そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.5 < chapter.5 >
それと遭遇したのは、一足早く現着した天邪鬼たちだった。
「あ? なんだ、あれ」
スカイツリーに隣接する商業施設、ソラマチ。その屋上に、漆黒の衣を纏った神がいる。
純白の髪も、赤い瞳も、中性的な顔立ちも、小柄な体躯も、軍神タケミカヅチで間違いない。
問題は、彼の周囲を取り巻く正体不明な植物だ。
シルエットは牡丹に似ているが、葉も茎も真っ黒で、唯一黒くない花の部分も限りなく黒に近い赤。風向きとは無関係にユラユラと揺れ、どことなく、鎌首をもたげる蛇の動きに似ていた。
天邪鬼と犬神は鳥型式神でソラマチ上空を旋回しながら、タケミカヅチに声を掛ける。
「おーい、バ鹿島ぁー! お前、なんかドジってピンチになってたんじゃねえのかー!?」
「もう終わったのか? って言ってんですけどー」
タケミカヅチは二人の呼びかけに対し、頭に直接呼びかける念話で答えた。
「大雷の闇は丸ごと俺が引き受けた。今は大雷の仕事を引き継いで、無差別落雷作戦を継続中だ。伊勢の指令を完遂しておかねば、大雷が処罰されてしまうからな」
「あ? なんだよ。一応は解決したってっことか? じゃあ、俺たち要らねえな?」
「無駄足を踏ませおって! って言ってまーす」
さあ帰ろうか、と背を向けかけた二人に、タケミカヅチは言う。
「まあ待て。二人とも、強者と戦いたいのだろう? どうだ? 俺を殺してみないか?」
「はぁ~?」
「貴様はいったい何を言って……」
と、詳しい説明を求めようとした二人だが、それより早く攻撃が来た。
タケミカヅチを取り囲む黒牡丹が、唐突に黒い火炎弾を吐いたのだ。
「んだよ、これぇっ!」
「何しやがる! って言ってんですけど!?」
ひらりひらりと火炎弾を躱す二人だが、続けて飛来した攻撃には対処しきれなかった。
「アダッ!」
「ンギャッ!?」
二人に攻撃したのは、あの黒コウモリだった。予期せぬ方向からの体当たりを食らい、二人は式神の背から放り出された。しかし幸いにも、二人の落下点はスカイツリーの南側を流れる北十間川である。神の加護もあるため、二人は無傷で済んだ。だが──。
「申し訳ない。この花は勝手に『穢れ』を引き寄せ、勝手に攻撃を開始する仕様のようなのだ。まったく操作できん。すまんが、俺ごと殺すつもりで総攻撃を仕掛けてくれないか?」
そういう重要なことは真っ先に伝えてくれ。
お世辞にも綺麗とは言い難い川の中で、二人は同時にそう思った。
「クッソ! とんだ貧乏クジじゃねえか! 行くぜ、犬神! 遊んでねえで、ちゃんと身体の制御権取っとけよ!」
「俺に命令するな!」
ドンッ! と水飛沫を上げ、二人は川から飛び出す。
この瞬間、二人の服装は中学生らしいごく普通のTシャツ姿から、神々の戦装束、『戦時特装』へと変化していた。
天邪鬼は鬼剣舞の衣装に似た、煌びやかでありながらも運動性能に優れた装束へ。
犬神は狩衣をベースにした装束だが、右袖を抜き、軍用の防刃グローブを装着している。足元はサバイバルゲーム用の軽量タクティカルブーツで、頭には聴覚保護用のヘッドギア。目元はゴーグルで防護し、背中にはカラシニコフ自動小銃AK-47を背負っていた。
犬神は素早く銃を構えると、飛来する大量の黒コウモリに向けて攻撃を開始する。が、銃口から飛び出したのはただのBB弾である。これはAK-47型のエアガンなのだ。いかに神の器であろうとも、千代田区在住のごく普通の中学生に、本物を調達する術はない。
それでもこれは、対穢れ武器としては十分な性能を持っていた。神の力でコーティングされた『破魔BB弾』は次々に黒コウモリを撃ち抜き、その穢れを浄化していく。
犬神が突破口を開くと、天邪鬼は式神に乗って宙を駆り、一気呵成に『敵』へと迫る。
「ゼヤアアアァァァーッ!!」
天邪鬼の剣技は武芸の範疇に留まらない、非常に特殊なスタイルである。『器』の両手に一振りずつ薙刀を装備し、半実体化した天邪鬼が背後から手を添えることで、通常片手では扱えない薙刀の二刀流を実現。鬼剣舞や神楽舞特有の軽やかな足運びを取り入れ、舞い踊るかのように華やかに、それでいて鋭く斬り込む。
けれど、相手はアマテラスよりも古い時代に生まれ、いまなお最強であり続ける武の神だ。あらゆる時代、あらゆる流派の戦技を網羅するタケミカヅチが相手では、どれだけ意表をついたところで、あっという間に対応されてしまう。
「っ! おいバ鹿島! 殺すつもりで来いって言ったくせに、しっかりガードしやがって!」
「すまんな。これは俺の知識を使って、ひとりでに動くようなのだ。俺としては、無抵抗で斬られているつもりなのだが……」
「このクソが!」
自在に動く黒牡丹は時に格子状に防壁を構築、時に散開し、花から大量の火炎弾を撃ち放つ。天邪鬼は薙刀の高速回転で火炎弾を打ち落とし、攻撃の合間を狙って茎に斬撃を加えた。が、それを数度繰り返すうち、黒牡丹は攻撃法を変えてきた。
咲き乱れる花々を前・中・後列に並べ、入れ代わり立ち代わり、切れ間の無い連続攻撃を仕掛けてきたのだ。
これ以上は回避も相殺も不能と判断し、天邪鬼は薙刀を十字に構えた。そして唱えた言葉は──。
「主の木々は潤される、主が植えられたレバノン杉は!」
詩編104-16。聖書の一節と呼応し、薙刀から水属性の防壁が出現した。
あまりにも想定外な防御法に、タケミカヅチは思わず声を上げる。
「なんと!? 貴様の『器』はキリスト教徒なのか!?」
「へっ! いつも言ってんだろ? 勝手に大和神族にカウントすんじゃねえって!」
「いったいどこまでひねくれておる! そんなことをして、あちらの勢力に知られたら何を言われるか……っ!」
「バーカ! 知られるも何も、この薙刀、ウリエルの野郎に材料調達してもらったんだぜ? 正真正銘、本物の『祝福されたレバノン杉』ですよ~っと!」
「大天使に何をさせておるのだお前は! どんな嘘で騙した!?」
「だましてねえよ! 誕プレだ、誕プレ!」
天邪鬼は十字の防壁を維持したまま、《不知火》による攻撃を開始する。
すると漆黒の火焔と純白の炎とがぶつかり合い、爆発が起こった。
「なっ……」
「く……っ!?」
天邪鬼は衝撃で防壁ごと弾き飛ばされ、タケミカヅチは黒牡丹にガードされる。
双方が攻撃を打ち止めたことで、勝負は仕切り直された。
武器を構え、睨み合い、探り合うように言葉を交わす。
「……おい、アホノジャク。貴様の《不知火》は、爆発するような術だったか?」
「いいや……? バ鹿島こそ、その花の能力、把握し切れてねえんだよな?」
「ああ……しかし、今のはたしかに、ただの《火炎弾》だったが……?」
互いに爆発した理由が分からない。おそらくは属性相性に起因する現象なのだろうが、今この場で原理を究明することは不可能だった。
タケミカヅチを取り囲む黒牡丹は、再び《火炎弾》による攻撃を開始する。
「……まあ、細けえ事ぁどうでもいいか。なあ、おい、バ鹿島。その花、三段備えなんて使うのかよ。織田の鉄砲隊じゃああるまいし。今って令和だぜ?」
「そうだな。だが、古い戦術も状況によっては有効ということのようだ」
「ハッ! 観察してねえで、テメエもなんかやっとけよ、このウスラ馬鹿が! いつまで雑草を野放しにしとく気だ!?」
「これでも一応、全力で抑え込んでいる」
「はあ? それで抑え込んでるって!? じゃあテメエが気ぃ抜いたら!?」
「確かなことは言えんが……無尽蔵に増殖を始めるか、巨大化するか、俺を乗っ取って大量虐殺を始めるか……まあ、そんなところか?」
「マジで最高だな、その花! オモシロすぎて反吐が出るぜ!」
天邪鬼は不敵に笑う。黒牡丹の攻撃は弾数こそ多いが、一発ごとの威力はそれほど強くない。そのため天邪鬼は防壁で《火炎弾》を防ぎつつ、じりじりと前進することを選んだ。《不知火》の最大有効範囲は半径三十メートル。中心に近いほど火力は上がる。十分に間合いを縮めてやれば、黒牡丹を一気に焼き祓えるはずだ。
一撃必殺が狙える強火力域まで五メートル、三メートル、一メートル──と、あと少しのところだった。黒牡丹は、またもや攻撃パターンを変えた。
ほんの一瞬途切れた攻撃。すると次の瞬間、すべての花が同時に《火炎弾》を放った。
「────ッ!!」
至近距離からの最大火力攻撃。それを狙っていたのは、天邪鬼だけではなかったのだ。
無数の《火炎弾》に防壁をぶち抜かれながらも、天邪鬼は《不知火》を発動させた。
白と黒、二色の炎のせめぎ合い。それは反発し合って、一度目よりもはるかに強い大爆発を巻き起こす。
「ぐあっ!?」
「く……っ!」
双方爆風に吹き飛ばされ、ソラマチ屋上から建物の北と南に落下した。南側に飛ばされた天邪鬼は再び北十間川に落水。タケミカヅチはスカイツリー北側、東武線の線路脇に落下するも、黒牡丹による姿勢制御と衝撃緩衝が働き、ノーダメージでの着地となった。
あまりにも優秀な黒牡丹の能力に、タケミカヅチはついボヤいてしまう。
「ふむ……このシステムが、制御可能ならば良かったのだが……」
そうこぼす間にも、黒牡丹はバネのように茎をしならせ、地面を叩いて跳ね上がる。
行く先は、落とされたばかりのソラマチ屋上だ。
「……? なぜここに固執する……?」
大雷から『黒い根』を引き千切った直後、この根はタケミカヅチの力を使い、勝手に成長を始めた。そして見る間に枝葉を伸ばし、赤黒い花を咲かせたかと思うと、ソラマチ屋上のファームガーデンへと移動した。
天邪鬼・犬神とのエンカウントまで、黒牡丹にこれといった動きはなかった。だが二度もこの場所に陣取ったからには、何か理由があるのだろう。それが分かれば、ある程度の対処も可能なのだろうが──。
「クソ……調べようにも、身動きが取れないのではな……」
強制的に着せられている漆黒の装束は、軽くて薄いスポーツインナーのような形状をしていた。ピタリと体に貼り付くスリムなデザインからは、動きやすさや快適さを重視した機能的な衣服であるような印象を受ける。
ところがどっこい、これはまったく動かない。
まるで鋼鉄で出来ているかのように、腕も、足も、腹回りも首元も、この形状のまま、少しも伸び縮みしないのである。
装束の外に出ている頭と指先だけは何の不都合もなく動かせる。ということは、やはりこの装束が原因だ。タケミカヅチは今、呪詛や魔術の類でなく、物理的な力で動きを封じられていた。
「しかし……戦術面で俺の知識を吸い上げていることは間違いないのだから、この装束と挙動も、俺の知識に由来する……のか?」
そう思って周囲の状況を観察してみると、分かってくることもある。
まず、ここには人がいない。
停電後、ソラマチとスカイツリーは臨時閉館がアナウンスされ、一般客は建物の一階部分に誘導されている。雷雨のため、屋根のないファームガーデンにやって来る従業員の姿もない。人的被害を出さないためには、まずまずの場所選びといえそうだ。
次に、見晴らしの良さと守り易さ。北に東武線、南に北十間川があるおかげで、ある程度の見通しが利く。それでいて東をソラマチ四~八階部分、西をスカイツリーに塞がれているため、敵が来る方向は南北二方向に限定される。その二方向のうち、南側にはソラマチとスカイツリーとを結ぶ連絡通路がある。天邪鬼は爆発で弧を描くように飛ばされたが、水平に移動しようと思えば、この連絡通路が邪魔になる。逆に言えば、南側から狙撃される確率は非常に低い、ということだ。
「……ふむ? 位置取りそのものは、確かに理に適っているか……?」
伊勢からの指令を完遂するためにも、見通しの良い場所に陣取りたい。が、闇属性の能力を纏って『穢れ』を呼び寄せているこの状態では、他の神的存在から問答無用で敵と認識される。無差別落雷作戦が予定通り完了するまでは、他の神の襲撃に耐えねばならない。
とすれば、この動けない装束も、指令完遂までは一歩たりとも動くまいという、己の決意の具現化であるとも考えられる。
「……いや、そうだとするならば……これはもしや……」
冷静に色々と考えてみると、非常に恐ろしい可能性が浮上する。
この黒牡丹は、何もしなければ無害なのかもしれない。
関東平野全域から『穢れ』を呼び寄せているのも、この場に集めて、一気に祓うためとも考えられる。事実、雷を操る能力には何の制限も受けていないのだから、その気になれば黒コウモリとの戦闘も可能である。
タケミカヅチは試しに一匹、雷で撃ち落としてみた。
黒コウモリは神の雷を食らい、バチンと大きな音を立て、焼け焦げながら祓われた。
ごく普通に穢れ祓いが実行できる。
しかも驚くべきことに、目の前で仲間を撃ち落とされたにもかかわらず、黒コウモリはタケミカヅチを『敵』と認識していない。どうやらこの黒い装束には、闇堕ちや穢れに『自分たちの同族』と誤認させる偽装能力が備わっているらしい。
ここまでに判明した諸々の性能と状況証拠を整理していけば、答えはおのずと見えてくる。
「……しまった……ダイナミックに間違えたぞ、これは……」
天邪鬼と犬神に、殺す気で攻撃しろと言ってしまった。
それはおそらく、『絶対にやってはいけないこと』に分類される行為である。
「あ……天邪鬼! すまない! さっきの、やっぱりナシで! 総攻撃だけはダメだ! 下手に刺激すると、これは……っ!」
という言葉が終わるより早く、タケミカヅチは、直上からの攻撃を感知した。