用しているのは、己の名を冠した最大技、《言霊返上アマノジャク》。
犬神の術は《神地禁踏》である。
どちらも彼らを象徴する個性的能力だが、通常は単体で使用される。それを同時に使用することで、より強力な効果を引き出そうというのだ。
「片っ端から行くぜ、犬神。俺について来れるかなぁ~?」
「誰に物を言っておる? 小童が」
「へっ! ワッパ扱いされるような年でもねえや! まずは……この辺の連中が丁度良さそうだな!」
天邪鬼は大きく腕を振り、何かを捕まえるような素振りを見せる。と、どこから現れたのか、その手には有線式のボーカルマイクが握られていた。
コードを引っ掴み、思い切り引く。すると何もない空中から伸びるコードがピーンと張りつめ──。
「大好きだから会いたくない? コロナ禍が収束するまでは実家に帰れない? ハッ! 笑わせんなよ。それ、ただの言い訳だろ? 本当はもう、縁を切りたくて仕方が無いんじゃねえのか? 分かるぜ~? 田舎くせえクソジジイとクソババアが死ぬほど嫌いで、田舎暮らしから逃げ出すために東京に来たんだもんなぁ? もう二度と帰らなくていい、最高の言い訳が出来ちまったじゃねえか! コロナ様々だな! なあ、せっかくなんだからさぁ、マジで縁切っちまえば? 今なら誰も、お前を責めたりしねえんだし……どうだい? んん?」
マイクのコードが繋がる先は、人間たちの心の中である。アヤカシモノだったころの天邪鬼は、人の心を読み、思っていることと真逆のことを言ってからかったり、言葉を先読みして相手を驚かせて楽しんでいた。その性質は神となった今も変わらない。
天邪鬼に入り込まれた人間は、天邪鬼の声を自身の心の声と錯覚する。なぜそんなことを思ったのかと苦悩し、自問を重ね、いずれは自分なりの答えを見つけてゆく。答えを出した人間というものは、迷いや躊躇いから解放される。そうなった人間は強い。ちょっとやそっとの逆境にくじけることも、心折れることも無い。コロナ禍における行動自粛やマスクの装着、消毒の徹底などで少なからぬストレスを感じようとも、それを大きな苦難とは思わなくなるのである。
人々のストレス耐性が高まれば、『論理的行動と感情の矛盾』それ自体が生じにくくなる。
ということはつまり、個々人に自分なりの答えを出させれば、黒牡丹のエネルギー源は断たれる。けれども今は、悠長にシンキングタイムを設ける余裕が無い。そこで登場するのが犬神である。天邪鬼は二つ目のボーカルマイクを出現させると、それを犬神に投げ渡す。
ボーカルマイクを手に、犬神は『禁則設定』を開始する。
「よく聞け、人間ども。うぬらの心は禁足地に非ず。何人たりとも心を閉ざしてはならない。本心を語れ。言霊を紡ぎ、宣誓せよ。神が定めしこの掟を拒絶すること、破ることは許されない。従わぬ者、分を弁えぬ者は日ノ本の民に非ず。我ら大和神族に仇為すものなり。邪なる者どもよ、正体を現せ!」
ダン! と足を踏み鳴らし、犬神は呪力を放つ。
犬神は『恵みを与える神』ではなく、『裁きを与える神』である。どのような行為に対し、いかなる処罰が下されるか。それを定め、宣誓する儀式が《神地禁踏》なのだ。
天邪鬼によって有線接続された人間の心。その本心は人それぞれだった。「父さんも母さんも大好き! 会いたい! 田舎に帰りたい!」と思う人間もいれば、「縁を切りたい。あんな毒親とは他人になりたい」と結論を出す人間もいる。どちらの思いも、神々はけっして否定しない。結論さえ出せれば、人は過去のわだかまりと決別し、未来への一歩を踏み出せるからだ。けれども結論を出さぬ者、本心と異なる結論を出そうとする『アマノジャクな人間』は──。
「いたぞ! あそこだ!」
天邪鬼が指し示したのはスカイツリーのお膝元、業平のマンションだった。四階の一室からはおびただしい量の瘴気が噴出している。
「バ香取! 出番だぜ!」
「オッケー! 任せといてよ!」
そう答えるフツヌシは、既に標的に向けて駆け出している。その姿は、いつもの桃色マッシュルームカットのベビーフェイスではない。鬼面で顔を隠した、完全武装の鎧武者である。鎧武者は白銀の軍馬に跨り、抜き払った直刀──元来刀剣の神であったフツヌシの『本体』を手にして、瘴気の発生源へと突き進む。
鎧武者も直刀も白銀の軍馬も、いずれもフツヌシ本人であることには違いない。これらは人々が望み、信仰を寄せた武神のイメージである。氏子たちの能力を借りて戦うフツヌシにとっては、これはもっとも純粋に、最大の力で『正義に基づく武力行使』を実行できる姿なのだ。
軍馬はマンションの壁を垂直に駆け上がり、窓から溢れ出す瘴気を突き抜ける。と、神の気配を感知して『穢れ』が後を追ってきた。
フツヌシはマンションの屋上を駆け抜け、隣の建物へとジャンプ。着地と同時にターンして、追跡者を迎え討つ。
闇に呑まれて異形となり果てた哀れな人間。襲い掛かるその化け物の胸に、光り輝く切っ先を突き立て──。
光と闇とが反発し合い、凄まじい爆風が巻き起こった。
あたり一帯の住宅からほぼすべての洗濯物を吹っ飛ばす、迷惑極まりない攻撃。しかし荒れ狂う暴風が収まってみれば、後に残ったのは憑き物が落ちた人間のみ。噴き出した瘴気も、周囲の街路に存在したごくわずかな気の澱みも、何もかもが綺麗さっぱり祓い清められている。
「え……あの……? 私、なんで……?」
フツヌシは呆然とする女性をヒョイと抱え上げ、マンションの屋上から飛び降りた。女性は悲鳴を上げるが、そんなことは気にも留めない。落下しながら女性を元居た部屋へと放り込み、着地と同時に次の現場へ向かって駆け出す。そしてそのまま、大雷のナビゲーションで二か所目、三か所目と現場を回り、『素直になれないアマノジャク』たちを力業で改心させていく。
天邪鬼の声を聞いた時点で、素直な人間はさっさと自分の答えを出す。
何かを決めることが苦手な人間であっても、犬神の能力で決断を迫られれば本心以外は答えられなくなる。
それでも本心が言えない人間というものは、もはや意志が強いとか、我が強いというレベルではない。人間たちの言葉では精神疾患、神々の言葉では闇堕ちと呼ばれる、直ちに処置が必要な精神状態に置かれている。
今回は天邪鬼と犬神の能力によって、己の心に疑念や疑問が生じるところから結論を出すまでの時間が六十秒に超圧縮されている。その上、『闇堕ち状態』に至るまでの時間もたったの数秒である。本来は何日も何週間も、場合によっては何年、何十年をかけて悩み抜き、徐々に悪化していくのが心の病だ。それを二分足らずで強制的に進行させ、なおかつ力尽くで『治療』してしまおうというのだから、荒療治にも程があろうというものだ。最悪、後年に何らかの異常をきたす可能性すらある。
だが、今はそれでもやらねばならない。
スペイン風邪以来の全世界的パンデミックによって生じた『論理的行動と感情の矛盾』は、鹿島の大神から自由を奪い、その身を乗っ取るほどの強さとなった。強引な穢れ祓いと、この心理状態を放置することによる弊害。この二つを比較すれば、前者以外の選択肢が無いことは明白だった。
フツヌシが闇堕ち化した人間の穢れ祓いに奔走する間、天邪鬼は次なるターゲット層に呼びかけていた。
「自称ファンの皆さ~ん、お元気ですか~? ライブ行かなきゃ死んじゃうって言ってたの、どの口ですか~? あなたの推し、感染対策しながら頑張ってるじゃないですか~? やっぱり怖いから行かないって、どういう事ォ? 死ぬ死ぬ言ってたの、どこの誰ぇ? ぜ~んぜんフツーに生きてんじゃ~ん! キミってさぁ、本当はファンでも何でも無かったんじゃないのかなぁ~?」
と、その後にすかさず犬神が言う。
「嘘、偽りは許されない。真なる言霊を発し、己を省みよ。それでもなお軽々に『死』を口にする不届き者、己を認めざる者には、うぬらの望み通り、『死』にも値する罰を与えようぞ!」
「いざ! 《言霊返上アマノジャク》!」
「決せよ! 《神地禁踏》!」
二人揃って、ドンと床を踏み鳴らす。
彼らが立つのは日本で最も高い建造物、スカイツリーの頂上である。スカイツリーは関東平野に電波を届けるテレビ塔として建設された。不特定多数の人々にメッセージを送るには、これ以上ないほどおあつらえ向きの場所だった。
二人の声を聞き、関東平野の各所でありとあらゆるバンド、アイドル、歌手、ダンスユニット、声優、DJ、ラッパー、劇団やパフォーマーのファンたちが、己の心との壮絶な戦いを繰り広げる。
そして、その結果。
ファンをやめようと決意する者。
私生活を犠牲にしていた事を後悔する者。
ファンであることに、微塵も疑念を抱かぬ者。
真のファンではなかったとショックを受ける者。
ライブチケット以外の売り上げで貢献することを誓う者。
現実逃避の口実でしかなかったと気付き、夢から覚めた者。
『何かに夢中な人』を演じる自分に気付き、自己嫌悪に陥る者。
友達の輪から外れたくなかっただけで、好きではないと自覚した者。
とっくに熱は冷めていたのに、惰性でチケットを買っていたと気付く者。
こんな時世だからこそ、ファンである自分が率先して宣伝せねばと奮起する者。
歌手とファン仲間に応援や感謝のメッセージを送り、共に乗り越えようと決意する者。
人それぞれ、千差万別の自覚と決意があった。それが前向きであれ、後ろ向きであれ、己を自覚し、心を決めるからこそ、その先の行動へと繋がってゆく。各所で一つ、また一つと心のわだかまりが解消されていく様子は、神々の『眼』にはハッキリと見えていた。
「っし! いい感じだな! 次は……っとぉ!?」
天邪鬼がマイクの接続先を変えようとした時、視界の隅に、とびきり大きな黒い火柱が映った。何事かと振り向けば、墨田区本所のとある住宅から、ただならぬ邪念が噴出している。
耳を澄ませる必要などまったくない。離れたこの場所からでも、十分すぎるほどの声が聞こえている。
「まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁まみたんは俺の嫁……まみたんは! 俺の! 嫁エエエエエェェェェェーッ!」
「ラ……ライブに行けなさ過ぎて、発狂してやがるのか……!?」
「あの闇の量……八百屋お七にも匹敵するのでは……っ!?」
「いや、それ以上だ! ガチでヤバかった頃の崇徳天皇か、菅原道真か……っ!」
と、言っている最中に、今度は台東区浅草橋でも黒い火柱が上がった。
こちらも闇堕ちした人間が『まみたん』とやらの名前と、その人物に対する愛を声高に叫び散らしている。
「ご……御霊クラスの邪気を放つファンが二人も!?」
「それほどまでに男を虜にするとは……いったいどんな女だ?」
慌ててスマホを取り出し、『まみたん』を検索する天邪鬼と犬神。しかし、検索結果に表示されたのは人間ではなかった。
「夢冥喪まみ……ふたなり美少女サキュバス型バーチャルアイドルであり、同名のV-Tuberプロジェクトの名称でもある。キメ台詞は『わらわに精気を寄越すのじゃ~♡♡♡』。クレカ残高の限界まで『精気(投げ銭)』を捧げてしまい、破産するファンが多いことで有名。夢冥喪マミの『中の人』を演じているのは歌舞伎町の元ナンバーワンホステス魔魅ではないかとの噂が流れているものの、真偽のほどは定かでない。が、V-Tuberプロジェクトの運営会社の社長以下スタッフ全員が歌舞伎町の現役ホストと確認されているため、例え魔魅で無かったとしても、ファンとのトークや駆け引きのスキルが異常に高く、グッズ販売やイベント開催のノウハウに精通していることは納得できる……って、なんだ、コレ……」
「業が深すぎる……」
「ホスト集団と元ナンバーワンホステスが手を組んでV-Tuberやってるなんて……女に免疫の無い陰キャオタク、一発で吸い尽くされるんじゃねえか……?」
「ああ……救いようがないな……」
「ここで正気に戻しても、どうせこのV-Tuberがいる限り、何度でも投げ銭するんだろ? あいつら……」
呆れ顔で巨大な闇の火柱を眺める天邪鬼と犬神。が、二人が現場に駆け付ける素振りはない。基本的に、世直しや人助けに興味はないのだ。
だが、フツヌシと大雷はそうではない。
「大雷ちゃん! 浅草橋のほうはお願い!」
「はい! お任せくださいませ!」
黒牡丹やタケミカヅチの相手は無理でも、ただの穢れ祓いなら、今の大雷には楽にこなせる仕事である。大雷は鹿島の神獣・白鹿に騎乗し、隅田の水面を疾走する。
フツヌシも本所の現場に急行し、闇堕ちと化したまみたんファンを、有無を言わさず斬り伏せた。
光と闇とがぶつかり合い、爆風が巻き起こる。
これまでの現場と同様、近隣に立ち並ぶ住宅や工場から洗濯物、戸板やトタン板、屋根瓦や植木鉢、何かのシートや廃材が次々に飛ばされていく。瘴気と穢れは綺麗さっぱり祓えても、あたり一帯がゴミだらけになるのが難点である。
荒れ狂う風が鎮まると、闇堕ちと化していた人間は、どこかから飛んできたプランターの直撃を受けて気絶していた。
フツヌシは泥まみれになった全裸中年男性を抱き起こし、その頬をペチペチと叩く。
「もしもーし! どーもー! 神でーす! 起きてくださーい! もしもーし?」
脳や神経に深刻なダメージは無い。気を失っているのは脳震盪を起こしているせいだ。
「……んー……駄目か。仕方ないなぁ……」
フツヌシは中年男性の顔に手をかざし、ほんの少しだけ自分の『氣』を送り込む。文字通りの『気付け』を行い、手っ取り早く目覚めさせようという訳だ。
「ん……あ、あれ? 俺は……あ! そ、そうだ! まみたん! まみたんの生配信が、停電で……っ! 全裸待機してるって約束したのにっ! まみたん……まぁみたぁ~んっ!」
目を覚ました全裸中年男性は、自分が服を着ていない事よりも何よりも、真っ先に『まみたん』のことを口にした。自分の風体なんて、まるで気にしていないらしい。
(あー……なるほど。落雷による停電で生配信が見られなくなって、そこに天邪鬼の声が聞こえて闇堕ち……って事かな……?)
彼は噓偽りなく、自らが宣言した通りパソコンの前で全裸待機していたのだろう。たった一回配信が見られなかったくらいで闇堕ちしてしまうのだから、彼の愛は本物だ。ただ、本当に全裸で視聴する必要は無いのではないか。彼がパソコンの前で全裸になっても、『まみたん』が喜ぶ理由は一ミリたりとも存在しない。そんな思いを口にすべきか逡巡するフツヌシだったが、なんとなくオタクの奇行に口を出してはいけないような気がして、ツッコミを入れるタイミングを逸した。
「え、えぇ~と……君、闇堕ちしてたんだけど、大丈夫? どこも痛くない? この指何本?」
「二本」
「これは?」
「八本」
「君のおちんちんは?」
「一本」
「うん! 頭はギリギリ大丈夫そうだね! とりあえず、全裸中年男性を徒歩で帰宅させるわけにいかないから、僕が連れて帰っちゃうよ? いいね?」
「えっ……ひゃあんっ!」
妙に乙女チックな悲鳴と共にお姫様抱っこされる全裸中年男性。残念なことに、彼はこの段になってはじめて、『屋外で全裸』であることを自覚したらしい。
頬を上気させ胸を高鳴らせる全裸中年男性を、お姫様抱っこで自宅に送り届ける破目になるとは。綺麗さっぱり祓い清められた周囲の空気と裏腹に、フツヌシのメンタルはどん底まで急降下していた。
そんなフツヌシの耳に、大雷からの念話が届く。
「あの……フツヌシ様? 穢れは祓えたのですけれど、この人間、服を着ていないので……お手をお貸しいただけますか?」
オーマイゴッド! ホーリーシット! ファアアアァァァーック!
アメリカ人ならそう叫んでいたに違いないが、フツヌシは大和の武神である。上品かつ洗練された現代大和言葉でこう言った。
「もうコレぴえん超えてぱおんだよぉ~! マジ泣き五秒前ぇ~!」
日に二人も全裸中年男性を運んだ彼は、後に、相方タケミカヅチにこう語った。
これが敗戦国の末路なんだね──と。