そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.5 < chapter.13 >
深紅の機体ヴァーミリアンホークがビームソードを振り抜き、巨人の胴を横に薙ぐ。
光の刃が通り抜けた個所は確かに切断されているが、次の瞬間には、もう傷は塞がっている。巨人はその超回復能力にものを言わせ、力任せに突進した。
だが、ヴァーミリアンホークは単機で戦っているわけではない。即座に武者型ロボット、チェスター弌式がカバーし、ヴァーミリアンホークを突進の軌道上から逃がす。
空振りに終わった巨人の超速タックル。素早い身のこなしで踵を返し追撃を狙うも、そこに予想外の攻撃が飛来する。
「ソイヤアアアァァァーッ!」
鳥居や注連縄、幣束などをモチーフにした巨大ロボット、グラン・ジングウオーのフライングラリアットである。グラン・ジングウオーの足元には愛らしいデザインのゾウさん戦車、タンクガネーシャがいる。タンクガネーシャをカタパルト代わりに速度を上げ、体ごと投げ出してきたらしい。
勢い任せに巨人を薙ぎ倒したグラン・ジングウオーは、止まり切れずに惰性で走る。それを見たヴァーミリアンホークとチェスター弌式は咄嗟に手を繋ぎ、空いた手で手招きして見せた。
グラン・ジングウオーはくるりと向きを変え、仲間の腕をプロレスのロープ代わりに、背中を預けて反動をつける。再び巨人に迫るグラン・ジングウオー。まだ体勢を立て直せずにいた巨人の胴に、全体重をかけた強烈なドロップキックを食らわせる。
仰向けに倒れる巨人。そこにタンクガネーシャが突撃。巨人の腹にキャタピラで乗り上げ、小刻みに前進後退を繰り返す。自重を活かして何度も何度もひき潰して轢死させようとするが、通常生物のように内臓破裂で死んでくれるほど、やわな相手ではない。ある程度のダメージは入っているようだが、足止め程度のものである。
けれど、今はそれで十分だった。
もう一体の巨人がグラン・ジングウオーとタンクガネーシャを追って迫り来る。
それを迎え撃つのは、対戦相手をスイッチしたヴァーミリアンホークとチェスター弌式だ。
二機で同時に剣を突き出し、巨人の腕を落とす。
と、その腕が二度と本体と繋がらないよう、グラン・ジングウオーとタンクガネーシャが砲撃。木っ端微塵に爆砕した。
大雷が語り掛けたのは、ちょうどこの時である。
自分への呼びかけに気づき、ふと動きを止める巨人。この機を逃すまいと機銃掃射するヴァーミリアンホークとチェスター弌式。
両腕を失い棒立ちになった巨人は、攻撃を受けながらも、目鼻のない真っ黒な顔を大雷へと向けている。
「聞こえていますね? いい子だから、おとなしくしていましょうね。あなたを突き動かす破壊衝動は、あなたのものではありません。それは人間たちから流れ込んだ邪気・邪念によるものです。他者の怒りに流されてはいけませんよ」
巨人は大雷の顔をじっと見つめたまま、微動だにしない。話が通じているのか、いないのか、それすら分からない状況の中で大雷は呼びかけを続ける。
「役割を与えられずに生まれる『神』はいません。あなたには、あなたにしかできない、大切な役割があるはずです。それが何か、私には分かりません。どうか、それを私に教えてください。あなたの役割は何ですか?」
微かに首を傾げる巨人。
しばらくして、巨人は何かを思い出したかのように顔を上げる。
真っ黒な顔に口だけがあるその巨人は、大きな口を左右に広げ、口角を引き上げた。
笑っている。
その笑みが何を意味するのか、世界の誰にも分からない。
両腕の無い巨人は身体を反らし、大きく息を吸い込んだ。するともう一体、タンクガネーシャに踏みつけられて動けなくなっていた巨人が、一瞬で黒い霧になってしまった。
黒い霧は腕の無い巨人に吸い込まれ、二体の巨人は一つに戻る。が、その姿はこれまでの、どの形状とも異なっていた。
それはタケミカヅチとそっくり同じ顔貌の神だった。ただし、肌や髪の色は異なる。肌は浅黒く、髪は新月の闇のような漆黒。黒衣を身に纏い、腰には直刀を携えている。その刀は、なんとフツヌシが神格化される以前の本来の姿、フツノミタマノツルギと瓜二つの拵えである。
驚き目を見張る神々。中でも実父とその相方、そこに搭乗している者たちの心中は穏やかでない。
「その……いくらなんでも、俺に似すぎでは? 大雷の要素はどこに消えた?」
「僕のそっくりさんまで付属してんの、ヤバくない? あれって放っておいたら、僕みたいに勝手に『神』に進化しちゃうヤツじゃん……?」
「バ鹿島とバ香取が二倍に……脳筋マッチョ至上主義の戦国時代に戻っちまうぞ……」
「あの人、真下から見たらフンドシ丸見えなんじゃね? 袴ってキュロットスカートみたいな構造なんでしょ?」
「貴雅! 今はそういう疑問はどうでも良い! もっと気にするべきことがあるだろう!?」
「えー? 兄貴も気になるよねー?」
「うん。でもそれ以上にさ、こんだけ大バトルやらかしてるのに、人間も町も無事なの凄いと思わない? そこの公園、小学生が普通にサッカーやってんだけども……これ、本当に大丈夫なの? 街の人との温度差ヤバくない?」
犬神の『器』の現実逃避気味な問いは華麗にスルーされ、事態は次のフェーズへと移行する。
黒衣の神はタケミカヅチそっくりな声で高笑い、気障な動作で指を鳴らす。すると、どこからともなく大量の邪気・邪念が集まってきた。
「ひどい悪臭だ! って言ってるんですけど!?」
「ああ! 『穢れ』ってのは、どうしてこうもクセェんだろうな! どっから集めてやがる!」
「ついさっき、全てかき集めたばかりだろうに……まだこれほどの『穢れ』が……」
「う~ん……一人一人の感情はちっぽけでも、全国各地からかき集めれば、ほんの数分でもこのくらいは溜まるってことだよね? ここまでの量となると、やっぱり根本的に認知が歪んでる人がいるんだろうなぁ……」
「おいフッくん! 冷静に分析している場合か! このままではやられるぞ!」
「うん……どうも、そうみたいだね……!」
邪気・邪念の類は見る間に吸収され、邪神はさらに力を増していく。
現状の戦力では勝ち目はない。
そう判断したタケミカヅチらは仲間同士で身を寄せ合った。
「みんな、合体だ! チェスター弌式の『無限共闘機能』で一つになれば……っ!」
「よぉ~しっ! クライマックス、行っちゃおう!」
「父と子と聖霊の聖名において! 悪を討つ!」
「しょうがねえなあ!」
「致し方なし! って言ってます!」
「関東総鎮守の力を、今こそ!」
「パオーン!」
ガネーシャがゾウの言語で何を表明したのかは不明であったが、おそらく皆と同じだろう。四機の巨大ロボットは拳と鼻を突き上げ、パイロットともども、同時に叫ぶ。
「「「無限共闘! チェスター無限式!」」」
「プワアアアァァァオオオォォォーンッッッ!」
キィィィーンと甲高い機械音とともに、四機は光に包まれた。
虹色の光の中、それぞれの機体がバラバラになり、パーツの位置が組み変わると──。
「無限式∞レインボーブラスター!!」
光が消えきらぬうちに、貴雅がレーザー攻撃を実施する。
邪神は身を反らして躱そうとするが、あいにくこのレーザーは直線軌道では進まない。七色の光それぞれが独自の屈折率で反射を繰り返し、複雑な軌道を描きつつ邪神の体をかすめていく。
「っ!」
中距離戦は危険。そう判断したのか、邪神は七色の光を放つ純白の機体、チェスター無限式への接近を試みた。
テレビ番組『武士戦隊ホマレンジャー』に登場する最終決戦兵器『チェスター弌式』には、他作品のロボットや武器、特殊能力系キャラと合体する『無限共闘機能』がある。歴代戦隊ヒーローは無論のこと、まったく別系統のご当地ヒーローやゆるキャラ、魔法少女系アニメともコラボ合体できてしまう反則級の最終奥義なのだが、最終奥義だけあって発動条件が厳しい。合体する全員がある一定以上のダメージを負い、それでもなお戦う意志を示し、思いを一つにしたときのみ合体できる。しかも持続時間は三分しかない。変身後はただちに攻撃動作を開始し、可及的速やかに敵性存在を沈黙させる必要がある。
敵から近付いてくれるなら好都合。チェスター無限式はヴァーミリアンホークの電磁シールドを展開し、一太刀目を弾く。ならばと放たれた邪神の雷にはタケミカヅチが雷で応戦し、すべてを完全相殺してみせた。そしてこの隙をついて繰り出されたのが、タンクガネーシャの砲撃だ。子供向け番組であるため砲弾のスペックは公表されていないが、着弾点で発生する爆発が十数回、それも親爆弾・子爆弾の連鎖爆発に見えるエフェクトであることから、マニアの間ではクラスター爆弾を搭載した地対地ロケット弾と断定されている。
着弾、爆発。間を置かずに連鎖爆発が十数回。強烈な爆発は邪神の皮膚を焼き、肉を抉る。そこへ畳みかけるようにグラン・ジングウオーのコマイヌミサイルがヒットし、邪神に片膝を付かせた。
「みんな、力を貸してくれ!」
タケミカヅチの声に応え、すべての神がタケミカヅチに手へと伸ばす。すると頭上に掲げた手のひらから、凝縮された力が光となって放たれた。
それらを体に受け、一気に力を高めるチェスター無限式。
搭乗している平将門と貴雅、天邪鬼と愛徒、犬神とタカアキ、ウリエルと誓來、ガネーシャとインド陸軍将校の英霊たちも、目の前のコンソールパネルに手をかざし、一斉に力を込めた。
「注入! 大和魂!!」
インド人が力を込めても、場所が日本なら大和魂なのだろうか。
若干の疑問を抱いた神と天使も存在したが、個人的な感情などという些細な代物はノリと流れに呑まれて消える。
今まで以上に派手に格好良く、七色に光り輝く超巨大合体ロボ、チェスター無限式。もはや直視不能の光の巨人は大剣を構え、邪神めがけて振り下ろす。
邪神は避けようとした。けれどもそれは叶わない。この体勢と距離では、防御も回避も間に合わず──その瞬間、死を覚悟したのか、邪神が笑ったように見えた。
タケミカヅチそっくりの顔で、ほんの一瞬だけ、視線を大雷へと向け──。
「 」
斬られるまでの時間は一秒にも満たない。開きかけた唇から言葉が紡がれることはなく、邪神は分厚い刃に頭蓋を叩き割られ、そのまま肩を、胸を、腹を一刀両断され、神の光に灼かれて消えた。
断末魔の声すら残さず、この世界から消失した邪神。その直後、付近一帯の送電網が復旧した。瘴気の影響を受けていた人も、本人も驚くほどにケロリと良くなり、急な変化に首を傾げている。
タケミカヅチらは合体、変身を解き、他の神々と共に状況を確認する。
人的被害は出ていない。元々の持病が悪化した人間はいるが、神々が全力で加護を与えたおかげで、命にかかわるような事態は回避できた。
物的被害は軽微。変電所や送電設備の一部に修繕工事を要するも、施設そのものが全損するよりははるかにましな結果といえる。
神的被害のほうは少々深刻で、力を使いすぎた狐、狛犬、霊亀、唐獅子らがひっくり返って気絶している。高い神格の神々も、自力で立っていられるのはほんの数人。元気いっぱいに動き回れる状態を維持している神なんて、亀戸の熱狂的ファンから力を得ているフツヌシくらいのものだった。
生身で戦闘に参加した貴雅、愛徒、タカアキ、誓來も、神獣たちと同様に気を失っていた。
神も人も誰もがボロボロの状況で、まともに動けない。しばらくこの場に留まり、回復を待つしかないのだが──。
「どこ? どこにいるのですか? 返事をしてください! 返事を……!」
ただ一人、大雷だけは声を張り上げていた。
邪神が討たれたその場に駆けつけ、何かを必死に探している。
それを見たタケミカヅチは、ハッとした顔で駆け寄る。
何事か分からぬ神々の前で、彼らはしばらく、何かを探し続けた。そしてついに──。
「いた! いたぞ、大雷! これだ!」
「ああ……良かった……まだ、生きて……」
泣き崩れる大雷を抱き支え、タケミカヅチは手のひらに乗せた、小さな黒い粒に話しかけている。
アマテラスは顔色を変え、再び神獣鏡を使った。
「属性確認……って、嘘でしょ……? 光、闇、炎、雷、水、土、風、氷、無属性防御、無属性補助……もしかしてその子、全属性持ち……?」
神獣鏡によって表示されたステータスに、神々は絶句した。
タケミカヅチの手の上の小さな粒、それは植物の種だった。形状から牡丹の種と推測されるが、その種の上には、はっきりと『神』としてのステータスが表示されている。それも、全属性の術を優劣なく、等しく使用可能とある。
だが、何よりも度肝を抜かれるのが、末尾に記された特記事項である。
「……国家的危機にのみ発芽・成長・変態を遂げ、邪神となる。神々に討たれ地上の罪と穢れを贖うことで、再び種へと戻る……」
つまるところ、この神の行動は初めからずっと、己の役割に沿った正しいものであったのだ。そしてその役割は、かつて地上に存在し、『救世主』と呼ばれた人間に限りなく近い。近いのだが、しかし──。
「……ならば俺は……この先幾度も、我が子を殺し続けねばならないのか……?」
「そんな……そんなの……あんまりです……」
タケミカヅチと大雷は涙を流した。
何の因果だろうか。タケミカヅチ自身も、父イザナギによる子殺し、カグツチ討伐の折に誕生した神だ。大和神族に名を連ねる者ならば、それを知らぬ者はない。
かける言葉などどこにあろう。
これだけ名だたる大神が顔をそろえて居並んでいるというのに、気休めの一つも口にすることができなかった。
日本全土の穢れが祓われても、誰一人犠牲者が出ていなくても、これでは大団円のハッピーエンドとは程遠い。
二人分の嗚咽が響く中、誰もが途方に暮れていた。
けれどもその時、ひと柱の神が進み出た。
「アッハハハハァ~! いや~、こいつは傑作! 実に笑える! バ鹿島ザマァ! どこまでも呪われてやがるなぁ、大和神族の連中は! 面白すぎて爆笑モンだぜ!」
場違いな拍手とともに、天邪鬼は笑った。ゲラゲラと下品に、大げさに、どこまでも人を馬鹿にした態度で。
あまりにひどい天邪鬼の言動に耐え兼ね、スサノオが剣を抜いた。
「貴様! 我が兄を侮辱するか!」
剣を抜いたと見えた次の瞬間には、もうスサノオの姿は天邪鬼の前にある。が、戦闘力だけならば天邪鬼も負けてはいない。二振りの薙刀を交差して難なく太刀筋を止め、そのまま鍔迫り合いへと持ち込んでいた。
「おやおやおや~♪ どうしちゃったのかなぁ、スーさぁ~ん♪ ここ、そんなに怒るところだっけ~?」
「なんだと? 天邪鬼! 今がどのような状況か、理解できぬわけでもあるまい!?」
「ああ、モチのロンだぜ? 分かってるぜ? 分かっているから笑うんじゃねえか!」
「おのれ……貴様、それでも神か! どこまで性根が腐っておる!」
「そうそう、そうそう! 腐っちまってんだよなぁ~! 本人にはどうしようもねえくらい、生まれついた瞬間から! ただしな、そいつは俺じゃあねえ。ドロッドロに呪われて性根から生き様まで徹頭徹尾腐っちまってんのは、そこのバ鹿島のほうだ。なあ、お前もそう思うよなぁ!?」
そう言いながら視線を向けた先は、すぐ後ろに立つウリエルだった。ウリエルはわずかに両翼をすくめ、さも当然のように言う。
「ああ、腐っているな、どうしようもないくらいに」
「きっ……貴様! いくら天之御中主様直参の天使といえど、その言葉だけは聞き捨てならぬ! 我が兄にして日ノ本護国の柱たるタケミカヅチを侮辱するとは! このスサノオが、命に代えても……っ!」
「まあ待て。剣を収めよ。よく聞け、スサノオよ。大和神族の者たちもだ。断っておくが、これはけっして侮辱ではない。彼は……タケミカヅチは、カグツチの亡骸から生まれた。カグツチは母たる神、イザナミの命を奪った『神殺し』の神だ。タケミカヅチは生まれた瞬間からその業、『神殺し』の呪いを引き継いでいる。彼は生涯、その呪いからは逃れられない。これは不変の事実だ」
「それが……それがどうした! 呪いがなんだ! 生まれを理由に我が兄を貶めるのであれば、我は貴様を許さぬ! 斬って捨ててくれようぞ!」
「許す、許さぬという問題ではない。私が言いたいのは、貴殿らは、その呪いを次世代に引き継ぐことを望むのか、ということだ」
「……次世代に、だと?」
「ああ、そうだ。今、彼の手の中には『次世代の神』がいる。まだ正式な名も与えられていない、生まれたばかりのまっさらな赤ん坊だ。この神には何の呪いもかけられてはいない。けれども貴殿らが今、この場で嘆きの言葉……存在を否定する『言霊』を発すれば、それはその子への呪いとなる。この神は一生、『望まれぬ子』『誰からも祝福されなかった子』『両親を悲しませた子』という呪いを背負うことになる。それで良いのか、大和神族の者たちよ」
「……それは……!」
スサノオも、神功皇后も、ヤマトタケルもタヂカラノオもその他の神々も、それぞれの武器を下ろした。
それを見届けると、ウリエルの隣にいた犬神はゆっくりとタケミカヅチに歩み寄り、厳かに告げる。
「己が子の誕生を祝福できぬ者に、神たる資格なし。祝福せよ。悲嘆に暮れることは、戒律と懲罰を司る神・犬神の名において厳に禁ずるものとする」
「……犬神……」
犬神に続いて、天邪鬼も歩み寄る。
「あ~あ! 最高すぎて逆に最悪! どいつもこいつも天才的阿呆すぎて、俺でなかったら尊敬しちゃってるね! どうする犬神? 本気で《神地禁踏》使うんなら、マイク貸しちゃうぜ~ぃ?」
「ええい、まとわりつくな天邪鬼。タケミカヅチ、貴様が祝福せぬのなら、そうせざるを得んが?」
「……すまない、犬神。ありがとう、天邪鬼、ウリエル。大雷、泣くのはよそう。望んで得た子でないとしても、まずは祝福してやろう」
「はい……父と母ですものね、わたくしたちは……」
二人は支えあうように立ち上がり、手の上の小さな種を見つめる。
「タケミカヅチ様……名は? この子の名は、いかがなさいますか?」
「そうだな……なんのひねりもないが、『牡丹』でどうだろう。武士にとっては、縁起の良い花だ」
「でしたら、わたくしからは『ねむり』の名を与えたく存じます」
「ふむ……『ねむり牡丹』か。そうだな。この子が幸せな夢の中で、ずっと眠っていられるように……」
「ええ……この子がひとの世の穢れを贖わずとも、正しく『世界』が機能するように」
「守っていこう。これまで以上に」
「はい」
二人は種を乗せた手を掲げ、言った。
「誕生おめでとう、ねむり牡丹。ようこそ『世界』へ」